#181.5 幕間(まくあい)
シオンからの助言を受けたアルはその翌日、デートとして旅客船”碧鮫号”での観光と食事にサジンを誘った。
ネラガに遠征の身であるアル達のパーティ”星の冒険者”は今、その一員であるオルキトの実家に世話になっていて、待ち合わせ場所まで一緒に行こうと思えばそれができて、効率を優先すれば最適な選択ではあった。
「おおい、待たせてしまったたか、アル」
しかしアルは先に待ち合わせ場所に向かっていて、それを見つけたサジンは軽く手を挙げてそれに近寄っていく。
気にしなくていい、と口だけで返事をした。
『同居しててもこうして時間を与えたらおめかししてくれる、とかいう信じられない伝説を聞いたことあったけどやっぱ伝説だったか』
同居しているがために意図せずともサジンとは顔を合わせていた。
サジンは朝見た時のまま同じ──外出用の服とはいえ特別着飾ってはいない──装いだったがアルも決してただ見過ごすわけでなく、使う機会は顔を合わせて互いの姿を認めた瞬間、つまり今だけに限られている1枚目の手札を切った。
「いい靴だ。大切に使ってるのがわかる。動きやすそうだ」
「え? ああ、確かに手入れは欠かしてないが……アルは珍しいところを見てるんだな」
◇
「だから無理して褒めなくていいんだよ……」
明らかに空振りに終わったアルのアプローチを、建物の陰から見ていたコトハは歯がゆい思いで仕方なかった。
もしあの時自分が褒められる靴を履いていてそれで予行演習しておけばいい反応をされただろうか、けどあの緊張ではそれも意味を成さず上手く気持ちを伝えられずに終わっていた可能性も十分ある。
責任の有無は正直こじつけでしかないのだが、コトハは自身の無力さに胸を痛くした。
『しかしまあ、サジンか。つい確認しに来てしまった。それとなく周りのみんなの予定聞いてみたら、アル君も工作はしてたけど、それで逆にすぐわかった』
◇
「ううん……服のことはレーネに相談すればよかったかな」
「他の女の話をするんじゃねーっ!」
事前に予習を欠かさなかったアルが即座に反応。えらい。
ただ「なんかごめん!?」とサジンはおろおろと動揺して引き気味だった。
『違うだろそれは向こうが言うんだよそうじゃないだろ……!』
目を白黒させたかと思うと額を手で抑えて、表情豊かにたっぷりとため息をつく。
これじゃあアル君がいつもに増して変な奴じゃん。
『でも私が介入するわけにもいかない。邪魔しちゃいけないしなによりアル君が自分だけで乗り越えないと』
少しだけ聞き逃したが、『精霊のガブを伴っていないな』、『留守番だけど、体調に問題はない』、『そういえばコレルさんに診てもらってたな』だとかの当たり障りのない話題をきっかけに緊張が解けていく雰囲気を見ると、コトハは気づかれぬようその場を後にした。
「頑張ってねアル君。応援してるから」
小さく呟いてコトハは下腹部にそっと手を添える。
『私はアル君の幸せに関わっちゃいけない。そうなるのを全力で助けるだけ。そう決めたんだ』
さて、と短い回顧を済ませてコトハは、考え込まないように無理矢理足を動かして発散させる。
「せんせーのところで憂さ晴らしでもするか」