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#173 消えた実像と亡霊の虚像

 バルオーガ達が件の事件の処理に奔走する一方、アルもまたやらねばならないことがあり、その日は朝から『星の冒険者』の一行に加え、オルフィアときんきらを屋敷の談話室に集めていた。


「コトハときんきらは知っているだろうが、ニコルに変身を承諾してもらうにあたり条件を出していた。今日はそれについての打ち合わせだ」


 テーブルについた一同を前にしてアルがそう切り出すと、神妙な面持ちでオルキトが問う。


「これだけの人数を要するほどのものを約束してしまったんですか?」

「まあ、人が多いに越したことはない」

「あの、重ねての質問いいですか」

「なんだ?」

「レーネさんが見当たらないんですが……」

「きんきらに体を貸してる。起きてくるのが一番遅かったからな」


 オルキトの視線の先では申し訳なさそうに頭を下げているきんきらがいて、その様子から彼女もまたアルに巻き込まれたのだと察してそれ以上は何も言わない。


「後で情報を共有することになるか。抜け漏れがないようにしないとな」

「それはたぶん平気だ。演じるのは脇役の予定だし」

「演じる、だと?」


 サジンはじめ疑問符を浮かべている面々に、そうなることは予想通りだったのでアルはさっさと本題に入る。


「ニコルが所望した通り、きんきらを主役に据えた演劇を披露する。脚本は俺。シオンっていう本職がいたから協力してもらおうとしたが、コトハによると創作とはジャンルが違うらしいからな」

「あの黄色のネコシアター(ひどい劇団)を贔屓してるアル君も大概だけど、あの人よりはマシのはず……」

「なにか言ったか? コトハ」

「気にしないで」


 コトハに限らず他の同席者も不安な面持ちでいて、アルはすかさずフォローを入れる。


「俺だって傑作を書ける自信があるとは言い切れないし、たとえそれができても役者の演技やら演出だとかどれかが極端に酷かったら台無しになる」

「……実体験を伴っているような、含蓄のある言葉ですね」

「まあな。そういうことで最低限果たすのは、観られるくらいのクオリティ。加えてあくまで最終手段としてだが、アクション系の演出を過剰にしてなんとか勢いで押し切るのも選択肢に入れてある」

「いや、ニコルだって一応21だぞ。そんな子供だましは……」

「一応とか言うな」


 オルキトやサジンへのフォローはそれぐらいで済ませて、アルは次の、特に苦手にしている相手の方を振り向く。


「あのですねお姉さん。そう睨まないで……」

「なんのこと?」


 作った笑顔を張り付けていたのは明らかで、じっと目を合わせたままでいると寿命が縮むのではないかという思いがしたアル。


「うわめっちゃ食い気味。いや違うんですよ。レーネが脇役って聞いてたぶん勘違いしてると思うんですけど、主役のきんきらに並ぶほど重要な役をぜひ、お姉さんに演じてもらいたいんです。誇張抜きにここでの知名度と好感度をいずれも備えている、そんなお姉さんにしかできない」


 調子よく言うお世辞ではなく事実に基づいた評価を聞き、オルフィアが興味を示し始めた瞬間を見逃さず、慎重に言葉を選びながらアルは続ける。


「まずざっくりとした話の流れなんですけど、主な舞台としては現代の話なんですが、ある日きんきらのもとに謎の使者が訪れ、きんきらを過去に連れ去ってしまうんです。で、きんきらが現在に戻るにはその時代で強い害獣を倒さなくてはいけない。まあここで過去の活躍だとかを見せるつもりです。ただ闘いは苦戦。そこにシンジツコンパクトの共鳴だとかで理由をこじつけて、現代の魔法少女にも来てもらい魔法少女の結束、力を合わせることで強力な害獣を撃退。今新たに集結した仲間とまた歩んでいこう、で終幕の予定です」

「それで私の配役っていうのはなにかな?」

「その前に聞いてほしい話があるんです。こういう演劇で人気が出るのはもちろん主役と、次いでヒロインや相棒のポジションです。ほかの有名な演劇を知ってたら起用される役者を基準にすると分かりやすい。きんきらにはもちろん本人役で出演してもらう」

