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#164 昔話とあびすの中身

「コトハについて聞きたい、だって?」

「は?」


 コレルの元から帰ってきたアルに、唐突に身に覚えのない言葉をかけられたツバキだったが、少しもその茶番に付き合う気など見せない。


「なによ急に」

「いやあ、コレルさんのところでオルキトの昔話を聞いてな。そこで俺からもサジンにコトハについて話す機会がありそうで無かったんだ。で」

「で?」

「代わりにツバキに話そうかと」

「頭おかしいわよ」


 自分自身のことでもそういう雰囲気や流れがあってそういう状況になるということ、ましてや他人の話を許可無く話そうなどというのは異常だとわきまえていた。


「いや、違うんだ」

「なにか事情でも?」

「大いなる意志を感じるんだ……ただの一介の人間には抗えない、例えば物語や演劇にある人物みたいに役割を振られた感じの」

「はあ? これは誰かに強要されてる、と言いたいの?」

「あれは俺とコトハが13歳の時だったな」

「え、やばいコイツ」



 ◇



 その少女は思春期には珍しく、母親と父親とも仲睦まじい日々を送っていた。

 特に医者であった父親は愛する娘に求められるまま、学校の教育科目に限らず医学についても説いていた。


「コトハは将来の夢とか決まってるのか?」

「もう。昔からずっと変わらないってば。お父さんみたいな医者になるんだ」


 淡いひだまりの中で少女は、それに負けない輝く微笑みで夢を語る。


「俺みたいな……か。うーん」

「どうしたの?」

「それじゃだめだ。目標はいつも高く、俺を越えてみせるんだ」


 くしゃくしゃと頭を撫でられ思わず笑う少女の顔に一瞬浮かんだ憂いの表情を、父親は見逃さない。


「やってもないのに『できない』はだめだぞ。生きていくうえでどんなに困難でも、あらゆる手をやってやって最後までやり尽くす。そうしないと夢は叶わないどころか尻尾も掴めない」


