#191 追われる者と聖域の実態
「アル? 昨日は僕が出かけた後、なにをしてたの?」
昨日欠けていたアルが揃い、拠点で初めて迎えた現時点での同居人全員での朝食でのことだった。
集団生活をする以上、毎朝こうして互いの予定は把握しておこう、とウジンは、本人はいたって厚意で言ったつもりだが、アンは好きにしてていいよ、とただそれだけ言い放ってからその流れでアルに1日の予定を聞いた。
その返事ははっきりしておらず、少なくとも働きに出る雰囲気が感じられなかったのでウジンは不明だった昨日の予定も明らかにしようと詰め寄った。
「……アンと約束したから、ずっと家にいた。けど大事な用事があったんだよ。シオンのアイディアをアレンジしつつ、アンがなにかを思い出せるようにいろいろ努力してたんだ」
「とはいえ、いつまでもその生活を続けてたら、本来はもしもに備えておくべき貯金はただ減ってくよ?」
出所が出所なのでなるべく使わないように決めていたのだが、ユンニに帰ってきてからの不測の事態でやむを得ずブレンからもらった金に手をつけていた。
なので金銭的にはウジンが心配するほどの状況には至ってないのだが、なるべく出費は抑えるようにしているのでそれが困窮気味に見えたのだろう、ウジンは親身になってくれていた。
「もちろん生活がかかっているからだけじゃないよ。子どもは大人の背中を見て育つんだから、恥ずかしくない姿でいないと」
「わかったよ。とりあえずギルドでも見てくるから。前回の苦労から学んで身の程はわきまえて高望みはしない」
そうして堂々とレジスタンスについての聞き込みをしようと冒険者が集うギルドに繰り出そうとしたのだが。
「それは僕が選ぶからいいよ。少なくともアルよりはその辺りの事情に通じてるから、危なくないものをちゃんと探してくる。だからその間に買い物をお願いするけどいいかな。炊事場を空けてもらったから自炊にも挑戦してみようと思うんだ」
「あのな。俺、もう19だぞ? 自分の仕事くらい見つけられるし、お使いを頼まれる立場でもないっての」
同じくレジスタンスと接触を図ろうとしているツバキに遅れをとらないためにも、やや強引にウジンの誘いを断ろうとする。
「……でもそうする流れで予定組んじゃったから、食べるものはどうしよう。待たせてる人もいるし……」
「はー……こういうことはきちんと相談しないとだめだって、勉強になったな。別に食べるものは外にして、買い物も明日でいいじゃん」
「でも今日はいい天気だよ? なるべく早く済むならそうしておきたいなあ」
『別に外出できるなら用事はなんでも情報収集はできるし……あとでぎすぎすするのも嫌だから、ここは折れてやるか』
出かける支度をしてから、荷物が多くて両手が塞がると手をつなげなくなるので留守番をさせることにしたアンに、ツバキがついているとはいえ、安全のための約束を交わしておく。
「お世話になってる家の人以外には、なにか言われてもついてかない。俺とかウジンの名前を出されても家を出ない。いい?」
「うん」
「頑張ろう。俺も頑張るから」
◇
「サジンは料理できる、って聞いてたけど兄は果たしてどうなのか。一応変なものは頼まれてないから最低限の知識は持ってるらしいけど」
手際よく食材を買いながらそんなことを考えていると、曲がり角を飛び出してきた何者かとぶつかりかけた。
「おっと、すまないね」
薄く緑がかった髪の、歳はおよそオルフィアぐらいか、眼鏡をかけた女は、まだ驚いていて体を強張らせているアルとは対照的に、その荷物をちらちら見るぐらいの余裕のすました顔をしていた。
急いでいたようなので道を譲るが、実に2秒はじっと見つめあう。
「……」
「あの、どうかしましたか?」
「助けてくれないか? 少年。うん、その目には正義の心が燃えているのを見た」
『あ、これやばそう』
「なあ頼むよ」
「んげえっ! お、奥襟を掴むな! やっぱりめんどくさい人だった!」
さほど強くない女の腕力とはいえ、奥襟をしっかりと掴まれるとそれは簡単には振りほどけない。
「──そっちに行ってたよ!」
「急げ!」
「……ああ、追っ手が」
遠くから聞こえてきたのはまた別の女の声で、アルを掴んでいる女はさほど表情を変えないが確かに不快な顔をした。
『助けろ、って言われてもな……逃げようにも荷物があるからむしろ動きは鈍くなる。仕方ない』
