#187 再会と出会いの日
「いやー、見たところ大きなけがもなかったみたいだからひとまず安心したよ。とりあえず今は船旅お疲れ様」
「ほんとよ……最後の最後でごたごたして振り回されてさあ」
「……なんかすまん」
「なに? あーそうよ、どうせアルのせいね」
ユンニへ到着した『星の冒険者』一行は、現地に残ったままでいた、サジンの双子の兄ウジンと再会して、今は年中寂しく空いている飲食店ヤナギで簡単な会食を行っていた。
ただ、出発してすぐに整備不良により地上と空を忙しく行き来したり、航行中もやたら船員によって行動が制限されたりで、移動による疲労は普段以上に溜まり、ウジン以外の面子はぐったりとしてテーブルに突っ伏している。
むすっと怒っていたレーネへ会話の流れで謝ったアルだったが実際、飛空艇の一連のごたごたを引き起こした元凶は確かにアルであったのだ。
その目的は、冒険者になりすまし密航を目論んでいた聖獣ツバキを見つけ出して犯行を阻止するためだったのだが──ユンニに到着するまでそれを成し遂げられなかった。
ツバキに関することを知っているのはアルだけで、そのために心労により明らかに他のメンバーより疲労の色が濃かった。
『まじでどうする……ツバキは今どこでなにしてるんだ……? 本当に密航をするつもりだったのか、もしくは単にあの屋敷を出てっただけ……?』
不明であるツバキの行方に、今もなおアルの頭は痛まされていた。
そんなアルの様子を心配そうに伺いながらも、ウジンは大切な情報を伝えてやる。
「そうだ、アル。ジフォンの架橋が直ったらしいけど、いつ出てくの?」
「おい言い方。ああ、頼まれなくても出てってやるよ。まったく」
「移動で疲れてるならあんまり無理しちゃだめだよ?」
「いや絶対に出てく。前の教訓があるし……」
前回は贔屓の劇団の公演をつい見てしまったせいで、街中に出た決闘人形の対応をせざるを得なくなったりしていて、そうして痛い目を見たアルはとにかくやるべきことは先延ばししないように決めていた。
「……じゃあね。アル君」
「ああ、そっちも元気でな」
ジフォンはユンニとは、大陸の端と端のネラガほど離れていないので大袈裟な別れの挨拶はしなかった。
ウジン、レーネ、オルキト、そしてコトハとも挨拶を済ませる。
最後に残ったのはサジンだ。
「なんか色々迷惑かけたり、その度に世話になったりして、本当に助かったよ。これからも頑張ってな」
「まあ、確かに振り回されたけど決して悪くもなかった。楽しいことも、いや、そう思った方が案外多かったかもしれない。アルもまた元の仕事頑張ってくれ。それと……」
サジンは周りに気付かれないように小さく手招きして、内緒話をしようとする。
その仕草にアルは不覚にもドキッとしたが。
「お金を貸してるの、忘れるなよ」
台無しだった。
◇
ユンニからジフォンまでは、リワン村という小さな村を経由して馬車でだいたい半日。
リワンは2度ジェネシスの襲撃を受けていたが、今は組織が標的としているブレンの足跡はネラガ辺りのものが最新となっていて、そして冒険者が常駐していないのどかな村は決闘人形を圧倒して捕らえておくのもできないはずだったので、3度目の襲撃というのが起こる可能性は極めて低いと見積もっていた。
『懸念事項と言えばレジスタンスのバーグ・ソドルの家なんだが……すっかり焼き払われててなんの価値もないわな』
そんなことを考えながら、発着場でジフォンへの馬車が出るまでぼおっと待っていると、視線を感じた。
大勢の人間が行き来しているので人の目は多いが、その中でもひときわ不快さが混じっている。
視界を広くとって遠くを眺めていると、急に飛び出してきた子どもが目の前を横切った。
『まさかジェネシス……? ユンニにまだ残党がいるのか? くっ、ちらほら子どもの姿は見えるけど、決闘人形の顔は……ない』
引き返してオルキト達に注意を促しつつ協力を求めるべきか、だが単に杞憂ならまた無駄足になる。
馬車の時間も迫っていて、迷った末に選んだ道は──自ら打倒すること。
『ユンニなら、獣人に限らず指令を出す本体も強力だったガド階層に比べて、知能に戦闘能力も低いアマラ階層である可能性が高い。今の俺にはブリッツバーサーにダースクウカもある。それに緊急停止機構のこともわかってる。万が一があってもなんとかなるさ』
