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#161 事件呼ぶ何でも屋と2つの異変

できたら月1の投稿を心がけます。

「『シャドウブルーム』?」

「おう。最近この辺りの噂になってるぜ」


 ツバキへの給餌を終え、朝食をとっていたアルが顔を合わせているのは久しぶりの再会となる、飛空艇バハムートの船員デクラルだった。


「なんでも闇夜に紛れて、花吹雪のように去っていく女がいるらしい。誰が呼んだか『シャドウブルーム』」

「へえ。被害者とか規模はどのくらいなんだ?」

「いや。なにもない。ただただ目の前に現れては消える。その目撃証言がぽつぽつ上がってきてるだけだ」

「なんだよそれ」


 ジェネシスの脅威が落ち着いたところにまた騒ぎが来たのかと、つい構えたアルだったが肩透かしを食らってしまう。


「で、その目撃者も女の冒険者ばっからしい」

「うーん……なおさら俺に関係ないな」

「パーティの子達がいるじゃねえか。今はまだ被害こそないが、一応把握しといた方がいいぜ」

「あーい」


 その場を去っていくデクラル。

 それと入れ替わるようにオルキトがアルに挨拶をする。


「ネラガって治安悪いんだな。へっへ」


 冗談交じりでアルはオルキトをからかい、慣れたものでオルキトも『そんなことはないです』と呆れながら返した。


「アル君のいないジフォンはどんなに治安がいいのかしらね」


 2人のそばを通りかかったオルフィアが、それだけ言い残して去っていく。


「……! ああ、なんてこと! あれは人の口から発せられる言葉なのですか!」

「アルさん大袈裟ですよ。まあ姉さんも大概ですが」


 少し考えてアルは、故郷ジフォンへの煽り、その故郷に帰れていないこと、それが治安に関わっているかのような趣旨の嫌味を理解し、わなわなと嘆いてオルキトに同情を求めていた。


