#176 アルとサジンの大陸祭③
知恵の試練が始まるとほとんどの参加者は、お手つきのペナルティを警戒して難易度は2か3を目指して平原を駆けていく。
一方で問題の入った封筒は開封できないものの、表面に記載されたジャンルで選別はできるので得意なものを探し当ててそれに賭ける者も少なからずいた。
そしてアル達はそのどちらでもなく、当初考えていた通り何人かが実際に回答するところを見届けて自分に適当な難易度の問題を解き最小限の労力に済ませようとしていて、とりあえず平原を奥へとゆっくり歩いている。
「もう通過者も出てきたか」
「みたいだね」
飛行能力を有する、超越種のゼールヴァのように冒険者の中には高い機動性を誇る者が多数いて、難易度と物理的距離が反比例する試練の内容などあっさり無視してしまう。
しかし運営からアナウンスされた通り至って正当な行為で、誰もなにも不満は言わず、返って観衆は大きく盛り上がる。
そうしておよその問題の傾向を掴めたアルはコトハ、次いでシオンと顔を見合わせると難易度3あたりで一旦解散し、それぞれが得意なジャンル探しを始めることにした。
◇
「本来は駆除対象である害獣ですが、繊維素材への利用を目的にし744年に例外として保護対象となったものは?」
「ラグ・ミラジュル」
「はい、オルキトさん正解でーす」
……
「ガタークシリーズで有名な鍛冶師ピエール・ブッガですが、その弟子の1人で今も根強い人気を誇るシェテカルシリーズを手掛けている鍛冶師は誰でしょう」
「ええと、ネイヴィ・アールブ」
「はーい、同じくステラ‐Ⅰのサジンさんも無事通過です」
……
「ゼマ教の13代と17代法王には同じ人物が就いていました。その人物とは?」
「んー……チャフ・ニン・ロレンロレンだよね……?」
「ニコルさん正解、試練は通過になりまーす」
……
「魔法と称される起風、操圧、発雷能力について、それぞれ触媒には鉱石のカザニウム、パルニウムが用いられていて、発雷にはなにが使用されているか、世界標準の属性石分類表に記載されている正式名表で答えてください」
「え、そんなのいらなくない? 属性石分類表ってなに?」
「……ははー、回答はそれでよろしかったでしょうか」
「ふむ……答えがそもそもない、っていうそういう問題なのね。そうそう」
「はい、レーネさん不正解でーす」
「うそぉ!?」
◇
「知ってる顔も通過してきたな」
「……まさかと思ったがやっぱり無視したな」
「無視? 俺の気づかないうちになにかあったのか?」
近寄ってくるシオンに言われてようやくアルは、レーネが舞台でおろおろしているのに気づく。
別に想定外でもなかった事態なので、無意識にレーネの失態を見逃していたのだ。
いち競争相手としてペナルティが課されることは好機と思いながら、一方で同じチームのシオンを見てみると文学ジャンルの封筒を手にしている。
難易度は4だったがここまでの様子見を踏まえての判断だと思うと心配はない。
「まあレーネは天才だから仕方ないよ。皮肉抜きで本物のね」
「……確かにクエストでの活躍を見てると本当にそうらしいな。で、コトハもいいの見つけたか」
「うん。ちょうどせんせーも同じらしいね。じゃあアル君、私達は先に行くから」
2人を見送るためひらひらと手を振って、腰をかがめていた姿勢から伸びを一つしたところで。
「では難易度5の不正解ペナルティでレーネさん。ここで即失格となります」
『……は? 難易度×5秒の待機じゃあ……』
聞き間違えたのかとアルは舞台を見てみるが、レーネのその、挽回の機会を一切失ったようなうなだれ具合を見るとどうやら事実に違いなかった。
「ペナルティは『難易度×5秒の待機』みたいな誤解をされているようですが、はっきりと明らかにしたのは難易度2の『10秒待機』というペナルティだけですからねー。質問されていればきちんと明かしていたんですが。というわけで難易度5は『即失格』、ほかは……まだ伏せておきましょうか。さて、まだ競技はまだまだこれからですよー」
『いやいや、いちいちそれぞれの難易度のペナルティを確かめるかよ……あとなぜレーネはなんの自信をもって最高難易度を選んだのか』