 父はそれが口癖で、少女もそれに応えるようによく学び、家族は穏やかな日々を送っていた。


 しかしそれを脅かす綻び──病魔は徐々に侵食していた。

 最初の罹患者にして最初に治療に携わることとなる、不治の病。


 はじめは数日の間咳が続き、父親は自身で薬を処方してその症状を抑える。

 体調が安定した頃にまた咳き込む日々がやってきて、その度に薬による治療をし、また咳の症状が再発する。


 そうしたサイクルが半年ほどした頃、症状はさらに悪化をした。


 新たな症状──途切れ途切れではっきりとしていなかった耳鳴りはやがて、幽霊が取りついたかのような低い呻き声に変わる。

 幻聴は加速度的に悪化し、父親の精神に異常をきたしていた。


 愛する娘を見守っていた優しい目からは光が消え失せ、食事もほとんど取らずその体は枯れた木のように細くかさかさに乾いていく。

 医師の仲間や家族との会話もまるで心なき人形としているかのように、かける言葉に返ってくるのはいずれもため息のみの空虚なものだった。

 医者が故に己の最期を悟り始め、自傷行為が増えた。

 それを見て心身を疲弊していく周囲の人間の中で最後まで諦めていなかったのは娘だった。


 娘の献身も空しく父親はまだ若くして亡くなった。

 2つの遺言を残して。



「お父さん……大丈夫、独りにしないから」



 少女は父なき後、彼の部屋にあった薬を片端から薬品をもって飲み込んでいく。

 喉がやけるように、胃がひっかかれるように、頭が鈍器で殴られるように、全身がそれぞれの悲鳴をあげて痛む。


 だが少女はぐっと耐えた。


 孤独に怯えて震え、嗚咽しながら痩せた細い腕ですがりついてきた父親の懇願する姿を思い出せば。



 少女は既に意識を失っていた。



 使命感のみで自らを殺める手を動かし、再び意識を取り戻した時には見知らぬ部屋のベッドに横たわっていた。


 奇跡的に生還した少女が冒険者として活動するのはのちのことになる。



 ◇


「どうだ?」

「わかった。アンタがやっぱり頭がおかしいことはね」


 望んでいない話を聞かされたツバキの感想はもちろん冷たい。


「……まああの娘の狂ってる由来は知ることができた気がするわ」

「お、おい言い方」

「あ? アイツには日頃迷惑被ってるのよ。初対面からしてあの戯れ、その後はあんこだのおかきだの、ふざけた名前で呼んできて……」

「あれのことか。まあでもああして冗談も言えるくらいになったのはいいことだって」

「どうせアンタの影響でしょ」

「いやー、アルさんがコトハを救ったのは別の話で、白いイヌと戯れるとかは勝手に始めたことだぞ。なんなら話のおかわりもするけど……」

「いいから! ……まあでも並の薬師よりはアレへかける熱意は──」


 何か言いかけたツバキだったが、近づいてくる者の気配を察して体を丸めて黙る。


「アル君いる?」

「今度はコトハが止めに来たかー。なになに?」

「ほら、へらへらしてないで。あびす捕まえたから」

「はい?」

「あびす捕まえた。今からシオン状態のシオンと取調べをするからアル君も来て」

「……気になるとこに面白そうな話題で気を逸らすなよ」



 ◇


 場所はすっかりシオンとの会合にて御用達となっている飲食店の個室。

 テーブルを囲っているのはアルとコトハにシオン状態のシオン。

 そして──



「では改めて名前」

「ふっ、──漆黒の魔女(ダークネス・ウィッチ) アビスだ」

「ミカ・ホーンラル、15歳の高校生女子」

「いっ、偽りの名で呼ぶでない!」


 しっこく魔法少女あびす──もといミカは、夜の海かのような深い黒の衣装にて、見つめ続ければ心を飲み込まれてしまいかねない妖しさを体現していたのだが、コトハに中身を暴露されてしまって台無しになっていた。


「学校もクラスもわかってるからな。おい」

「ひっ……」

「はいはい、問答無用でしょっぴかれそうな恐喝はやめる」


 あまりにも絵に描いたような悪役の台詞はさすがに冗談だとアルはわかっていた。

 事実、そんな物騒な雰囲気とは程遠くコトハはぱくぱくとドーナツを頬張っている。

 だが当事者のミカにそんな余裕は無く、その顔には恐怖が張り付いていた。

 コトハが言いたいことをおおよそ把握しつつ、なるべく相手を刺激しないようにアルは声をかける。


「あのな。中身の状態で話せば、不要な段階踏まずに済ませられるんだが」

「我が半身のことか。彼の者の言葉は魂を通わせた者にしか開かれん」

「なんだよ。人見知りで変身してないとだめとかじゃないよな?」

「……どう捉えるかは委ねよう」

「図星か」


 なんとか時間をかけて明らかになった、シンジツコンパクトが持ち去られた経緯とは以下の通りだった。


 天然の鏡面をもつネラガ特産の鉱石、鏡鉱(きょうこう)の特大の原石やシンジツコンパクトの展示など、ネラガのギルドはもともと一般人も出入りする場所で(シオンもそうである)、ある日のミカも気まぐれに立ち寄ったところシンジツコンパクトに選ばれてしまい、気が動転してその場は逃げだした。

(後日、土産品のレプリカを購入して匿名で遺失物としてギルドに届け出ることで偽装工作をした。幸か不幸かギルドは諸々の確認を怠っていた)

 一度魔法少女に選ばれれば、その証たるシンジツコンパクトはどこへ放ろうとも必ず手元に帰ってきてしまい、それでもギルドへ返却しようと何度か変身を経由しつつ試行錯誤しているうち、黒の衣装を颯爽と着こなし、人智を越えた能力を有する──かつて一時の気の迷いでノートに描いていたヒロイン『しっこく魔法少女あびす』はそれを精確に再現していると自覚した。

 最初は自室で変身するだけで満足していたがそれがエスカレートしていき、ギルドへの対応などは一旦忘れて、様々な異名を名乗っては去っていくといういたずらをして承認欲求を満たしていくまでになった。


「事情はわかった。窃盗ではなく向こうに選ばれてしまったということはその姿が揺るがぬ証拠。とはいえシンジツコンパクトは確かにギルドの管理物だ」

「わかっている……だが偽りを暴く鏡ミラー・オブ・トゥルースは我が肉体との前世よりの因果が故に、我が意思に反して何者にも譲れん」

「あ?」

「せんせー、ちょっと」


 あびすの難解な言い回しにシオンの表情が厳しくなって、コトハはすかさずごにょごにょと耳打ちする。


「シンジツコンパクトを手放せないのは承知してる。だが安心しろ。冒険者にならずともまだ学生の身だ。いち所有者として特別に扱うようにしてもらうよう話は通す。これまでのいたずらも、被害は実質無しだということを私からも証言する」