「ともあれ、『シャドウブルーム』ですか」

「どうかしたか?」

「いえ、これから父がギルドを一部封鎖して何かするようなんです。大陸祭にしてはやや早いので、まさかと思いますが……アルさんは心当たりありますか?」


 大陸祭。

 ネラガの冒険者がユンニから訪れた冒険者を盛大に送り出すための行事のことだが、時期的にオルキトは別の騒ぎらしきものを疑っている。


「ううん。まあ、ギルドを少しでも混雑させないくらいの協力はするぜー」

「あー、それはどうも」


 ギルドには顔を出さない、つまりクエストを受けるつもりは無いとアルが伝えると、ジェネシス騒動以降ではいつものことだったのでオルキトは肩をすくめるのも一瞬だった。


 ◇


「……とは言ったものの、つい来てしまった」


 アルの日課として、屋敷では多少の家事を任されていたがそれも済んでしまえば手持無沙汰になる。

 なので若いがゆえに尽きぬ興味という人の性には逆らえず、冷やかしでギルドを覗きに足を運んでいた。


「ん?」


 オルキトが言い残して言った通り、ギルドの一角にそれらしく簡易のカーテンで仕切られたスペースがあった。

 そしてその前には『星の冒険者』、『大鷲の誇り』でもなかったがアルの見知った顔があった。


「シオン?」


 アルがシオンへ声をかけようとすると、仕切りの奥からもシオンを呼ぶ者が1人。


「待たせたな。シオン君……うん?」

「……バルオーガさん」

「アル君、どうしてここに」


 ネラガのギルドマスター、バルオーガとアルがじっと見合っているとその間にいたシオンはみるみるうちに顔が険しくなっていく。


「……アルは知り合いなので問題です。目立つ前に中に入りましょう」

「いや俺は偶然通りかかっただけなので……失礼します」


 面倒なことが予想され、アルはさっさと踵を返すのだが腹部に何かが引っかかった。


「アル君にせんせー。なにかの騒ぎ?」

「ああ……コトハか。って、『せんせー』? なにそれ」

「! ええい、2人ともさっさと入れ!」


 アルとコトハが立ち往生していると、シオンは有無を言わさず仕切りの中に2人を引き入れた。


「……3人とも知り合い、ということなのか? シオン君」

「ええ、はい。……これからの話に同席しても問題無いです」


 興味本位で来なければよかった、と後悔してももう遅いアルだった。


「早速だがこれを」


 バルオーガはやや迷っていたが、アルにコトハが割って入る様子も無かったのでシオンとの話を進めるために手のひら大の何かを手渡す。

 それぞれ赤と銀色のそれらは、つい昨日までギルドに飾られていた、使用者に魔法少女の力を与える道具であるシンジツコンパクトだった。


「……偽物ですね、両方とも」

「両、方……? まじか……」


 魔法少女がひとり、ぶらうんでもあるシオンが平坦な声でそう言い切った。

 アルが驚いてまじまじと偽物のシンジツコンパクトを眺めている一方で、バルオーガはシオンに言葉を返す。


「それを踏まえて、今騒ぎになりつつある『シャドウブルーム』に対する見解を聞きたい」

「はい。しっこく魔法少女あびす、および──ぷらちな魔法少女きんきらが関わっている可能性が高いですね」

「しっこく魔法少女あびすに、ぷらちな魔法少女きんきら、か……」


 シオンから返してもらったシンジツコンパクトの偽物を見つめながら、バルオーガは深いため息をついた。


「すみません。少し失礼します」


 その傍ら、うつむいて肩を震わせているアルの胸ぐらをシオンが掴む。


「なにがおかしい?」

「そっちが悪いん……だ、けど……くく……ふふ……」

「私は正式な名称を正確に述べただけだが?」



 しっこく魔法少女あびす。



 ぷらちな魔法少女きんきら。



 魔法少女ごとの特性と識別のために必要不可欠な情報に違いなかったのだが。

 バルオーガの口から渋い声で発せられたファンシーな響きがおかしくって笑いをこらえるのに必死だった。



 しっこく魔法少女あびす。



 ぷらちな魔法少女きんきら。



 しかし、切り替えようとするほど何度でも鮮明に頭の中で繰り返し再生される。


「だ、大丈夫だ。もう落ち着いてきた」

「あびす……きんきら……あびす……きんきら……」

「ぶふーっ!」


 コトハによる邪悪な囁き。

 それは執拗に続き、とうとうシオンに頭をはたかれるまでアルはずっと悶えていた。

 連帯責任ということでコトハもその頬を目いっぱい引っ張られた。


()()()は強力なものです。騒ぎとは関係無く、ギルドとしてそれらの管理はしておかなくてはなりませんね」

「ああ。……本来なら偽物とすり替えられているとすぐに気づくべきだったのだが」

「そう気に病まないでください。私も協力をします。……ここの2人の手も借りますがいいですか」

「そ、そうだな。本人達の意思も尊重するように頼む」


 そう言ってバルオーガは本来のギルドマスターとしての業務があるとして、仕切りの外に出ていった。

 そんなバルオーガにはシオンにとって、魔法少女という秘密を共有し、冒険者の活動を支援してくれる、一生ものといっても過言ではない恩があり、そのために『シャドウブルーム』騒動の真相解明、およびシンジツコンパクト捜索の役目を名乗り出たのだった。


「あの、せんせー。アル君は年中暇だけど私はクエストとかが……」

「前に言ったはずだぞ。そっちが嫌と言うほど手を貸すと」

「つまり?」

「今日から『星の冒険者』が関わるクエスト全てに同行する。コトハの都合も漏れなく把握できるから、これで問題無いな」


 アルを生け贄に差し出そうとするコトハだったが、その企みはあっさり崩されてしまった。


「アルは早速今から証言を集めてこい」

「ああ、任せろ」

「……! せんせー、コイツサボる気だ。返事が早すぎる!」

「あ、おい! ばらすんじゃねえよ! いや、もちろん協力するぜ? ははは……」


 完全に思考を見抜かれており、アルは慌てて取り繕うのであった。


『なんでこうなった……四竜征剣を受け取ってなければ今頃はジフォンで慎ましく生活してて、俺がいてもいなくても『シャドウブルーム』は出てきてたんだし……』


 ネラガが危機に瀕しているでもなく、そしてジェネシスとは無関係ともなると完全に他人事と認識していたアルはしぶしぶシオンに付き合うことにした。

 だが魔法少女として同胞の正体を暴こうとしているシオンの考えに違和感を覚える。


「ていうかシオン。自分がそうされた時は小細工したのに、他人の場合は問題無しってみなしてるのか?」

「こ、今回の目的はネラガを不安に晒さんとする輩を暴く大義がある。ほら、偽物を用意しているという点で犯行には計画性が伺えるんだ。で、そっちが正体を暴こうとした動機は興味本位だろ。いろいろしでかしたが、それはコトハに迫られて正常な判断が難しかったからだし……」


