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#184 きんきらと輝き出す未来への望み

 ネラガのギルドのシンボルとして長年にわたり親しまれている、天然の鏡面を持つ巨大な鉱石、鏡鉱(きょうこう)(通称シンジツミラー)。

 最近判明したのだが、それは少しだけ前(※本人談)に主人格を失った、亡霊を自称する少女の人格と記憶、そして魔法少女への変身機能を有していた。


 そんなシンジツミラーの前には今、亡霊の正体である”ぷらちな魔法少女きんきら”が、実体を伴って人を待っていた。


「悪い、待たせたか」


 約束の時刻の少し前、きんきらの姿を認めたアルが駆け足でそこへ近寄っていった。


「いえ大丈夫ですよ。自分の家まで来てもらっているようなものですから、それ以上わがままも言えません」

「ああ、家か。確かに言われてみれば」

「……どうかしましたか?」

「ずいぶん開放的な物件だな、って。これで中から外の様子を見聞きしてきたんだろ?」

「ええ。もう一度この時代に目覚めてみて、この空間では一方的に情報を得ているだけというのはすぐにわかりましたが……改めて見てみると外側からは本当にただの鏡面なんですね」


 きんきらは鏡面を撫で、ついでになんとなしに前髪を整えていた。



 ◇



「特にどこかへ行きたい、とかいう希望はあるか?」


 ギルドを出ると、まずざっくりときんきらの行きたいところ、やりたいことを尋ねる。


「そうですねえ……私は別に、歩きながら考えようかなと思っていましたが」

「ああ、そうなのか。まあそういうのもありだな」

「はい。じゃあよろしくお願い──」


「きんきらだー!」


「ん?」


 膝より下からした声の方に顔を向けると、まだ母親に手を引かれている小さな女児がすぐそばにいてアルは、咄嗟に母親の方に小さく礼をした。

 一方できんきらはその茶飯事に、いつものように対応する。


「はい、こんにちは」


 姿勢を低くして女児と目線を合わせ、にこりと笑って挨拶。

 ファンである女児からの、興奮気味な応援の言葉ひとつひとつにきちんと反応して頷く。


「応援ありがとうございます。それじゃあ一緒にアレしましょうか」

「うんっ」


「「きらすかっ!」」


『なんだそれ』


 お別れの挨拶を済ませると母親に手を引かれ、女児は満足げに去っていった。

 きらすか、なる謎の言葉を問おうとするアルだが、新たに現れた小さな影がそれを阻む。


「あー……少しだけ時間ください」


 わざわざ頼まれずともアルはそうするほかなく、居合わせた十数人の幼児とその親に囲まれたきんきらが全員がきらすかっするまで黙って待っていた。

 それから一度落ち着くまで、人気がない建物の陰に避難する。



 ◇



「知ってはいたけど有名人だもんな……うーん、最初の予定だけ俺で決めていいか」


 アルの提案により2人は、いちいちきらきらと光っては目立っているきんきらの衣装を変えるために服屋へ向かうことにした。


「この前話してた、遊技場の跡地の服屋なら大抵揃うはずだ」

「ああ、それなら向け道を知っています。あまり目立たないでいけますよ」


 世間の景気や流行に左右されず、大きな変化がなかったままの細い路地を迷いなく進み出したきんきらの後をアルがついていく。

 単なる移動時間であったその間、話しかけたのはアルだった。


「動物縛りのしりとりしない? はい、ネコ」

「え、なんですか急に……」

「いやつまんないし。あとネコと言ったら、聴覚はヒトの4倍はあるらしいぞ」

「へー……」


 真面目なきんきらは、せっかくもらった会話のきっかけを無下にできず、やがて回答する。


「じゃあコアラで」

「鳴き声は?」

「コアラの……? いや、知りませんけど」

「でもこのしりとりのルールで鳴き声も併せて回答しないと無効なんだけどなー」

「な……勝手にそんなルール追加しないでください! だいたいそれならさっきアル君はにゃあのひとつも口にしてないでしょう」

「豆知識でも補えるのさ。ふふ」

「もう! それってアル君が有利な勝負をしかけてきてるだけじゃないですか!」

「いやいや、鳴き真似でも対抗できるようにしてるから、むしろ対等な勝負だって。というかさっきのネコのくらいしか知ってることないし」

「むー……じゃあ例えば今、コアラのソレを合ってるか判定するのはどうするんです?」

