#178 アルとサジンの大陸祭⑤
その日で2度目となった移動にて案内されたのは、第1、2の試練のそれぞれの舞台だった平原や街中の広場とは打って変わって本格的な石造りの闘技場だった。
それはなんでもはるか昔に盛んに行われた闘技大会の舞台の名残らしく、端から端まで駆けたなら息を切らすほど広い円状の舞台と、それを囲うようにすり鉢状の観客席が設けられている。
そんな立派な舞台にはこれまでの試練を勝ち抜いてきた、アルおよびコトハにシオン、そしてサジンを含む20名ほどの参加者が集っていた。
「──ここまで試練を通過した方々。改めまして、次の試練がいよいよ最後となりますが、これまでのものとは趣ががらりと変わっていくことを了承ください。けがの危険もあります」
それらの集団に向かって司会は、今までとは違うきりっとした雰囲気で呼びかけた。
「なのでちゃんと私が説明をします。ジルフォードさん、下がってください」
「え」
──無言の圧力。
ジルフォードは一般の観客席へ追いやられた。
◇
「最後の試練は”力の試練”。特別なルールつきのバトルロワイアルです」
「バトルロワイアル……!」
気付くとアルだけではなく、その場の全員がそわそわと互いの顔ぶれを確かめていた。
ぴりぴりと剣呑な雰囲気が漂い、委縮しているアルだったが特別な視線を感じて振り返るとそこにいたのはサジン。
わかりやすく直接対決できる機会に恵まれたのと前向きに受け取った──かと思ったがそうでもなかったらしい。
視線はすぐにアルの側にいるコトハやシオンなど、戦闘に向かない役割やましてただの一般人も混じっているために、まずはその心配をしていた。
「特別なルールとはいくつかありますが、まず一般の方や非戦闘役割の方の不安を除くために”救済措置”から。これはそれらに該当する方はこの時点で希望すれば、『棄権』ではなく『特別表彰』として、一定額の賞金ほか副賞を受け取ることができます。ただ選択を伺うのは最後まで説明を終えてからとしますのでご了承を」
それを聞いたサジンはわかりやすく、ほっと嘆息していた。
アルも自分の戦闘能力としての無力さが故に、恥ずかしさで言うのははばかられたが2人を守る自信は無かったので不安は1つ減る。
「次にバトルロワイアルの”相手”ですが、闘技場に備えられている機能で生み出した『ゴースト』であり、参加者同士の闘いもここでは禁止なので注意してください」
”ゴースト”なる未知の言語に、参加者はみな一様に頭に疑問符を浮かべた。
その反応は予想通りだったようで司会は聞かれる前に解説を始める。
「”ゴースト”とは闘技場で行われる訓練で用いられる、対象の武装状態、身体能力に、覚醒している能力といったスペックをそのまま反映させたもの。精巧にできた分身ですね。それらを討伐して点数を稼いで、最も速く3点を獲得し、その上で四方にある出入口のいずれかに辿り着いて優勝宣言をした方とそのチームが優勝となります」
またも出た意味が不明瞭な言語に対して参加者の1人、しゅがーが問う。
「なあ。バトルロワイアルなら最後の1人になるまでの勝ち抜けなんだ。だから決着をつけるのにその点数、ってのを使うらしいが……誰のどのゴーストを倒せばいいんだ? 倒しちゃいけないのもいる?」
「ええ。ゴースト1体で最低で1、最大で3点を獲得できます」
『ん、1体だけで条件を満たせるのか。なら基本はそれを狙うべき……だが裏はあるだろうな』
アルは期待せず司会の話に耳を傾ける。
「まず自チームメンバー以外のゴーストは一律で1点です。次いで2点となるのは自チームでリーダーに設定した方になります」
「……リーダー、とは名ばかりで誰であってもそのー、問題は?」
「ふふ。非戦闘職や一般の方を指定されても構いません。まあ”くろーばー”、いずれも魔法少女のあなた方は狙う側としての見方でしょうが」
「あ、あはは……」
なるべく遠回しな言い方にしていたが、しゅがーの考えはあまりにも予想するには容易く、くすくすと笑みを浮かべながら返事をされ、しゅがーは苦笑いで取り繕った。
