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#148 欠陥とバーグの素顔

 バーグによる万刃(ヨロズヤイバ)を用いた整形は顔以外へ移っていき、自分と顔は全く同じで、体つきもおおよそ同じになった獣人を前に、アルはただ呆気にとられ、立ち尽くすだけだった。


「後は体臭を消すよう、消毒液をかけたりすればなおいいかな」

「応急手当用のものがあるからそれを使おう」


 ブレンはちゃぷちゃぷと茶色い瓶を振り、『もったいないから』と自分の腕にあったかすり傷の手当てをさっと済ませた。

 その様子を見ていたアルが、なあ、と声をかける。


「なにか打ち身用の湿布とか無い? いろいろと転げ回ってたら痣ができてて」

「ああ、大変だね。ブレン、どう?」

「無くはないけど、キミはなんの支度もせずここまで来たのかい? 悪の組織の拠点に」


 ブレンに正論で返され、治療薬の類は一切渡されず、さらにはナチュラルでオーガニックに自然治癒をするようにと馬鹿にされた。


「あ、やば」


 作業の傍らで苦笑いをしていたバーグの口からそう言葉が漏れる。


「どうした?」

「整形に気を取られて全身治しちゃってた」


 バーグが口にした通り、腰巻きだけ身に着けたアルの偽装死体は、病死か毒物で命を落としたようにけがの1つも無かった。

 アルの記憶では何か所かあった殴打の跡が消えていたのだ。


「それって、けがを治せるんじゃないか?」


 アルの推理は、レジスタンスの2人が否定をしないことで正しいことが示された。

 やがて観念してしぶしぶと言った感じでブレンが口を開く。


「危険を伴うけど聞くかい?」

「危険だって?」

「治療に見えてたそれは、整形を利用したもので、切創でも打ち身でも患部を消化して再構築していたんだ。そしてそれには必須の条件がある」


 ブレンは不満そうな顔をしておきながら、降参の仕草みたいに両手を開いて挙げる。


「整形の見本だ。たとえば右手を治したいなら、ほかならぬ本人の左手が健在であること。同じく足とか1対になっているものなら治療の範囲内になる」

「……ならそこの獣人の()を改めてどうかしようとしても?」

「似たような顔には寄せられるけど、同じ顔には戻らない」


 アルはブレンの言葉への返事を少し考えて、結局黙った。

 頭ではだいたい浮かんでいるが、描いてみせろ、と言われたりすると獣人の顔のその細部の記憶はあいまいだった。


「四竜征剣特有の致命的な欠陥で、元に戻す機能が無いんだ。失敗したら元に戻せない。ほら、バーグのくしゃみ1つで何者でもない誰かになる」

「ちょっ、変な圧力をかけないでよ」


 ブレンの冗談に慌てながらも、細工をする手を止めないバーグ。

 不意に垣間見えたその度胸が据わった様子に、アルは見事なものだと感心していた。

 そして頭に陥没の痕をあしらったアルの偽装死体ができあがったのはすぐだった。


「後はソイツ達に任せて引き上げるわよ。さっさと報酬の贋作を置いてってあげなさい」

「あ、ああ……いいのか? 俺はともかく、ツバキはせっかく見つけた手がかりだし、拠点の隅まで探しておかないと」


 偽装死体が完成したと同時に来た道を引き返そうとするツバキ。

 アルは素っ気無く『どうでもいい』、『今までのことからもう期待は薄い』と返され、形容しがたい違和感を抱いていた。

 子供の背丈であったツバキの、なんとかその表情を見てみるとさらにぎょっとした。

 闘いで消耗して不機嫌になってるのだとばかり思っていたのだが、邪悪そのものと言っても過言ではない、不敵な笑みを浮かべていたのだった。




 ───時はバーグが獣人の顔と体を整形した時点まで遡る。

 ツバキは密かに『四六時中』の能力でバーグと2人だけの密室を創り出していた。


「随分と『顔』を創るのが上手なようね。モデルありとは言え、違和感が無さ過ぎる」


 まるで、とツバキはさらに詰め寄る。


「この人造人間の顔みたいに」


 変身の魔法で化けた自らの顔を。

 『不気味の谷』を克服した人造人間である少女の顔を。

 親指で指し示して。


「その贋作の能力にはどうやら、使い手の器用さらしきものが大きく関わってくる。人間の顔を完全に再現するその腕前はどこから得たのかしら。それとも、自分だけで確立した?」

「……僕をまさか、ジェネシスとつながっていると疑っているのかい」

「別に答えなくてもいいわ。それなら私はただ──」


 一部の変身、イヌのそれも解いて口元の聖獣の牙を見せつけた。


「次から遭遇する人造人間の一切は、容赦無く噛み砕き蹂躙する。ジェネシスと無関係なら痛くも痒くもないはずよね」


 はじめはツバキの脅しに恐れをなして凍ったように動かなかったバーグだったが、その目はだんだん真正面から聖獣と向き合っていく。


「敬意を表するよ。ツバキさん」

「……なにかしら? 急に」

「言葉の通りだよ」


 膝をついてお辞儀をしてみせたバーグは、ツバキのわずかな困惑の隙を逃さず、間を空けないように言葉を続ける。


「はっきり言う。僕はジェネシスじゃあない」

「証拠は?」

「さっき襲われてた……のじゃだめかな?」

「裏で打ち合わせている可能性があるでしょうが」

「そうか、そうだね……うーん、なら信じなくてもいい。ジェネシスの壊滅は僕の望みに違いないから」

「へえ。私を利用してやろう、なんていう口ぶりじゃない。いい度胸ね」


 ツバキが唸ってみせるとバーグは慌てて他意は無いと弁解した。


「そ、そうだ。僕の顔を見せるよ。僕に変身してジェネシスの誰かに接触する。そうして反応を見れば証明できると思う。よもや偽物が来るなんて想定してないはずだから、ツバキさんの言う通りなら命令をしてみれば素直に聞くよ」

「その手にしてるのは整形をする道具なのだけど?」

「それは平気。ブレン達にそういうことは強く止められてて、定期的に確認も入る」

「……ふん。まあいいでしょう」


 バーグは目元を覆っていた仮面を取ってツバキに素顔を見せた。


「……それと敬意をこめてツバキさん。取引をしない?」




 ───アルを強引に宿屋に連れて帰ってきたツバキは、ベッドに飛び込んで大きく伸びをした。


「いい駒を手にしたわ。ああ、旦那様と再会できる日もきっと近い」


 ワッドラットでの任務を全うしたと実感できていたのは、ツバキだけだった。


「……やべえ。ピンナの残骸を引き取らせるのを忘れてた」


 それは自室で傷の手当てをした後のことで、アルは人造人間の手足を持ちながら、あの流浪の民に次に会うことができるのはいつになるかと、ピンナではなく自分の頭を抱えていた。

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