#188 理想は資格なし可と子供同伴OKの求人
「みんな、僕らのおじのところに行ったよ。誕生日祝いに招かれてね」
アンに出会った翌日、『星の冒険者』を探してギルドを訪れたアルだったのだがそんな入れ違いにより、ユンニにはウジンしか残っていなかった。
「あの、僕はもうみんながネラガに行ってる間に顔出してきたから、別に置いてかれたわけじゃないよ? みんなの方が遅れてたんであって、変な目で見ないでよ」
「おじか……三親等にそんな権限があるとは思えないんだが」
「いい人なんだけど、ちょっとめんどくさくてね。僕らが顔を出さないとうるさくてさ。別にサジンが1人で行ってすぐに帰ればよかったんだけど、ついでに向こうでクエスト受けてこようって盛り上がって、でも僕はここで先約があったから残ったんだ。……いや、だから置いてかれたんじゃないよ?」
「わかったわかった。それでいつ戻るって聞いてる?」
「サジンだけが行って戻ってくる最短でも3日で、そこにおじさんのもてなしと、クエストの状況とか考えると……10日行くか行かないか、かな」
「ああ……もう……」
アルが一通り質問を終えた様子だったので、今度はウジンから質問がされる。
「気になってたけど、その子って例の……」
リワンで男からそうされたように、アルはウジンの首を引っ張ろうとするが力比べでは敵わず、必死にその口を塞いだ。
「この子は人間だ。今は記憶を失ってるけど、たぶんあの組織に酷いことをされてたみたいだからあんまりそのことは触れないようにしてやってくれ」
「そ、そうなの? わかったよ」
◇
「じゃあとりあえず孤児院を覗いてみるわ」
クエストに行く予定だったウジンとはそこで別れた。
ウジンから紹介された孤児院へ着くと、若い女の職員に迎えられた。
アルは個人的に、年齢の近かったオルフィアと比べれば穏やかな雰囲気の職員に、なかなかいい好印象だと思ったのだがアンはそうはいかなかった。
「や!」
ぎゅっとアルの足に抱き着いて固まってしまった。
表情がわからないほど顔を埋めてしまって、口だけの説得は聞く耳も持ってもらえない。
「まあ、そううまくはいかないか……」
「あの……どうしますか?」
「すみません、今日はやっぱり話を聞くだけにしておきます。アン、大丈夫大丈夫。今日は見に来ただけだから、ね?」
ジフォンではなくユンニの施設に預けてしまうといつでも駆けつけるということはできず、アンを孤独にしてしまう。
そんな無責任なことはするつもりはなかったが、かといってなにもしないわけにいかず、あらゆる救済手段を検討するためにアルが起こした行動が、施設をあらかじめ訪ねておいてアンの相談を済ませておくことだった。
『ユンニはとにかく大きな都市だから、アンの偽物──決闘人形のことは冒険者の一部にしか把握されてない。街の一般人に特徴を覚えてもらって、もしも親族の誰かが気づいてくれればなおいい』
孤児院を後にしたアルは、ぐずっていたアンを慰めるためにレストラン・ヤナギに行っておやつを食べさせてやることにした。
◇
「むむ……どうしたものか……」
食事を終えたアンを外につないでおいたツバキの方へ連れていくと、テーブルに残ったアルは頭を抱えて深刻な顔をした。
『予想外の事態が多すぎる……ツバキまではぎりぎり許容したとしても、アンがなあ……アイツらもユンニを出ていたとは。施設に預けられなくてもそっちに面倒をみてもらえるだろう、なんて甘い考えをすぐに潰された。女の子だし女子の助けが欲しいのに、残ってたのはウジンだけ。幸いと言えば幸いで、ツバキがいてくれたが』
ちらりと外を見てみるとツバキに甘えていたアンは、もふもふの体毛を撫でてとてもリラックスしている。
意外、というほどでもないがツバキも面倒見がよく、周囲への警戒をよくしているようでアルは安心してアンを任せられている。
『さて、当面の問題はアイツらが戻ってくるまでの生活だ。俺とアンとツバキの生活費を工面しないと。……不本意だがツバキはアンにとっては心の支えになってて養わざるを得ない……くっ』
アルは嫌々ながら今後の出費を見積もっていく。
3人分の食費、ツバキが部屋を別にしたがるので2部屋分の宿泊費。
それらを余裕をもって10日分。
「……働くか」
アルは子供同伴OKかつ何でも屋でも受けられて、そこそこ自給のいい仕事を求め、ギルドへと再び足を運ぶのだった。
◇
「ブリッツバーサーっていくらで売れるかな……?」