武装などをしていなかったので女を一般人とみなしたが、たとえ冒険者であっても、特に知名度は高くないのでその剣を抜くことに迷いはなかった。
姿を消す剣、バリアー・シーで女の姿だけ消そうとしたのだが──経験済みの独特の違和感があった。
そしてその正体がなにかを思い出すのは思いの外早かった。
「抵抗されてた……のか?」
違和感に焦ったアルがひとまず自分だけでも姿を消そうとしたが、抵抗──体内の他の四竜征剣による主を守る機能が、女に対して感じたそれだったのだ。
予想外の出来事に、それを明らかにせねばいられなかった。
「なんで? あなた、俺よりは少ないけど確かに四竜征剣を持ってる……なんでですか……?」
「それよりも早く、隠れるならさっさとしてくれ」
「助ければちゃんと聞かせてくれますか!?」
「善処する」
再び自身の姿を消そうとするが、ギンナとの闘いの後で体内にしまいっぱなしだった真の四竜征剣のせいで抵抗は女のそれよりも強く、体外に出そうにも抜刀音を伴うせいで対応ができない。
それだというのに女は危機感がないのか、ゆさゆさと掴んだ襟を揺すってくるので集中がもたず、やはり抵抗が弱い女の姿を消した。
「よく探せ、人が隠れられるぎりぎりの小さな場所も確かめるんだ」
「いないですね……」
若い女の2人組、剣を腰に差していて明らかに冒険者のそれらはアルをちらっと見ただけで、道の脇にある障害物をよく確かめるとその場を後にした。
気配がなくなったと感じると女の姿を元に戻し、さっきまでの態度から一転して積極的に関わっていく。
「確かに助けましたよ。それで話の続きです、四竜征剣を持ってるということは、誰かから預かってるんですよね? たとえば剣士の男からとか」
「ううん。職場から無断で持ってきた。いわゆる横領だ」
「……追ってきてたあれらはつまり?」
「職場の人間だな」
「やっぱり関わったらだめな感じだなこれ」
レジスタンスとの関係の有無が怪しいこと、放っておいても追う者がいて、雰囲気は落ち着いているが余裕なく逃げる女の様子から本来の持ち主の手元に帰るのも時間の問題らしいことを考慮して、しばらく様子見を決めたアルが立ち去ろうとするが、女はしつこく立ちはだかる。
心なしか逃げていた時よりもやる気に満ちている。
「ああもう、どいてください」
「まあまあ、せっかくの縁じゃないか。それに……なあ、私に抜かせるなよ?」
見えない剣を手にしているような、緩く握った拳を突きつけられて、アルははっとして目を見開く。
抵抗を受けただけで四竜征剣のうち、なにを所持しているのかわかっておらず、ブリッツバーサーにダースクウカの、強力な表のシリーズの2本があるものの、それ以外の2本、もしくはまだ未知のものを振るわれる可能性もあった。
つい先日苦しめられたばかりの、ギンナとの闘いが思い出される。
『決闘人形じゃない生身の相手……緊急停止機構がないから、なおのこと闘いづらい……』
「あなたたちね。追われてる立場にいながら往来でちゃんばらをしてる場合じゃないでしょ」
「……うわあああ! 出たあああ!」
2人の間の緊張を解いたのは音もなく現れたオルフィアだった。
ただ、せっかく騒ぎを止めたというのにアルはめいっぱいの悲鳴をあげた。
「ちょっと! 人を化け物みたいに言わないでよね」
「ありゃ? フィアじゃん。半年とちょっとぶりだな」
「ええ、あなたは相変わらず、変わってないわね」
対して女はおお、と嘆息したくらいで、親しい仲らしいオルフィアをフィアなどと愛称で呼んでいる。
「うわ、お姉さんの知り合いなのか……」
「うわとはなによ」
「お姉さん? ってことはオルキト君なのか? 雰囲気変わったなあ、気づかなかったよ」
「よく言うわね。あなたならどうせ冒険者の最新の情報わかってるはずなのに」
「いやいや、公私混同はしないから。オルキト君だけは一切なにも興味持ってない」
「……それも失礼な言い方ね。別にいいけど」
「お姉さんもたいがいですけど。というかさっきからなんの話してるんですか。その人は冒険者の情報をなんとかって……」
「こっちからなにか聞こえませんでしたか?」
「あーあー……」
悲鳴を聞きつけたらしく、先の2人組の女らが戻ってくる気配がして、オルフィアはやれやれと頭を抱えた。
「とにかく今はここから退散しましょ」
「ですね。それじゃあ……」