「アル君アル君」
「どうした?」
「精霊が怪しく明滅してるから、念のため問題探しは急いでね」
「うっ、おおお!?」
精霊の異常に危機を感じたアルは、より外円を目指して駆けていく。
『とりあえず、ペナルティがはっきりしてる2の難易度から問題を選んでいくか……』
黄色の封筒が散っているエリアで問題を探し、”武器”や”武術”といった冒険者向けのジャンルは避けて、狙い目を一般人にも身近な”生物”や”科学”あたりに絞っていると程なくして目当てのものを見つけた。
手を伸ばしかけたが、瞬間、あるものが目に入って渋い表情で固まる。
少し離れた場所に落ちている、ジャンルは同じ”生物”の難易度1の白い封筒だ。
『確かにペナルティははっきりしてる……が、単純に難易度を比較すれば1の方が正解の確率は高い……』
ペナルティについて誤解したままであれば迷わず白い封筒を取ったが、未知のペナルティを警戒してなかなか動けないでいる。
その間にも通過者の報告は上がる。
もちろんペナルティを受ける者もいて、難易度3を外した場合は以降の問題は同じ3の難易度しか選べず、4か5で距離を縮める代わりに勝負に出るか、もしくは1か2で確実に正解しようとする選択肢を奪われるのだ。
無言の精霊に急かされた末、ふと根本的なことに気付いて迷わずアルは白い封筒をひっつかんだ。
「正解するつもりで問題を選んでるんだ。間違えた時のことを考えてる場合じゃねえ」
◇
「──ポエル酸ドクトン‐Ⅲ」
「おお、見事。コトハさん、正解です」
……
「作家として著名なゲチコム兄弟の弟フィオラ・ゲチコムですが、その妻であり、代表作”厳冬の弦”の作者は?」
「ああ、ジョーレ・エンジー・ゲチコム。旧姓はシーズだ。ちなみに子供が長男はマット、長女のホウセル。次女がカイリ、次男と三女が双子のケセセとテトロ」
「おー……補足の真偽は答えかねますが、問題自体は正解です」
……
「お疲れ様、せんせー」
「ああ、コトハもな。で、後は」
シオンとコトハが見つめる先には、息を切らしながら司会に封筒を渡すアルがいた。
それが最も易しい難易度1のものだとわかると心配は無用だな、と静かに行く末を見守る。
「まずはこちらを受け取ってください」
「なにこれ。写真……?」
渡したばかりの封筒から問題用紙とは別に、何枚かの写真が抜き取られた。
それらを見ていると、徐々にアルの表情は険しくなっていく。
緑の体表をした小さな人型の害獣が1枚に1頭ずつ収められている写真だ。
「コボルトの混じっているその写真の中から、ゴブリンを全て選んでください」
「知るかぁーっ!!!」
写真をぺしんと叩きつけ、司会の手に渡った封筒の表面を確かめる。
だが確かに”生物”のジャンルと記載されていた。
「そういえばアリュウルさんはジフォンの出身でしたか」
最低難易度の1で取り乱しているアルを見て、なにかに気付いたように司会はそう問いかけた。
「……まあ」
「この問題は、ネラガでは一般の方にとっても常識なんですが、ジフォンではそうではないんですね」
「え、そうなの……?」
アルは他の参加者に加え、観衆の様子もざっと伺う。
『おいおい、見ればわかるだろう』とでも言いたげに肩をすくめる中年の男性。
『ぼくわかるよ、わかるわかる』と興奮する6歳くらいの男児と、『だめよ? あのお兄さんが答えようとしてるんだから』とそれをなだめる母親。
その他、わからないふりをしている茶番に付き合ってやろう、と嘲笑でなくその後のオチに期待を込めてくすくすと笑っている老若男女。
なるほどこれが大陸の端同士の生活の違いなのか、と現実を受け入れざるを得なかった。
『ああもう! いやらしい問題だ……1枚の写真について2択じゃあなく、”正しいものを選べ”方式という……! 5枚あってそうなると組み合わせは……とりあえず多い。つまり運任せが実質通用しない……』
すでに後ろ向きなものから働き出したアルの思考回路は、辛うじて答えを絞り出した。
3枚の写真を司会に向けて差し出す。
「……これがゴブリンですか」
「っつ、はい」
