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#163 漆黒とそよ風の対峙

「これはルーくんが5歳の時の写真で、これは──」


 知り合いの家を訪れて、その昔の思い出を記録したアルバムを見せてもらう。

 そういったことはなんら珍しいことではないのだが、コレルを前にした状況ではアルは、ひたすら苦しんでいた。


「……コレルさんって昔からこうなんだな」


 アルバムにおさまっている至って普通の家族写真は、もれなくコレルという光る人影が写る心霊写真だった。

 さすがのサジンも違和感を覚えて小声で話しかけてきて、普段のアルならもちろん付き合ってやるのだが、早合点ながら主への侮辱を感じた精霊にガシガシと噛みつかれているのを見ると、はっきりと肯定ととれない頷きなど当たり障りの無い反応をするしかなかった。


『わざわざ言わなくていいんだよ……』


 今にも愚痴を漏らしたい気持ちをアルは抑える。

 ふいに湧く、若きバルオーガがコレルにアプローチする光景、はたまたコレルからバルオーガにアプローチする光景も想像しかけてはすぐに頭から振り払う。

 そうこうしていながらもアルは、別の違和感に気づいていた。


『何故かお姉さんが未だ登場してないんだよなあ……おおかた予想はついてるけど』


 逆ならば──オルフィアがオルキトよりも後に生まれたのなら、両親とオルキトの3人のみの写真がいくつかあっても不思議ではないが、オルフィアが姉であるという事実は覆るはずが無い。

 その上で彼女が写った写真が1枚たりとも存在しなかったのだ。


「コレルさん、そういえばオルフィアさんの写真が無いような気が……」

「ふえっ!?」


 その指摘はアルに限らずサジンの口からいつ出てもおかしくはなく、いざ問われてみると明らかにコレルは動揺を見せた。


「ええと、昔のフィアちゃんは病気がちでね。ネラガから少し遠い施設に通ってた時期があって……」


『それが盗人(シーフ)の修行期間ってことか』


 コレルの言うことが嘘だとも言い切れなかったが、長らく不在の時期があって何かしらの修行を目的としているのならいろいろと都合が合う。

 実際、オルフィアに注目していると突如としてアルバムに出る機会が多くなるのだが、それはまた後のことだった。


『あ、弓矢』


 射手(アーチャー)としてのオルキトが誕生したばかりらしい、弓矢を引く幼い彼の写真を見つけたアル。

 その傍らには指導のために見せて示すよう弓を引く、父親のバルオーガではない、屈強な黒髪の男がいた。


「アル君、その写真が気になる?」


 特定の写真に注目しているとコレルに()()()()()()()()()

 アルが後悔しても既に遅い。



 ──主様の質問だ。5秒で返事しろ。



 ──もちろん失礼のないように。さもなくば。



 精霊の脅迫(ほとんどアルの妄想だが)に対して息を飲んで落ち着いてから口を開く。


「ええ。この方は誰かなと。家族ぐるみで親しいようですが」


 男はその時期の写真によく出てきて、バルオーガとも酒の席で盛り上がっている一枚もあった。


「ゴーシュさんね。他でもない、オルキトが射手になるきっかけになった人なんだ」

「射手になるきっかけ、ですか」

「そうそう。うちの人はなるべく剣の道へ進ませたかったらしいんだけど、子供だったルーくんはゴーシュさんの弓の技に魅せられちゃって……あ、すっかり心を射抜かれちゃって」

「……え、ええ。そうすね」


 大して面白くない冗句にもアルは演技臭くないよう心掛けて笑って取り繕う。


「大切な『冒険者のまじない』に関わることだったからもう、あの時はもうとにかく揉めに揉めて。けどルーくんも小さかったながら覚悟はちゃんとしてて、最後はうちの人が折れてゴーシュさんと一緒に応援するようになったんだ」