アルとオルフィアは──同じ方向に向かって走り出した。
「なにしれっと俺達の拠点に来ようとしてるんですか」
「適当な店や宿に入っても逆に追い詰められるだけよ。ユンニは向こうにとってのホームだし、多少なら強引な手段も使ってくるから」
「あのー、いったいどんな相手を敵に回したんですか?」
「というか、フィアはなぜ詳しく知ってるのか、と聞くところだぞ。少年」
「あ、そういえば確かに」
余計なことを言ってくれる、といった目で女を見てからオルフィアは観念して白状した。
「女冒険者だけで組織されたユニオン、サンクチュアリよ」
「レーネとお姉さんがクビになった、あの?」
「私は違うから。詳しくは落ち着いて話すから、とにかくお邪魔するわよ」
◇
「アル兄! おかえ……り……?」
元気よく出迎えてくれたアンだが、見知らぬ2人を前にするとしばらくうろうろしてから、奥に引っ込んでしまった。
それでも一応こそこそと様子を伺っている。
「アンちゃんだっけ。初めまして」
『なんで名乗ってもないのに名前を知ってるんですかね……俺も紹介してないし』
「う……」
オルフィアは目線を低くしてにこやかにするが、アンは少しもその場を動かない。
「やっぱり子どもはそういうのわかるんですねー」
「……急に知らない人が来たらそうよ。アル君だって最初はほら……いや、なんでもないわ」
「あのですね。百歩譲ってこそこそついてきてたのはまだ、本当にたまたま偶然あり得る話にしといてあげます。けど俺のリワン村での出来事を見といて、なんら協力しなかったのは、さすがに思うところがあるんですよ。なんとしても、本当になんとしても働きたかったのにそれが叶わなかったり」
「演技っぽい言い方はよしなさい」
「勝手についてきたツバキの引き取りのこととかも」
「飼えなくなったからってペットの世話を押し付けないでよ。無関係にもほどがあるわ。似てるけどツバキのはずないじゃない」
期待はしていなかったがやはり細かい体の部位を変化させるという、ツバキの小細工によりネラガにいたのとは別個体と見なされてしまった。
「……」
「おい、なんだそこの少女よ。おい、なんだよ。おおん?」
「子ども相手にどんな態度とってるんだよアンタは!」
オルフィアには怯えていたアンだったが、そばにいた女だけはなぜか不思議と強く興味を示して、声をかけるまではいかないがその小さな目で穴が開きそうなほどにじっと見つめている。
そんなアンにふざけて高圧的な態度をとっていた女だが、やがて飽きたのか普通に自己紹介をした。
「ナナリーだ。ナナちゃんかナナさんと呼んでくれ。少年もな」
「じゃあナナさん。俺からも挨拶を……」
「不要だ。知っているからな。よろしく、アリュー」
「変な呼び方……」
オルフィア経由であれば名前くらいは別に知っていてもおかしくはなかったので特に気に留めなかった。
「ウジンはまだ?」
「うん。帰ってきてない」
「ツバキは?」
「お昼寝してる」
「いいご身分だな……」
アンに家の様子、特にツバキについて聞いてから手帳から紙片にペンを走らせた。
「これ、内緒の手紙。ツバキに渡してきてくれる?」
「うん、わかった」
「お姉さんが嫌だったらそのまま残っててもいいからな?」
「ううん。一緒にいてもいい?」
アルは『泳がせておいた方がより収穫は期待できる』とツバキにだけわかる内容を伝え、いきなりの攻撃をさせないようにした。
その手紙を渡してきてからアンは大人達の話し合いに参加をした。
◇
「改めて、私はナナリーという者だ。ユニオンのサンクチュアリに特別に出向して、直接クエスト受注管理をしているギルド職員でもある」
「ギルドの職員? なるほど……冒険者の情報を知っているっていうのはそういう理由で」
「アリューはまた別の経緯もあって知ったが、それは後に話そう」
「別の経緯? どういうことですか?」
ナナは質問を聞こうとはせず、強引に話を進める。
そして実際それは、アルが気になっていることでもあった。
「私がなぜそのサンクチュアリから追われているかだがな」
「はい」
「サンクチュアリ所属の冒険者の資料を紛失したり、倉庫からものを頂戴、つまり横領をしたり、ついでに無断欠勤が一月を超えたからだ」
「至極全うな理由じゃないですか……」
横領以外にもあった余罪を聞いてナナへの印象はさらに悪くなる。