ネラガで得た決闘人形の知識を総動員し、自分なりの警戒態勢に入ったアルはジフォンへの馬車に乗り込んだ。
◇
道中は比較的平穏だった。
乗り合わせた客は5、6人で、アルより一回り年上の男女と男児が1人、一様に馬車に揺られている。
『とりあえずリワン村までは無事に着きそうだな──ん?』
なにやら先ほどから御者が鞭を振る音が騒がしいと思っていたが、とうとう馬車が止まった。
まさか予想した最悪の事態が起きてしまったかと、唯一の戦力であることを自覚していたアルは誰よりも先に馬車から降りた。
「がう」
「困ったなぁ……どいてくれないかい、そこのワンちゃんさ」
御者が優しくひゅっひゅっと鞭を空振りさせるが、その白いイヌは頑なに馬車の進路を阻んでいる。
「うそ……だろ? なんで……」
「がうがう」
呆然と立ち尽くしていたアルの姿を見つけると、その白いイヌはててて、と駆け寄って尻尾を振る。
「あれ? もしかしてお客さんの?」
「い、いや、こんなイヌ知らないです」
「でもそんな、ずいぶん懐いてる様子ですがね」
「きっとたまたまでしょう。さあ、道が空いたんで先を進んでください」
「う、うーん……」
馬車の周りをうろついていたのも不審だったが、アルにだけ異様に懐いている様子に御者は、複雑な事情があるのではと疑いの目を向けている。
アルはこそっとそのイヌに話しかけた。
既にこの時点でアルは、それが人間の会話を理解していて、自ら考えて話すことができる聖獣のツバキだと確信していた。
「ツバキか? なぜここにいる」
「……」
「どういう手段でここまで来たか知らないが、飼い主のとこに戻れ。そうだ、オルキトに突き返してやるからな」
言ってアルはユンニへ戻る道を振り返るが、現在地はユンニ-リワン間のほぼ真ん中で、引き返すには既に手遅れな位置だった。
他の乗客のことも考えると進むしかない。
「こ、コイツ……おい、ってことは発着場で感じた視線の正体はつまり……ああ、もう!」
発着場で一揉めして、振り切られてしまえばそこまでだったが、道半ばまで来てしまえば残りの道を進まざるを得なくなる。
それがツバキの目論見であった。
『……まさかジフォンにまで来る気か? 俺が帰るべき、絶対不可侵の聖域にまで……それはまずい』
その前にリワン村でどうにか撒くしかない。
とりあえず、他に待っていた乗客の視線に焦らされて、策は馬車で考えることにした。
「健気だな……捨てられたのに飼い主の後をついてきてるらしい」
「え? そうなのか? じゃあさっきあれだけ尻尾振ってたのは……」
「ねえ、ワンちゃんかわいそう」
「しっ、馬車の中は静かにね」
ひと騒ぎあってから、とぼとぼと馬車の後を歩くツバキに、乗客はすっかり情が湧いていた。
たまにちらちら視線を送られているアルは、ツバキを捨てた飼い主という誤った認識が広がっていて、その居心地の悪さに耐えかねたアルは、道半ばを過ぎた所だというのに乗車賃を払って、ツバキをわざわざ馬車に乗せてやることとなった。
◇
「なあ」
「……」
「おーい、ツバキー?」
「……」
「んだよ、おとなしぶりやがって」
ネラガと違って完全にバルオーガの力が及ばないためか、一言も口を聞かないツバキ。
といっても一歩でも動けばその後をついてきて、アルはもううんざりしていた。
『さて、対策もしないままツバキを連れてジフォンに帰ったら、住所がばれて一生付きまとわれる。だからそれまではこのリワンに留まって、ひとまずはオルキトに連絡を取ってみるか』
宿を見つける、それから手紙をしたためようとやるべきことを考えたアルが村の中を探していると、半年と少し前に目にした懐かしい風景の中に、懐かしい顔を見つけた。
「やっと来たか! アリュウル・クローズ!」
「あー……久し振りだ」
青年団の元団長の男が、その屈強な体を軽やかに動かして、アルの背中をバシバシと叩いた。
「やっと? なんのことだ?」
「ちょっと前に手紙出しただろ。あー、それは前の時と一緒でダースクウカの冒険者って書いちまったが、村にいた知り合いから名前聞いて、すぐにちゃんとそれを書いて出したぞ。アリュウル・クローズ」