「なあ、気になっていたが此方(こなた)は何者だ? ギルドの、それも上層部に顔が利くほどの存在らしいが」

「そっ、それは……」

「我が『禁術(フォビドゥン)』に手も足も出なかった記憶もある……あまり上位の冒険者とは言えぬ。単純にギルドの手の者としても(いささ)か若輩──ぬがっ!?」


 シオンを問い詰めていたあびすの口を、そのあびす本人の手が塞ぐ。


「ち、違うんですっ! 単なる推理の過程というだけで決して口にするつもりは無く──くっ、何をする我が半身! こ、こら、主人格は私だよ!?」


 失言を阻もうとする主人格・ミカとあびすとの格闘は息絶え絶えになるまで続いて、最後にはあびすが折れた。


「まあいい。今は敗者としてその命に従おう。今は──な。くくく」

「偉そうだね。ミカ」

「その名で呼ぶでない! んぐ!? ち、違うー! 言うことはちゃんと聞きますぅー!」


 ふとアルは、あびすを捕らえた現場を見ていなかったために無視できなかった違和感をシオンにぶつける。


「なあシオンさんよ。今だけは我慢して、先輩魔法少女として話を進めてくんない?」

「……嫌だぞ」

「それとなんか気になってるんだけど、あびすが妙にコトハに怯えてみえるんだが」

「それは……そう、私も気になってるんだ。コトハって薬師役割(ロール)に、軽く『付与(エンチャント)』をかじったくらいなんだよな?」

「あー……見てる限りはそうだな」

「まじかコイツ……一番親交が深いくせに何も知らないのか。いいか、あびすを戦闘不能にしたのはコトハだぞ?」

「え? なんだそれ?」

「役割自体は、集中による能力の覚醒さえすればなんとかなる。ただ適性は1人に1つと決まってる……ああ、集中ってのは説明がいるか──」

「覚醒? 発火能力みたいなのと、適性ってのは『冒険者のまじない』のことだろ?」

「なんだその知識の偏りは!」


 いわれのない追及をされたアルは苦笑いをする。

 シオンもさすがに強引であったと自覚していて、それに他に問うべきことがあったので特に気にしなかった。


「適性が何かは別にはっきりとしていなくてもいい。適性が決まる時期、冒険者となる前になにか妙な出来事とかはなかったか?」

「悪いシオン、もうそういうのは他で済ませてきた」

「メシみたいに言うな。どういうことよ?」

「うん。今言った通り、コトハの昔話は少し前によそで話したばっかだから、聞くなら本人にしてくれ」

「もちろんそうだが……いやなんだこのタイミング、こんなことあるのか?」


 アルを相手にするので多少ひねくれた返事は想定していたが、それ以上のものが返ってきて、腑に落ちないものがあったシオンだが諦めて次の会話に移る。


「残る銀のシンジツコンパクトの所持者、ぷらちな魔法少女きんきらについてだが。あびすも加え、引き続き捜索を行う」

「おいおい。今回は『シャドウブルーム・漆黒のダークネス・ウィッチ・アビス』の一件があったからいいけどさ」

「混ぜるでない!」

「関連を疑わせる騒動だとかの手がかり無しだと、無謀な計画だぜ?」

「言い分はわかってる。だがあびすという前例。その行動を参考にして、大まかな方針を決められている」


 言ってシオンはアル達に対して立てた指を突き付ける。


「まずはどう持ち去ったか。さっき私はきんきらと言い切ったが、アーチに展示されているアレらは高所にあり、加えて施錠もされている。基本夜中も職員が常駐しているギルドでは、今朝アル達が見たような大掛かりな作業はまずできない。よってあびすや……こほん、あびすの時のように対象が自ら選ばれた者の手元に向かっていったと見るのが妥当だ」

「ぶらうんの時もそうだったのかな?」

「知らんっ。次にどうすり替えたか。……あってはならないが、よく確かめもせずシンジツコンパクトが落ちていた、と言われて元に戻した職員がいたとのことだった。前例があるために有力な情報が残っている望みは薄いが、改めてその辺りの事情を洗う」

「……なあ、コトハの意見を聞きたい」


 アルに促されて、コトハはなるべく言葉を選びながら口を開く。


「今できることはまあ、それぐらいだね。焦るせんせーの気持ちもわかる。けど情報が少ないよ。いつすり替えられていたか、土産物として売られてるレプリカを買った人間だって、品物から売ってる店がわかったとしても人相とか時期を絞れないと。あと魔法少女に限ったことだけど有益な情報になる利き手も不明。アル君の気持ち悪い癖も意味が無い」

「あれ自然と酷いこと言われた」

「まずはせんせーが言った通りのことを一通り実行して、その成果によっては逆にぷらちなをおびき出せるような作戦を考えようか」

「そうそう。あびすと遭遇したのも正直、運がよかったからだろ? 生きてて思い通りになってばっかだったら苦労しねえって」


 コトハやアルの意見を聞き、考えが独りよがりで先行し過ぎていたことを自覚したシオンは大きく息を吐いて落ち着き、その場は解散をすることになった。


「さて、そうだな。あのニコルが言っていた通り、おかしな冒険者を呼ぶ、とかいうアルの特性にでも期待するか」

「なんだよ、今さら自己紹介する仲でもないと思うが」


 帰り際にアルがそう言い返すと、その意味を理解したシオンから肩を一発殴られていた。

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