ギルドの隅でアルは唯一の自分が手にしている力を活かせる、最後の手段を実行しかけていた。
「ああー! どこもかしこも何でも屋はお断り、子供同伴はもってのほかって、俺そんなに贅沢言ってる!?」
ツバキは口を聞かなかったが肩をすくめる動作だけで言わんとしていることはわかった。
当たり前だろ、と。
「アル、どうしたのこんなところに……まだアンを連れてるの?」
「よお、ウジン……まあいろいろ事情があってな」
「もしかして仕事探し? ならちょうどよかった。実はさ、さっき話してたクエストだけど約束してた相手にすっぽかされて……」
「ウジンって人望無いのか?」
「た、たまたまだよ。アルが帰ってくるまではこんなこと滅多になかったから。それより話の続き。単純に頭数揃ってればいいクエストだから、一緒に来ない?」
「んー……ちなみに子供って預かってもらえる?」
ウジンの顔は取り繕うことなどなく、明らかに渋くなる。
「そんな条件のいいクエストなんかほぼないよ。けど、そうだなあ。僕が他の冒険者と一緒に借りてる宿があるんだけど、そこの予定のない誰かに頼んでみたら?」
「ちなみに男か?」
「そりゃもちろん」
「じゃあだめだ」
「ええ……難しい子だね」
「……ごめんなさい」
「ああ、アンは悪くないって。兄ちゃんが不甲斐ないからさ、ほら」
アルは大袈裟に笑って見せて、アンの頭を撫でる。
「そうだ、ニコルはどう?」
「女でもぐいぐい来るタイプはちょっとな……アンの存在を無駄に広く知らせるのもリスクあるし、あとそもそもニコルは危なさそう」
「本当に贅沢だね」
「……ごめんなさい」
「もうやめろ、おい」
ごたごた揉めていると、むさくるしい冒険者ばかりがいるギルドには珍しい老夫婦が隣のテーブルから様子を見ていることに気付いて、アルは小さく頭を下げて謝った。
「皆さんも冒険者……なのですかな?」
アンにツバキを連れていたことが珍しかったのか、夫の方がアルにそう尋ねた。
「この子はもちろん違いますけど、まあ一応俺はそうです……」
「子どもを預かってもらえなくて困っているそうですが、よければその要望に応じますよ」
「ちょっと、あなた」
「まあ待てって」
夫の気まぐれに妻は袖を引いてそれを止める。
夫は穏やかな声で妻を落ち着かせながら、照れて頭をかきながらぽつぽつと話し始める。
「実は本当に些細なことを依頼しに来たんだが、その、クエスト? として発行されるまでには少し時間がかかると言われてな。急ぎの用事だったんだが、そう言われてしまってやはり依頼を取り下げることにしたんだ。ここで休んでいたのもそれで落ち込んでいたからでね。で、少し話を聞いてしまったんだが、子どもを預かってもらえず悩んでいると?」
「ああ、はい」
「そうかい。いやちょうど私達も急いでも希望の日程までに間に合わないとわかって、いっそクエストの条件をゆるくしてみることにした。子どもなら私達で預かるからどうかな。是非クエストを受けてもらえないだろうか。報酬もなるべく期待に応えられるようにはしよう」
「そう……ですね」
「ああ、今回だけと言わず、よかったら今後も頼まれれば子どもを預かろうか?」
「……一緒にイヌも頼めますか?」
「あ、ああ。よくしつけられた上品なお嬢さんのようだね。もちろん構わないよ」
ツバキがついているならこれ以上になく安心だった。
アンには、ツバキがついてて暗くなるまでには迎えに行くから我慢できるか聞いて、頑張れるとも答えてくれた。
最後にクエストの内容だが、確かに些細なことに違いなく、ウジンにも尋ねてみたが大して珍しくもない鉱石の採掘という内容のものだった。
「じゃあクエストを発行してもらってもいいですか?」
「ああ、よかった。ついでで悪いんだがね。手続きに付き合ってもらえないだろうか。発行された後に見逃すことがないよう」
「もちろん。悪い、ウジン。少しだけアンとツバキ見てて」
◇
老夫婦が改めてカウンターでクエストの依頼をしてるのを遠目に見ていると、途中で手続きの場に呼ばれる。
「正式に発行された時すぐに知らせてくれるよう、名前を控えておきたいそうなんだ」
「ああ、確かに」
証明書になるギルドカードの提出も求められたが、いつもしまっていた手帳を探しても見つからない。
紛失してしまったかと焦っていると、親切に届けてくれるイヌがいた。
「……ありがとうツバキさん。なんであなたが持ってたのかはすごく気になるけど」
「賢いイヌですな」
「そうなんですよ……」