「コトハの親戚かな? って、ああ! そうだそれそれ! 酷い目にあったんだからな? 今度ギルドまで証言させに来てもらうぞ、あらぬ冤罪をかけられてなまったく」
「はあ、手紙は読んでないか……なあ、とにかく大変なことがあんだよ。いいから来い」
素手では男の力には敵わず、アルが連れていかれたのは男の自宅だった。
「ほら、見てやってくれ」
案内されたのは子供部屋のようで、玩具が散乱していた部屋の一角、小さく丸くなっていた子供の背中を指し示された。
「孫……自慢か? でもまあまあ大きそうだし、どのタイミングで報せたんだよ」
「違うっての。おい、お前。頼むよ」
男に頼まれた妻が子供の元に歩み寄ると、その手を引いてアルのところへ連れてくる。
どうやら男はその子供に怖がられているようで、かつ人見知りらしくずっと女の背中に隠れていた。
「手紙を読んでないってのなら……まあ、驚くなよ。この子が怖がる」
「子どもを見て驚くってなあ」
『どうせ変なメイクで仮装して、面白おかしくしてるだけだろうな……驚く演技してやらなくちゃいけないのか。考えたら手紙のことも、このためについた嘘なんだろうな。やれやれ』
村を救ったことがあったとはいえ、厄介な男に気に入られてしまったものだと思いながら、その期待に応えるために無防備なふりをして態勢を低くする。
リアクションを取る準備はできたので、優しく声をかけながらその少女の顔を覗き込んだ。
「こんにちはー」
「──こ、こんにちは」
「……っ!?」
驚きのあまり、がたがたと廊下の壁にぶつかるほど後ずさりをした。
その少女の顔はおかしなメイクや、ましてけがのひとつもない可愛らしいものだった。
そう、見た目だけなら可愛らしい決闘人形と同じ顔だ。
「お、おい、これって……」
アルが抗議をしようとすると、男に首を掴まれて少女と距離を取らされる。
「言っただろ。怖がらせるなって」
「あれ見て驚かずにいられるかよ! 先に注意しとけよ!」
「だから手紙であらかじめ……ああ、読んでないのか」
「もういいよ。アレの扱いはわかってるから、まだ警戒されてない今のうちに落とす」
女に寄り添っているが、回り込めば両肩にある強制停止機構は作動できる。
男を押しやって少女の元へ戻ろうとするが、今度は腕を掴まれた。
「最後まで聞け。アレは……あの子は人間だ」
「……なに?」
「世話はウチのに任せてるが、見つけた時はけがしてて赤い血も出てた。食事も人間と同じものでいいし、睡眠もとる。汗もかいたりする」
「はあ……?」
男の言うことがにわかに信じられなかったアルは、女の背から覗いている少女の顔をもう一度よく観察する。
言われてみれば決闘人形とは違う雰囲気がしなくもなくて、その目は興味津々でツバキを見つめていた。
「もふもふ……」
「賢いから噛まないよ。撫でてみな?」
「……! や、や……」
さっきのことがあってかなり怖がられてしまった。
また女の背に引っ込んでしまう。
「ツバキ、じゃあアレをやろうか」
もちろん返事はないが確かに目は合った。
「はい、くるくるー」
アルの指の動きに合わせて、のろのろと遅いがツバキはその場で回る。
「ジャンプ!」
伸ばした脚の障害を合図に合わせてぴょんぴょんと跳び越える。
「わあ……」
タネがわかればとてもしょうもない芸だったが、少女の気を引くことには成功した。
アルは最後の大技を決めにいく。
「じゃあ、ウサギさん!」
「……」
なんだそれ、と半目のツバキ。
耳をパタパタするジェスチャーをするが、そこまで付き合いきれるか、とそっぽを向かれた。
「あ、あはは、これは練習中だった」
「ぷっ、くすくす」
「じゃあ今度は得意なのいくね。ツバキ、ごろごろー」
ツバキを寝転がせてそのそばにしゃがむ。
少女を手招きして、お気に入りの場所を撫でるように促す。
「よし、よし……」
「ん、ありがとー、って言ってる」
「えへへ……」
ツバキを撫でている少女の首の後ろをさりげなく見たが、確かに決闘人形には欠かせない燃料補給のプラグはなく、人間に違いなかった。
確認が済むと、ツバキのおかげで打ち解けられたアルはさっきの謝罪をしながら自己紹介をする。
「お兄さんはアリュウル・クローズって言うんだ。アルって呼んで」
