#147 交渉と万(よろず)の刃(やいば)
「フィーネ達がやられちゃったですー!」
「この口調は」
地底湖の奥へ続く道から響く少女の喚き声は、冒険者達の注目を一点に集めた。
その声の主はアルが予想した通り、アマラ階層、ガド階層とははっきり違う、おっとりとした雰囲気のパルパ階層らしき人造人間だった。
「とっておきが壊されて、残ってるのはギンナと獣人2体だけなのに……」
「相変わらずぺらぺら話すわね」
アルはしっ、と口に指を当てながらツバキをたしなめ、さらにピンナの時のようにヴンナと見間違えられないようその姿を隠す。
「天然のエーテレールを採取できる拠点は少ないので、なんとか守らないと、なのです」
丁寧に今後の拠点探しの手がかりを言い残して、人造人間は拠点の奥へと走り去っていった。
「フィーネが現れたから仕方なかったけど! 今度こそ逃亡の細工ができる」
「アレ達には交渉の余地が無かったからねえ……しかし、とうとうキミもそれに手を染めることになったか」
「ふん。元凶めが」
アルはブレンにそう毒づきながら、当初の目的であったジェネシスに対しての死の偽装を行う準備を進める。
段取りとしてはジアースケイルをレジスタンスに渡し、彼らがそれをジェネシスに見せつける傍らで死んだふりをする、という簡単なものだった。
だがいざとなると打ち合わせることが残っていた。
「ユンニでの、オモテの一式を悪用された件があったろ?」
「あの『連続不審昏睡事件』だな」
「それだけど」
「うん」
「具体的な対策がまだできてないから引き続きどれか1本を管理しててほしい。これらのどっちかだ」
「そう来たか……」
ジアースケイルを手放すと言うのに、それを手にした時と同様の選択を迫られてアルは顔をしかめる。
ダースクウカの宝石のような黒い光沢とブリッツバーサーの神々しい金の輝きはどちらもとても美しく、著名な芸術作品らしき雰囲気を強く放っていたが、それはむしろ、めまいがして気分が悪くなってしまう。
「ブリッツバーサーだ。そっちを預かる」
悩んだ末にアルは、ダースクウカを受け取らないことにした。
ブレンには因縁とはいえ確かなつながりを持つ、祖先が遺していた武器を受け取るのは気が引けたからだ。
そうして消去法によりブリッツバーサーを手にして、すぐに体内にしまう。
それから代わりに、ノバスメータとハカルグラムを取り出す。
「はいこれ。今度こそこれはきっちり返すからな」
「シンの内の2本か。でもいいの?」
「? いいも何も……」
「またもしもフィーネが出てきたら、勝ち目は無いんじゃない?」
ブレンの指摘は的を射ており、此度の闘いで多大な貢献をした2本を差し出す手が思わず引っ込む。
「むむ……もどかしい。自衛のために向こうが探してるブツを持っておかなくちゃならないのか」
逃走の工作が成功すれば故郷のジフォンに無事帰れるのだが、万が一の保険として戦闘の手段を確保しておかねばならなかった。
そしてアルは適性のおかげで、訓練や修行は不要かつ強力という最適な得物はそれに限られてしまう。
「ま、それはともかく時間が経てば自然と解決するよ。というかそれしか方法は無い」
「ジェネシスを跡形も無く潰す、ってのは言えないのね」
「おー、痛い指摘だ」
ブレンとツバキの間で空気がぴりつく。
間に入れば面倒なのはわかっていたのでアルはうんざりだった。
が、意外なことに期待をしていなかったバーグがその役目を引き受けてくれた。
「ねえ、偽物の四竜征剣を預かっていっていいかな」
「その話は今じゃなきゃだめだった?」
「ちゃんと今こそ必要なことなんだってば」
バーグはかりかりしているブレンに向け、胸元からペンダントを抜き出す。
『収納』の付与が施されたアクセサリだ。
「生体への収納まで実装されてるか不明だけど、たとえそうだとしても、拒否反応とかのもしものリスクは避けたい。『収納』のアクセサリで持ち運ぶからスペースを空けないと」
続々と放り捨てられる拳大の鉱石は、それを目にするツバキの『ゴミかしら?』という言葉をかき消す。
