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#155 人造人間の階層と誕生の経緯

 アルが会いたくはないが会わなくてはいけない、その人物と顔を合わせられたのは『星の冒険者』の一行と用事を済ませた日の翌朝、バルオーガに断ってツバキの犬小屋を掃除していた時だった。


「ツバキの奴……なんだよ、眼帯を失くしたとか」


 アルがツバキに貸し出していた扱いだった、鑑定眼を補う眼帯は現在行方不明であった。

 何故かというとツバキがワッドラットから屋敷に戻り、少女であるヴンナから元のイヌの姿に戻り衣服が不要になって、適当に脱ぎ捨てていた際に紛失したという経緯だ。

 飼い主にあたるバルオーガの趣向など一切無い、1人の女性の部屋と紹介されても納得が行く小綺麗な調度品が並ぶ、そんなツバキの部屋をアルがあちこち探していると、その空間にぴったりの、見た目は静謐な雰囲気をした女性が歩み寄ってきた。

 オルフィアだ。


「お姉さん、大丈夫でしたか。過労で倒れた、って聞いたきりだったので」


 アルが数日前にネラガを発った日、オルフィアがツバキに襲われた件については、バルオーガが手を回して『多忙のためか行き倒れていた』という扱いになっていた。外傷もその際に負ったとしている。


「心配してくれるんだ。ありがとう。アル君こそ無事でよかったわ」

「お、俺のことは全然気にしないでいいですよ。本当に……」


 事件の真相を知っていたアルは負い目があり、恐縮した態度でいた。


「……疲れてます?」


 顔色や話し声に違和感は無かったが、長い髪の先に何かのくずがちらほらついていて処理できていないのを見てしまったアルは、オルフィアがぎりぎりの状態を取り繕っているようにしか見えなかった。


「新しく調達してくれた人造人間の検体を、父さんからも聞かされた自爆機能に気を配りながら研究していたからね。ふふ……」


 光を失っていた目の笑顔はとても恐ろしく、アルは思わず目を伏せた。


「なんてね。苦労をして、それに見合う興味深い記録が得られたわ」

「興味深い、ですか」

「ええ。ガドとパルパ、2つの階層(クラス)を比較したことでね」


 ガドとパルパ階層とはそれぞれヴンナとピンナのことで、説明せずともそれを察したらしいアルの様子を見てからオルフィアは続ける。


「まず容姿は言わずもがな、加えて衣服で覆われている箇所も同じ()()が使われていたわ」

「部品……まあ間違いではないですね。で、話の流れからすると、違いってのはなんだったんですか?」

「まず簡単に、ひとまずまとめてもらった報告によると、『コア』と名付けた部品がそれぞれ異なっていたの」


 アルはつい気になって聞いてしまったが、流石にオルフィアが万事に長けている訳でなく『私はただの錬金術師(アルケミスト)だから』とたしなめられた。


「『コア』がどういう機能や用途か、詳しい説明は私自身まだわかってないから省くけど、注目すべき点は緩衝材の割合」

「緩衝材……とは文字通りの?」

「そう。例えば箱に詰めた貨物の隙間を埋めるための」

「そのコアにも隙間が空いていて、階層によって割合が違う……」


 ならガドともパルパとも違うフィーネは、と口にしてすぐ、アルはあっと短く声を漏らした。


「フィーネの場合はその隙間を利用して、自爆用の爆薬が詰められていた……ってことですか? 人造人間は階層を越えて同じ素体を共有していると仮定して、その素体からは爆発物が発見されていないなら」

「いい推理ね」


 オルフィアは表面だけのものではない、心からの笑みをアルに向けた。


「解体にあたった専門家の意見も伝えておくわ」

「はあ」

「コア付近のとある部品というのが、緩衝材ありの状態で最適な張り具合(テンション)にされていたらしいの。そうなった経緯はどっちなのか」


 オルフィアは1本目の指を立てた。


「緩衝材が収まっていた空間に、爆薬を代わりに詰めた説」


 続けて2本目の指を立てながら、本命の推理を口にする。


「爆薬を抜いたものの、例の部品がために代わりに緩衝材を詰めざるを得なかった説」


 オルフィアは続ける。


「後者が正と仮定すると、素晴らしい性能を誇るというものの、自爆機能を取りつけられているフィーネ。それに対して、自爆機能を取り除いたものの、おかしな語尾という言語機能の障害、獸人を統率する機能を失った、ガドやパルパそれぞれの階層。どう思う?」

