#145 勝てる要素と勝てる要素のかけ算
フィーネは鷹のように目を鋭くし、炎を噴き出している得物を翻して急降下をする。
キキキ。キキ。
金属音に鼓膜を刺激されるとすぐさま、アルの頭の中では次に起こる現象の宣言として変換される。
「……っつ! 真っ向勝負だ!」
ジェット噴射の勢いに対し、アルは身体能力の点で回避できないと判断。
これから燃え盛ろうとしている赤黒い剣に、鏡で映したかのように同じ見た目の剣で対抗する。
剣戟の音を皮切りに、目の前を覆う真っ赤な炎がちりちりとアルの肌の表面を熱して汗を乾かす。
絶望しかない光景だったが、それは直ちに収束して、地底湖ならではの涼やかな空気が通り抜けていった。
「……炎を征したか」
「ああ。森でのクエストで実証してたから、鎮火もお手のもの」
ジアースケイルの、炎を食らう能力はジェネシスの贋作によるそれであっても問題なく機能した。
「それにもう1つわかったのは、単純な性能勝負ではこっちが上らしいな。そっちが出せる炎の限界はこっちならゆうに吸収できるし、それなら逆も、ってこと! 『セイス・ファイア』!」
寄せては返す波のごとく、炎は一転してアルに操られてフィーネの全身を高熱に包む。
抵抗を見せるフィーネだが、アルが見抜いた通り『偽』の神器では炎を征すことはできず、荒い息をぜえぜえと吐く。
「フィーネも強制停止機構は備えられてる。隙を見てさっきみたいな動きを抑えるようにアプローチをしてみて」
「ええ、はい。……あんな子供の見た目だから進んで壊すのはさすがに気が進まないんでね」
アルはバーグの言葉に、顔までは向けずに返事をして鍔迫り合いに集中する。
フィーネが窮地を脱する一手を繰り出すかと警戒はしていたがその雰囲気は無く、アルはさらに優位に立とうと、体格差を活かして体当たりをした。
体勢を崩せればすぐにでも両肩に手を伸ばすつもりで、それを見逃さぬよう目に意識を集中していたが、思いもよらぬ光景が飛び込んでくる。
「甘いな」
すました顔になっていたフィーネはアルを蹴って押し退ける。
「あっ……く、演技だったのかよ」
当然と言えば当然だが、その少女の人造人間は炎の中にいても汗一つかいていなかった。
「得物のスペックは劣るのは認める。けど力比べはガド階層にも劣るらしいあなたは対打ちできない」
「ガド……なんでそれを知って……」
ジェネシスの階級制度を知っていたことを尋ねたアルだったが、すぐに自己完結する。
「自分の複製のついでかはわからないけど、そりゃあ大量にいるらしい人造人間の製造にも関わってるよな」
「私はアマラを除いてガドとパルパ。両階層の性質を、それら以上の性能で備えている。あの偽物も看破するくらいには」
「ツバキのことか。そういや、出会いがしらはあの場の全員に襲いかかってきてたな」
ピンナでは見抜けないぐらいのツバキの変身だったが、オルタ・フィーネには簡単に判別できていた。
そして直接の対峙は無かったがヴンナ以上の身体能力をもって、アルは激しい剣戟の前に後退せざるを得なかった。
わずかな時間で身体能力の差を埋められるなんてことはなく、アルは比較ができないステータスでの勝負をかける。
「わかっていたってこれは防げやしない」
アルは炎の色を温度の差で変え、ジアースケイルの剣先が描く炎の帯にグラデーションをかけ注意を引かせて、その隙にバリアー・シーにて姿を消す。
1番アルが応用してきた、右腕と言っても過言ではない四竜征剣だ。
『確実に一撃を入れられるのは奥義だけど……初出しのものだとうるさいのが問題なんだよ』
騒音とは関係無いのだが口を固くつぐみながらアルは、最近の記憶を辿ってジアースケイルを振るう。
『……『セイス・プレート』……っと』
地面から分厚い岩の壁を次々と生えてきて、フィーネは軽い足取りで回避をするがだんだん肩や背中をそれにぶつけている。
動きが少しづつ制限していき明らかに窮屈そうなフィーネだが、奥義の主のアルはその姿は見えない。
「うん、いいぞアル君」
岩の壁を2、3破壊するフィーネ。
しかしそれよりも生えるペースが上回っている。
その光景から第三者であるバーグもアルの優位を感じていた。
「……これぐらいは些細な問題だ」
それでもなおフィーネは岩の壁を破壊し、そこから一直線に逃げ出す。
『動き回って回避、時間稼ぎか? けどエーテレールなんて燃料を使ってると把握はしたから時間制限だってあるはず』
フィーネは逃げながら、一回転して空を切った。
『見えない相手には手あたり次第に攻撃するんだな』
姿も音も消して対峙したニンナの時に、獣人に頼れなかったニンナが暴れ回ったのをアルは覚えていた。
ふとその記憶に意識が逸れていると、ぱしっ、と目を覚まさせるような雫が顔にかかった。
『さっきの沼の泥か? なんで……』
アルがよく確かめるとその泥は全身にかかっていた。
その見えない姿の輪郭をくっきりと見せるように。
「そこにいた」
「あの回転斬りは泥をまき散らすためってか! くっ……」
ぎりぎりまで足搔いたアルだったが、やがて至近距離の打ち合いを強いられることとなった。
姿を消したまま闘おうとしても、片手間の集中力ではジアースケイルだけが限界だったので状況はやはりそれほど好転しない。
「勝てる要素はなにがある……エーテレール切れはいつか来るがここは相手の拠点、何かの対策が全く無いと言い切れない。援軍さえ呼ばれたり……援軍、そうだ、ブレンかツバキは」
わらにもすがる思いで辺りを見渡すが、いずれも別のフィーネと交戦の最中だった。
手が空いていたのは非戦闘職のバーグだけ。
『バーグさんか……なにを持ってるかは不明だけどその四竜征剣に賭けてもいいのか……?』
遂に余裕も無くなってきて、アルはちらちらと目で合図を送っているがバーグは動こうとしていない。
身勝手と自覚していたがアルは苛立ちが募ってきて、ばっさりと期待を捨てた。
「勝てる要素、勝てる要素、勝てる要素は……」
己の知識を全力で探るとすぐに、どこからか『武器の相性』という単語がアルの頭の中に電撃のように響いた。
「……はは、こうだな? 『ソーサー・ディメンション』!!!」
「っつ、なに?」
完全に理解しているはずのジアースケイルのリーチよりもずっと長く、ぐんぐん伸びてきた突きの攻撃に飛びのいたフィーネ。
訝しげにアルを睨むと、その顔は不敵に笑っていた。
「『剣は槍に勝てない』だったな、ブレン。ならこっちも四竜征剣ジアースケイルの柄を伸ばして槍にした」
赤黒い刀身はそのままに新たに生まれた槍型の神器は、それを振るうぼろぼろのアルから注目を奪い去っていくほど荘厳だった。
「シンの四竜征剣ノバスメータの能力を使った、『ジアースケイル・エクステンド』だ」