#181 巷で耳にする<デート>とはなんなのか~今回、徹底的に調査してみました~
パーティから一夜明けた翌日、決戦を明日に控えたアルが行動を起こすのは早かった。
ネラガ出身の知り合いをあたって、決戦にふさわしい舞台を選出することにして、まずは屋敷にいたオルキトから。
「ネラガでいい感じに遊べるところ知らないか?」
「おお、いいですね!」
「違うぞ。そういうことじゃない」
「え、なんでですか……?」
「あのな、怖いから逆切れすんな」
断られたことを理解できていないオルキトが真顔のままだったのでアルは、少しだけ話に付き合って落ち着いてもらおうとする。
「ちなみに提案しようとしてた候補は?」
「山です。山登り。新緑の中を一歩ずつ強く踏みしめ、頂上から見下ろす絶景。その達成感がいいんですよ」
「はい失格」
初めてのデートには全くふさわしくないと判断。
アルはきっぱりと却下した。
「しっ!? うう……失格、また失格……」
オルキトは大陸祭での醜態を引きずっていて、失格や脱落という単語に過敏に反応しては、頭を抱えてうずくまるほどに落ち込む。
「アルさぁん……僕との仲じゃないですか。一緒にどこかに行きましょうよ……」
「俺は旅行は一人派だから」
「……なら、一人旅が2つ並行すれば問題ないんじや──」
「しっかーく」
「ぐううああ……」
◇
オルキトを鎮めてきたアルは屋敷を出る。
屋敷にはオルキトのほかに、その父のバルオーガや姉のオルフィアがいたが、多忙の前者に聞くのははばかられたし、かといって後者も──。
「大陸祭始まってから今もまだ機嫌悪そうなんだよな……うん、もちろん心当たりはある。けど俺にチームの誘いを断られたくらいにしては随分とねちっこいもんだ」
オルフィアの目を警戒しながらアルが訪れたのは、冒険者が集うギルド。
そのギルドの中心にある鏡面を持つ巨大な鉱石、別名”シンジツミラー”の、その中にいる人物がアルの目的だった。
「ネラガで遊べる場所、ですか」
シンジツミラーの中には主人格が亡くなった後もなお生きる魔法少女のきんきら、その人格と記憶があって、普通の人間と同様に会話も可能である。
平らな鏡面はしばらく静かになってから返事をした。
「やっぱり角の遊技場がおすすめですよ」
「どこの角だ?」
「ギルドの正面入り口から出て左に行って、2区画過ぎたところのです。ほら、赤い屋根であれだけの大きさなら意識しなくても目につくじゃないですか」
「んーと……あれ? そこ服屋じゃないか? 新しめの」
「ええ? 向かいが本屋のあそこですよ?」
「確かに向かいは本屋だな。ちょい寂れかけてる……」
鏡面は表情を持たなかったが、その分動揺は声色に表れていた。
「あっ……たぶん私は力になれないです……」
「お、おい」
「これ以上辱しめないでくださいぃ……ごめんなさい時代遅れの亡霊で……」
ネラガの情勢はギルドで交わされる会話を盗み聞いて把握していたが、自由に動かせる身を持っていなかったために街の様子を見て歩くことがなかったきんきらは、思い出せる風景は主人格が亡くなった当時のままで止まっていた。
「いやいや、でもたまに体は貸してもらってるんだろ? ギルドの用事でバルオーガさんに呼ばれたり」
「あ、はい……ファンミの用件が多いですが」
「ファンミ……? は、よく知らんがそのついてで街の様子見たりしないか?」
「貸してもらっている体を使って、私用で寄り道するのは図々しいかな、と……」
「真面目すぎかよ」
呆れたアルは額の前に手を置いて嘆息する。
きんきらは、主人格だったエスメラという女がずぼらというかいい加減な性格だったため、魔法少女の変身の仕組みによって、きんきらの性格はそれとはまるで反対になる。
なんでもきっちり、時には行き過ぎるほど真面目で責任感が強かったのだ。
「今度、どこかのタイミングでさ。町歩き自体を目的にして出かけてみたらどうだ」
「はあ。そうです……か」
