#160ー後編 ま と も な の が い な い
「アル君、ちょっと今時間いいかしら」
「聞いたからには返事を待てぇ!」
ある日、屋敷を掃除していたアルはオルフィアに捕まり、手ごろな空き部屋に連れていかれた。
「どうせ何を言っても断られるだろうから、つい」
「あーあ、とぼけちゃって。もう少し穏やかなら相談に乗ってやってもよかったのに、その希望すら無くなりました今。クエストなんて行きません」
「クエストじゃないからいいわ」
「じゃあなんですか」
これから言うことは皆には内緒だからね、と前置きしてからオルフィアは言う。
「オルキトのタイプって知らない?」
「……俺に聞かれても、遠距離とかそういうざっくりしたのでしょう?」
「遠距離……手紙のやり取りから、ってこと?」
「手紙のやり取りって、それを言うなら俺じゃないですか」
「アル君のは聞いてないわよ?」
「はー、はいはい。射手だから遠距離だとして、それから……あれ、ど忘れした。こう、静かに隠れて動く感じの、ほら」
「ふむふむ。派手系よりも落ち着いてる系、か」
「そりゃ射手なら当たり前じゃないですか。後ろから手助けしないと」
「へー。三歩下がって、っていうやつね。そういうところもあるんだ」
「……あの、いいですか」
「うん。なんか私も薄々気づいてる」
お互いに深く長いため息をついた。
「なんで素人の俺がオルキトの冒険者としてのタイプを分析しなきゃいけないんですか」
「それは私の台詞なんだけど? どうして唐突にそんな質問をするのよ。好みの女性のタイプを聞いてるのに、射手だから遠距離の交際から始めて、物静かで献身的な娘が好みだ、になるのよ」
「なんか奇跡的に嚙み合ってて仕方なかったじゃないですか。まったく……」
「ちなみに、好みの女性のタイプよ。アル君は心当たり無い?」
「無くはないですけど」
そう腕を組んでアルは言う。
「裏表が無くて、優しくて、正直者で、謙虚で──」
「うんうん」
「弟想いの妹みたいな人でしょう」
「ふーん……おかしくなっちゃったのかなー? アル君は」
「ぼ、暴力禁止! 裏表が無くて優しくて正直者で謙虚で弟想いなお姉さん!」
アルが部屋の隅まで逃げて必死に謝ると、笑顔は崩さないままオルフィアは拳をそっと収めた。
「でもそうね。頼れる存在しかいなかったから、甘えられたがってるのかも……」
「あ、自分の客観的評価が正しくできる、も忘れてました」
「『回転』」
「あがっ!」
付与で一時的に回転が加えられた100レル硬貨がアルのすねにばちんと当たって、標的をじたばたと悶えさせた。
「ごめんね、お駄賃を渡す手が滑っちゃった」
更なる報復が怖くて、気前がいい、を付け加えることはせずアルはただ黙っていた。
◇
「アル、ちょっと今時間いいか」
「オルキト以外のことなら何でもいいぞ」
「な、なんだって!?」
「……おや?」
絵に描いたように驚愕の表情をしていたサジンと相対して、アルはやれやれと頭を抱えた。
「一言言っとくが、俺とオルキトの邪魔はするなよ」
「はわ!?」
「なるほど。少し話を聞かせてもらおうかなぁ……」
2人は屋敷から少し離れた、水路がそばを流れるベンチに場所を移した。
そこはサジン指導のもと、アルが発火能力の特訓の場としているところで、人通りが少なくて落ち着いて話をするにも適していた。
「昨日か今朝、なにがあったか……」
サジンの心中はともかく、誰であろうとまさかなんのきっかけも無く第三者に特別なアプローチをかけようなどあり得ない。
そう考えたアルは身の回りで何かの変化や接触があったかと記憶を探る。
「昨日は炊き出しで1日費やした。えっと、サジン達は向こうでなに作ってたんだっけ」
「パンだ。あ、いや焼きパンだ」
「いや焼きパンってなんだよ」
「それは私が言いたいぞ。コトハが言い出して……って、違う違う! 焼いてるパンだから焼きパンだ。決して間違ってはいない」
どうでもいいことに意地を張ったサジンは、アルの目には明らかに不審に映る。
「焼き……焼き、か。肉も魚も言われてみればそう呼んでるか」
いかにもコトハがジョークで言いそうだな、とは考えたアルだがそれだけで、オルキトとの接点は導けていない。
「オルキトは序盤からほとんどのびてたしなあ」
件の人物であるオルキトは失敗料理によって気絶状態で、そしてなによりそのそばにつきっきりだったのはアルなので、別の誰かとの関係を洗おうとする。
同じく給仕などでほとんど一緒だったレーネとシオンは優先度を下げ、ツバキは無論除外した。
『首謀者はコイツだとわかってるんだ。で、まず巻き込んだのがお姉さん。残ってるのはニコルかコトハで……』
2つに1つ、さしてペナルティやリスクも無いのでアルは、その時の気まぐれ程度で被害者としてまずはコトハをあてはめてみた。
「コトハのことだけどさ」
「ななな、なんだ!? 私は何も知らないぞ?」
「……間違えた。ニコルへの用事だった」
「ああ、ならいいや」
ニコルに対して無意識にぞんざいな扱いをしていたのだが、アルはひとまず指摘せずにおいた。
『コトハとオルキトの間に何かがあったと勘違いしてる、は判明したがその何かがまだ不明……手がかりはあの謎の言葉『焼きパン』か……』
調理法プラス料理名という法則は、他の言葉はどうなるか。
『焚き米、茹でパスタ、揚げ芋、ああ、これはフライドポテトか。蒸し餅……ん、こね餅か、いや、もっとしっくりくるのがあった気が──』
喉から出かかっていたものがわかった時、自然と声が漏れていた。
「あ、やきもちか」
「ひゃいっ!?」
ずばり思考を見抜かれたサジンは、赤くなっていた顔を覆い隠した。
「……もうやだ、なんで当たってしまうんだよ」
「ううー、こうなったら隠しても無駄だ。アル、コトハのために手を貸してやって……」
「いや、サジンが今想像しているような事はあり得ないな」
「そんな! コトハだって年頃の女子だぞ?」
「うん。俺も女子の心理は完全にはわからないが──」
「が?」
「サジンが関わってるとなると、だいたい見当違いだって学んだ」
「酷いぞ!」
初めはぷんすか怒って抗議したサジンだが、くしゃくしゃと頭をかいてから、ひとしきり呻くと吹っ切れたようでしゅんとおとなしくなった。
「すごいなアルは。謙遜してたけど、なんだかんだお見通しじゃないか」
「いや、サジンがわかりやすいだけで、それしかわかんねえよ」
言ってアルは、しまったと思ったがもう遅い。
「あ、今のはそういう意味じゃ……」
「ああそうだな。勘違いが過ぎるのはもちろんだけど、なんとも情けない。ん? どうしたアル」
サジンは、どこか悔しそうな拗ねた子供らしき表情をしていたアルを前にして、不思議そうに首を傾げる。
「……別に」
「あれ? もしかして私また変な勘違いしてたりするのか?」
「いやしてないぞ。ただそれもまた残酷なことだって覚えとくように」
「な、なんだよぉ、アルー!」
他人の惚れた腫れたには逞しい妄想力を働かせる割に、自分自身に関しては途端に鈍くなるサジンのそれに、半分は救われて、半分は心を乱されたアルなのであった。
お疲れさまでした