「ただ、だからと言って簡単には攻略できません。こちらが連携するのと同様、ゴーストだってチームで連携して攻撃を迎え撃ってきます。まったく互角の強さで。そして他チームを狙う場合も、ゴースト自体に加えて、貴重な得点を奪われないように参加者からの妨害が為されるでしょう。あ、参加者同士の闘いは禁止と言いましたが、自チームのゴーストを庇った形で攻撃の命中は反則を取られないのでご安心を。そのあたりのジャッジ、および点数の集計はお付きの精霊が自動でしてくれます」
「う、うーん……なんだかややこしい……」
「まあパターンで整理しましょう」
言って司会は一つずつ指を立てていく。
「パターン①:正攻法。チームAがゴーストのチームAを真っ向から打倒して、例えばリーダーのゴーストで2点、プラス他のメンバーいずれかで1点で、合計3点を稼ぐ。
パターン②:戦略としてはもちろんありの変則手段。他チームの様子を伺って、チームAがチームBおよびゴーストのチームBを相手取り、1点ずつながら確実に稼いでいく」
質問をしたしゅがー、そして周りの参加者は試練攻略の鍵をなんとなく掴んだようであちこちで相談の声も聞こえる。
しかしアルだけは違和感を抱いていた。
コトハにシオンを試練から降ろすつもりでいて、そうなると正攻法のパターン①にて、アルがゴーストと一騎打ちをして、もし万が一勝ったとしても獲得できるのは2点。
つまり点数が足りなくなる。
『サジンも同じ立場だが……なんだこれ、まさか俺達の事情を知ってて勝負を強いてるなんてこと……』
「あの。私は既に1人で、点数が足りなくなってしまうのですが……」
アルは司会にどう尋ねようと頭を巡らせていると、代わりにサジンが質問をしてくれた。
司会はあっ、と思い出したように3本目の指を立てる。
「パターン③:チーム内で1名を選出してゴーストと一騎打ち。得られる得点はなんと一発で勝利条件を満たせる3点です」
『最大3点、ってのは……そういうことだったか。けど』
「……私はそうするしかない」
サジンは寂しそうに俯く。
そして健気に寄り添うガブを指で撫でていた。
◇
「私は降りるぞ」
「あいよ、了解」
チーム”ステラ‐Ⅱ”でまず試練を辞退したのはシオン。
アルは特に止めはしないし、聖なる魔法少女には従順な精霊も積極的でない態度を咎めはしない。
「それでアル。ゴーストの仕様はちゃんと聞いてたな?」
「? おう、特におかしなもんじゃなかっただろ? どうした深刻そうにして」
「はあ。いいか、あの四竜征剣も完全とは言えないが再現されるんだ。余計な詮索をされたくないんだろう、だったらちゃんとしかるべき対応をしろってことだ」
「あ、そっか」
少し考えてアルは、騒ぎになるのはオモテの一式と呼ばれる4本の内の2本、雷光の刀ブリッツバーサーと闇のレイピア、ダースクウカさえ誰かに預ければいいと決めたのだが、一番都合のいいオルキトは未だ先の試練から回復しておらず不在。
「じゃあシオン、ちょっとだけ……」
「いーやーだ。もうこれ以上は面倒に巻き込まれたくないから、頼むならコトハにしろ」
「あのな……」
自分の意思とは関係なく冒険者となったという、似た境遇を持つアルとシオン。
アルが四竜征剣ならシオンは魔法少女に変身できるアイテムのシンジツコンパクトがその元凶で、シオンが持ちかけられた提案というのは、アルで言うならただでさえ四竜征剣を持て余しているのにそこにシンジツコンパクトを渡されるということ。
気持ちはわからないでもなかった。
「わかったよ。ならコトハ」
「私も出るつもりなんだけど?」
「……はあ?」
「大丈夫。被害を被るのはゴーストだけで、牽制くらいにはなるから」
「いやー、そうは言ってもな……どうかしたか? シオン」
少し借りるぞ、とコトハを連れて距離を置いたシオン。
心なしかアルは焦った表情が見えた気がしたが、シオンもきっと同じ気持ちで心配をしているのだろうと気に留めることはなかった。
◇