職員の不快そうな様子を見て、唾液を拭ってから向こうに預ける。
「……アリュウル・クローズさん」
アルの名前を確かめると、職員はカウンターの奥に引っ込んでいき、だんだん騒がしくなっていく。
しばらく待っているとなぜかアルと夫婦の3名は奥の応接室に案内された。
◇
「アリュウル・クローズ様。ちょうど預かりものがあったので、まずはこちらを」
『様……?』
カウンターにいた若い職員と替わって対応に来たのは中年の男職員で、そのうやうやしい態度が不自然に感じたが、なにかを聞く前に預かっているものだという手紙を渡された。
差出人の名前と住所を見てそれが、リワン村の元青年団団長の手紙だとわかった。
『そういや手紙出してたとか言ってたな……まあ、直接訪ねちゃったからもう意味は無いんだけど』
封を切らずにアルは懐にしまう。
「確かにアリュウル・クローズ様宛の手紙をお渡ししましたが、また別のお手紙についてお尋ねしたくて」
「別の?」
「はい。こちらの」
職員は先ほどと同じ柄の封筒に、同じ差出人の名前が書かれた手紙をテーブルに置いた。
『2通出してたんだったな。確か俺の名前がやっとわかったからとかで、これが例の如く……』
「宛名が”ダースクウカの冒険者”とあるのです。失礼ながら差出人が同じだったため、確認として尋ねたいのですが……ダースクウカ。お持ちでしょうか」
「……いや、ないです」
ダースクウカと手紙の組み合わせには苦い記憶しかなく、アルはとにかく無関係を装うと決める。
悩んで考えていると怪しいため、肯定した場合のメリットもあっただろうがとにかく直感でそう答えた。
「そ、そうでしたか……ちなみにしばらく前に起きた手紙の盗難事件についてはご存じで?」
「存じておりませんが」
なにを隠そう、真犯人だったアルはきっぱりとそう言い放った。
動揺をしないよう逆切れ気味になって、語気を強くしてしまったせいか職員はおろおろして、やがて深く頭を下げ出した。
「も、申し訳ありません、一流剣士様! 私どもの不手際で手紙が被害に遭い、怒り心頭であるのは重々承知しております。せめて正式な謝罪の機会だけでも設けさせていただけるよう、どうか検討願います!」
『なんだコイツ。なにを言ってるんだ?』
「ええと、一流剣士様……? これはどういうこと……で、でしょうか」
職員の様子にただならぬ事情があると感じたらしい男は、すっかり怯えながらアルの顔色をうかがっている。
「あの。一般の方がいるのにそういうことはやめてください」
「はっ、はい!」
「それとお願いなんですけど、ギルドカード返してもらっていいですか?」
同姓同名のアリュウル・クローズがたまたまいて、それと人違いをしているんだろうと、だから『何でも屋』しか記載がないギルドカードを職員と一緒に確かめてみようとした。
「ほら、『一流剣士』しか書かれてないじゃないですか……」
「ええ、そうですが」
「ちょっと失礼しまーす」
ギルドカードの『一流剣士』の黒い文字を爪でこする。
しかしなにも滲みはしない。
「ああ、ギルドカード確かに丈夫ですが万が一があるので、汚れが気になるなら専用の装置で磨きますが……」
「どこにあります!?」
「ひっ! ぎ、偽装も防ぐため、新規発行、更新含め各種取り扱いはギルドのみですね。1階のカウンターです」
大慌てで1階に降りると、必死の形相で汚れを落とすように担当職員に詰め寄る。
職員は汚れの状態を確認するが、粘性の液体でべたべたしていただけで、別の衝撃的な事実を突き付けてくる。
「あの、これ昨日更新したばかりですよ?」
「……昨日? 俺って、昨日ここに来てましたか?」
「こほん。ええ、そうですよ。まだ残ってるかしら……はい、アリュウル・クローズさん。手続きの記録ですよ」
嫌な顔をされるか、まして追い返されてもおかしくなかったのに、幸運にも咳払いをされただけで、そのうえ手続きの詳細な記録まで見せてもらえた。
「はい、一流剣士への推薦書とともに更新を依頼して、それを私どもが受理した、と残されています」
「推薦? 誰がです?」
「えー、ネラガの……ギルドマスターですね、バルオーガさん。確かに本人のものだと確認を取れてます。……これだけ審査があるのは稀ですが……おっと」
何でも屋からなにもかも跳び越して一流剣士など、やはり誰もが疑ったのだろう。
しかしバルオーガの推薦書がなによりの実力の証明。
そう、たとえそれが、家族を人質に取られていて書かされたものであってもだ。
