#167 シンジツときんきらの過去
「混乱するのもわかります。なのでネラガの魔法少女達について、順を追って全てを明らかにしましょう」
自らをきんきらと名乗ったぶらうんが、未だ呆然自失でなされるがままのアルに滔々と話し出す。
「今の私は見た通り、ぶらうんに人格だけを宿した状態です。そしてあなた達がずっと探していた銀のシンジツコンパクトですが、本物は既に存在していません」
「存在していない……?」
「正確に言えば現在展示されているものがかつて私が手にしていたそれなのですが、魔法少女へ変身できる機能を失ってしまったのです」
「でもこの状況……人格だけは残ったってことですか?」
「ええ。人格と記憶に能力、それらを含めて収めるにはコンパクトの大きさでは足りなかった。なのでより大きな器に機能を移したのです。そう、巨大な鏡鉱の原石──ギルドに座するシンジツミラーに」
「なるほど……理屈はわかった。……けどー、それってつまり、今まで散々探し回ってたのがぜーんぶ無駄だったってことでしょう?」
「……ええ。その通りですね」
きんきらは伏し目がちに頷いた。
アルはそこにまだ隠された真相が残っていると見て追及を続ける。
「ちなみに、適合者もその気になればわかるとか言わないでくださいよ? さっきは俺がきんきらだとかちょっと変な言葉が聞こえちゃったんですけど」
「適合者、と単純に一言で言うならそれは私自身しかいません。同じく適合者であるこのぶらうんや他の子達は主人格を基にした新たな人格を生み出していますよね。それに比べて私はこうして誰にも依存せず当時のままの人格を残している」
「なんか『当時』とか聞こえたけど……人格が残ってる、変身に必要なシンジツミラーもある。で、足りないのが肉体と?」
きんきらによって推理に間違いはないと言われたが、アルはまだ食い下がる。
「今ぶらうんに憑いてる状態なら、そのままその体を使えばいいでしょう?」
「お化けみたいに言わないでください! さっき伝えた通り、私は普段シンジツミラーに収まっています。人格ぐらいならシンジツコンパクトで持ち出せますが、ギルド外での変身にはシンジツコンパクトを3つ共鳴させなければならないんです」
「足りない容量を数で補うってことか……」
「それに4人揃ってこその魔法少女ですっ」
「一番いらん理由……」
きんきらに限った変身の仕組みを知った上で次の相談に移る。
「よく考えなくても俺がそれにふさわしいと思えないんです。……見てわかるかもしれないけど俺、男なんですよ」
「ええ、それくらいわかりますってば。変身者を選び直すという話ですね。ですが、3人の中で1番最適だったのです」
「3人?」
「ぶらうん、しゅがー、あびすの正体を知っている者達です」
「俺とコトハとシオンか」
「シオンさんはぶらうんです。いるでしょう、もっと身近に」
「誰?」
「バルオーガ君」
「……! た、確かに向いては……ぐふ、いないでしょうね……」
「はあ。アル君が思っているのとは違う理由で不適なんです」
アルの笑いが収まった所できんきらが真相を明かす。
「まず魔法少女係数は特に高い人間でない限り、よくて0.4。本来の4割しか力を引き出せないのです」
「まさか俺の場合それが……?」
「いえ。アル君、それにコトハさんも5割を切っています。ただ係数の特性として、人格を独占できれば1となります。つまり気を失っている状態なら誰でも構わない。バルオーガ君はギルドの長という彼にしかできない役目がある。コトハさんも優秀な能力を有しています」
「コトハが? いやそれよりもさ……遠回しに無能って言われてる?」
「シオンさんを通して例の四竜征剣のことは把握しています。強力な力と引き換えにジェネシスという危機を呼ぶリスクを抱えている。体をそのまま借りる私と相性はいいでしょう? 人格も独立していて例えばこのぶらうんのようにコンパクトが肉体に強く結びつくことも無いですよ」