正直アルもその価値はわかっておらず、物憂げなバーグの表情に薄っすら笑いが込み上げてきそうになっていた。
すると突然バーグの眉が少し動き、好奇の視線に気づかれたかと焦ったが、その意識は鉱石の流れで出てきた別のものに奪われた。
「……!? うわ、獣人の死骸!」
「うん。これが本来の目当てだよ」
獣人は本来、絶命とともに灰となって崩れ去るが、珍しく形を保ったままの個体が手に入ったので研究をするつもりでいたがブレンはともかく、バーグにヘキサスもそういう生物の分野には明るくなかったので処分することにはそう抵抗が無かったとのこと。
「ん? もしかしてヘキサスの適性は『剣』以外なのか?」
「ぶふっ、今度会ったら聞いてみなよ」
「なんだよ……別に会いたくはないけど気になるじゃん」
ブレンが吹き出して笑う理由が気になったが、アルは地面に転がっていたハトの獣人をじろじろと見た。
「それでこれがどう役に立つんですか?」
「目と耳が利くパルパが相手だと死んだふりを見抜かれるかもしれないから、それも含めてちょうどいいと思うんだ。だからアル君、『顔を貸してもらう』」
「パルパのことはわかりましたけど……んん?」
アルが戸惑っていると次の瞬間、バーグは体の中から剣を取り出す。
それはやはり地を揺らすほどの雄叫びをあげた。
『『幻』の四竜征剣が一角、自らの体を飲み込み続ける不滅の『無限蛇』の力を有す──その名は『万刃』!!!』
「うるさい! いつもよりずっとうるさい!」
ドーン、ドーン、ドーン……
雄叫びはアルがそれに対抗して叫ぶほどに、既知のものとははっきり規模が違い、ドラムロールの余韻までしばらく鳴り響いた。
「『何』竜征剣だ、とかは今はよしておいて。なんでここで抜いたんですか……」
「ご、ごめん。これだけは既出の抜刀音のスキップ機能が実装されてなくて……ツバキさんに迫られた時に対処しなかったのもそれが主な理由だったんだ」
「既出の抜刀音のスキップ機能が実装されてたとしてもここでも抜くもんでもないですけどね」
さすがに気に障ったアルがバーグに不満を漏らしているところに、ブレンの不穏な一言。
「まだまだ未知のものが残っている可能性もゼロじゃないね。やだやだ」
あくまで予想に過ぎない、そのブレンの一言から逃げるように、確かな現実であるバーグの手にあった万刃をじとっと見つめた。
無限蛇の四竜征剣、『万刃』の刀身は自らの尾を口にして∞の体勢をした蛇型で、交差した箇所を挟んで反対が頭と咥えられている尾、もう片方が腹に刺さっている状態の柄で、名前の通り無数にあった鱗の1枚1枚が細かい刃になっていた。
それはツバキによると『実用的なものと言うより祭事用の宝剣といったところかしら』という評価だった。
「それで、これをどうするんですか? 『俺の顔を貸す』ってこともなんのことか」
「こうする」
バーグが操作すると、蛇は噛みついていた尻尾から口を離し頭を跳ね上げる。
その蛇の頭からは半透明の雰囲気がだんだん大きくなり、ぱちぱちと瞬きをした後、ハトの獣人の頭に噛みつき丸ごと飲み込んだ。
半透明である蛇の口内にあった獣人の頭は透けて見えていたが、それはだんだんと輪郭を失っていて──消化されていた。
そしてもとの生物の面影が無くなった所で次の変化に移る。
「これ……俺の顔?」
バーグがやたら顔を見てきたのでアルは薄々感づいていたが、蛇は一旦獣人の顔を消化して新たにアルの顔を形作っていた。
「『万刃』の能力は消化と再構築による整形。今、そこに僕の手を加えて顔をハトからアル君に整形したんだ」
※万刃 → 【万+刃でマンバ(蛇の一種)】
∞の体勢をした蛇型の立体的な刀身で、交差した箇所を挟んで反対が頭と咥えられている尾、もう片方が腹に刺さっている状態の柄で、名前の通り無数にあった鱗の1枚1枚が細かい刃になっている。
人の頭ほど大きな半透明の蛇の頭部を発現し、飲み込んだ生体を消化して再構築できる。
顔面を別人のものに整形したり、条件付きだが病気やけがの患部を正常な状態へと再生も可能。