「へえ……ん? どうしたサジン」


 オルキトが射手の道を選んだ経緯を知って相槌を打っていたアルは、隣のサジンからのやや呆れた様子の視線に気づいた。


「いや、オルキトと仲が良いはず……なんだよな。その話を一切知らなかったのか?」

「うん」

「あ……そうだったのか」


 冒険者の感性や価値観など、アルは全く持ち合わせていなかったがためにそもそもそんなこと気にもしていなかった。

 前に一度冒険者を志した理由を聞いてはいたがそれは単に、職業として選んだきっかけを聞いたに過ぎない。

 それら一連のやり取りは冒険者になることを強いられたアルにしてみれば理不尽な追及であって、しなくともいいのだがつい無駄に意地を張った。


「でもそういうサジンはコトハの昔は知らないんだろ?」

「まあ思い当たるのは()()についてか。パーティを組んでから早い段階で聞いた」

「……なんか嫌な予感が」

「けどしばらく前から疎遠でね。いわゆる根無し草が多い冒険者だから」


 コトハの冒険者としての目標についての話題が挙がりそうな雰囲気になると、それを遮ったのはコレル。

 しようと思えば話題を戻せたのだが相手が相手だったのでアルはやめた。

 拗ねたアルはアルバムに視線を戻し、ゴーシュの登場とともに現れた同じく黒髪の、当時のオルキトと同い年くらいの少女に注目する。


「その子はカナちゃんね。ゴーシュさんのお子さん」


 コレルは懐かしい思い出が刺激されたようで、堰を切ったように話は止まらない。


「カナちゃんは写真越しでもわかると思うけどすごく怖がりで、ずっとゴーシュさんのそばを離れない子だったの」


 コレルが言う通り、ゴーシュが写る写真には必ずカナが写り込んでいた。

 ただいくつか例外も散見された。


「うふふ、そんなカナちゃんにルーくんったらお兄ちゃん風吹かせてね。男の子らしく」


 幼いオルキトがカナに構ってやっているようで、ある1枚では食卓を挟んでおやつを食べていて、別の1枚では手をつないでピクニックを満喫していたり、寄り添って昼寝をしているものもあった。

