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ポラリス・カンザキ

これに限り話数のナンバリングは無しです。

 小説の書き出しというのはやっぱり悩む。

 私が読む本の傾向にもよるが、多いのは大昔に存在したという竜がいる世界観を伝えるものだ。

 竜、という存在を挙げたところで、私が数年前から悩んでいることをここに記したい。

 様々なタイプがあるが、よく耳にする竜と言えばいずれも巨大な、ワニの頭に、シカのような角を生やし、蛇の胴体とトカゲの手足を持つ生物とされる。


 ここからが私の悩みで、それだけの現存している生物を混ぜたものとなると、実は人類がデザインをしていて、でっちあげた作りものの存在なんじゃないかというものだ。

 以上に列挙したそれらとは別で独立し、本当に存在していた生物なら、その体の細部の何もかもが唯一無二なものになると考えている。

 例えばこれが、丸い絞りがねで作ったクリームを伸ばした胴体をして(これも例えになるがどうしても避けられないので容赦してほしい)、それでいながら体表は爬虫類じゃないので鱗は無し。哺乳類でもないから体毛は無し。

 そうやって昆虫類、甲殻類でもないと挙げていったらきりが無いのでいっそ生物とは程遠い、硝子みたいなつやつやな体表をしている生物とする。手足や口と鼻も、私達と同じ世界を駆けまわり、その世界の何かしらを食べて生きているという親近感を生みかねないので、そもそも無いことにする。

 ここでそれを、はっきりと唯一無二の存在として区別するために、『ポラリス・カンザキ』と仮に名付ける。


 ポラリス・カンザキは竜と違って、ワニみたいな頭とかシカのような角という言葉では例えられない。

 むしろ、絞ったクリームがポラリス・カンザキみたいな形と例えられ、また硝子の質感がポラリス・カンザキみたいだと例えられる。

 そういう存在であったなら、人類のデザインが一切加わっていないと簡単に信じられたと思っている。



 関係無い前置きはさておき、今回の冒険は釣りだった。



 道中もいろいろあったけどいくつか記憶に強烈に残ったところまで省略する。

 同行した冒険者は私と同年代の男女2人組だったが、釣り用の虫をいともたやすく着けていたのは驚いた。

 私は虫が苦手だったので遠巻きに見ていた。

 すると男の方が寄ってきて、「何かの経験になるだろうし挑戦してみたらどうだ」と言ってくる。


 私は迷ったが断った。

 確かに男の言う通り、克服ができるかに関わらず、その経験を記すためには行動をしなければならないのはわかっていた。

 しかしそれは同時に、「虫を苦手なままでいる感性」を失ってしまう可能性があったのだ。

 挑戦に成功すれば、虫を克服した私の感性による新しい創作活動ができるが、虫を克服できないでいる私の感性による創作の機会を失ってしまう。

 もちろん苦手だったのもあったが、以上の理由も含めて私は、現状維持を選んだ。


 ◇


 そんな私がしばらく釣りの様子を見ていると、女の方がいたずらで虫を私の肩の辺りにくっつけてきた!

 その時の記憶は全身に、五感全てにこびりついていて、ペンを握っている今でもまぶたを閉じればたやすく鮮明に蘇る。

 『虫を苦手な』私のままでいたから、その気持ちを書き出すことができるのは不幸中の幸いだった。

 記憶に強烈に残ったところこそまさにそれだったが、ただあまりにも不快だったので記述は控える。

 なので次点の、釣った魚が捌かれる様子を書く。


 翠色のその魚は成長する過程で、食べた餌の中から特定の物質を体の一部に溜める特性があるらしく、それを回収したかったとのこと。

 薬師だった女に、それが珍しい物質なのかと尋ねたところ、それを遮るようにウマの獣人がどこからか飛び出してくる!

 質問はうやむやのままだと今になって気づいたが、その時は皆でとにかく逃げ出した。

 ある日を境に群れでの目撃が無くなったが、それでもはぐれたらしい個体は確認されていて、おそらくこれもそのうちの1体らしい。しかし私はあくまで一般人の同行者だから戦闘はできないし、先に書いた通り薬師だから女も同様。

 極めて危険な状態になったが、獣人の次は黄金に光る剣を手にした、通りすがりの冒険者が飛び出してきてそれを討ってくれた。

 難を逃れた私達は、何故か急にふてくされた男とともに帰ることとなった。



 釣りを直接したわけではないが、いずれにせよ初めての経験であり、魚と釣り糸を引き合い格闘している光景は見ている方も微笑ましく感じた。

 季節や時間帯で川はまた違う生態系になるとも聞き、機会があればまた取材をしてその様子を書き記したいと思う。



 著:シオン・レユ




「そうだな……ちょうど前置きに絡ませて、『私が書いた私だけの作品、まさに何者の手も加わっていない存在』として『ポラリス・カンザキ』という題名にするか。上手いことを言えたんじゃないか? ふふん」





※後日談

 いくつかシオンの作品を読んだコトハは、それ以来シオンを「せんせー」と呼ぶようになった。

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