「私が本人役……まあそうですよね」


 きんきらの活躍を描くつもりでいる演劇で、特別なしかけを企んでいない限り本人がそれを演じるのが自然できんきらも納得して頷いている。

 既に確定している配役は他にもぶらうんにしゅがー、あびすがいて、それぞれにその中身をあてていた。

 集会禁止の命令が出ている魔法少女は、ちゃんとした稽古ができないのでアルは出番は終盤のごくわずかに絞っていて、それを踏まえての配役だ。


「というわけでお姉さんにはこれもまた人気がある役、きんきらを過去に連れ去っていく謎の使者を演じてもらいます」

「へー、悪役なんだ」

「……とても大切な役なんです。これは言い訳とかじゃなくて、悪役の魅力は主役の魅力にも影響してきて、ただの害獣を討伐するだけだとあまりにも盛り上がりに欠ける。でも逆に、例えば不死身の能力、例えばあらゆる攻撃を回避してしまう能力、そういう類の能力のからくりをどう解明していって、劇中で明らかになっていって、どう攻略するか。終幕したとしてもその後、観客同士でまた考察するのもいいんですよ」

「あ、アルさん、まあ落ち着いて。姉さん、どうする? アルさんの主張もわからなくはないけど」


 執心しているのが例の劇団とはいえ、創作活動に並々ならぬ意気込みを持ち鼻息を荒くしているアルを制しながら、オルキトはオルフィアの表情をうかがう。


「そうねえ。まだ本番の予定はだいたい2週間後ぐらいとかしかはっきり決まってないけど、一般公開するにあたって演出や内容に問題がないか、直前で直すことがないよう明後日までに、途中でも構わないから審査をさせてもらえればいいわよ」

「稽古含めたら全然時間ないすね……いや、任せてくださいよ。じゃあまず取材かな」

「は、はい、私のことですよね」


 部屋から出ていくアルを、場所を移して話を聞こうとしているつもりなのだと考えたきんきらがその後についていく。


「まだきんきらは後だ。質問の内容を考えるから。だから先にツバキから話を……じゃなくて朝の分の世話を済ませてくる」

「ツバキのお世話、ですか。……あの、よかったらついていっても構わないですか?」



 ◇



「鏡越しでずっと見てはいましたが触れるのは久し振りです……とはいっても、当時の子のはずはないですけどね」


『当時の個体で合ってるんだよなあ……』


 その聖獣には劣るものの長らくネラガの歴史を見守っていたきんきらでさえも、姿形を微妙に変えることでバルオーガの家に何世代も前から寄生しているツバキの正体も知らず、きんきらはその白い毛に覆われた体を優しく撫でている。


『そういや当時といえば、そもそもシンジツコンパクトってのは適合者が変わるごとに名前も改まるって話だ。ツバキはそういう入れ替わりを見てきて、直接聞く機会は無いものの仕組みは知ってたはず。だから『ぷらちな魔法少女きんきら』を捜してた時にそういう情報を教えてくれればよかったってのに』


 最終的には、きんきらは肉体が消えたものの人格が残っているという例外ではあったのが、今回の場合は新世代の魔法少女とされる、『ぶらうん』、『しゅがー』、『あびす』と並んで数世代前の『きんきら』の名前が挙がった時点で指摘があれば捜索の手がかりになっていたのだ。

 2人きりになったらまずはその文句を言ってやろうと、きんきらが去っていくまでアルは目を閉じて脚本のアイディアを考えていると、不意に何者かに後方から裾を引かれた。

 見ると、もう1頭のツバキ──きんきらの視界から逃れて分身していた個体であった。


「お、おい、なにしてんだよ。もし見られて……いや、俺としては見つかって正体ばれてほしいけど」

「別にバルオーガ(アイツ)の評判からして予備の個体とみなされるだけよ。無駄話はいいからついてきなさい」

「いや、急にいなくなるときんきらが怪しむ──」


 しつこく裾を引くツバキにアルはしぶしぶ従うことにし、きんきらの目を盗んでその場を離れようと様子を見ると、ツバキ(もう1体の分身)をぎゅっと抱きしめていて絶好の機会だった。

