#166 きんきらと3人の容疑者
「作戦は決まってるの?」
いつもツバキを呼びに来る人こと、キヴァラル・X・オルス(通称:キーヴ)の前でツバキがアルに尋ねた。
「ぶっちゃけ決まってはない。まあ思いついたのは、きんきらの話題をそれとなく出して俺がそれを捜してるってのをアピールして牽制。それで向こうの動きを監視するって感じ」
「改めて保管場所を変えようとかの怪しい動きが無いか、ね。それと」
「……」
「正体を探られまいと接触を図ってくるかもしれない」
「あのさ……いや、まったく可能性が無いとは言えないけど」
キーヴを一言で表せ、と言われたら見た目だけでしかないがアルとしては『優男』がしっくり来ている。
決して筋骨隆々で屈強ではないのだが、かと言ってぶらうんやしゅがー、あびすという今まで目にしてきた魔法少女の面影を重ねるというのも到底できない。
「もしもそうだとして、またもそれを見抜いた日には翌日からどういう顔をすればいいのやら……」
「考えるのは後」
ぐいぐいとツバキに促され、意を決したアルが扉をノックした。
しかし返事は無く、仕方ないなあ、と早々に諦めて踵を返そうとするアルだったが。
「逆に好機よ」
がちゃり、と鍵が開く音がしてアルは思わず身構えた。
しかし姿を現したのは2頭目のツバキ。
分身により壁抜けをして内側から鍵を開けたのであった。
「今のうちに捜査していきましょう」
「だああ! だめだって! おーい、戻れー!」
ずかずかと部屋に入っていくツバキを呼び戻し続けるが、その足取りは止まらない。
「……アル。見なさい」
やがて何かを見つけたかツバキはアルを部屋に招き入れようとする。
初めは拒んでいたアルだったが、用事が済めばおとなしく帰ると言うので、心の中で詫びてツバキの元まで歩いていった。
「これは──」
目に飛び込んできたその光景を疑いたかったアルだが、薄眼で見てもあらゆる角度から見てみてもそれは現実のことだった。
棚の上に3つ並んでいたのは所有者が特定できているためにレプリカに違いない赤、白、茶色のシンジツコンパクト、そしてその並びには真贋不明であるが銀のシンジツコンパクトがあった。
ただアルが先に面食らったのはそれらよりも壁に貼ってある、ギルドで公式で販売されているぶらうんにしゅがーのタペストリーだった。
「シロね」
「いや真っ黒だよ」
ツバキの言葉の真意など図ろうとせずに反射的に返したアルは、この強引な手段で知った事実をどう明らかにできるものかと思案を巡らせる。
「だから、シロだっての。この違和感に気づかない?」
「違和感だと? 何がだよ」
「やれやれ。ならこれがレプリカだと確かめない限り、疑ったままなのね」
違和感についてのアルの質問にはすぐに答えを返さず、ツバキはポーチよりバルオーガから不測の事態に備えて渡されていたレプリカを取り出した。
「部屋に置いたまま外出してるから選ばれたわけじゃないのは事実。あとできる検証はそれを持ち出して、わかり切ってるけど本物かどうかを鑑定してもらうこと。それで疑いは晴れる」
「……まあそうだけどさ。だから違和感ってなにさ」
「『足りないものがある』。それがヒントよ」
結局アルは真贋不明のシンジツコンパクトを手に入れられたものの、ツバキの言う違和感の意味がわからないまま次の目的地へ向かうことになった。
◇
多少とはいえ捜査への貢献の見返りをバルオーガに催促しに行ったツバキと別れたアルの足は、いくつかあるギルドの窓口の1つに向かっていた。
「はぁい。ご用件はなにでしょうかぁ」
「すみません。あなたがサリエさん、でよかったですか」
ゆったりとした口調と下がり気味な目尻によって、妙齢ながら独特な大人びた雰囲気を帯びているギルド職員の女性にそう尋ねたアル。
「ええ。そうですよ?」
「クエストとか関係無いんですけど、少し話をしたくて……時間は大丈夫ですか?」
「……ふふ、ギルドはそういうところじゃないんですよ? 『アル君』」