そこで気になるのは、オルフィアがなぜそのナナをかばっているかだった。
「でも追われてる理由はそれではないんでしょ? だいたい察しはついてるけど……私が抜けたのもそうだし。詳しい内部の状況はどうなってるの?」
「うん。レナが辞めた」
「えー……そのしわ寄せが都合のいい立場のナナにね」
「ちなみに辞めたのは男関係だ」
「は? 待って、いつそんな暇があったの? あんなところにいて?」
「フィアが思っているような展開ではないぞ。置いてけぼりのアリューのためにも一番はじめから話そうか」
「……助かります」
ナナは初めに、優秀な、もしくは将来有望な冒険者が集っているというイメージのあるサンクチュアリの真実を明らかにした。
「事実、優秀な冒険者は多くいる。だがそれは冒険者としての評価の話で、最適なクエストの選定とメンバーの編成は専門の役職の人間が行っている。そうしないとあのユニオンはうまく回らなくて、たとえばあるクエストに適切な数を超えた過剰な人員を割いて、利益はほとんど出ないとかだな。実際今はかなりごたごたしてる。フィアはそんな大事な役職の経験者だ」
「最悪だったわ。とにかく忙しくて、でも一応任された仕事として、きちんと後任を育ててから辞めた」
「で、その後任というのが今話してたレナだ」
「けどその人が辞めて?」
「ギルド職員として、クエストと冒険者それぞれのデータを参照して選定くらいは多少できたから私がその後任についたが……まあフィアが逃げ出すくらいだから私も耐えられなくてな。いろいろと不祥事起こして辞めようとしたんだ」
なかなか過激な思考だな、と思いながらその不祥事というのが個人情報の流出ほか横領に無断欠勤のことだと納得した。
「じゃあ追われてて、それをかばってるのは」
「私に自首させないために捕らえようとしてるんだ。変な話だが。フィアはなんだかんだで同情してくれて、力になってくれてる」
「なるほど……けどそれだけしてもなんの影響もないんですか? 本来の勤め先からのアクションとかは」
「私だってな。個人情報流出の時は、辞めるための嘘で実際にそんなことはしてない。ただオランドさんと一緒に謝りにいった時な」
「誰」
「ギルドの上司だ。けど向こうは謝るこっちを一切非難せず、オランドさんもことを荒立てたくないらしいからそれで話は終わり。それで今度は実際に無断欠勤をして、それをオランドさんと謝りにいったんだが、私を逃がしたくないらしいサンクチュアリはそんなことないとか、私が嘘をついてることにしてた。だからとうとう私は横領にまで至った」
「つまり、横領を自首したいナナさんを、横領されたサンクチュアリの人間が自首させないように追っていると……」
根本的に因果のおかしな逃走劇にあっけに取られながらも、ひとまず四竜征剣の出所がわかったので後はナナとサンクチュアリのごたごたを解決してもらうだけだな、とアルはふっと体から緊張を解いた。
それを見たオルフィアはむっとしたが、なんとか因縁をつけようにもアルは確かに無関係だったので、今は困っている元同僚の相談に乗ってやる。
「けど横領までいったら今後の人生に関わってくるわよ? それこそギルドから解雇されたらサンクチュアリはそれを好機とばかりに路頭に迷ってるあなたを囲い込み、最後まで尽くさせるでしょう」
「実家のピザ屋でも手伝うよ。特に私は、冒険者とか夢見る人間でもなかったし」
「ああ、それならいいけど……ねえ、ちなみにレナのその後は知らないの? いくら結婚したといっても、それだけで辞めさせるような組織でもないはずよ?」
「あ、言い忘れてた。男とは言ったが結婚はしてないぞ」
「え?」
ナナはこほんと咳払いをして、それはもう誰が見ても壮大な話をしようと胸を張り、抗議は一切聞かない雰囲気だったのでオルフィアは半目をつくりながら、口だけで聞きたい聞きたいと連呼した。
「話はさかのぼること半年と少し前、何でも屋っていうアリュウル・クローズがいてだな」
「……逆よ逆」
「待った。まだここからが本題だから」
「期待させて大丈夫?」
オルフィア、そして急に名前を呼ばれたアルが質問をしようとするが、ナナはそれらを一切拒み、語る口を止めない。
「レナはフィアも知っての通り、私と違ってもともと冒険者だった。一般人にはない能力に、それを正しく使おうという正義感もあった。そんなレナは、ある日1つの事件に遭遇した。今は解決済みだが──ギルド内での手紙盗難事件だ」