「どういうつもりだ。コトハだって精霊を薬で酔わせてるから別に降りられるはずだろ?」
「そうだけど、あの2人だけで舞台に上げるのはまずいと思ったから」
「いやいや、無差別に毒物を振りまける奴のゴーストが出る方がまずいんじゃ?」
「自己分析はできてると自負してる。防御に回避の能力は、自分で言ってむなしいけど皆無だから一発でも攻撃が当たれば処理できる」
「……ちゃんと頭の中で計算できてるならいいけど。……最悪の場合は私が──いや、なんでもない」
◇
しばらく設けられた作戦会議の時間が過ぎて各チームの出場者が出そろい──結局ステラ‐Ⅱではアルとコトハが出場することとなった。
懸念されたアルの四竜征剣についてや、コトハの初見殺しである予備動作無しの毒物精製は、ゴーストの行動パターンは基本専守防衛ということで、しばらくは放置をして様子見の方針で固まっていた。
そして改めてアルは闘技場の顔ぶれを確かめる。
『コトハが出るとは予想外だったが、やることは変わらん。なんとかしぶとく生き残って一人きりのサジンを庇う』
その脇ではコトハもまた自分の役目を確かめる。
『なるべくアル君に四竜征剣を抜かせないようにしながら、まだぎくしゃくしてるサジンとの関係も必要に応じて取り持ってあげないと』
それからだいぶ離れた場所にいるサジンは、ガブを撫でながら(もうすっかり鎧の一部かのように張り付かせている)不安をそのままため息として漏らしていた。
『アルはなんだ……コトハと一緒に出てきたが、役割が”何でも屋”に”薬師”だというのは周囲にとっくに知られている。もちろん私は自分の心配をするべきだが、あれだと2人だっていい点数稼ぎに見られてもおかしくない。……ルール上、勝負の行方を他に委ねることになるのは面白くないが、かといって私にはなにができる。ううん……』
◇
アル達が三者三様のそんな思惑を抱く中、銅鑼により試練の開始が告げられる。
それと同時、それぞれの参加者の目の前に、それぞれ同じ輪郭を持った黒い人影が現れた。
ゴーストだ。
「じゃあアル君。話してた通りに」
「ああ、あんま器用にやる自信はねーけどしっかりと勝機は見極めて、きっちり決着をつけ──」
まずアルが抜いたのは一般的な剣の見た目をした、姿を消す能力を備えた四竜征剣バリアー・シー。
四竜征剣特有の破壊不可能という特性だけでも得物として申し分なく、というかそもそも腕力という点でアルが不自由なく振り回せるのがそれしかなかった(適性がために四竜征剣は重すぎず軽過ぎずで重さは最適である)。
素人なりに戦闘の準備を整えたところで、接近してくる何者かの気配を感じてアルは顔を険しくする。
「……もう来たか」
背筋がぞくぞくする、明確な敵意をもっていたそれはまた別の1人を伴っていて、先にその姿を認めたコトハはどうしたものか、あれ、と間抜けな声を漏らしていた。
「ま、待てってぇ! わたし!」
ものすごい勢いで駆け抜けていく騎士姿の黒い影は、アルとアルのゴーストの間に割って入り、ゴーストを守るように立ちはだかった。
遅れてやってきたのは騎士姿のゴーストを生み出したモデル──サジンだった。
「お、おいおいおい! 俺達の勝負の邪魔するなよ!」
「いやそんなこと言われても知らないぞ!? ゴーストが勝手に動き出したんだ!」
「説明だとゴースト同士も連携するらしいがそれはチームが同じ場合で……」
「ああ、チームは違う。強いて言うならパーティは同じだが……あれ?」
「なに? え、そういうこと?」
アルとサジンが飛んだり跳ねたりして高所に設けられた司会にアピールすると、やや語気を強めにして事態を素早く説明。
そして回答はというと以下の通り。
「えー、すみません。今回のゴーストは簡単に対象の能力等を忠実に再現するのみで、細かい設定は徹底して詰めておらず、大陸祭というシチュエーションにおけるチームでの役目よりパーティとしての役目を優先してしまうという事例が発生しているようですね。えー、そうですねえ……」