 ただどこか雰囲気がおかしく、注意深く見ると微かに肩が震えていて嗚咽も聞こえた。


「泣いてる……?」

「男なら察してやりなさい。ほら」



 ◇



「ねえツバキ、なんで私だけ生き残ってるんだろう」


 アルが立ち去ってからきんきらはぽつりと独り言を口にする。

 ツバキが聖獣であり何十年も生き続けているとはもちろん知らなかったが、当時の姿と酷似したツバキを目にして触れたきんきらは、肉体を失いシンジツミラーに人格を移すこととなった、かの日の記憶が蘇っていた。


「エスメラ……本当の私がいなくなったら、こっちの私だって一緒に消えるはずなのに。レイジ・オーク、倒したよ。エスメラのお願い、ちゃんと果たした。ねえ、だから私のお願いも聞いて。……帰ってきてよ。普通はいちゃいけないはずの私の代わりに。みんな、ずっとエスメラのことを想ってるよ?」


 きんきらの正体としてのエスメラを知っている、深く信頼し合っていた冒険者の名をひとり、またひとりと呟く。


「私じゃない、私じゃない、私じゃない……鏡映しで全部が逆なの。私は引き留めるだけでエスメラみたいに前に進もうとする誰かの背中を押してあげられない。私は疑うだけでエスメラみたいに誰かを心から信頼できない。私は壊すだけでエスメラみたいに器用になんでもできない。生きていなくちゃいけないのは私じゃない。エスメラ……」


 きんきらはそれから、言葉にならない嗚咽をしばらく漏らしていた。



 ◇



「……しんどいな」


 ツバキを介してきんきらの苦悩を知ったアルは、頭を抱えてため息交じりに弱音を吐いた。


「残酷なこと言うわね。めんどくさい奴には違いないけど」

「いや違う。うまく言い表せないんだよ。どこをとっても特別な存在のアイツの、気持ちをわかってやろうとしてもどれだけ正確に理解できるもんかな、って」

「でもそれをなんとかできるのはアンタだけよ。あんな悩みを打ち明けられるのはイヌに成りすましてる私だけで、それを聞けるのはアンタかバルオーガ。けどバルオーガには思うようにその機が来ない。演劇だとかを利用して手を差し伸べてやれる好機が今、アンタにはある」

「……ただでさえお姉さんのことで面倒なのにさらに難易度を上げられた……時間もあんまないのに……うー……」

「で、そんなアンタが真っ先に私のところに来て、なにか用事?」

「ああ、きんきらの当時の話とか聞きたい。本人が言わないようなことを特に。……エスメラって人のことも聞いておきたい」


 そうしてツバキへの取材を終えた後は、やや時間を置いてからきんきらにも話を聞き、集めた情報を活かしながら徹夜で脚本を書き進める。

 翌日はバルオーガの伝手で紹介してもらった演出家と打ち合わせをして殺陣の構成を決め、その稽古をして、また夜には脚本を進めてひとまず完成させる。

 完成させた脚本を持ってオルフィアと打ち合わせ、昨日に引き続いて殺陣の稽古(アルは完全に裏方だったが必ず立ち会うようにしていた)、夜にはオルフィアからの指摘を受けて脚本の修正。

 そんな日々が2週間ほど続き──


「至って普通の脚本に落ち着いた。これから変えようもんならせっかく練習した演出も変えなきゃいけない可能性も出てくるし……もーだめだこれ」

「でしょうね。ま、どうせ素人だし別に期待はしてなかったわ」


 容赦ないツバキの言葉に反論しようとしたが、アルは指摘された通り自分の力不足を自覚していて、しゅんと肩を落とした。


「ま、書き切ったのだけまだマシよ。アンタ達は物事を深刻に考え過ぎ」

「だよな。俺はともかく、きんきらは真面目なんだよ。それが行き過ぎで暴走して、実際俺は痛い目見たし」


 アルは迫る演劇のことは一旦きっぱり忘れ、その後のきんきらのフォローについて考え始める。


「怖いし寂しいんだろうな。自分が後天的に生まれた副人格だったのに、ああいうことがあって主人格とは別に独立した人格になるなんて」

「アンタなりにあの子の気持ちをわかろうとしてるじゃない。その言葉、直接言ってあげなさいよ」

「それを素直に受け入れるアイツでもないんだよ。あとそれ以前に俺じゃ到底解けないジレンマに悩まされてるんだ。……きんきらの存在を肯定しようとしても、そうすればエスメラを否定することになる。さっき言った通りきんきらはもう独立した人格だってことを説いたとしても、聞く耳を持ってくれるかどうか」