初めて言葉を交わす相手だったのだが既に名前を把握されており、きんきらの調査をしていることを見抜かれたのかと焦っていたアルがなんとか取り繕おうとするが、サリエはその隙を与えない。
「ちょっと私の中では有名なんですよ。ユンニからのお客様のことはざっと把握してますが、中でもほぼクエストに出ていない何でも屋さん」
「あー……」
お客様などと呼ばれて、きっとそれは皮肉だろうと思っていたが、それにしては自然である穏やかな笑顔を見てアルはサリエの心中を推し量りかねた。
「そんなに固くならないでいいですよぉ。私もお話は好きですから」
「ああ、ははは……ありがとうございます」
「それでぇ、聞きたいのはきっとシンジツコンパクトのこと、でしょう?」
『……! 向こうからしかけてきたか……』
予想していなかった返事が連続していて、直前のそれは特に『シンジツコンパクト』という単語まで出された。
そんなアルは動揺を完全には隠しきれていなかったが、それでも毅然とした態度を心がけるようにする。
「よくわかりましたね。一言もそんなこと口にしていないのに」
「昨日はなんだか急に持ち物検査だなんてされちゃって。抜き打ちだから意味があるんでしょうけど。私なりに最近あった妙なこと、って遡ったらあのアーチで何か作業してたりー、そう思ったら赤のシンジツコンパクトも落とし物で関わってたな、って」
「そのことですが、施錠もして管理されているはずのものが遺失物として届けられたのを不審がらずに、元の位置に戻して済ませたんですか?」
「うーん。そのことだけど……私も知らなかったのよ」
サリエはむう、と唇を尖らせてカウンターの下から判子を取り出して両手でころころと転がす。
「後輩の子が勝手に私のを使ってて。だから近い内にお説教の予定なの」
「後輩がやった……ですか」
「言い訳に聞こえるけど事実だからねー。それで昨日の捜査だと両方とも見つからなかったらしいけど、次はまさか私の妹に聞きに行くの?」
「……それは強がり、って見てもいいんですかね」
会話の際、その人間が後ろめたいことを抱えている場合は、失言を避けるために不自然に口数が少なくなることがある。
それを取り繕うために逆に会話を弾ませる人間もいるが、アルはサリエがそれにあたると見て探りを入れてみた──のだが。
「だめだなあ。気づいてないのか」
「……?」
「赤だけじゃなくて、銀のソレも無くなってるんだ。両方とも見つからなかったらしい、と言って否定しなかったよね」
言われて直前の会話を思い返したアルは、沈黙にてサリエの主張を肯定していた。
「と、まあこんな感じでぇ。ギルドの限られた人にしか何が起きてるかはわからないの。それでー、今度は何を聞き出そうかなぁ」
「い、いや、今日はこれで失礼します……」
このままではしまいには、あびすとその中身まで聞き出されかねないと危機を感じたアルはさっさとその場を後にしたのだった。
◇
一度昼の休憩を挟んで、別のクエストに出ていたコトハとシオンに合流したアルは不本意ながらきんきらの手がかりを求めて新たな場所に向かうことになった。
というのも、キーヴの部屋で見つけたモノがシオンの目によりレプリカだと鑑定されて、結果としてアル達が直面している騒動は一件落着せずに容疑者が減るに留まったためだった。
「ここだな。テノラ女学院」
「おー、見るからにお嬢様学校だこと」
「じゃあ頼んだぞ。コトハ」
生徒たちが下校する様子を遠巻きに見ていたアル達一行だが、やがてコトハとシオンが巨大な正門の忙しない往来に向かっていく。
アルがしばらく待っていると2人が1人の生徒を──目出し帽を被せた状態で連れてきた。
「……その子がミカさんか?」
「うん。ミカ・ホーンラル、1年5組で出席番号が……」
コトハがすらすらと個人情報を口にするが、両手を挙げたミカがわあわあと喚きながらそれを制した。
「あの! す、すみません……このような形で会話をすることとなって……例のことももちろんですけど、人見知りということもあって……」