そして申請してきたのが他でもない聖獣ツバキで、アルになりすましてギルドを訪れていた(分身もできるので個別行動も容易にできた)。
◇
「……すみません。ただいま戻りました……」
「だ、大丈夫かい? なにかこの一瞬でやつれたようだが……」
「大丈夫です。話を進めますか」
応接室に戻ると夫婦とともにクエスト発行の手続きを始めた。
場所が変わっただけで手順は変わらず、そして正式な発行までの期間が縮まることもなかった。
「……こればかりは仕方がないか」
「あなた、さっき納得したばかりじゃない」
やけに焦っている夫婦の様子が気になって、特別な立場にいたアルからも職員の方にアプローチをしてみる。
報酬が早く手に入ることにもなるので純粋にメリットもあった。
「い、いえ、これだけはどうしても特別扱いをするわけには……」
職員として自覚は持っているようで断られたが、まったく交渉の余地がないわけではなかった。
夫婦を先に退室させてから、顔を合わせた時かららずっと落ち着かないでいる職員に強気な態度で出た。
「もしも今ダースクウカをここで見せたら、誠意というのを見せてもらえますか?」
「へ? そ、それは……」
もう取り返しのつかないことに巻き込まれてしまったのでせめて、手紙盗難事件の真相をギルドからの正式な謝罪をもって、先方の不手際として決着させてしまおうというアルの卑劣な計画だった。
「──少々お待ちください」
◇
「この度は本当に……ありがとうございました……」
「ありがとうございます……!」
ちょうどクエストの取り下げがあって、同程度の難易度であるクエストだったのでそれを代わりに置き換えた、という無理のある体だったが、クエストは即日発行、暇をしていたウジンに手伝ってもらって当日中にクエストを達成できた。
ただついていくだけだった素人のアルからしても本当に大したことがなかった内容だったのに、アンの迎えのついでに依頼された鉱石を直接納品しに自宅へ行くと、その夫婦はまるで人命でもかかっていたかのように、肩を震わせてすすり泣きながら感謝を口にしている。
「あのー、なにか事情があるなら聞かせてもらえませんか?」
「そうだね。気になるところがいろいろあって、例えばこのレトフィス鉱石なんて一般人にはなんの利用価値もないものなのに、それをあんなに焦って欲しがるなんて」
「そうなのか?」
「アルはさあ……」
ためらっていたようだが、やがて夫の方からばつが悪そうに話しだした。
「本当は冒険者である息子が受けるべきクエストだったんだが、私達が代わりに受けてそれをその、いわゆる横流し……だな。するつもりなんだ。悪いことだとわかっているんだがこの通り、見逃してくれないか」
「私からもお願いします。どうか内密に……」
「でもそれは息子さんのためにならないと思いますよ」
「……! でも仕方ないんです。あの子は今、けがを負っていてクエストを全く受けられていない状態……次の更新の時までに時間がなくて、もう資格を剥奪されるのも目前なんです!」
「剥奪……? なんのことですか?」
「息子の仲間が訪ねてきて聞かされたんだ。息子の名誉のためにくれぐれも内密に、と念を押されてな。それによると規定の期間になにも実績を上げられなかった冒険者は、その資格を剥奪されてしまう。だから、その彼は秘密裏に手を回して簡単なクエストでも成功をさせてやろうと考えていて、私達に協力を求めてきた」
「ま、まじか。あぶねー……俺、半年近くなんにもしてなかった時期あったぞ、向こうで」
空気を読まないアルの発言にウジンは顔をしかめている。
しかしその理由はアルが反省していたものとは違った。
「更新の義務はありますけど、別に実績を上げなければならないなんて決まり、存在しませんよ? ギルドに問い合わせたりしなかったんですか?」
「いや、親の私達が不自然な動きをしているとギルドからの不審感を煽るとかで、とにかく息子のために男はこのことを一切口外するなと……だから君達もこのことはどうか」
「まさか、高額になるけど金さえ渡してもらえればこっちで必要なものを用意する、とか言われました?」
「どうしてそれを……!」
「なるほど……息子さんから直接の連絡は?」
「あの子からはなにも……きっと私達に心配をかけないようにしているのかと」
「……なあ、ウジンよ」
「アルもわかった?」
ウジンはアルと目を合わせるとこくりと頷き、確信をもって夫婦に尋ねた。