「……へえー」
真相を知っているオルフィアは、笑顔でいながらも目の奥は笑っておらず、その目で真犯人のアルの顔を覗き込む。
そんなオルフィアがいるので、いくら平静を装っていても普通の人間ならアルがなにか隠しているのか疑ってもおかしくはないはずが、ナナはマイペースに話を続けた。
「レナは事件当時、容疑者の有力候補を絞りこんでいた。犯行の手口も。後は言い逃れされないよう証拠を集めるつもりだったが、サンクチュアリのトップがそんなレナの計画を知ると、そんな手間は鑑定眼を使えば省けると、まあ事件解決への貢献によるギルドほか他方からの評価という目先の利益を優先して、強引な方法──衛兵に容疑者の連行をさせ、取り調べに同席した。もしも冤罪ならいくらでも責任は取るなんて約束をして。そして結果は……アリューならよく知ってるよな」
「え、なんのことすか」
とぼけてみせたが、事件の結末はよく知っているどころか実行犯だったアルは、鑑定眼からどのように逃れたかなど事件の背景をなにもかも知っている。
「そう、結果は収穫なし。それに怒ったトップは感情任せにレナをクビにした。そして売り言葉に買い言葉、レナもこんなところ辞めてやる、とサンクチュアリを去っていった」
「突然とはいえ、レナは後任を育ててなかったの?」
「いい言い方をすれば器用で責任感がある。悪い言い方だと頼られてる自分に酔ってた彼女は、1人で必要な業務を全部やってた」
「なるほど。その悪い言い方こそ正しい評価ね」
「アリュー!」
「うお!? びっくりした……急に大声出さないでくださいよ」
突然ナナが大声をあげ、一拍置いてしんとその場が静まり返った。
「そういうことで、偶然にも同じアリュウル・クローズを務めてるアリューにも聞きたいんだが、どうやったら私は助かる」
「んん……? 俺が考えなくちゃいけないんですか?」
「レナがサンクチュアリを辞める確かなきっかけを作ったのはアリューじゃないか」
「もうめんどくさい言い回しやめて、普通に俺をアリュウル・クローズだと言い切ったか……」
もしも事件直後に巻き込まれていたならだらだらととぼけ続けるしかなかったが、今のアルには最強の切り札があった。
「でももうギルドから正式な謝罪はされてて、俺は潔白そのものなんで」
「ああ、知ってる。職場内の情報共有は欠かせないからな。どういう方法でそれを証明したかも展開されたし、新たに別件で調査を進めようと計画されていることも……あーっと、これは機密事項だったー」
「別件の調査……?」
アルが食いついてきたのがわかるとナナは、急に距離を詰めて耳元でささやく。
「何でも屋から一流剣士への大出世のことだ。知ってるか? ああいう推薦状を必要とする役割の冒険者は、なにか大きな不祥事を起こすと、その推薦状を書いた人物の調査を行われることがある。推薦した者としての責任を追及するためにな。それはたとえ不祥事でなくとも、冒険者として求められる振る舞いができていない時もそうだ。あまりにもクエストを受ける頻度が低いと、それだけのきっかけで調査を行おうとする。特に謎の大出世をした期待の冒険者ともなると特に目を光らせているだろう」
「……推薦者にも責任が……?」
「うん。そしてまあ、私はそこまで偉くないから調査を早めたり強行する権限はないが、計画の判断を決める話し合いに参加くらいはできる。あー、もしかしたらたまに、その話し合いの内容とは全く関係無いことを独り言ちる時があるかもな。特にアリューの前だと気が緩んで」
「遠回しに……サンクチュアリとの問題を解決を手伝えば、ギルド内の人間として味方をしてやる、という交渉ですか?」
「さて、どうだろうか。私の思いとして確かなのは、父親の身辺が洗われて、フィアがそれによる迷惑をかけられないようにはしたい。オルキト君もだ」
「……責任を取るのは1人でも、影響はそれだけで済まないんですね。まあそうか」
「さて改めて、そんな私との縁をここで終わらせるか?」
自分だけでなく、一歩間違えば、よく知る2人の冒険者としての生活が危うくなる。
それを防ぐためのナナからの提案、またとないギルドとのつながりを得られる機会は、一考の余地があるものだった。
「……この拠点の主は正確には俺じゃないんで、ソイツが帰ってくるまで返事は待ってもらっていいですか」