「アル、兄?」
「うん、アル兄だ。君の名前は?」
「私……わからない……」
男の方を見るとお手上げ、といったように頭を横に振る。
『どうしようか……順番がどうなってるか不明だけど、アンナだのカンナだので、名前のバリエーション使い尽くされちゃってるだろうからな……なんちゃらンナ、ンナ……NNA……あ、そうだ』
「『アン』はどうかな?」
「アン……私が、アン?」
「可愛いと思うなー」
「……! うん、アン。私は、アン」
◇
アンをツバキに任せている間に、どういう経緯でアンに出会ったかを男に聞いた。
今日、アルがリワン村に到着した日のおよそ2週間前に、近くの村に倒れているのを見つけたらしい。
ジェネシスによる襲撃の前例があったため、疑問は多かったがアンのけがの手当てをひとまずした後、数日は人の目につかないよう、青年団の施設に監禁されていた。
取調など行ったが名前やどこから来たかは全くわからなかった。
気味が悪かったが監禁は続き、そんな生活の中で徐々に違和感を抱いた元団長の男が、責任は自分が全てとるとして自宅で預かって世話をするようになった。
「全容はわかってないが、あの子……アンは被害者だと思ってる」
「被害者」
「おう。自分が知らないところで事件に巻き込まれてて、それが原因か、記憶を失ってしまったあたりだと睨んでる」
「それで。俺になにを頼むつもりだ」
「ああ、リワンみたいな小さな村じゃ孤児院もなくてな。アンをユンニの施設まで連れていってくれないか? お前なら10まで説明せずとも細かい事情を全部わかってくれてるだろ?」
「なるほどな……」
「なんならジフォンでも構わないが……」
「それは絶対だめ。あのイヌいただろ? それを返す用事があるから、ユンニならちょうどいい」
「お、おう、そうか……でも顔を見に行きやすいのはいいと思うけどな?」
「む……それはそうだけど……」
「……こんな小さな村だと噂が広がるのは早くてな。ジェネシスの奴と同じ顔の子どもがいるとなるとみんな怖がる。だからアンはほとんど家から出したことがない。子どもが大人の顔を気にして自由に遊べないなんて辛いだろ? アンが幸せになるためでもあるんだ。この通り、頼む」
◇
その日は男の家で一泊することになった。
アンの荷物をまとめて、足りないものは調達しなければならないので、村を発つのはどうしても翌日になる。
「なあツバキさんよ。一体何がどうなってるんだろうかね。今頃ジフォンの我が家にいたはずなのに」
夜、アンは夕食後はすぐに寝てしまって、やっとなでなでから解放されたツバキは庭の芝の上で寝転がっていた。
アルはそれを見つけると、返事は期待せず一方的に愚痴を聞かせる。
「うるさいわね。バルオーガのところにいたならわかるでしょ。住まいと食事さえ提供すれば、それ以上の干渉はしないわよ」
「うあ!? いきなり喋り出すな!」
「静かになさい。家主に見つかる」
「どうしたんだよ。今まで黙ってたのに急にさ」
「……鼻が利かない下等な生物は大変ね」
「なんだよ急に……そうだ、話せるのならどうしても悩んでることがあってな。聞いてくれよ」
アルは聞かせるだけだった愚痴を、ツバキへの相談として話す。
「前に考えたことがあったんだ。決闘人形には、そのモデルの人間がいるんじゃないか、って。ほら、変身の能力を聞いた時言ってたじゃん。まったくのゼロから創り上げるのは手間とか」
「ええ、そうね」
「アンはさ。もしかしたらそういうことなんじゃないかって。決闘人形のモデルで、言うなれば親であるアンがいて、それから順に決闘人形が生まれていった。いったいなんでアンを選んだのか。アンにもいるはずの親、兄弟はどうなってるのか。すごくじれったくて、居ても立っても居られないんだ」
「レジスタンスの連中にも早急にコンタクトを取りたいわね」
「うん。アンのことを考えたらそうかも……だけど……」
「どうかした?」
「なんかツバキさんにしては柔らかめな反応で違和感が……もっと興味ない感じで聞き流されるものかと思ったら、中身のある答えでびっくりした。すごくかしこい」
「殺すわよ」
それぐらいの短絡的な反応こそツバキらしい、と心の中でだけ思ったアルだった。