参加者には平等な対応をするべきだが、既に始まった試練を仕切り直すのを避けたい。
しばらく迷ってその結果、司会の頭に稲妻のような閃きが走った。
「ちょうど3人ですね。本来想定されていたチームと同じ人数であって、特別進行不可能なアクシデントとは認めたく……認められないです」
「なんか今言いかけてた」
「なので試練は続行です」
話を早々に切り上げようとされて、アルはなんとしても食い下がる。
なので今だけは一時休戦してサジンにも協力をあおごうとしたが、望んだ通りにはならなかった。
「落ち着け、アル。あまり騒いで目立っていると、他チームからその隙につけこまれる」
「けどな……」
「それになんだったらちょうどいいまである。私のゴーストは今、アルのゴーストを守っている。アルが狙っているのは2点獲得できる自分自身のもので加えてコトハで3点になる。一方で私は頑張ってアルを倒して、コトハを足しても2点。私自身を倒さないと条件を満たせない」
『せんせーには確かに言ったけど、あまりにも自然に私がおまけの雑魚扱いされてない……?』
自覚していたが既に楽に倒せるのが確定しているまである言い方で話を進められていて、コトハはぐっとこらえる。
「つまり言い換えれば、アルに私のゴーストを倒されれば、私は得点源を失い勝利を大きく遠ざけられる。アルとの決闘はなにも大陸祭の優勝ではなく最終成績でも決着はつく。だからアル、私のゴーストを倒してみせろ。その間私は──何人もその勝負の邪魔はさせない」
剣と盾を構え直したサジンは自身のゴーストとは真逆の方へ歩き出す。
見やるとそこには、双剣を携えた屈強な男が佇んでいて、その目はアル達のゴーストを得点源として見据えていた。
「はあ。自分を忠実に再現されたもの、とは聞かされてたけどここまでの試練で集中力が乱れがち、それにあっちは疲れ知らずらしい。となるとこの試練の本質はいかに相性のいい相手を見極めて打倒するか、かもね。だから、恨まないでくれよっ」
ゆっくり身を低くしてその脚に力を込めている──かと思うと意表を突いて、膝を半ばまで折ったぐらいで地を蹴って飛び出していく。
そして次の瞬間には真後ろに向かい、闘技場の端まで吹き飛んだ。
「ぎゃあああああ!」
悲鳴はすぐに小さくなっていきすぐに途絶える。
その奇怪な現象に、サジンはただ困惑していた。
「……!? な、なんだ? どういう戦法なんだ?」
『……そうか。サジンには見えてないのか』
ブリッツバーサーによる光速の一閃。
それにより男は吹き飛んだのだが、その一連の流れは適性を持っているアルにしか認識できていなかった。
とは言えゴーストも四竜征剣となると完全に再現できないようで、色は体と同じ真っ黒、アルから見て威力も控えめになっているという感じだった。
ただ代わりにいちいち奥義に伴う剣の叫びがなくなっていたのは幸いだった。
「な、なんだ!? なにがあった!?」
アル達を気づかぬ間に囲っていた、双剣の男のチームメンバーが狼狽える。
男が注目を集め、その間に死角から攻撃をしかける、という作戦は瓦解してしまっていた。
「わからねぇ……確か向こうは”何でも屋”に”薬師”、今は何故か”騎士”といるみたいだが……いや、待てよあの鎧」
「おい、あの紋章は……天使の加護を受けているっていう、ユンニの騎士……!?」
「確か『手足を曳かせたならその馬が哭いた』ってほどの言い伝えがある、あの……!?」
『初耳だぞ……確かにやたら頑丈なのは事実だが』
「じゃあ今のも騎士のゴーストが……」
「未知の能力を持ってたって不思議じゃねえ。て、撤退だ。他を当たろう」
その場を走り去っていく2人の男達。
逃げられる、という事実に対してサジンは反射的にそれらを引き留めようとして、アルは慌ててそれを止めた。
一拍遅れたが、そもそも邪魔が入らないのを望んでいたことにサジンも気づいた。
◇
ぎりぎりまでゴーストと距離を取って様子を伺うが、精霊に試練に対しての積極的な態度を強要される。
アルは否が応でも一歩を踏み出さなければならなかった。