「コボルトではなくゴブリンですか?」
「うん? ま、待って。……こっちはコボルト──」
答えを変える素振りをして司会の表情を盗み見て、変化を観察する。
精霊が咎めないので違反行為ではない。
そうして視線の動き方等を見極めて、高らかに宣言した。
「ゴブリンはこっちです!」
差し出したのを引っ込めて2枚の方を差し出す。
なんといわれても答えは変えなかった。
「ああー、不正解です。正解は、①、②、⑤がゴブリン。③、④がコボルトでした。緑のほか褐色の個体がいるとはいえ、体表の色で判断してはだめですよ?」
「あ、バレてた……」
「はーい。というわけでわくわくペナルティ!」
どこから湧いたか運営スタッフが手早く鉄球つきの足枷をはめた。
大陸祭だというのに仮装ではなく、見た目の通りずしりと重い。
「難易度1の問題は、もしも外した場合はその度に足枷の重りが増えていきます」
「重いぃ……まだ増えるリスクもあんのか……ひー、これならお手付きの待機がなくて、即失格のリスクもない難易度3が一番効率いいような……」
「さて残りの枠があとひとつとなってまーす」
「すごいタイミング! ええい!」
じゃらじゃら鎖を鳴らし、鉄球を抱えながら再び平原へと駆けていくアル。
(※哀れかな、ものの重さを変えられる四竜征剣ハカルグラムの存在をアルは忘れていた)
司会のアナウンスにはアル以外の参加者も急かされて慌てふためいていたが、はっきりと目的を持って行動する者もいた。
アルが人柱となってペナルティと問題自体の難易度が明らかになり、そのおこぼれを利用せんとする輩で、残り1枠という状況が後押しになって脇目も振らず舞台を目指す。
「やばいやばい……ルール上は冒険者の能力は使っていいらしいが、危害を加えたりしての妨害は違反行為……」
唯一の武器──四竜征剣を抜くべきかアルは迷うが、その間にも他の参加者はぐんぐん回答席に近付いていく。
撃退は違反行為にあたるためもってのほかで、そもそも四竜征剣は見られるだけでもそれを狙う組織、ジェネシスを呼ぶリスクがある。
抜く瞬間を見られずにかつ直接の攻撃でなく間接的に、例えば視界を奪うなどの妨害工作ができれば──そんな違和感たっぷりの思い付きにアルは、奇跡的にひとつの光明を見い出した。
「一瞬だけだ。いくぞダースクウカ。『セイス・エクリプス』!!!」
闇および風の源たる不可視の力を征する、ダークオパールの光沢を持つレイピア、ダースクウカ。
剣が力を放つ際に伴うその雄叫びは暴風にかき消され、その姿は一瞬のうちに闇に消え、点々とそこらで明滅している精霊のわずかな光だけでは目に見えなくなった。
「おっと? 辺りが途端に暗く……? はて、誰かの能力でしょうか。ひとまず観衆の皆さまは落ち着いてくださーい」
司会が予期せぬ事態に少なからず動揺する様子を見て、アルはにっと笑う。
『うまく行ったか……抜くと同時に陽に向かって突きを繰り出して、短い日食を発生させる。まあここまで暗くなるとは思わなかったが、他の参加者の足止めはできた。で、俺は事前にルートを確認してある。……あとはなるようになれ、だ』
やがて辺りに光が戻ってくると、回答席についていたのはアル。
その手には赤い封筒を持っていた──最高難易度5、外せば即失格のペナルティのものだ。
足枷で動きが制限され、他の参加者が駆けこもうとしている状況ではあちこち探し回って難易度を選ぶ余裕はなく、一番近くにあった問題の封筒をとにかく取ってきていた。
回答権があるだけでも、試練を突破する可能性はゼロではなくなり、そうせざるを得なかったのだった。
(※なお一連のダースクウカの運用は閃いたもののやはりハカルグラムの存在は抜けており、回答席には息絶え絶えで飛び込んでいた。なんとも哀れ)
「おー、混乱に乗じてちゃっかりしてますね、アリュウルさん。さて最高難易度を選びましたが結果は果たして……」
『頼む。数字で答えるやつか選択肢から選ぶやつ来てくれ……人名とかの固有名詞だけは絶対だめだ……』
「問題」
『頼むっ……!』
