#154 タイニィ・ライトと魔力(?)の講習
”報告”を更新しました。
頑張ってキリよく1月分、2話を追加で投稿したという内容です。
「サジンさん。お疲れ様です」
「なんだアルか……」
いかにも下心のある、そのうやうやしいアルの態度にサジンは顔をしかめる。
「ワッドラットからの帰還の挨拶も兼ねて相談があって。この後お時間無いかなと」
「ん、その調子だと無事だったらしいな。良くも悪くも安心した」
アルの扱いが多少なりわかってきたサジンはそれだけ言って、時間の都合も合うと返す。
「クエストに出ようとしても、オルフィアさんに呼ばれててオルキトが不在だからな」
「本当に用事あったんだ……いや、お姉さんなら無理に用事をつけてそう」
「どうした?」
実際、オルフィアが多忙だとはわかっていたので、オルキトへの心配は早々に切り捨ててアルは自分の用件をサジンに伝える。
「『魔力』について教えてほしい」
「はー……相変わらずだな」
「ほら、冒険者としての知識は無いからそこは勘弁してくれよ」
「それが免罪符になると思うなよ」
それに次ぐサジンの言葉に、アルは目を丸くした。
「雑ないたずらだな。なんだ『魔力』って」
「それを聞いてるんだけど」
「いや、アルの造語を知るわけ無いだろ」
「造語って、これは──」
アルはそこで言葉を切った。
自らも被害者だと気づいたからだ。
「ツバキの奴め……」
アルがツバキからその造語を聞かされたのはレジスタンスからの木箱を燃やす際のことだった。
「火起こしなんて子供のキャンプ以来だぜ?」
ジアースケイルを手放したことを口惜しそうにしながら、アルはギルドから貸し出された野営用の道具袋を漁っていると、火種を作る木材のほかに手のひらほどに小さい白いトーチ、まるで玩具のようなそれを見つけ、つい手に取った。
「なんだこれ」
「……やっぱりとは思ったけど『タイニィ・ライト』も知らないようね。私がやらないといけないのか」
「タイニィ・ライト?」
説明をしようと口を開きかけたが、見せた方が早いと判断したツバキは口でそれを受け取った。
「ふがふがふが」
「分身をしてくれ」
ただでさえ説明を端折りたがるツバキに、その説明の中身もおろそかにされてはなにもわからずじまいなので、タイニィ・ライトを口にした個体と別に説明用の分身を出してもらった。
「先端に赤い石が付いているのがわかる?」
「ああ」
「……冒険者に限らず人間は『魔力』と呼ばれる力を秘めているの。この石はそれを込めることで発火する」
タイニィ・ライトの先端にある小指の先ほどの赤い石に火が灯り、ゆらゆらと揺れる。
「簡単な仕組みは説明したから終わり。そうね、まだ詳しく聞きたいなら仲間の誰かに頼りなさい」
ツバキの態度はあまりにも冷たかったが、アルは都合がいいと感じた。
ほとんど消耗品に近い安物らしく、作業が終わった後にバルオーガから許可をもらいタイニィ・ライトを引き取ったアルは、それを話すきっかけとしてサジンの元に向かったのであった。
「あの説明は嘘だったのか……」
アルがそう呟きながらタイニィ・ライトを手にしていると、サジンが事情を察してくれた。
「それを使いたいのか。確かにレーネの魔法と仕組みは似てるし、だから『魔力』なんて名付けたな」
「……うん。とても愚かで安直に」
「そこまで卑下しなくてもな」
その場でツバキに恨み節を言っても無駄だと観念したアル。
信頼できるサジンから、改めていちから説明してもらおうと開き直った。
「タイニィ・ライトの発火に必要なのは『集中』だ」
サジンはタイニィ・ライトを手にすると、ツバキと同様いとも容易く点火してみせた。
違ったところと言えば、きちんとアルの様子を確認して、見えやすいようにしている。
「集中って、具体的にどうするんだ? 火がつくのを想像するとか?」
「気になるならしっかり教える。けど、やるからにはきちんと付き合えよ」
火を扱うので庭に出ることになると、説明のためだとサジンは途中で自分の盾を持ってくる。
「人間は誰もが『発火』の能力を秘めている。同じく、私の『障壁展開』の能力も」
サジンは盾の周りに半透明の障壁を張る、『シールド:スクエア』を発動してみせた。
「まずこれを乗り越えなければ話を進められんぞ」
「そうなんだろうけどさ……」
発火に障壁展開と聞いても、自分の体は自分がよく知っているはずのアルなのだが、思い当たる節は一切無かった。
「19年間一般人として生きてきて、そんな超能力の類があるのなんて耳にもしなかったぞ」
「一応タイニィ・ライトは冒険者に限って販売とかの制限はあるからな」
潜在能力についても冒険者の講習で説明されるのだと、サジンはその内容をかいつまんで伝える。
「冒険者の講習ではこう習うが、手ぶらの状態で発火させようとむきになってはいけない。トーチを模したタイニィ・ライトによる想像の補完をして、意識を『集中』して発火能力を引き出している」
『障壁展開』の場合は攻撃を防御するための盾、それを想像補完用のアイテムとして能力を引き出している、とも説明が付け加えられた。
「ここまでで質問はあるか」
「人間の潜在能力についてはもう、誰に追及しても不変なことだって諦めた。んーと、便利な能力だけどまさか無限に使えたりするのか?」
「いい質問だ」
心なしかサジンは誇らしげに笑っている。
冒険者の先輩として教育が出来たことが嬉しかったのだ。
「当然、集中には頭を使うから体力を消耗する。つまり発火の場合は、体力を燃料に変換していると言ってもあながち間違いではない。そしてその効率も熟練度で大幅に変わり、見せた通り今でこそ私は難なく発火を使えるが、前はずっと時間をかけて体力も消耗していた」
「障壁展開も同じ理屈が通じるのか」
「ああ。騎士の役割に就いて、多くの時間をかけて回数を重ねるほどより消耗する体力は少なく済む。それにルーティンも不要になってきた」
「ルーティン?」
「アイテム以外で能力を発動する助けになる行動だ。大掛かりな技はどうしても、実際に言葉に出してまで意識を集中する必要がある」
「じゃあさっきの『シールド:スクエア』を、口にしていた時もあったってことだな」
「……まあ。未熟者ということを宣言しているようなもので恥ずかしい限りだった」
「俺もそうなれればな……」
四竜征剣に奥義名を大音量で叫ばれる自身の境遇と似ていると思っていたアルは、違和感に気づく。
「ん? まさかアレがルーティンなのか……?」
奥義を発動しようと集中していた自覚は無かったが、戦闘後は単純な運動によるもの以外の疲労感には確かに覚えがあった。
真相はあくまで不明のままだが、余計な配慮をされているものだとアルは肩をすくめる。
「ところでアル。聞いたからには点火の訓練はするよな?」
「えー……そうだなあ。できて損は無いし、時間だけはあるからやってみるか」
「ふふ、今まで振り回された分、みっちりしごいてやるからな」
その日からアルは都合がつけばサジンの指導の下、タイニィ・ライトを使った点火の訓練にいそしむこととなるのだった。
「どうせなら新しいものを用意するか」
「ああ、ツバキが咥えてたやつだし、俺も賛成」
「アル……イヌの玩具をとってやるなよ……」