「ちゃんと言い出しっぺの俺が責任は持つよ。そうだな、明日はどうしても用事があるけど、それ以外なら基本空いてるから、気にせず呼んでくれ」
「……! アル君……」
「ちゃんと体は貸すよ」
「……あ、あの? 遊び相手になってくれるのでは?」
「あれ? そっちの方がいいのか?」
「……また辱しめられました。弄ばれました。アル君はとても意地悪ですね……」
心なしか鏡面がだんだんくすんで見えて、アルは前言撤回。
「じゃあ約束。待ち合わせは明後日にここだ。どこに行こうともついてくよ。けど動かせる体の都合までは手が回らないんだが」
「それならちょうど、先の大陸祭での振る舞いについて事情を伺おうとしてる人が2名ほどいるので話をつけておきます」
「あびすが大変だったらしいな……けどあと1人? ああ、そういえばぶらうんはなぜか乱入してむちゃくちゃしてたが」
「まあ身内のことなので気にしないでください」
◇
ギルドを出たアルが次に向かったのは、あるアパートの一室。
表札の名を確認して、扉をノックした。
「はーい。どなた?」
「……間違えたか」
「いや合ってるよ。せんせーの家にようこそ」
作家、シオン・レユの家を訪ねたつもりだったが、アルは親友のコトハに出迎えられたためもう一度表札を確かめたが、見た限りシオンの家に違いなかった。
アルは戸惑いながらも招き入れられる。
「紅茶でいい?」
「おう。……あれ、やっぱコトハの家だった?」
コトハは慣れた手つきで棚から食器を取り出して紅茶の支度をしており、その部屋の住人だと言っても不自然なものではなかった。
話を聞くと本来の住人は家を空けており留守を任されているらしい。
「しかし、想像通りの作家の住まいだな……」
家具は食器棚やテーブル、椅子など必要最低限のもののみで、それも1人用の小さなもの。
部屋の面積の大半を占めていたのは壁という壁、扉以外の場所に設置されていた本棚で、それでもなお棚に収まりきらないものは新聞紙だけは敷いた床の上で高く積まれている。
「これが原稿か──」
本の間に挟まっている原稿用紙を見つけたアルはそれを手に取る。
が、すぐにばしっとコトハにひったくられる。
「せ、せんせーは下書き見られるのすごく嫌がるから……」
「それもそうか」
「私はなんとか頼み込んで見せてもらえてるけど、本当にだめだよ」
コトハとアルとで認識は違ったが、被害者が増えないようにコトハは努める。
そのコトハの様子がなんとなく焦って見えたのが功を奏したようで、アルはそれきり諦めた。
◇
「……コトハよ。聞いてくれるか」
「どうしたの?」
「まずは約束だ。たった今、この世界には『ワスキルメン』という呪文が誕生した。説明しよう、その効果は、初めのワスキルメンと次のワスキルメンの間に交わした会話をすっかり忘れてしまう呪文。ということで、『ワスキルメン』」
1割だけ疑う気持ちがあったが、それは親友の良心に委ね補ってもらい、アルはおそるおそる口を開く。
「色々と事情があって今度、女子と出かけることになった。相談にのってほしい」
「いいよもちろん。都合のいい女たる私がなんでも聞く」
「『ワスキルメン』」
アルの呪文を浴びたコトハはまばたきをして、浅い眠りから目覚めたふりをする。
そしてなにもなかったかのように、先ほどの会話について全く追及しない──代わりに原稿用紙を突き出していた。
「なぜかこれには『アルくんから、こうげきをうけた』と書いてあるけど」
「記憶操作の攻略でよく見るやつ!」
「でもなにかをされた記憶がない……いや? 『記憶がない』という状況を確かに把握してる。で、これによるとアル君はなにか知ってるの?」
「……どうせ知ってるくせに。ああいいよ、観念して全部話す」
ワスキルメンの呪文など本当に効果があるわけなく、ただそれでも全てを良心に委ねられたアルとの約束をコトハはきっちり果たしていた。