「……荒療治しかないわね」

「なんか言ったか?」

「別に」



 ◇



 前日ぎりぎりまで屋外の舞台にて本番を想定した稽古を重ねて、やがて訪れた公演当日。

 アルはコトハをきんきらの迎えに送らせた後、もうひとつの大役を任せているオルフィアの控室を訪ねて挨拶がてら軽く話をしたが、口を閉じたまま唸って返事をするなど素っ気無い反応しか返ってこない


「緊張してます?」

「……別に」

「大丈夫ですって、予行演習でばっちりだったんですから、今日もそれをこなせば。んー、なんか欲しいものとかありますか? 常識的な範囲に限ってなら多少の頼みも聞きますけど」

「そんな図々しい女だと見られているなんて心外だわ。とは言ってもアル君のせっかくの厚意を無下にもできないし。じゃあオルキトを呼んできてくれる? 家族として挨拶は済ませたけど役者としての挨拶が無いから」

「あー……たぶんもう衣装合わせてて屋内入れないかもですね。ほらあの大きい害獣の着ぐるみ」

「そ。じゃあいいわ」


『全然気にしてないっていう顔じゃないんだよな……』


 大切な役者だがその前に1人の人間としてのオルフィアを心配したアルは、大道具を置いてある舞台裏のオルキトの元に向かう。

 予想していた通り動きづらそうな着ぐるみを着込んでいて、その出来を確かめつつオルフィアのことを相談して、初めは渋られたが助言を引き出せた。


「僕が言ったとは明かさないでくださいよ。それとなく選んだっていう感じで」

「はいよ。こう見えてアルさんは空気を読むから平気だ」

「頼みますよ? 本人は本当に気にしてるらしいので」



 ◇



「あーあ。別に強引に頼めばよかったかなあ」


 ソファに体を預けながら、どこで間違えたものかとオルフィアは後悔していた。


「オルキトの手が空いてたらいつもみたいに滞りなかったのに、もうオルキトのせいよ。あの時の雰囲気でアル君に頼んでたら、本来ならオルキトを介してるのに気づいて私が気にしてるのをいじってくるに決まってるし」


 決してソレの代わりにはならなかったが、気を紛らわそうとビスケットをつまんでいるとノックの音がした。


「お姉さーん。今いいですか」


 自分をそう呼ぶ相手は限られていて、今いる状況からしてそれが少し前に会話をしていたアルだとすぐに分かった。

 とはいえ同伴者がいないとも限らないのできちんと姿勢を正す、表情も穏やかにしてから中に招き入れる。


「……これは」

「外の屋台で見かけておいしそうだったんで、責任者として関係者に配って周ってるんですよ」


 見ると確かに、テーブルの上のと同じ、地元ネラガでは有名な大盛り料理の1つであるチーズたっぷりのチキンが詰まった箱がアルの脇に抱えられている。

 これならばオルフィア1人だけが頼んだと特定される可能性は低く、企画者のものであろう配慮が感じられた。


「あ、それだけなんでこれで──」

「アル君は微妙にダサいのよね」

「……なんすか。この期に及んで意地を張るつもりですか」

「オルキトから聞いたの丸わかりだし、馬鹿正直にそういう行動に及ぶの、不器用過ぎ」

「そうですよ。どーせ不器用です」

「でも、ありがと」


 よろよろと膝から崩れてテーブルに倒れ込んだアル。

 がくがくと肩を抱いて震え、額には冷や汗が吹き出していた。


「お姉さん……? 怒りを通り越してついに異常な言動を……?」

「な、なんでそうなるの!? 別に今くらい感謝のひとつだってさせてもらっていいじゃないの……」

「あっ、チクったのはオルキトなんで! 遠回しに唆されたんです! じゃあこれで!」

「ああ、もう。……本当にダサいんだから」


 ついさっきまでアルがいた場所に、怒りとは違うむずむずした感情をしばらく募らせていたオルフィアだった。



 ◇



「ダサい、か。まあそうだろうな。考え無しにこんだけ自腹で買い込んで。真のイケメンの思考回路ならもっと賢い手段を思いつくんだろうなー」


 自分がもしそうだったらという、あり得ない想像をしていたアルの前に白いものが立ちはだかった。


「ツバキ……?」

「それ、関係者に配ってるんでしょ?」

「あのな……ツバキの分ならバルオーガさんに請求する手間があるから、また後でだ。じゃなくて、なにしに来た。単純な害獣討伐のクエストとか、四竜征剣も無関係のこんな面倒に進んで首を突っ込んでくるとは……なにが目的で、なにを要求するつもりだ」