 シオンの主張には一部納得できる部分があり、無駄な追及はよしたアルだった。


「まー、しゅがーの時は()()()で退けば正体を自白してたみたいな感じか。今はそうしとく」


 人柱とされた、すいーと魔法少女しゅがー。

 シンジツコンパクトの有無を改めようと、彼女に突撃せんとする場面でそれをやめれば、自然と疑念はシオンに増していたのだった。


「あ、しゅがーだ」

「なに? って、隣にいるのは」

「ニコルだね」


 今後に関わる話が終わり、仕切りから出たコトハが見つけたのは、ついさっき話題に挙がったすいーと魔法少女しゅがー。

 白い衣装のその少女は、アルにもシオンにも面識がある、女性にしては長身である冒険者ニコルと仲睦まじく言葉を交わしていた。


「2人とも、何か知っていないか聞いてこい」

「せんせーは?」

「すぐ合流する。だから絶対のぞくなよ。……こら、入ってくるな!」


 しゅがーに会うにあたり、シオンがくま耳魔法少女ぶらうんへ変身しようとしているのは、アルにコトハ2人ともわかっていた。

 だが、やるなと言われて、好奇心を刺激されたコトハはシオンの言葉に反抗するように仕切りに押し入ってもぞもぞと取っ組み合いをしていたので、アルは1人でしゅがーに近寄っていく。


「お、アル君だ。おーい」


 するとニコルもアルの存在に気づいて手招きをしていた。


「しゅがーは初めましてだよね」

「おお? たまに話にゃ聞いてたけど……」


 ニコルに促されたしゅがーは振り返って、アルの姿を確認するとぴしっと体を硬直させた。

 それからアルの元へと詰め寄って小声で話しかける。


「あ、あれ……? キミってまさか、前に私のことを説得しに来たギルドの人……」

「まあ正確には違うが、その見知った顔で合ってる」

「……! お、お願い! こうしてちゃんと冒険者の登録は済ませたから……例のことは黙っててほしい! な、この通り」


 前までは、あえて言うなら気まぐれでいろいろな冒険者の手助けをしていたしゅがーだが、ニコルの方をちらっと見てみせて、ギルド公認の冒険者として他の仲間と協力しながら活動をしているとアピール、正体を黙っていてほしいと懇願していた。


「あの後、ぶらうんっていう別の魔法少女が話に来てさ。いろいろ親切に教えてくれたんだ。ギルドはちゃんと秘密は守ってくれる、とか、そもそもあちこちでみだりに変身しないように、とかさ」