だが駆け引きにおいてはコトハの方がアルより一枚上手であり、交わした約束の穴を突いてアルの企みを見事に打ち砕き、相談の続きを話させた。
「さっき言った通りだ。適する言葉じゃないがわかりやすく言うとデートに近い……なにをすればうまくいくかを知りたいんだ。女子としての目線の参考として、コトハならどうされたら嬉しい? これは絶対やめてほしい、でもいいし」
「友達いない私にそれを聞くの?」
「ああ、お互いな。俺もいないし」
部屋には2人の気持ちが一体となった沈黙が満ちる。
衣服が擦れる音すらよく聞こえる雰囲気の中で、なにかを見つけたアルが動く。
紫の押し花でできたしおり──を手にすると襟足にあてがう。
それを見たコトハが近くにあったティースプーンを投げて怒りを露わにし、すんでのところで避けたアルはそんなコトハを疲れた顔で笑いながら見る。
コトハはため息をついてわしわしと頭をかいた。
「あーあ、つまんない思い出話はやめね。参考になるかわからないけど、レーネから得てる知識だけ伝える」
「……レーネが?」
アルは期待をわずかどころか、全く持てていなかった。
◇
「まずは『靴を誉める』。いわく、男のほとんどはそこまで見ないから好印象……なんだって」
「そうなのか?」
「らしい。……いや、私のは見ないでいいから」
言ってコトハはすっかりその足の形になるまで、いい意味でくたびれている靴を本の山の陰に隠す。
「大切に使ってるのはもちろん、とても実用性に富んでいるものだと思う」
「……そうだね。本番も準備なしでやらなきゃいけないし、その積極的な姿勢は忘れないように」
コトハの表情の変化はアルでもわかりにくかったが、少なからず動揺の感情をそこに見て、手応えと自信を得られた。
「次ね。『他の女子の話はしない』。いわく、2人だけの時間に話題だけであれ、それも向こうから出てこられるといい気分じゃないらしい」
「そうなのか?」
「これぐらいは自分に当てはめて考えて?」
コトハはそうやって、無意識に揺さぶりをかけてくるアルを突き放す。
続ける言葉も少しだけ荒い。
「例えば前に付き合ってた人がいたとして、そのことを話されたらどう感じる?」
コトハは出かける相手が誰か聞いていなかったので(サジンと知っていたならまた言い方は違っていた)、それがアルにはどれだけ胸を騒がせるなど想像できておらず──。
「え……」
みるみるうちにアルは顔が青ざめていき、そわそわ不安そうに指を弄っていた。
さすがに自省してコトハはフォローを入れた。
「ごめん意地悪だった。冗談冗談」
「でももしそうなら……」
「いや、人間そううまく取り繕えないって。話してれば雰囲気でわかるってば」
なんとかあれこれ理屈を述べて、ようやくアルを納得させられた。
『そんなにも知りたがってるならもう、気になってるじゃなくて確実にそれは──』
またアルを慌てさせるだけだったので、コトハはそれを口にはしなかった。
◇
「以上」
「うん。それで?」
「だから以上だって」
2つだけ? とアルが人差し指と中指を立てると、コトハもピースサインを返した。
「それだけで間を持たせろって……?」
「いや、まだ切り札が残ってる。この”天啓の種”が」
コトハが鞄のから取り出したのは小瓶に入った数個の、小指に乗るほどの小さな植物の種。
「種……種だな。これがなにか?」
「それは名前の通り、天啓を得るもの。すっと頭が冴える」
「……やばいやつ?」
大丈夫だ、体感した方が手っ取り早い、とコトハに圧倒され、アルはおそるおそる口に入れて奥歯で噛み潰す。
初めて味わった苦みできゅっと眉間にしわが寄るが次の瞬間、比喩的かつ能力的な意味で視野が広がった。
「こういうこと?」
立ち上がってコトハに背を向けると、天啓の種の効果を確認する。
「なんの能力が目覚めた?」
「”視野拡大”だ。ああ、確かに世界が広がった。未知の可能性に気付いたのと、あ、今ピースしたな。それもばっちり」
「また地味なのだね」