「ああ、いいよ。そう気にしないでも」
「きょ、今日はアルさんみたいな人でも頑張って話すようにしますから」
「俺嫌われてんの?」
「あああ、違います誤解です! 年上でかつ異性だとつい緊張してしまう、というニュアンスで……」
◇
「ミカ、それで例の生徒は?」
バルオーガによるとサリエの妹、パレットはミカとは学年が違うとのことだったので、別に探す手間を要することもあるだろうとアルは覚悟していた。
だがそもそも学校内で有名な生徒らしく、それがいい意味か悪い意味なのか、期待と不安半分でミカが指し示した方に注目する。
「あの周囲の生徒よりもまして淑女然としている生徒か?」
「はい。先輩は生徒会長を務めていて、なおかつ文武両道。すごく人気があるんですよ」
「……みたいだな」
綺麗に整えられた肩まであるロングヘアに、女優のような美しい立ち姿のパレットが後輩らしき女子生徒に囲まれている様子に顔をしかめたシオン。
「同じ立場として見分けられたりしないのか?」
「いや、単に所持してる場合ももちろんだが、適合していても変身しない限りは持ち物を調べないとわからん。それなら私よりもっと身近にいるミカが気づいてるだろう」
「ああそっか。じゃあ直接話を聞くしかないわけだが……」
それをするにも対象が取り巻きに囲まれた状況を目の当たりにして悩んでいたアルだったが、解決策を出したのはコトハ。
便箋に一筆したためてミカにそれを握らせて対象の元へと走らせる。
「あ、あの……これ受け取ってください!」
ミカは目出し帽を被ったままだったので気づかなかったらしいが、ざわつく生徒の中で数人の生徒だけはお嬢様にあるまじき冷酷な暗殺者じみた目をしていたのはアルは黙っておいた。
◇
ミカとパレットが接触してから数十分後、学園から10分ほど歩いた公園には手紙で指示した通り、パレットが1人で訪れていた。
引き続きアル、コトハ、シオンは身を潜めていたが、いなければならないはずのミカの姿は無い。
「約束取り1人で来たようだな! 真実を暴かれかねないことを恐れぬ勇気は認めるが、知っているか? それは無謀と呼ぶのだ! くっくっく……」
「やっぱこれだね」
代わりに現れた──ではなくミカが変身しているしっこく魔法少女あびすの姿に満足そうに頷くコトハ。
同胞を前にした時の反応を見れば手っ取り早いとのことだったが、確かにパレットは動揺していた。
「あの……どちら様でしょうか」
「我は終焉・統制者 アビスなり」
「ええと……」
パレットは直面している状況にしらを切ってその場をしのごうとしている可能性は十分あったのだが、彼女は嘘がつけないのだろう、その表情は明らかに委縮しているそれだった。
「すみません、アビス……さん? 別の待ち合わせがあって、あなたの用事には付き合えなくて……」
パレットはやんわり相手を刺激しないように努め、辺りに同じ制服がいないかを捜し始めた。
──戸惑いつつも呼びかけを伴いながら。
「み、ミカさーん。ミカさーん」
「……!?」
「どうしましょうか……あの方を怖がって帰ったのならいいのですが、もしもどこかに隠れたまま逃げられずにいる可能性もありますし、そうなると心配です……」
不敵な笑みを浮かべ続けながらも途端に黙ってしまった終焉・統制者 アビスが助けを求めて視線を送った先の物陰では、静かに大騒ぎが起きていた。
「おいコトハ。まさか手紙に名前を書いたりしてないよな?」
「いや、そんなドジはしないしミカ自身もちゃんと中身を見てるってば」
「他に特定できるような情報もか?」
「学年もクラスも一切なにも」
計画の発案者であるコトハにそう言われ、シオンは視線をもう1人の方に向ける。
「……いやいや、コトハでそれなら俺だってなにもしてないぞ」
「じゃあどうして……」
「あくまでもしかしたら。だが、向こうさんがそういうこっちの望んでることを明らかにしてくれたかもしれないんじゃないか?」