「……アイツはそっちが思ってるほどの聖人じゃあないぞ」

「へ?」

「まあいい。放置しっぱなしじゃなくアイツなりのフォローはしてたのか」


 一方的に正体を暴いたまま、かの計画の真相がうやむやにされているのは気になったが、ギルドとの良好な関係を築いたことを、アルは1つの功績として評価した。


「あれ? 2人とももしかして面識あった?」


 しゅがーとはひとつ出遅れて、ニコルがアル達の間に割って入ってきた。

 アルとしゅがーは逡巡の後、『まあ多少は』と互いに答え合った。


「すごーい。アル君はやっぱ珍しい冒険者と遭遇する才能があるんだよ」


 珍しいというより、面倒な、の方が適しているだろうとアルは、そう口では言わずニコルに苦笑を返した。


「じゃあもしかして、あびすにも会ってたりする?」

「あびす……って、しっこく魔法少女の?」

「お? これは私が先手をとったかな。実は……今騒動になってる『シャドウブルーム』。アレがあびすなんだ。会ってみてぴんと来た」

「え、会ってるって、ニコルは騒動の被害者なのか」


 思わぬところから転がり込んできた証言に、無意識にアルは半歩だけだが距離を詰めていた。

 誰か、はわかっていたので時間と場所、交わしたやり取りなどを尋ねる。


「んーと、昨日の夜──陽が沈んですぐか。私がいる宿屋のすぐ近くの路地だけどね」

「うん」

「『我は漆黒のアビス』、って大見得を切って、それだけしたらすぐに消えちゃった。噂のシャドウブルームみたいに」

「……確かにシャドウブルームの仕業らしいけど、それをあびすと断言するのはなぁ。シンジツコンパクトがすり替えられのが発覚したタイミングと重なったとはいえ……」


 件の人物、シャドウブルームとアビスが同一人物だと結論づけるに至れず、アルはもう少し情報を聞き出そうとしたがしゅがーとニコル、特に前者が目を丸くしている。


「え? シンジツコンパクトはぬ、盗まれてたってのか!?」

「そうなの? アル君」


 それはまだ公にされていない情報であって、ただ言ってしまったのは仕方なかったのでアルは口外しないようにと、その場は茶を濁した。


『そうか、今まで『魔法少女のひとりにあびすがいる』という情報は明らかじゃなかった……んん? ニコルは『漆黒のアビス』の言葉だけでそれを導き出した……のか?』


 少し考えて、可能性としては別にあり得なくはないなとアルは考えた。

 事実、しゅがーとも交友があってその目や感覚は磨かれているのだろうとも。


「して、再会を望むあびす嬢は危険を纏った煙のような匂いだった……んで、今日も今日とてしゅがーはバニラみたいな甘い匂いですなー……」

「こ、こらこら。わー、近い近い、嗅ぐなよぉ」

「……なにしてるんだ?」


 おどけた様子で身を屈めながら鼻を近づけるニコルと、それから逃げ回るしゅがーを見てアルは怪訝な表情をする。


「知らないの? 魔法少女って特有のいい匂いするんだよ?」


 ニコルに、抱きしめていたしゅがーを差し出されたが、アルはそれを遠慮して、それに代わって問いかける。


「『漆黒のアビス』を名乗ったシャドウブルームを、匂いで魔法少女と見破ったって?」

「そうだけど」

「……ちなみにぶらうんは?」

「熊みたいな匂いする」

「獣なのか」


 瞬間、さっきまでコトハとシオンがいた仕切りの奥から、わあ、と悲鳴が上がって。


「もう! 嗅がないでよー!」

「ありゃ、噂をすれば」


 嗅ごう、嗅がせまいの、くんずほぐれつの格闘をしながらコトハとシオン──ではなく、くま耳魔法少女ぶらうんがアル達の方へ近づいていき、そのままアルを挟んで膠着状態となる。


「ねえアル。コトハを止めてよ」

「ああわかった。コトハ()止める」


 懇願された通りアルは、両手でコトハを制す。

 一時は危機を脱したぶらうんだったが背後の敵には反応できなかった。


「むほほ、たまらんですなぁ」

「きゃああー!」

「あ、ずるい。ニコルめ」


 安心した隙を見てニコルがぶらうんを、その長身を活かして覆いかぶさってくんくんする。

 背後の光景だったのでアルは見えなかったが、ぶらうんは耳まで真っ赤にして叫んでいた。


「はー、干したぬいぐるみみたいなおひさまの匂いだぁ……」

「ちぇっ、なーんだ……」

「いや獣の方を本当に期待してたのかよ……」


 ぶらうん(シオン)をからかいたかったのだろうとアルにはわかっていたが、途端に興味を失ったコトハは肩を落とした。


「ならしゅがーでいいや」

「妥協で私を挙げるなよ!?」

「私は本命だからいいよね?」

「ちょっ、ニコル。そういう意味でもないし!」


 それから主にニコルがメインでしばらくどたばたした後、冒険者としての予定が無いアルが解放される時だった。


「そうだ。あびすを探すなら特ダネがあるよ」

「なんだ?」

「ふふん。前のアル君の教訓を学んでちゃんと利き腕は見たんだ。右利きだった」

「……! マジか?」

「あれ? 変な反応。これ適当に流される程度の奴じゃない?」


 その場で首を傾げてぽかんとしていたのはニコルだけで、アルにぶらうん、しゅがーはそれぞれ渋い表情で顔を見合った。

 コトハは澄ました顔で顎に手を置いてふむふむと頷いていた。



 ◇



 アルはギルドを出た後、ニコルがシャドウブルームこと『しっこく魔法少女あびす』と遭遇した場所に向かっていた。


「いちおう現場を見てきてできる限りの報告はしなくちゃな」


 コトハと組んでクエストに出たなら振り回されることは目に見えていて、帰ってきたときにシオンがどれほど機嫌を損ねているかを考えるとアルはいろいろ手を尽くしておこうといた。