天啓の種とは、口にした者が本来持っていない能力をまるで天啓──雷に打たれたかのように前触れなく突然思いついたものとして無条件で覚醒できる代物。
今回の場合は(そもそも覚醒している能力が少なかったアルとはいえ、常人でも億をゆうに超える選択肢がある)、”視野拡大”をアルが引き当て、自在に使いこなせているのだった。
「効果はよくて30分くらいで実用的でないから実戦ではほぼ使われない。だから余興で使ったりもしくは、新たに得ようとする能力のきっかけにして、実際に獲得に挑戦する冒険者もいる。いちおう私は後者……かな」
「これで俺が”視野拡大”をとろう……と?」
「あり得なくもないんじゃ?」
「まあジョークグッズの1つとしてはいいか。……っと、家主が帰ってきたぞ」
◇
「なんで家にいるんだよ!?」
「いや窓開いてて不用心だな、って。留守を守ってた」
『全然不法侵入だった……』
それだけでなく、合鍵がどうとか、など聞こえた気がしたがアルは聞こえないふりを貫く。
「もういい。コトハは慣れてるが、アルはなにか用事か?」
ひとしきり騒いだシオンから水を向けられて、本来の用事を済ませられていないことに気付く。
のだが、コトハが同席していると無性に恥ずかしくなって理由をつけて立ち去ろうとするが、あっさり暴露された。
「ここらへんでいい観光名所ないかって。ネラガの思い出作りに」
「なんだそれ」
『なにされたかと一瞬焦ったが……多少はぼかしてくれてるか』
「正直私はそういうの疎いが、せっかくなら”碧鮫号”でも考えてみたらどうだ。あれは申し込みが1日前でも乗せてくれる」
「碧鮫号? 青ざめるの?」
「違うわ。ネラガの海を巡る客船でシーズンに合った上等な食事も出してくれて、比較的空いてもいる。ただまあ、値が張るからだが……いや、いい船なんだよ」
自分で言い出したことを羨ましがっているシオンの様子は奇妙だったが、むしろそれほど魅力的なものなのだとアル達に伝わってくる。
「そうだ。賞金があるんだし、祝勝会っていう名目でうまく言いくるめればいいんじゃないか?」
「あー、サジンはそういうの恥ずかしいしこそばゆいからって乗り気じゃないんだ」
「もったいないな……けどまあ、若いのがわいわいやる雰囲気のところでもないなあそこは。前に私が行ったのも親に成人祝ってもらったのだし、親子とかそういう親密な2、3人でしっとりと過ごす感じだな」
「だそうだって」
「んあ? コトハ……もだがアルはどうした。そんなうずくまって」
恥をかくことになるが資金の問題はおよそクリア可能であり、聞く限りではあったが碧鮫号の雰囲気も2人で過ごすシチュエーションに見事にマッチしていて願ってもいない状況にいることをアルに自覚させるコトハ。
その資金を頼る相手こそがデートに誘う相手に他ならないという、アルの悩みなどいざ知らず。
「……少しなら貸せるけど」
「ううん、いい。コトハがすることじゃない」
シオンには聞こえないようにしていたコトハの提案を断ってアルはシオン達と別れた。
「力になれない……か。そうしてあげたいのに」
◇
「どうしたんだアル。明日のことで相談とか?」
「はい。誘った立場で図々しいとは重々承知なんだけど、お金を貸してください」
アルが全力の土下座にて誠意を示すと、サジンは封筒に入ったままの賞金の何割かを数えて渡す。
泣きそうになるのをこらえながら、震える右手を左手で支えながら、アルは確かにそれを受け取った。
「前にも言ったがこういうのはきちんとした方がいい。ユンニに戻った後も拠点はなるべく移さないでいるからちゃんと返しに来るんだぞ? 冒険者辞めてもまだ繋がりはこうして残るからな」
「……な、成り行きでこうなっただけなんだからね!? 別にこういうのを狙ってたわけじゃないから、勘違いしないでよねっ!」
「お、おう……?」
その捨て台詞とともに約束の時刻を伝えるとアルは赤くなった顔を隠しながらサジンから逃げ去っていった。