「その彼といつどこで会う予定ですか」
「ええと、約束のメモはこれになりますが……」
「おい、お前、なにをしているんだ。これはくれぐれも秘密だと言われて──」
「借りますよ……ってもうすぐじゃないですか。ごめんアル、ここは任せた」
「おう、留守番ならばっちり任せろ」
「なにかあったらアルまで守る自信なくてね、助かる」
「ぐぬ……はなっから頼られてないのもそれは傷つく……」
「ま、待ってくれ。このままだと息子は……」
ウジンの背中がぐんぐん遠ざかっていくにつれ、老夫婦はうなだれていき、やがて膝から崩れ落ちていった。
「あのー……大丈夫ですよ。ちょっと落ち着いて話を聞いてくれますか?」
「ああ……終わりだ……もう……」
老夫婦とは会話をするところから既に困難で、こんなことならウジンについていけばよかったと後悔したアルだったが、アンが見ていたこともあり途中で投げ出すことなく説得を成し遂げたのだった。
◇
「この度は本当に……ありがとうございました……」
「ありがとうございます……!」
ウジンが見事詐欺の容疑者を捕らえ、事件を未然に防いだ日の翌日、老夫婦から昨日と同じ場所、同じ言葉で感謝をされた。
違った点と言えばそれは、涙混じりながらもそれは悲しみではなく嬉しさがこみあげて出てきていたものに変わっていた。
「別に僕は普通のことをしただけですよ」
「うわリアルでそういう人初めて見た」
「か、からかうなよ。アルだってここに残って説得をしてくれてたんだろ?」
「別に気まぐれだし」
「んー? そうだ、アン。アル兄を褒めたげなよ」
「アル兄? 頑張ったの?」
「お、おい」
「アル兄、すごい……頑張った」
「……ああ、ありがと」
照れたアルはそんなアンの頭をくしゃくしゃと撫でて、はたから見るとどちらが褒められているのかわからなかった。
「でも偶然が重なって、本当に運がよかった。あの時テーブルで隣り合わなかったら縁が無かったし」
「ええ、その通りです」
「それからクエストの取り下げがぴったりあったおかげで、その後の話が発展した」
「……」
副産物的に一つの事件を未然に防げたのだが、その裏にはあまりに汚い隠蔽事件が潜んでいて、その主犯のアルはとても複雑な気分でいた。
「あの、今日お招きいただいたのはどういう用件でしょうか」
誰もアルの犯した罪は知らないのだが、意識すると体がそわそわし出すので、アルは老夫婦に家まで招かれた理由を尋ねた。
「今回の事件を通して、改めて息子との関係を見直してだな。この家を出て、息子のいる地域で新たな生活を始めることにしたんだ」
「引っ越しですか」
「ああ、数日で荷物をまとめてこの家を空ける。せっかくアンちゃんを預かれると言っておきながら、勝手で申し訳ない」
「い、いえいえ、そんな……まだしばらくはいるんですよね? その間だけでもありがたい限りです」
「引っ越した後、この家をどうするか悩んでいたんだが……どうだろう、君達、ここに住む気はないかな」
「えっ」
「両親、息子や娘がいた頃は狭いくらいだったんだが、今は私達だけになったここは、ただただ広く管理が大変でね。いつかは引っ越すつもりでいたんだが、その機会がついに訪れた。ウジン君に聞いたら本来のパーティはまだ4人いるらしいじゃないか」
「でもこんなきれいな屋敷、簡単に譲ってもいいんですか?」
「いやいや、正直言うと、目立たないだけで多少古くなっているところもあるし、今回のお礼として出すには惜しくないさ」
「……どうする? これは俺とは関係無い話だから任せる……」
パーティとしての判断が求められているのでアルはウジンの方へ視線をやった。
「拠点……! いい、すごくいい! ねえアル、冒険者としてわくわくしない!?」
「うお、今まで見たことのない興奮具合……」
「いつかは拠点を買おうとお金は積み立ててたけど、まさかタダで──むにっ!?」
「待て、そういうことは言うな。やらしいから」
アルに制されて落ち着きを取り戻したウジンは夫婦へ、提案を承諾する意思を示した。
「僕達でよければ、ありがたく住まわせてもらいます」
「そうか。ああ、この屋敷も若い子達の活気に満ちていた方が役目が全うできて喜ぶだろう」
「よかったねアル。しばらく宿代が浮く──にゅ!?」
「言わなくていいんだよ」
アンを引き取ってから2日目。
寝泊まりができてクエスト中にアンを預かってもらえる生活拠点、そして一流剣士の資格を手にして、なかなか不自由のない環境を得られていた。