 コレルは当時の様子を思い出してふっと息をついており、サジンもその雰囲気に影響されて写真の子供らにいじらしさを抱いて微笑んでいた。

 ただアルだけはそんな甘ったるい思い出は面白くなく、精霊に注意されない程度に鼻を鳴らしていた。



 ◇



「あ、もうこんな時間だ。長話しちゃったね」


 日が傾き出したのに気づき、コレルは話に一区切りつけて背筋を伸ばす。


「これからもオルキトとオルフィアのことをよろしくお願いします」

「そ、そんなかしこまって……助けてもらうのはこちらの方ですから」


 コレルが1人の親として礼儀正しく挨拶をするとサジンは慌てて挨拶を返し、アルもそれにならう。

 精霊は夜の間家に入れておくので屋外に残っているのがいないかの確認も兼ね、外に出るまで見送りにコレルは付き添ってきた。


「コレルさん、ここに1匹残ってます」


 道中のトラブルといえば危うく気絶していたレーネを置いていってしまいそうになったくらいだったが、二重になっていた出入口ではまた、サジンが小さな精霊を発見した。


「……あら? 私の知らない子だわ」

「そうなんですか?」

「ええ。他のと比べてみるとほら。迷ってるみたいにあちこち飛んでるでしょう? 使役する契約者がいないから行動目的を持ってなくて、他の精霊の様子を見て真似をしてる」


 コレルが言った通り、小さなそれは動きこそ活気はあったが、弱った羽虫のようにいびつな軌跡を描くような動きだった。

 コレルは次いでサジンに指を立ててみるように促す。

 すると件の精霊は導かれるようにそこに着地する。


「人間と触れ合うことで知能が上がっていくんだけど、そうでない個体はまさに好奇心の塊で、構ってあげるとなんでも反応するの」


 光る指先でコレルが精霊の周りの空をなぞると、面白いほど単純に目を回して揺れてしまう。

 転げ落ちそうになった精霊をサジンは両手ですくってやったが、精霊はついさっきのことも忘れて今度はサジンの指の隙間を好奇心のままに潜ろうとしてくすぐる。


「か、かわいい……」


 精霊のその小動物のような動きに目が離せないでいると、コレルから精霊召喚師(スピリット・サモナー)として声がかかる。


「──精霊に興味がある?」



 ◇



 通り雨に襲われて、急きょ普段は使わない道を通ったため、2人が目的地に着いたのは夕方のことであった。


「せんせーの言う通り、犯人は現場に戻ってくるとは聞くけど」


 漆黒のアビスについてニコルからの証言にあった薄暗い路地裏に訪れたコトハは、強い使命感に駆られて目をぎらぎらさせていたシオンにそう言いながら辺りを物色する。


「ああ、もしかしたらなにかの痕跡が残っている可能性がある」


 数々のごみ箱。

 湿った木の端財の山。

 片方だけの靴。

 コトハ達の捜索はしばらく続いたが成果は無い。


「まあ、初日はこんなものか」


 直前まで関わっていたクエストの疲労もあったので、互いに同意して作業を切り上げることにした。


「……悪いな」

「どうしたの?」

「そっちには本来のクエストがあるはずなのに、今朝は少しかっとしてた」

「ああ、そのこと」


 路地裏の静寂でシオンはコトハに詫びる。

 コトハはそんなことを気にしていないように平坦な声で返す。


「むしろこれからせんせーが手を貸してくれるようになるから得だよ」

「はあ、したたかな奴め。詫びて損した」


 翌日以降の計画について話すために帰りはどこかに寄ろうと話していると、その異変は突然起きた。



「──我は漆黒のアビス」



 声とともに少女の人影が2人の背後から伸びていた。

 その輪郭には精緻な鉄格子のような模様が現れていて、明らかに異常なものだ。



「──んんぅ、(わぁれ)は漆黒のアビスぅ! くっふっふ」

「なんだアイツ」


 決めポーズをして高笑いする人間を初めて間近に見てみて、シオンは反射的に本音を漏らしていた。


『いや、待て……』


 だが呆気にとられるのはほんの少しの間だけで、少女のその外見と雰囲気に()()の力を感じていた。

 装飾用のベルトや鎖が四肢に巻き付き、多数のダメージ加工から覗く白い肌がアクセントになっていた全身黒の衣装のそれは確かに、しっこく魔法少女あびすだったのだ。


「聞きたいことがある。あびす、これに何の意味が──」

「我を!」


 さながら銅鑼のような雄叫びでシオンの問いを無視してあびすは一方的に話す。


「我、『漆黒のアビス』を見たと、5日以内に他の者に伝えよ。さもなくば悲惨な運命を辿ることとなるぞぉ?」

「……なあ、ニコルはこの脅しに屈して?」

「それは無いかな。面白がって付き合ってあげてる。ほぼ確実に」

「なら『シャドウブルーム』の正体を知ったとかいうのは──」

(ふる)き名は捨てた! 転生せし我が名を()く広めんがため、他の者に伝える制約は何処までも連鎖する!」

「芸名は模索中なんだ」

「芸名などではない」

「で、他の人に伝えないと不幸になる、っていう部分も引き続き伝えろ、と?」

「ええい、ともかくシンジツコンパクトは回収させてもらう」


 想定外の遭遇だったがシオンは勇敢にもあびすに立ち向かっていく。


「我を捕らえるつもりか? ふん、──『禁術(フォビドゥン):ちぇいん』」


 左手に着けたグローブの水晶を光らせ、その指先でシオンの進路を断つようにぴっと切る。

 それは鎖状のオーラを伴っており、1本ずつ複雑に編み上げることで瞬く間にバリケードを作り上げた。

 シオンは手近な木材で叩いてみるがやはりびくともしない。


「う……ここまでか」

「せんせー、『ちぇーんじ』は?」

「だ、ま、って、ろ」


 既に顔を晒しているためぶらうんへの変身で対抗するのは論外で、シオンはきゃぴと可愛く片足を上げていたコトハに鼻が触れ合うほど肉薄してやめさせる。


「鎖の壁。なら風は通る」

「ほう、今度はなんだ?」

「『暴風(ブラスト)』」


 新たに付与(エンチャント)を施した指輪をはめた手をあびすに向けるコトハ。


「……なんだ?」



 そよー。



 頬を撫でる微風に、あびすは疑問符を浮かべていた。


「……『そよ風(ブリーズ)』じゃないか? それ」

「ごめん。空腹でちょっと集中が足りてない」

「いや待て。付与自体に集中は関係無いだろ。てか『暴風』なんて、初心者が扱えるか?」


 シオンが指摘した通り、アクセサリに施されていたのは『そよ風』の付与であり、ハッタリだった。


「せんせー、やっぱりここは」

「それまだ持ってたのかよ……というかもう意味が無いんだって!」


 いつかシオンと初めて出会った時に使った目出し帽を、今度はそのシオンに被せるコトハ。

 変身を促されているのだが既に顔は割れていて意味が無い。


「こんなことしたって時間の無駄だって──」

「そのまま下がってて」


 背中に固い何かが押し当てられたシオンは本能的に体が硬直する。

 それとともに普段より低い声で囁かれた。


「大丈夫、ただのペンだから。──『そよ風(ブリーズ)』」


 今一度、そよそよと再び微風があびすの肌を撫でる。


 沈黙を強要されたシオンは視界を目出し帽で限られてしまっており、聞き耳を立てて周囲の状況を確かめる。

 しかし情報は全く得られなかった。


「お、おい。逃げられたんじゃないか?」


 狭い視界であっても目に入るはずの一面の鎖の壁が無い。

 あびすの高笑いも聞こえなかった。


「いや、捕まえた」

「なに?」


 コトハが指差した先には制服姿の少女が横たわっていた。


「あれがあびすの中身だと?」

「待った。『暴風』」

「ひゃっ!」


 次こそは『そよ風』の比ではない『暴風』が周囲に巻き上がり、チリやごみを散らしていく。


「ど、どういうことだ? これは紛れも無い『暴風』の付与……いやそれだけじゃなくて、コトハの言う通りなら、なんであびすの中身がああなっている?」


 しばらく視界を奪われた間に、周囲にどういう変化があったのか、知らぬ間にうずくまっていたコトハを問い詰めるシオン。


「……『ひゃっ!』って……ふふ……」


 風で捲くり上がりそうになったシャツを抑えていた手を離したシオンはそれを、笑いをこらえて肩を震わせているコトハの頬にもっていってぎゅうとつねった。

 それから気絶していた少女の懐にシンジツコンパクトがあったのを確かめたコトハ達はそのまま、人気の無い山林へと連行していく。


「なあ、きちんと何をしたのか説明を頼むぞ」

「もちろん。アル君が来てからね」

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