納得しかけたところでアルは根本的な疑問を口にする。
「きんきらに変身できたとして、その目的は?」
「あなたは知っているでしょう。レイジ・オークがここネラガに迫っています」
「レイジ・オーク……!」
「魔法少女とはいえ人間としての本質は変わらない。私が……ごにょごにょの歳月を経ても当時の人格をシンジツミラーに残すきっかけとなったのもレイジ・オークとの死闘で、これは長きに渡る因縁を果たすためなのです。全ての魔法少女を揃えられたこの時代は2度と来ないかもしれない。……もう少しだけ私の話を続けますね」
◇
「私が目を覚ましたのはぶらうんが覚醒したのがきっかけでした。それからはシンジツミラーや各シンジツコンパクトを通すことで最新の世界の状況を学びつつ、残る適合者を待つことにしていたのですが、いきなり問題にぶつかりました。ギルドにはシンジツコンパクトが1つ欠けていたのです」
「しゅがーか」
「はい。あなたは昨日今日と痛感したでしょう。本来は手がかりも無しに魔法少女を探し出すというのは困難を極めます。ですが私だけはシンジツミラーの端末になるコンパクトにてぶらうんとしゅがーの動きを精確に把握できたので、来るべき時に備えて2人の距離を慎重に縮めていくことにします。きっと気づいていなかったでしょうが、魔法少女は適合者が変わる度に属性も変わるので名乗りを聞かない限りは名称は不明のはず」
「属性に名称?」
「今の世代ではくま耳、すいーと、しっこくが属性にあたり、ぶらうん、しゅがー、あびすが名称です。最近覚醒したばかりのはずであるあびすの場合、シオンさんは赤の適合者をずばり『しっこく魔法少女あびす』だと言い当てていましたよね? あれは私の記憶が無意識に共有されていたためなのです」
「世代ごとに属性が変わる、か。確かにばらばらで統一性が無いのはすげー気になってた……」
「さて、ぶらうんとしゅがーの存在を把握して、2人の関係を調整しつつ、魔法少女係数の高い適合者を捜す計画を立てていたのです、が。次の問題が起きました」
ため息をついたきんきらが不満たっぷりの目でアルを見ながら次の言葉を紡いだ。
「正体を探られているのかとぶらうんがやや先走って、あろうことかしゅがーを売ったのです。……結果、バルオーガ君だけだった魔法少女の協力者にアル君とコトハさんが増えた」
「あの、流石に2人を同時に動かせるのは難しいだろうけど、今そうしてるみたいに人格を乗っ取って工作できなかったんですか?」
「……魔法少女にだってお休みの日はあります。それに同性同士とはいえ私生活に張り付いたままなのは、一方的に見聞きしている側も気を遣うんですよ?」
「なるほど。不慮の事故だったと」
「でも、そう悪いことだけでもありません。こうして協力者が増えていたことで、レイジ・オークに臆せず立ち向かえるのです。直前で慌ててバルオーガ君をきんきらにしていたら、ギルドによる冒険者の統制がきっと乱れていた」
「バルオーガさんが……すごい悲惨な状況になりそう……くくく……」
「もう、あなたはさっきから……他人ごとではないんですよ?」
「改めて聞きますけど、本当に俺を?」
「はい。早速ですが土壇場で焦らないように合わせておきましょうか」
「……なぜ拳を構えながら近づいてくるんですか?」
「係数の話をしましたよね? まずは気を失ってもらうんですっ」
ごうっ、と風切り音を立ててさっきまでアルの頭があった中空をぶらうんの拳が過ぎていく。
足をもつれさせながらもアルはなんとかそれを回避していた。
「待った待った! ネラガのためにレイジ・オークを討伐したいのは把握したけど、だからって強硬手段に出るのもネラガとそこにいる人々を守ろうとする使命に反してないか!? 俺もそれに含まれてる」
「魔法少女の協力者だったあなたは、さらにきんきらの真相を知った。私がその話をしたのは信頼したあなただけ。あなたは協力者以上の関係なのです」
「そっちが一方的に話してきたんだろうが……こっちの主張を聞いてからでも良いんじゃないか?」