「演劇における権威ある賞の初代グレイヴ賞およびレナウィオ賞を合わせて受賞したのは俳優、コルマ・イシジーですが、現在までにグレイヴ賞を受賞している俳優を6人まで答えて──」
「違わない?」
「はい?」
「コルマ・イシジーが受賞したのはグレイヴ賞とヒューラ賞ですよ。問題の情報が違う」
◇
「司会となにか揉めてそうだが、まさかアレで粘って通過するつもりか? アイツは」
追い詰められた状況でアルが賭けに出たのはシオンの目から見ても明らかであって、万策尽きてその手に出たのかと思って呆れて半目を作る。
「……いや、アル君に限ってそれはないよ。最後の最後でどうやらすごいのを引き当てたらしいし」
「得意ジャンルってことか。あれは”芸能”か?」
◇
「ま、問題の不備でごねるつもりはないです。それで回答ですが……」
ごめんなさいと両手を合わせていた司会に、気にしないでいいという風に、なだめるように手を振った。
「第2回はパレット・フォール。第3回はマリエル・シュウツ。第4回はフィオラ・シーズ。第5回はトリルノ・スイン。第6回はスーピー・ワルム。第7回はレッカ・テグ、と回答自体はこれでいいんですよね?」
「あー……わ、わかりやすく順番に答えていただいて助かります。正解です」
回答席のアルは、呟きながら記憶を探っているかと誰もが思っていた。
しかしそれは時系列で整頓された無駄な情報がない完璧な回答で、また十数秒とかからず済まされていて、全てを仕切っている司会もそれに対し呆気にとられながらの正解を伝えているので、もちろん周囲はなおさら状況をなかなか理解できず、やがてじわじわとちぐはぐな拍手や歓声があがる。
「えーと、というわけで、以上で締め切ります。最後の通過者はアリュウルさんでしたー」
にぎやかし担当のスタッフに合図を送って雰囲気を整えさせると司会は、通過者を舞台上に整列させた。
◇
「ああいうやつなのか。アイツは」
「うん。エンタメとゴシップにはやたらと詳しいんだ。まさかここで役に立つとは」
「ふうん。しかし受賞順だとかの補足までつけてな。興味がある素振りを見せるとぐいぐい距離詰めてきそうだな。ああいう人種は」
「……せんせーもさっき似たようなことしてたんだが」
「どうかしたか? コトハ」
「いや、なんでもない」
◇
「さて最初の試練が無事終了となりました。ここで私の独断、個人的にピックアップした通過者の紹介に入りまーす。まずはこちら、チーム”碧の原点”。全参加者の中で最もはじめに通過したゼールヴァさんを擁しており、またオルフィアさんもしっかり難易度4を見事に正解しております。ただ──」
「わん!」
「ツバキちゃんは平原であちこち駆けている参加者を追いかけることに徹して、無念の脱落でしたー。まあ可愛かったですが」
『……どうせ今後も活躍はなかっただろうが、大胆に切り捨てたな。お姉さん』
イヌは本当にただの数合わせだったようで、アルはその無情な采配に、そこにいたかもしれない自分の姿を重ねると虚しさを覚えたが、オルフィアが為したことなのでさほど気にすることはなかった。
「続いて魔法少女の集い、チーム”くろーばー”。はい、こちらは条件が整わなかったためきんきらさんが顕現出来ず、『自力で封筒を回収する』という前提をそもそも満たせなかったがため脱落。ですが同志の繋がりはまだ生きているはずなので、残った2人に期待ですね」
『そもそもの問題だった!? でもそっか。シンジツコンパクトは3つ揃わないときんきらへの変身は果たせないからな……』
「そしてやはりここ、”ステラ‐Ⅱ”もいいところを見せてくれました。最後の滑り込みで最高難易度5の問題を通過したアリュウルさんのほかにも、コトハさんにえびグラタンさんは難易度4を通過していたりして、いまだ無傷、3人全員が健在となっています」
『……俺たちステラ‐Ⅱが出たってことは』
「ステラ‐Ⅰも健闘はしましたが、レーネさんが脱落。残りはサジンさん、オルキトさんの2人です。さて双方のステラの今後にも注目ですね」
きっとその気はないはずだが、サジンの闘争心を焚きつけかねないその言い方に冷や冷やさせられるアル。
そうしているうちにも大2にの試練の準備は着々と進められていた。