#169 魔法少女と正義のものさし
「──その適合者に賭けてみないか?」
本来理想とされる形、魔法少女として100%より強い力を引き出してレイジ・オークの襲来に備えようと持ちかけるアル。
「いえ、なりません。私やこの子達の秘密を守るためには、焦って危うい橋を渡るべきではないです」
言ってきんきらは自分が操っているシオンの体の胸に手を添える。
「そんなのやってみないとわからないだろ。なあ、俺の知ってる奴か?」
「……なぜ教える必要があるのですか」
「別に今の時点だと一般冒険者なんだからいいだろ」
「おっしゃる通りですが、いつかは秘密を抱える身になります」
口にしているのは事実に違いなかったが、アルは違和感を指摘する。
「さっきからいい加減にブレてるな。ものさしがばらばらだ。その適合者を正式な契約か儀式かで自分の体にするつもりが無いのなら、きっぱりとそれが誰かを明かしてもいいのに、都合よく俺を利用して結論を先延ばしにしてるように感じる」
「そ、それは……」
「今のはまあついでの文句だ。本題はというと、シオンにミカ。……あとしゅがー」
いざとなって一名、適合者の詳細を知らなかったのに気づいたアルだが咳払いをして強引に話を進める。
「秘密を守ってやろうとか言いながら、こうして体を操って自由を奪い、危険にも晒してる」
「ですから、私が全ての元凶として糾弾される覚悟をしていると言いました」
「他人の体を盾にして言われても説得力無いんだよなー。だから善し悪しのものさしがブレてるって言った」
きんきら自身もそれに気づいていた。
いち早く肉体を得て迫る脅威を取り除くことに執着していて、その大義をもってすれば事態が解決して大団円を迎えた時には責任の所在はあいまいに着地させられると踏んでいた。
しかし予想していたよりもしぶとくアルに抵抗されて、計画が失敗しかけたところで都合のいい考えが頭をよぎる。
まさか、騒動の被害者という扱いであるシオン達の体が攻撃されることはないだろうと。
「『セイス──」
なのでアルがダースクウカを構え直したのを見て、更なる逃走を許すまいと身構えたきんきらだったが、それは判断ミスであった。
アルの目は敵意をもって攻撃をせんとする覚悟が宿っているのが見えていたのだ。
「くっ──」
威嚇を目的とした迸る雷光ではなく、狙いすました闇の刺突が迫ってきて半身を退いたが間に合わず、下腹部の脇を刀身が掠めていった。
「……私は」
わざと攻撃を外されて、弁解を強いられていると感じたきんきらがぽつぽつと言葉を紡ごうとするが。
「お? なな、なんですか!?」
「『セイス・ホール』。押してだめなら引け。つまりこういうことだ」
「何かに引っ張られてる……? きゃああ!」
アルは攻撃を外したわけではなく、きんきらの背後の空間を狙って『闇の穴』を空けており、強い吸引力を持つそれにより、尻がすっぽりと収まった彼女は手足を空中に放り出すこととなって、動揺も相まって戦闘不能状態に陥った。
「ま、まだです……あびす、しゅがー……」
間抜けな体勢に激しい羞恥を覚えながらも、いまだ健在だった2人の同胞を操って窮地を逃れようとする。
「禁術:だがー」
「また得物の取り回しを邪魔しようとしてるみたいだが、こいつはどうかな」
アルが手をかざしたところから段々とダースクウカの刀身が縮んでいき、十字架のバリケードをものともせず駆け抜ける。
「2つ目!」
もはやナイフと化したそれで2つ目の穴を作り、あびすの半身を吸い込ませて無力化。
「さて残りは……残念な脳筋だと判明したしゅがーか」
「からとりー:すてぃんぐ」
巨大な三つ又で十字架を巻き込みながらアルに突撃をしようと駆けてきていた白い魔法少女。
だが互いの得物が衝突するよりも前に、アルがものの長さを変える四竜征剣ノバスメータの能力を先ほどと真逆──目いっぱい伸ばすようにして、通常ではありえない位置に穴を空けて最後の魔法少女を無傷で無力化した。
◇
「さて、これで終わったと思わないことだ」
「何を──」
空間上の穴にはまって体勢を変えられずにいるきんきら。
死角からキンキンと刃物を打ち鳴らす音がして、思わず体が強張る。