「別に。なにかある度またああして愚痴を吐かれちゃたまらないから喝を入れにきたの」

「きんきらにか?」


 首肯されたものの、根本的にツバキを舞台に上げられない理由があった。


「一応言っておくと、イヌの配役はないぞ」

「もちろんそのつもりはないわ」

「……どういう意味だ? そもそも舞台に上がらないってこと? まさか誰かに成りすまして、とかか?」

「自分で言ってなにを混乱してるんだか。適当に隙を見て出るから、よろしく」

「あっ、逃げられた……」



 ◇



 アルが不安を胸に抱くなか舞台の幕は上がり、序盤のきんきらとオルフィアの演技も特に大きなアクシデントは起きなかった。

 ツバキも基本はアルの側にいて妙なことはしていない。


「過去の世界……?」


『よし、ここまでは順調だ』


 きんきらが過去に連れ去られ、謎の使者役のオルフィアが舞台袖に引っ込むと、入れ替わって害獣の衣装を被ったオルキト達が出ていく流れだったのだが、指示を出そうとするアルの脇を見知らぬ何者かが過ぎ去っていき、舞台に上がる。


『関係者以外立ち入らせないようにしてたはず──』


「あーあー、今日も頑張った。あ、屋台! ドーナツあるかな」


 その何者かは確かに誰かしらを演じているようだが、大胆にも舞台を飛び出して屋台の1つに駆け寄っていき、ドーナツを注文した。


 ”どういうことですか、アルさんの演出?”


『俺が聞きてえよ、”たぶんツバキがなにかやってるらしい”とか言えたら楽なのに……』


 向かいの舞台袖にいるオルキトが質問を紙に書いて聞いてきているが、ひとまず待機の指示を出す。

 舞台で1人残っているきんきらにも同様の指示を出そうとするが、その目はツバキ扮する何者かにくぎ付けになっていた。


「エスメラ……? でもそんなはず……」


『エスメラだって? あれが……? 確かにツバキなら当時の顔を知ってて変身できるんだろうが……』


 そのエスメラは品物を受け取ると、財布を捜すような仕草をひとしきりしてしばらく固まる。


「ごめんツケといて。後でザジってのがきっちり払うから。おーい、ザジー」

「……お、俺か!?」


 エスメラが手を振った方向には白髪交じりの男女の集団がいて、その中で指名されていたザジなる男は困惑した様子だが、エスメラが舞台に上がってからずっと口角は不自然に上がっていた。