「お」

「あ」


 目印となる宿屋の前で立ち止まると、そこから見知った姿が出てくる。

 騎士役割(ロール)のサジンと、魔法使い役割のレーネだ。


「ん? なんで宿屋から?」


 同じ屋敷で世話になっているはずの2人が出てきて、それを不思議がった。


「ああ、レドラさんに勉強させてもらうことがあって、レーネもその付き添いでな」

「そっか」


 ニコルのパーティ『大鷲の誇り』のリーダーであるレドラは冒険者のベテランで、前回一度組んでからなにかと世話になる機会が多いとのことだった。


「というかそうだアル! 探してたんだから!」


 レーネは緊張した面持ちがよくわかるほどアルに迫って言う。


「『光る人影』についてなにか知ってるんでしょう?」

「……俺は今のところ一切何も知らない」

「ええ? だって地元のはずのオルキトに同じ質問したら知らないって言うし、でもなぜかアルにだけは相談するなって。だから2人して変なたくらみでもしてるんじゃないかってこと」

「そういうところだぞレーネ」

「はあ?」


 指摘の内容がぴんと来ていないレーネ。

 アルはそれから視線を外し、ばつが悪そうに肩をすくめているサジンに事情を聞く。


「昨日の夕方ごろに、ここから少し離れたレストラン辺りを2人で歩いてたら、ぼんやりと光っていて徘徊している人影を見た、か」

「うん……不気味だったからすぐに屋敷に帰ることにして、レーネと相談して地元のオルキトならネラガに特別な事情があるんじゃないかと話を聞いたらさっき話した通りだ」


『昨日の夕方か。場所もとなると、あびすは関係無さそうだな』


 昨日の日没直後に現在立っている宿屋付近で出会ったというニコルの証言からして、あびすとは別の人物だろうとアルは早々に判断した──というより、オルキトがしようとした工作の謎を明かしたいという思いに意識が回っていた。


「改めて聞くが、アルは何も知らないんだよな?」

「どうなの?」


 本当に『光る人影』について初耳だったアルは一切関与していないと言って、ギルドでコトハと待ち合わせている2人と別れてその場は収まった。


「さーて、オルキト君は何をこそこそしてるのかね。レーネこそああいう結果で終わったけど、他は既にきちんと根回しは済ませられてるかあ。──ふふふ、どっかの犬っころは除いてな」


 件の怪奇現象がネラガという地域の特別な風習であればそれはそれでいいが、オルキトかもしくはオルフィアの弱みが握れるかもしれない可能性を期待して、アルは薄く笑みを浮かべながら屋敷への道のりを急いだ。


『っと、念のためにシオンに報告するための情報収集も進めないとな』



 ◇



「なあレーネ。こういうのはあまりよくないと思うんだが……」

「しっ! 尾行がばれちゃうじゃない」


 一度は別れたふりをしたサジンとレーネ一行は、屋敷へ帰っていくアルの後を隠れて追っていたのだった。


「オルキトがああ言ったからには、こうして見張ってればいつかこそこそ作戦会議をして、その時にどういう計画を見抜いちゃおうじゃない」

「いや、そういうのじゃないんと思うんだが……」

「あ、見失っちゃう。早く早く!」


 どうにかレーネを説得できないかと悩みながらサジンはレーネの後に続く。


「気をつけて。アイツ、周りを気にしてる様子だよ」

「うーん。そう見えなくもないけど」


 特に不自然ではないが、注意して見るとアルはあちこちに目を向けているのがレーネには不審に映った。

 同じくサジンもだがレーネと違って、尾行されているのを気にしているというよりも、別のなにかを探しているような印象だった。

 しばらく経つとおおよその傾向が掴めたが、それはまた謎を呼ぶだけであった。


『……なぜアルは道行く女性の左手ばかりを見ているんだ?』

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