「シオンの体だろうと……いや、むしろそっちの方が都合がいい。ここまでの事態に至るそもそもの発端がアイツだったからな」
借り物の体で好き勝手している、ということを再度指摘するアルはさらに追及の一言を添える。
「こうなったのはアンタがきっかけだ。シオンも可哀想に」
辛うじて残しておいた、単純な鏡の機能のみを有する姿見を駆使して、そこに映る男の姿をくっと睨むきんきら。
歩を進める速さは焦らすようにゆっくりで、それに対して焦りを募らせて何もできないでいた。
そしてそれはアルも同じだった。
『とは言ったけど……なにをしたものか。今まで散々気を遣ってきたのも含めて体に傷を残すのはもってのほかだし、知らぬ間に変なことしてたら滅茶苦茶怒ってくるだろうし……いや、その気になればやるけど。日和ってはいないぜ俺は』
拘束状態である異性を目前にしてそれまで表情を取り繕えていたが、手が届きそうなぎりぎりで足が止まる。
なんとか余裕を見せなければならないと頭を必死で働かせ、浮かんだのは男女を越えた友情を育んだ親友の姿。
「おーい、アルくーん?」
「そうそう、声さえも自然と聞こえてきて……」
「ねえ、この中にいるの?」
「いやこれ本当に聞こえてるやつだ」
厚い壁を挟んでいるようなくぐもった声に違和感を抱き、辺りを注意して見るとあびすが展開していたドーム状の壁を叩く音を伴ってその呼びかけは発せられていた。
「コトハか!? ここだ、俺はここにいるぞー!」
「やっぱいたか……ねえ、これはもしかしてあびすの能力なの? あびすもそこにいる?」
「ああ、確かにそうだけど」
「じゃあとりあえず、これを解除させて」
「そうは言っても……やや込み入った事情があってだな」
「多少強引でもいいから。要は集中を途切れさせればいい」
そうして壁の向こうから具体的な指示が飛んできた。
「ダブルスレッジハンマーをかます」
「ああ、両手の指組んで振り下ろすあれね……って、この声」
「ニコル、ちょっかい出さないでよ」
「へへへ」
壁の向こうの戯れを挟み、改めて正しい指示がなされる。
「目の前で手を叩いてみて。音は大きく」
「はいよ」
アルはきんきらの制御が途切れて大人しくなっていたあびすに駆け寄っていって、猫だましの要領で気付けをしてやると、魔法少女達を囲っていた巨大な覆いは光となって霧散し、同時にあびすの目にも生気が宿る。
「ふう……助かったぁ。ありがとな」
「いやいや、それほどでもない」
「ニコルには言ってないんだが……ん?」
コトハとニコルの姿を見て安心していたアルの一方で、頭を抱えて明らかに動揺をしていたきんきら。
「よりによってこの2人がなぜ……」
「なんだ? コトハはわかるが、ニコルに対してそこまで驚いて」
「くっ、『ほーりーあーむず:りあくたー』」
アルの姿を暴いてみせた異常検知能力を、蜘蛛の巣のように広範囲に広げたきんきらの行動にアル、コトハ、ニコルがそれぞれ身構える。
「これは……少なくともぶらうんの能力じゃなさそうだけど」
「なんかわからんが、混沌だとか異常を検知するらしい。隠れてた俺もなんか森にそぐわないとかでくすんでく」
「検知の能力……」
アルのお世辞にも正確とは言えない説明を聞き、不明な情報が多いながらコトハは、それが自身に対する警戒だとおおよそ見当がつけられていた。
「お、あびすがいるいるー」
「おわっ、な、ぬしはいつかの……」
「よくわかんないけど変な穴にはまっておるな。ふふふ、そのままおとなしく嗅がれるのだな」
「わあああ!」
マイペースにあびすの匂いを嗅ぎにいったニコルは放置しておくことに決めたコトハは、ぶらうんのものではない能力についてアルに詳しく話を聞こうとするが、意外な方向から返事が来た。
「きんきらでしょ? そこにいるの」
「……ニコル?」
「言ったじゃん、コトハ。私は魔法少女の位置を感じ取れる能力に──すんすん……覚醒してるから、肉体が無い状態でも目の前まで──すんすん、近づけばわかった」
「肉体が無い……それは合ってるの? アル君」
「ああ。とりあえずその辺りの詳しい説明はする……嗅ぎながらでいいから聞いてくれ」