「エスメラ……なのか?」

「でもそんなはず……」

「ああ、でもかなり似てるぞ」

「見た目だけじゃなくて雰囲気もあの時の、そのまんまよ」


 はじめざわついていたのはその数人の集団だけだったが、やがてじわじわと観衆にそれが伝播していき全体が軽い興奮状態になっていく。

 紙袋をエスメラは舞台に戻ると縁に腰掛けてドーナツを頬張り始める。


「きんきらも一緒に食べよう?」

「……っつ」


 そこで初めてきんきらがアルに指示を仰いできて、苦し紛れに『しばらく相手に合わせて』という指示を出す。


「し、失礼します」

「なにかしこまってんのさ。はい、なにもかかってないプレーン。好きでしょ?」

「……はい」


 演劇の一場面とは到底思えない静かな食事の時間がしばらく流れ、2人ともドーナツを食べ切ったところでエスメラから口を開く。


「シンジツコンパクトもとい、鏡は左右を反転して映すけど、変わらないものだってある。なにかわかる?」

「え……な、なんでしょう。上下ですか?」

「それもあるけど、正解はここだよ」


 エスメラは自分の胸元に手を添える。


「右は左、左は右になる。けど真ん中。心に限りなく近いものは変わらずにいる。私もプレーン好きらし……じゃなくて、好きだったし。あと今でも……ごにょごにょ」

「……! ちが、ザジさんはその、そういうアレじゃなくて……というかそれはエスメラが……」

「ザジってば老けたねー」

「おお? な、なんだとコイツめ!」


 わはは、と白髪交じりの集団、エスメラの仲間だった冒険者集団から笑いが起きた。


「それに落ち込んだらツバキに話しかける癖も健在だし」

「わー! やめてやめてー!」

「……ねえ、きんきら。あなたはあなたでいればいいよ。私は無責任に誰かを応援するだけで、きんきらみたいに公正な目で判断して、時には厳しいことを言うのはできない」

「そんなこと……」


『この話し方……ツバキ、これって』


 ツバキがいつ暴走するか、その行動に神経をとがらせていたためにアルは、すぐにその違和感に気付いた。


「私はお人よしだからきんきらみたいに警戒心強くなくてすぐに騙されちゃうし、『何でも屋』の私ができたのは雑用だけで、闘おうとしてもちっとも強くない」


 しばらく前にきんきらが自身の存在を否定していたように、今度はエスメラ──彼女をよく知るその姿を借りたツバキ──が同じように自身の存在を否定している。

 あの時はきんきらが一方的に話していただけだが今は違う。

 エスメラの言葉をきんきらが否定する。


「違うよ! 私の方が責任を負うのが怖くて、誰かの決断を後押しするのを避けていたし、臆病だから疑り深くて他人から見ればとっつきにくかった。暴れて壊すしかできないからエスメラほど器用でも優しくもない……」

「じゃあ、私自身がだめだと思ってるところはあなたのいいところにならない? 私は仲間の誰かを応援できるけどきちんと厳しいことは言えない。でもあなたはちゃんと厳しいことが言えるけど、気をつかわせないようにと見守ることしかできない」

「あっ……」

「鏡に映った私達は反転していて真逆だって言うけど実はある意味では似てる」


 きんきらが思っている自信の短所はエスメラから見れば長所なんだと、きんきらが憧れていたエスメラの長所は本人が気にしていた短所であったのだと、ツバキは穏やかな口調で諭す。


「あなたが自分を否定するのはつまり、私が憧れて一番信頼していたあなたに、未来を託した私の判断が間違っていたと否定すること。そう思っているの?」

「……違う。今の私がいるのはエスメラがそうしてくれたおかげだよ。けど私は元々存在していなかった人格。エスメラという実像がいなくなったのにまだ消えない虚像、不気味でおぞましい亡霊だよ……!」

「いいえ。あなたがいる限り私は生きている。言ったでしょう、心は反転してもそのままで変わらない。私はまだ”きんきら”の中に生き続けている」

「私は……まだ生きていて……いいの……?」


 ──「きんきらー! 頑張れー!」


「アル君──」


 舞台袖からエールを送ったアルは続けて観衆を煽る。


「みんなも応援だー! 頑張れー!」


 アルを見た舞台の関係者がそれに同調して歓声は増してく。


「頑張れー!」

「負けるなー!」


 そして観衆の中で初めに声をあげたのはエスメラの仲間の集団で──


「きんきらー! いなくなるなんて寂しいこと言うなよー!」

「うおー! 頑張れー!」

「おーい! 俺っ、俺、ずっと好きだったんだからなー! てか、今もだー!」


 すっかり髪は白くなって顔にはしわが目立っていたザジだったが、そんな彼が年甲斐もなく叫ぶ様に、観衆は感化され徐々に熱気が広がっていき、きんきらコールが割れんばかりに響き渡る。



 ◇



「……盛り上げたはいいけどどうするの? 滅茶苦茶なんだが」


 ツバキが扮していたとは言え見た目に加えて、そのツバキにしか話していない苦悩を主人格であったエスメラに解決してもらったきんきらは今、観衆の歓声を浴びながら、演技を続けられないほどぼろぼろと涙をこぼして泣いている。