「……! まさかパレットがきんきらか?」
まだ疑いの段階のそれを確信に変えるためにも、アル達は改めて2人が対峙している状況を観察する。
「さ、先ほどから何を捜している?」
「……人を待たせていたとだけ言っておきます。失礼ですが、あなたこそここで何をしているんでしょうか」
「我に比肩し得る同胞でないのなら知る必要など無いわ」
「なるほど。そういうことですか。……なら」
「ま、まさか先ぱ──ぬぐう!」
パレットが鞄に手を入れたのを見て思わず素が出かかったあびす。
「これを使いますよ」
「……ん?」
掲げられたのは探し求めていた銀のシンジツコンパクトではなく──手のひらに収まるほどの笛だった。
あびすもアル達も拍子抜けして言葉を失っていた。
「私はいいと言っているのですが……これを吹けば『親衛隊』の方々が駆けつけるそうです」
『……あの時いたアレのことか?』
ミカが手紙を渡した時にひときわ過剰な反応をしていた生徒の面々をアルは思い出す。
「もちろんただの学生ですが、騒ぎが起きていたら助けも自然と呼んできてくれます」
近々ギルドに出向いて最近の騒動についての謝罪を控えているのに、また別の騒ぎを起こしてしまうかもしれない。
焦ったあびすは再びアル達に視線を送って助けを求める。
「そこに誰かいるんですか?」
だがあまりに不自然な動きだったのでパレットにとうとう気づかれてしまった。
「まさか誰かを人質に……み、ミカちゃんなの!?」
「え、ええい! なんださっきから誰なんだミカとは!」
「……私の学園の大切な仲間です。普段は引っ込み思案みたいで手足の所作にもそれがよく表れていていつも見逃せませんでした」
「……」
「けどそんな彼女が私に話があると言ってきてくれて……それがどういう決意であれ、私はその勇気に応える責任があるんです」
見ればパレットの目元は赤くなりつつあり、しばしの沈黙により彼女自身もそれに気づいて眉にこもっていた力を緩めた。
「……きょ」
「……?」
「今日のところはこれで見逃してやろう! さらば!」
パレットの言葉を聞いて、気恥ずかしくなって逃げ出したあびす。
その後、慌ててアル達が物陰から姿を現すとパレットはたいへん驚いていたが、なんとかあびすがギルドとしてどういう立場であるかという意味での正体を詳しく説明して、それ以上あびすの処分が重くなることは避けられた。
もっとも貢献したのは幾度となく繰り返されたシオンの平謝りだった。
◇
なにもかも前途多難なきんきらの調査に区切りがついた頃、アルは一人で森の中に入っていた。
『きんきらの調査について伝えることがある。1人で来い』
「コトハがいたら面倒な話ってところか」
パレットとの話が終わってからの移動中に、それとなくシオンから渡されたメモを頼りにアルは森の中に彼女の姿を求める。
「あれ?」
指定された場所に、確かに目的の人物を見つけたのだがそれはシオンの姿ではなく、くま耳魔法少女ぶらうんとしての彼女だった。
「……来ましたね。アル君」
「お、おう。どうしたんだ変身してて……あとその口調は?」
歩み寄ってくるぶらうんに対し、アルはわざとわかりやすく訝しげな視線を送るが彼女はさほど意に介していない。
「ぷらちな魔法少女きんきらについての調査ですが……何を笑っているのですか?」
「大……丈夫……すぐに収まるから」
妙な様子のぶらうんに警戒していたアルだったが、改めて耳にした間抜けな単語には相変わらず弱く、しばらく肩を震わせて耐え抜き、その間ぶらうんも黙って待っていた。
「その正体を明かします」
「……! 今日の調査でわかったのか。……で、あのー……コトハがいないのはどういう……」
「はい。誤解が無いようにきちんと言葉として伝えます」
「……え、まじ?」
そしてぶらうんの口から紡がれたのは、アルにとって衝撃の言葉だった。
「きんきらは私であり、そしてあなたでもあります。アリュウル・クローズ」
「……はい?」