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#157 甘言とリスクの取捨選択

「クエストに貢献した、と私が判断したら報酬とは別に、特別な副賞を用意するわ」

「……やらしいですね」

「あら。何も金銭じゃあなくって、至って健全なものよ」


 手っ取り早く稼げるのは望ましいことであったが、オルフィアの手の上で踊らされるのも気に入らなかったアルは、迷った末に口では非難しつつもソファに腰を下ろしたままでいる。

 交渉の余地があると踏んだオルフィアは身を乗り出す。


「冒険者にとって便利な、『収納(ストレージ)』の付与(エンチャント)を施したアクセサリはどう?」

「い、いいんですか?」


 アルよりも過敏に、そして過剰に反応をしたのはゼールヴァだった。


「そうだ、ゼールヴァとの競争にしてみようかしら。副賞を得る権利は平等にね」

「いえ私はそんな、希少なもの……」


 恐縮しているゼールヴァを脇に見ながら、アルは尋ねる。


「『収納』のアクセサリって、そんなに珍しいんですか?」

「そうねえ……冒険者以外にもわかりやすく伝えるために金額で表すけど」

「まるで俺が売ることを前提としてません?」

「うーん、そんなことはないわよ。冒険者ならかさばる荷物に困らなくなるから、興味を示しても不思議には思わないし。で、質問の答えだけど」


 アルが急に心変わりをしても違和感が無いよう、自然にフォローを入れたオルフィアはまた、自然を装って揺さぶりにかかる。


「商品として売り出せるクオリティなら、数万レルといったところかしら」

「……まあ、魅力的ではありますけど俺は遠慮します」


 わずかに逡巡したが、喜んで飛びつくためには、アルには1けた足りなかった。


「続いて副賞の候補2つ目ね」

「ううーん。次は何のアクセサリですか?」

「飛空艇での旅、とか」


 まとまった金よりも、まさに今欲しているものが転がり込んできて、アルは動揺して身を乗り出した──ものの、つい最近身をもって知った教訓があった。


『姉弟揃って嘘をつくとはな』


 ()の取引には一切応じないという態度、それは表情にまで出ていた。


「疑っているようだけど、ゼールヴァがこうして同席している以上、話をうやむやにして終わらせはしないわ」

「第三者がいる、という状態ですね……なるほど」


 オルフィアの正体を知っているのは家族と、盗人(シーフ)としての師だけであり、ゼールヴァが抱いているオルフィアのイメージとしては、飛空艇の管理を一任されているという優秀な冒険者。

 もしも口頭での約束であってもないがしろにしてしまうと、そんなオルフィアのイメージに少なからず影響し、彼女としてはもちろん避けたい事態のはずであった。


「もちろん私は嘘をつかないけど」

「えっ?」

「と、く、に。今は、ね」


 オルフィアはアルの煽りに耐えつつ、冗談抜きに、これから話すことが真実だと強調した。


「この提案はリスクは比較的少ないのに期待値は大きいはずよ」

「リスク……危険に対する、ですか」

「私が止めないのもそうだけど、アル君がゼールヴァの立場だとして、実力もわかっていない冒険者をまさか命がけのクエストには連れていくかしら」

「……いいえ」


 冒険者のいろはを知らない、アルのような者にとってはわかりやすい例え話で、顎に手を当ててうんうんと頷いていた。


「選択は自由だけど、断った場合はリスクを抱えることは無い代わりに、得られる結果への期待値は全くのゼロ。交渉はここで終わりになるけど……どうする?」


 帰郷のための移動手段をちらつかせられ、比較的低いとされるリスクを受け入れるか否か、アルが選んだのは。





「それじゃあよろしく頼むぞ。アル」


 屋敷の打ち合わせからしばらく後、ネラガ郊外にはゼールヴァと挨拶を交わすアルの姿があった。


「それに……ぶらうんも」


 加えてくま耳魔法少女ぶらうんの姿も。

 ぶらうんはかしこまりながら挨拶を返す。


「はい。でも、突然アルに呼ばれたと思ったら、ゼールヴァさんがいるからびっくりしちゃった」

「まあいろいろ事情があってな。それよりもアルと親しいとは意外だった」

「んーと、こっちもいろいろとあって。ね、アル」


 ぶらうんはゼールヴァに会釈をしながら、アルを連れてその場を離れる。


「なにかな? この状況は」

「ゼールヴァさんが、クエストになるべく多くの人手を欲してる、ってのもあるけど」

「けど?」

「ほぼ初対面でたどたどしい会話を続けてると間が持たない。だから知り合いがいてほしいなと思って。けど『星の冒険者』は誰一人として都合つかなくて、ぶらうんしか頼れなかったという経緯だ」


 困ったら頼ってくれ、とは自ら進言したことなので、ぶらうんは最低限の説明は聞いて呼び出されたこと自体にはしぶしぶ納得した。


「でも本当の目的ってのは、俺さバルオーガさんの屋敷で住み込みで働いてるじゃん? そうしたらなんか、どんな輩なのかを見極めたい、とかなんとか」

「まあ、ゼールヴァさんらしいね」

「さっきから気になったけど、2人は初対面じゃあないんだな」

「……私は事情が事情だから、バルオーガさんにはいろいろお世話になってて、そうなるとどうしてもね」

「なあ、バルオーガさんってぶらうんの中身を知って……ぎゃっふん!」


 ぶらうんは飛びつくようにアルの口を塞いだ。

 小声で『バルオーガさんだけね』とだけ答え、アルを黙らせる。


「バルオーガさんも『くま耳魔法少女』とか口にするの?」

「そりゃあ正式な役割(ロール)だし」

「く、くく……」


 ぶらうんの中身であるシオンと、堂々と話し合っているバルオーガを想像して思わずアルはにやける。


 ──「役割は『くま耳魔法少女』か」


 ───「役割は『くま耳魔法少女』か」


 ────「役割は『くま耳魔法少女』か」



「もー! ほら、ゼールヴァさんも待ってるから行くよ」


 ぶらうんはぷんすか怒りながら、アルの背中を押してクエストを強行した。


「……アルはどうせ気にしてないし、黙ったままでいてやるんだから」


 ぶらうんはさらに仕返しとして、ゼールヴァの役割を明かさないでいた。

 クエストを共にするにまで至ると冒険者の間では、役割を明かし合うのは挨拶と言っても過言でないほど常識に等しかった。

 それを忘れてしまっているのは、アルが冒険者としての経験が不足しているため、というだけではなかった。

 なぜならゼールヴァは、冒険者それぞれの役割のわかりやすい特徴である得物を持っておらず最低限の装備のみ。

 つまり素手でいたため、ふと気づくきっかけが無かったのだ。

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