「……骨は拾ってね」
「任された」
「わ、私はそんな乱暴はしない!」
コトハに万が一の時があった時について伝え、サジンからはそんな乱暴な扱いはしないと否定される。
ともあれ決死の覚悟でサジンのゴーストに向き合うと、向こうにも動きがあった。
「アル君ゴーストが出張ってきてない?」
「なんだよ誰だよアルって奴。邪魔だな」
「アルはアルだろ……いったいどうしたんだ、なあ私はパーティで協力してるらしいけどアルはなんだ、自分同士で一騎打ちをしたがってるのか?」
「い、いやー……アルって奴の思考はわからん」
「めんどくさいな……じゃあサジンがアル君ゴーストを引きつけるしかないよ」
『アル君のことだから女子を守ろうとしてるんだろうけど、ケンカしてる状況だから素直に言えないか』
アルとは付き合いの長いコトハは解決策を提示する。
その本当の気持ちなど知らず。
『なにを俺はいいとこ見せたがってるんだ……あー恥ずかし』
「いや待てよ。アルが出てくるなら望むところだ。これで互いに一騎打ちになる」
好都合とばかりに意気込むサジンだが、それを挫くようにまた向こうが動く。
サジンのゴーストがアルのゴーストを制して盾になった。
「今度はサジンゴーストが……ねえなにしてるの?」
「う……あくまで仮定の話だが、私があの立場だったら自分の始末を自分でつけようとしてるのかも……」
「向こうが本物でこっちが分身のゴーストならその理論はわかるけど……分身に本物の思考を乗っ取られてどうするのさ」
「だ、だから仮定の話だって言っただろ! じゃあアル、また私が出てきたから相手を──」
サジン(本物)がアル(本物)とポジションを入れ替わると、アル(ゴースト)がサジン(ゴースト)を制して前に出た。
「まあそうなるわな」
「もう! なんでだよ、アル!」
「俺に聞くなよ! サジンだってそうじゃないか!」
『仲が良いのはこれで確かにされたんだけどなあ……』
完全に空気扱いだった自身のゴーストに同情すらしていたコトハだった。
◇
鈍く光る漆黒の鎌が振るわれた。
それは容易く周囲に巡らされた鎖を断ち切る。
「く、くく……これしきのこと、我が本気を出せば……いや、待った待った! 待ってって!」
別の場所では金で縁取られた大きなフォークが振るわれていて、その度に光る弧を描く。
攻撃を受け止める相手は額に汗して、目に見えてぎりぎりの状態だ。
「んぎ……武器の性能が違いすぎだ……もういくつ壊されたか数えられねえ……」
ゴーストは能力ほかを忠実に再現したので戦闘能力は互角。
多少の疲労などで本体がやや劣勢になることはあったが、それ以上にしっこく魔法少女あびす、すいーと魔法少女しゅがーは苦戦を強いられていた。
「なああびす。どうしてこうなったかなー?」
「くく、過酷な試練、それも己との闘いとは古来より一筋縄ではいかないもの……いや、ごめんなさい」
「誰かさんが『望むところ!』とか言って、悠長に強化形態への変身を許したんだったよな?」
「あう……」
「なのにこっちは基本形態のまま。なんだっけ、変身中は攻撃しないってルール。向こうは守ってくれないんだが」
「でも本当にあるもん!」
◇
「ううーん、チーム”くろーばー”はどうやら苦戦中。初お披露目のはずだった強化形態を、あろうことかゴーストに先行されてしまったようです。あびすさん的には偽物をかっこよく倒したかったんでしょうが、行く末はどうなることでしょう」
あびすの失態は司会の実況にもいじられていた。
観衆にはやれやれといった呆れた雰囲気が漂い、シオンにとってはよろしくない状況になっていた。
『なにしてるんだよアイツらは……失態晒して魔法少女の人気が下がったら──私のグッズ売り上げが減るかもしれないんだぞ……』
シオン(※作家としての収入は未だゼロ、もっぱら冒険者としての活動で食べている)の注意はもう”ステラ‐Ⅱ”に一切注がれておらず、そわそわと懐のシンジツコンパクトを触ったりして、もどかしい思いで闘技場の同僚を見ているのだった。