「両者が納得してればなんでもいい、ってことにする」

「そんな……いい加減なルール過ぎです」

「いや、ただの遊びだし。ほら、創作コアラの鳴き真似、はやくはやく」


 このアルという男、つい最近遭った痛い目など忘れて女子をからかっていた。


「ぷうーん、ぷぷっ、ぷう(※あくまできんきらの予想した鳴き声です)」

「あー、惜しい」

「お、惜しい?」

「手とか使って」


「ぷうーん、ぷぷっ、ぷう(両手でひっかくように木を登る仕草を伴いながら)」


「満足したなら良かった」

「やらせたのはそっちでしょう!?」



 ◇




「──なら、ウサギ。ほい、ぴょんぴょん、っと」

「む。ウサギは耳までやらないとだめです。認めません」

「えー、どうやる?」

「こうです」

「これでー、ぴょこぴょこ?」

「ぴょんぴょんです。さっきまでできてたでしょう」

「ぴょんぴょん」

「ふふん」

「いや笑ってるけど、そっちもアホみたいな恰好だからな?」

「あっ……もう、アル君はすぐこういうことを──」

「お、そろそろ見えてきたか」


 きんきらの非難の声をかわしてアルは前方の建物を指差す。

 隣には小さめの一軒家があったが、それが5つほど横に並んで、さらに上にもう1段積まれたほどの規模の大きな服屋で、きんきらの記憶にあった昔ながらの遊技場の面影はそこになく、ショーウィンドウに並んでいるいまだ馴染みの無い流行の服のせいもあって、きんきらの顔にはある種の恐怖の表情が伺えた。


「よし、行くか」


 細かい路地を抜けたので今度はアルが先導していく。

 アルが積極的なのでもちろん初めは怪しんだのだが、不思議と意地悪をされるのかという心配は感じられず、純粋に買い物に付き合ってくれているような気がしていた。



 ◇



「とりあえず、一式で売られてるのをそのまま買えば無難だな」


 良く言えば余計な口出しをしてこなかった(悪く言えば放りっぱなしで無責任)ので、きんきらは手早く服を選んだ。

 なるべく元の白銀の色調とは対照的にするのを意識して選び、試着室で着替える(今まで着ていた魔法少女の衣装は破壊されても自動再生する機能を応用してワンポイントの髪留めにまで小さくさせた)。


「お待たせしましー……」


 着替え終えたきんきらは外に出たが、アルの姿が見当たらない。

 女性服のフロアなので数人の女性客だけで、それゆえに納得する。


『ここで男子1人で待つのも気まずいですもんね。そうなると付き添わせてたのも……迷惑だったでしょうか』


 もやもやとした気分になりながらも、アルを探しに店内を歩く。

 ほどなくして、なにやら真剣な面持ちで品物を吟味していたのを見つけた。


「靴も変えるだろ?」

「えっと……まあ、そう言われればそうですね」

「なんか靴買うの気に入っちゃってさ」

「はい? どういうことです?」

「あ、いやなんでもない」


 自分が選んだものを、他の誰かが実際に着用しているのを見る楽しみを(これまたつい最近)知った、そんなアルはきんきらの靴を当の本人よりも悩んで選んだ。


「うん、似合ってるんじゃないか?」

「……! あ、ありがとうございます……ええと、お会計済ませてきますー!」


 つま先から頭まで全身、アルにじっと見られたままなのが恥ずかしくなって、きんきらは逃げるように会計へと早足で向かった。

 ちなみに、一応きんきらは冒険者としてギルド公認で活動していて、それでありながら家賃に食費も実質ゼロなのでかなり貯金はあった。



 ◇



「これでやっと自由に歩き回れるな」

「そうだ、それなんですが、さっきのお店でこういうのを見つけて……」


 言ってきんきらは畳んでいたチラシをアルに見せる。

 覗き込まれて顔が近くなったので、どうぞと押しつけた。


「移動動物園か」

「どうです?」

「今日の主役はきんきらなんだし、全然構わないぜ」

「じゃ、じゃあ行きましょうか」

「コアラいるかな」

「……いたらいいですね」

「ぷぷぷぷーい」

「もう!」



 ◇



 チラシに載っていた移動動物園、それ自体は思わず感動するほどの大きなものではなかった。

 ただ、もしもきんきらのことが見つかって騒ぎになってしまうかもしれないというリスクも考え、きちんと練られていたものでなく突発的な外出だったので、2人にはちょうどいいものだった。


