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#152 証言の齟齬(そご)と大道芸の披露

「なに今のやかましいのは……」

「お、レーネか」

「ああ、アンタそういえば帰ってたんだったっけ」


 ブリッツバーサーの抜刀音を聞きつけ、近寄ってきたのはレーネ。

 その手には洗っていたらしいつばの広い帽子が握られていて、ひとまず挨拶を交わすとそのまま話を続けることとなる。


「なんだっけ、ジェネシス? とかのごたごたがあったのよね」

「ん、オルキトか誰かから聞いたか」

「ええ。オルフィアさんから実物を見せられて……何なのよ、人造人間って」


 オルフィアが見せたというのなら、タイミング的にヴンナのことだろうとアルは察した。


「なあ、ユンニにいた時に腕外してたのは見てたはずだろ」

「義手の可能性はゼロじゃなかったし……」


 ジェネシスの人造人間は、人形の不気味さが一切しない人間の見た目だったので、よもや全身が無機質な人造人間と見るより、一部が換装できる義手と予想をするというレーネの考え方は妥当だった。


「でも『強制停止機構』についてはわかったから、一般人の被害を防ぐためにも立ち向かわなくちゃ」


 レーネはふんと鼻を鳴らすことで決意を示してみせた。

 初めてカンナとアンナに遭遇した時には、獣人を従えていたように見えてもおかしくなかった状況でもカンナ達の方を心配していたほどで、それは子供に限られたものだが確かなレーネの正義感だった。


「あ、そうだ。それをしてもむやみに近づいたら駄目だぞ」

「どうしたのよ急に」


 困惑するレーネに言うべきか迷ったが、万が一の場合を考えてオルタ・フィーネが有していた活動停止後も有効な自爆機能について説明した。


「もしそれがあったら『強制停止機構』が見つけられてないんだけど」

「確かに」

「ねえ、冗談にしても度が過ぎるわよ」

「すみません……」


 強制停止機構を見つけられた時点で人造人間の解剖には成功している、という正論で返されたアルは、さらに不謹慎な冗談はやめろとまで諫められてしまった。


「……後でお姉さんに確認しよう」


 アルはレーネの意見を素直に聞いたがそれは、オルフィアがその事実を何らかの理由で隠している可能性があったからだった。

 そのオルフィアにもピンナを引き渡した時に注意をしておいたので、より狙いを絞って詳しく調べられ、望んでいる結果もすぐに聞けるものだとアルはたかをくくっていた。


「そういえば久しぶりだね、ツバキ。……むう」

「お? どうした」

「ねえアル。コトハのことなんだけどさ」

「またコトハかい。今度はなんだ?」

「コトハさ、初めてツバキに会った時すごく喜んでたじゃない」


 レーネは身振り手振りで、悶えさせるほどにツバキを撫でまわしたコトハの様子を再現した。


「けどそれだけ……言葉通りにそれだけで、急に興味が無くなったというか、ツバキにおやつあげようとか誘っても全然冷たいんだけど……」

「そりゃそうだぞ」

「……どうゆうこと?」

「コトハは初対面のイヌにはああして接するけど、それ以降は見知らぬ雑踏の1人みたいに、よくて一瞥するくらいだ。それが飽きたのかお気に召さなかったのか、理由は知らない」

「アルもわからないんだ……」


 アルの言葉に納得はしていなかったが、諦めたのかレーネはそれ以上食い下がることは無かった。


「そうだ……オルキトもだったけど、レーネにも頼みがあったんだ」

「頼み?」


 アルはさらさらと手帳にペンを走らせて、レーネに見せる。


「なんでツバキに──」

「待った! なんで書いてみせたと思ってるんだよ!」


 鬼気迫るアルの口調に気圧され反論できなかったレーネ。

 ただそれは一瞬だけで、しぶしぶ付き合ってやるという表情を見せつけるようにして、ツバキの前でしゃがむ。


「鑑定眼はつど──きゃっ!」


 レーネが鑑定眼を発動しようとした瞬間、ツバキが抱き着いて密着してそれを阻止する。


「こら、離れろって……ぶはっ!」


 ツバキはアルに引きはがされそうになると、目にも止まらぬ速さで体を翻して返り討ちにする。


「コイツ、思い切り殴りやがって……」

「前足じゃない?」

「レーネらしからぬ指摘をするな──ぐああ!」


 ツバキは絶え間なく前足での蹴りを繰り出す。

 頑なに噛みついたりはしなかった。


「パントマイム? だっけ。上手じゃない」


 イヌのツバキが唸って噛みついたりしない限りは、レーネほか一般人には単にじゃれているようにしか見えず、アルは正真正銘叩きのめされていたのだが、まるでパントマイムのようにわざとやられていると誤解されていた。


「次はこれじゃ済まないから」

「……あれ? 今ツバキ喋ってなかった?」

「腹話術よ」

「ああ腹話術……」


 無意識のうちにツバキとの会話が成立していたのだが、レーネは気にせず無視してしまっていた。


「パントマイムに腹話術……まさかアル、ジェネシスなんてのは建前でツバキと大道芸の練習でもしてたの?」

「ちげーよ! もう1回チャンスをくれ、鑑定眼を……」


 レーネは鑑定眼を発動しようとする。

 ツバキは抱き着いてそれを阻止。

 アルがそれを剥がそうとするとツバキが返り討ちにする。


「おお……どれだけ練習したのよ」


 その一連の滑らかな流れにレーネはただ舌を巻き、簡単に拍手も送った。


「偉いねー、ツバキ。ん、あれれ?」

「……ツバキは淑女だそうだから手の甲を撫でてやってくれ」

「前足じゃないの?」

「そのくだりはもういい」


 芸を見せてもらったレーネがツバキの頭を撫でようとすると、身をよじって抵抗された。

 だがアルが言った通り、その前足を手に取って撫でるとわかりやすく尻尾を振る。

 ツバキはそうすれば人間が喜ぶとわかっていたからだ。


「はー……そこまで設定も凝ってて。本気で大道芸人でも目指したら?」

「ツバキとはここだけの関係に過ぎん」

「まあ、バルオーガさんが本来の飼い主だもんね。って、ならなおさら勝手に芸を仕込んじゃ駄目じゃないの」


 肝に銘じておくよ、とアルは口だけの返事をした。


「そうだ、次はサジンのとこに行きたいんだけど、どこにいるか知ってるか?」


 アルがそう質問をしかけたところ、そこに近づいていく人影が1つ。

 ワッドラットでの調査隊にいた男の1人だ。


「あの、アリュウル・クローズさん。バルオーガさんがツバキを連れてきてほしいとのことです」

「ああ、ツバキですか。わかりました」

「……はい、お願いします」

「どうかしましたか?」


 バルオーガが側に置いているほどの冒険者となると、相応のキャリアがあってアルよりも年上に違いなかった。

 しかしなぜかその顔には、まるでバルオーガと同等の者に接するような緊張が見えた。

 脇を見るとレーネも似たような表情で、それを気にしたアルが困っていると耳打ちして理由を説明してくれた。


「呼んでるのはツバキっていう(てい)だけど、たぶんアルを呼んでるんだと思うわ」

「ああ、そっか……」

「それにしてもアル。そんな調子だと話を適当に聞き流してるの気づかれるわよ?」

「いやちゃんと聞いてたよ……」


 アルは一般人の感性を失ってしまっていたが、業務でペットを呼び出すことは異常なことだったのだ。

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