「……なるほど、取りつけ()()()()()、ですか」


 オルフィアの言葉がきっかけになり、アルが上手く言葉にできていなかったことは、だんだん形を成していく。


「オリジナルのフィーネとその製作者がまずあって、何者かによる自爆機能を取り除こうという、製作者の設計に抗おうとする動きがあった」

「その何者の候補にはフィーネ自身も当てはまるわ」

「フィーネが製作者への反抗を見せたって?」

「そう。となると、偶然生まれた各階層を擁したままでいるジェネシスという組織は、製作者がフィーネを作った本来の目的とは異なっている──」


 オルフィアの言葉は途中で、大きなあくびに遮られた。


「……情報は確かに聞かせてもらったんで、今はもう少し休んでください」


 顔を伏せながらその場を去ろうとするオルフィアを、拒絶されながらもアルは部屋まで送り届けた。

 だが到着した部屋は、立派な屋敷のやたら奥まったところであり、アルはダミーだと疑わざるを得なかった。


「それじゃあゆっくり休んでくださいね」


 アルはオルフィアが企むままに従う──ふりをした。


『普通に心配だし、今後話をする時も考えてきちんと見届けよう』


 廊下を曲がってすぐ、慣れた手つきでバリアー・シーを扱い姿を消そうとするアルだったが、一瞬だけ体が強張る。


『今の感覚……ブリッツバーサーとダースクウカか』


 四竜征剣の適性を持つアルは、自身に起きた事象を瞬く間に、事細かに理解した。


『オモテとウラ……名称は特別関係無いな。恐らくシンでも一緒の結果だったはず。主にあたる俺に対し、姿を奪う能力が発動されて、それを有害なものとみなして抵抗をした。鑑定眼の対策でジアースケイルは地中に埋めてたし、シンの2本も体内じゃなく手帳に忍ばせてるから、こういう状況は初めてだったか』


 四竜征剣が持つらしい、悪意ある力(不可視のジアースケイル、および槍状のジアースケイル・エクステンドを成立させた時はなんの障害も無かったので、対象外とアルは判断)への耐性付与を把握しつつ、それを乗り越えてアルは姿を消し、オルフィアが立ち尽くしている廊下へ踵を返した。

 そこで目にしたのはちょうど、集中によって盗人(シーフ)の専売である、開錠を目的とした、手を扉の隙間へ忍び込ませられる『潜影術(せんえいじゅつ)』を発動している場面だった。


『なるほど。扉に備え付ける錠だけ作って、潜影術でしか開けられないようにした部屋は、ぴかいちの安全性を誇るってわけか。この立地も』


 潜影術に集中を割いて、アルが姿を消せることを失念していたようでオルフィアは、周りの警戒もほどほどにさっさと──壁の中に入っていった。

 アルは何が起きたのかと姿を消したまま、かつ抜き足差し足でオルフィアがいた地点まで近づくと、『学校のようだな』とふと思っていた、全身を難なく映せる鏡でできた壁の前で止まることとなる。


『見たところなんの変哲も無い。まあ表向きは錬金術師だから、潜影術を疑われることが無いと思ってこの鏡の壁……じゃなくて板にしかけは無さそうだな』


 などと鏡の扉の前で考えながら、潜影術を使えるほど集中する体力自体は残っているのだな、とアルは互いに気を遣わないようにその場を去ることにした。


『今度からはこれをノックして呼ぶのか。『入ってますかー』とか。……ん?」


 鏡の扉の表面にはノブが無い。

 押して開くそれは、内側にある(かんぬき)かつまみのような鍵をかけてようやく閉められる。

 そうでない限り基本は開いていて、中に何者もいないことが明確になっている。


『いや、さすがにやめとこう。知ってか知らずか本人が望んだ設計なんだろうけど、そこをいじるとぶちぎれられそうだ……』


 頭をよぎった下品な考えを自重したアルだった。

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