 とはいえ全くの期待外れではなくヒヨコの群れを手にして撫でたりすればだらしなく口元が緩んでしまって、ヤギに餌をやっているとアルがなぜか延々と付きまとわれていて、それをきんきらはいつまでも笑っていた。


 それから本物のウサギの動き方を冗談半分で観察して勉強、互いに点数をつけ合って、最後にアルがめちゃくちゃ怖がったのだがウマに乗せられていた。



 ◇



 昼を過ぎたぐらいだったが、借りている体の都合によりきんきらの行動時間の制限が来て、今朝待ち合わせした場所で解散となる。


「今日はありがとうございました。楽しかったです」

「それはよかった。ま、これをきっかけにして、たまには色んなところ遊びに行ってみたりしな」

「はい。アル君ともよかったらまた──」


 きんきらの言葉が途切れて、アルは不思議そうに首を傾げた。


「こ、これからはネラガを遊び尽くすくらいになろうと思ってますから」

「……なんだ、俺だって余裕があったら遊びには来るよ」

「む……別にそう言って欲しかったわけじゃあ……それにジフォンはネラガと大陸の端と端同士。そう気軽には来られないでしょう」

「そっか。じゃあ仕方ないな。残念だけどお互いにそういう考えだから……あ、ごめんなさい。さすがに冗談が過ぎた」

「別に? 気にしてませんけど?」


『拗ねちゃったよ……子どもか。でも俺の失言に変わりないしな……』


 そっぽを向いてしまったきんきらに次の謝罪の言葉を考えていたが、きんきらはそれを許さなかった。


「なら、私決めました。エスメラにつないでもらったこの人生。このままでも十分に幸せだと思っていますが、それよりも先。まだはっきりとはしていませんが、自在に動くことができる肉体や手段をいつか手に入れて、文字通りの冒険者になってこの困難を乗り越えてみせます。そして──ジフォンにだって辿り着いてみせますから」

「……ああ、応援するよ」


 その場を取り繕うだけの謝罪ではなく、激励の言葉はきんきらの胸にじわっと染みていき、誇らしげな笑みになって溢れた。


「では改めて、これで失礼します」


 シンジツミラーがひときわ光り輝く。

 次の瞬間には、その印象的な銀髪の少女の姿はなく、代わりに見知らぬ高校生ぐらいの少女が立っていた。

 右目を髪で隠していて、体の下の方では両手の指を落ち着かない様子で組んでいる、おどおどした雰囲気の子だ。


「……誰だ?」

「……」

「おーい……」

「……」


 徹底的に目を逸らされ、会話が成り立たない。


「きんきらの関係者で……これぐらいの歳だと……ん? なんか、もしかして初対面じゃなかった?」


 聞き逃してしまいそうなほどの声量で肯定されて、アルは答え合わせに移る。


「まさか、ミカ・ホーンラル? え、あびすなのか?」

「あう……ごめんなさい私人見知りで、ちゃんとアルさんみたいな人とでも話さないといけないのに……」

「俺嫌われてる?」

「あのそういうアレじゃなくて、今度またきちんと挨拶をしますから……あぎゃっ!」


 そういってミカは走り去っていこうとするが、盛大に転倒した。

 原因は床に落ちていた衣服だった。


「ああ、きんきらの自前じゃない衣装は鏡の中に入らないのか」


 しゃがんでミカを起こしてやると、落ち着いて帰るように指示して、それからきんきらの着ていた服を丁寧に畳んで回収する。


『……(ぬく)いな』


 まだ温もりが残っていたそれの扱いをどうしようか、『神妙な顔で抱えながら堪能しないでください』とかいう激しい抗議がされるのを覚悟してきんきらに聞いてみることにした。


「アル君!」

「うおあ!? って、ニコル!?」


 音も無く背後に立っていた、魔法少女の狂信的なファンがひとり、ニコルの声でアルはその場で跳びはねた。


「お困り? 女子の服の洗い方とかあんまりわからないでしょ」

「ああ、まあそれは確かに……というかいつの間に背後に」

「それはたまたま」

「……」


 笑顔のニコルではあったが、その目の奥に形容しがたい危険を感じたアルはきんきらの尊厳のためにも、衣服は持ち帰ることにして、代わりにコトハに洗濯を頼むのだった。

 当然、コトハには事情を説明することになったが、なんの脈絡も無く『勘違いさせるようなことはしないようにね』と釘を刺されて困惑するアルだった。

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