 初めに観衆を煽ったはずのアルなのだが、そんな想定外の場面に際したような困惑した顔でいた。

 そして舞台のとは別に、観衆を煽るように唆してきた分身のツバキに助言を求める。


「適当に銅鑼でも叩いて仕切り直して、順番は前後するけど敵出したらすぐ残りの魔法少女に助けに入ってもらいましょうか。はい、指示出す」

「えーっと、銅鑼は……音響か。で、魔法少女(アイツら)の出番を早める……けど、どこで待機してんだ? あわわ……」

「私が下がるタイミングも考慮してよね」

「ええ!?」


 行き当たりばったりの対応ばかりだったものの、きんきらの爆発的な人気と役者の貢献によりなんとか演劇は無事に幕を閉じたのだった。

 ニコルの反応も、終幕直後の有志によるファンミーティングに積極的に参加していたりと満足していた。



 ◇



「はあ、はあっ……急がないと……」


 終幕後、記念に握手を求めて舞台に殺到した観衆の対応で、きんきらが解放されたのは薄暗くなった夕方であった。

 公演と握手会で疲労はピークに達していたがきんきらには休んでいる選択肢はなく、人の気配がすっかり失せた舞台へと走る。


『ほーりーあーむず:すふぃあ』


 能力による光を頼りに舞台裏、控室などを見て回っていると、やたらと輝いている光源を見つけた。

 一振りで雷光を意のままに征してしまう刀ブリッツバーサーを、本来の用途から外れただの照明として扱っていたその男はアルだ。


「アル君、ここにいましたか。まだ片づけを?」

「本当ならとっくに済んでたはずなんだけど、勝手に脚本変えてたから怖いお姉さんにずーっと説教されてて……あはは」

「そ、そうですか」

「きんきらこそどうした? 忘れ物でもあったか」

「いえ、アル君に聞きたいことがあって……っと、その前にまず。今日はありがとうございました」

「ああ、お疲れ様……?」


 ただの挨拶にしては深々と頭を下げているきんきらにアルは困惑していた。


「とても驚かされましたが、その分悩みからも解かれて楽になりました」


『あの脚本か……結果的に成功して助かったが』


「そのお礼は今日のうちにしておきたかったんです。あともうひとつ気になっていて、それも聞きたいんです」

「なんだ?」

「あの役者さんはなんという方なのか、配役を決めたのはアル君なので教えていただきたくて」

「あ、あー……あれはー……そう、バルオーガさんに紹介されたんだ。けど出演の条件として詳細は明かさない、っていうので俺も詳しく知らなくて」

「そう……なのですか。でも、これでいいのかもしれないです。確かにエスメラとそっくりでしたが本人のはずはない。またじっと立ち止まってしまってはいけないですからね」


 まだ完全に立ち直っているとは言えないのに気丈に振る舞っているきんきらにそういう態度を取ってしまい、アルは心の中で深く謝罪をした。


「片付け、手伝いますよ」

「大丈夫だよ、もうすぐに終わるから。ほら、座ってて」


 少し寂しそうだったがきんきらは素直に従い、近くの椅子に腰かけようとしたところ、物陰で照明の光が届いていなかったために古くなって床板の飛び出した段差に気付かずつまずいて体勢を崩す。


「あぶねえっ!」


 アルはすかさずそれに気づき体で受け止め、胸元に顔をうずめているきんきらの無事を確かめる。


「大丈夫か?」

「あ、はい……すみません、ここまで少し急いできたので足が疲れてて、すぐに離れます」

「別に無理はしなくてもいいからな?」


 すう、すう、と息を整えて、足に力を込めようとするが、体の内側にいる何者かに抵抗された。

 きんきらが体を借りられる時間も有限で、力が薄れ始めると肉体の本来の持ち主から干渉されるのだ。


『アル君でいいなら好きに甘えなよ』


「コトハさん!? なにを言って……!?」

「コトハ? ああ、そっか今体貸してるんだったな。なに言ってんだ?」


『私が何かしてる、って言えばいいからさ』


「そういうずるいことはいけない……」


 抗おうとするが力はすっかり弱っていて、そこを人の温もりで包んで甘やかしてくるのでとうとう──


「少しだけ、このままで……」

「……わかったじっとしてる」


 そしてアルはきんきらが泣き止むまで、特に肩を抱いたりなどはせずじっとしていた。


『ヘタレめ』


 コトハの発破をかける一言は届くことなく、その夜は静かに暮れていったのだった。

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