「互いに話し合う……それはむしろ、私が言いたいことです」
「どういうことだ?」
「私は耐えられないんです。私が目覚めた時からギルドにある私の依り代は人々の声を絶えず拾っていて、今のそれには迫る脅威に対して大袈裟な噂まで行き交っていて不安が募っているのを感じています。けれど私はこの肉体を借りることでしか言葉を交わせない。手を差し伸べたくてもそれが無い」
「……聞くに徹するだけで自分の声を発せられない。それも普通の人間1人よりもずっと多くの声に対して、か」
きんきらは静かに頷き、自分の主張をもれなく伝える。
「レイジ・オークの襲来にはまだ多少猶予はありますが、その人々の不安を取り除くにはやはり、先んじて討伐をするのが効果的。それにあたり理想を言えば係数の高い適合者を見つけられればいいですが、それを捜すのにも時間を要しますし、シオンさん達の秘密を厳守できるという条件も考えて審査などをすればもっと時間がかかる。総合で考えてみて、妥協であってもきんきらになるのが良いと判断したのです」
そしてきんきらは握っていた拳を撫でる。
「私が頭を下げてもそれは他の誰かの体。もどかしい思いをするぐらいならいっそ憎まれる覚悟はできてます」
ぶらうんの体を借りて襲いかかっているのは他でもない、このきんきらだとアピールしながらアルに組み付いていく。
「元から備えてた正義感と鏡の中にいた閉塞感とで、だいぶ追い詰められてるみたいだな……」
ただ為されるがままでは何も解決できない。
そう思ったアルは意を決して雷光の四竜征剣、ブリッツバーサーを抜くのだった。
◇
「『セイス・スパーク』!!!」
「『まじかる:うぉーる』」
居合抜きに伴って溢れ出た雷の奔流を、魔法少女の作り出した強固な光の壁が完全に封じる。
「初めは肉弾戦しかけてきたからチャンバラしてればおとなしくさせられると思ったのにな……」
「私は彼女らより高位の存在にあたります。故に、単純に体を借りるだけでなくその能力も不自由なく使える。そして魔法少女に共通しているのは──」
きんきらが足元に転がっていた手ごろな石を拾うと、まるでビスケットのようにひねって真っ二つに割った。
「古くより適合者は冒険者を志す者からは出てこず、適合者となって冒険者を志すようになります。これが意味するのは、『冒険者のまじない』で得る適性はおのずと『シンジツコンパクト』になり、元々高い魔法少女本来のスペックにさらに強化がかかる。下手なチャンバラを続けてもいずれ基本能力の差が露見していきますよ」
言ってきんきらはしゃがんで手のひらを地面につける。
「『まじかる:うぇーぶ』」
圧縮されたエネルギーを注ぎ込むことで、ぼこぼこと弾けたザクロのように地面が隆起する。
「はあっ!」
「……! ああ、しかたねえ、来いダースクウカ!」
「2本目……! ですか」
「『セイス・ブラスト』!!!」
アルは闇と風を征する四竜征剣ダースクウカにて巻き起こした暴風で自身を吹き飛ばして、跳びかかってきたきんきらの攻撃をかわす。
地面を転がって泥まみれになるが、真っ向からきんきらの攻撃を受けるよりは被害を抑えられた。
「新たな手札があったなら私も増援に気兼ねが無いです」
「……ん?」
「禁術:すぱいく」
きんきらの背後から声がしたかと思うと、細かい銀の棘が芝のように生い茂りアルの後方の退路が断たれる。
「からとりー:すらっしゅ」
また別の方から発せられた声にアルが振り向くと、人の背丈を越えるテーブルナイフ型の得物が木の陰から現れて、すぐにその持ち主も明らかになる。
すいーと魔法少女しゅがーだ。
そして傍らにはしっこく魔法少女あびすもいた。
「言ったでしょう? 私こときんきらの変身には3つのシンジツコンパクトが必要。既に準備は済ませてあったのです」
2人もまたきんきらの制御下にあるのか虚ろな目をしていて、とても話ができる状態でないのは容易に分かった。
「まじかよ……」