#144 虚(ヴォイド)と冒険者のまじない
ギギギ。キリリイィン。
「ツバキ! 反撃が来てる!」
「わかってるわよ」
刀身を折られてもなお、その性能は健在のようで、奇妙な金属音がすると2人に分身したツバキと2体のフィーネの周りに大きな水球がぷかぷかと円状に漂い、中心に向かっていく。
ツバキはむやみに手を出さない一方で、フィーネは積極的にそれらを破壊する。
「何の真似だ……?」
アルが何もわからずフィーネ達が水球を破壊する光景を見届けていると、次の瞬間にはウェーブレイスにダースクウカが、元の姿を取り戻していた。
「再生した!?」
「壊されて落ちてたはずの破片も無くなってる……あの水球に何か仕組みが?」
「ええ、多少黄色がかってて真水、だなんてことはなさそうですけど……」
「はん、ならまた破壊すればいいだけよ」
バーグは思考を巡らせているがツバキはそれを無視し、その神器は再びフィーネ達の剣を破壊するが、彼女らもまた再び出現した水球、それらを巻き込んで武器を再生させながらの軌道が予測不可能な反撃を繰り出す。
ギ。ギ。ギ。
「ちっ、この音はうっとうしい奥義ね」
フィーネはさらに、高圧で噴射した水流を連続して撃ち追撃をする。
『絶対破壊』が発揮できるのは斬りつけたもので、2か所以上同時の攻撃には対処が追いつかなかった。
やむを得ずツバキは捨て身の分身で無事を得た。
「──『ウェーブレイス・虚』。私達の燃料となっているエーテレールに特殊な処理をして作られた結合剤を原料としたそれは、高濃度のエーテレールを用いることで瞬時に破片同士の再結合が可能。それは他の『偽』の四竜征剣も同様。この『ジアースケイル・虚』も」
「……! 4体目の……フィーネ!」
「四竜征剣。回収する」
「うあっ!」
燻る黒い煙を上げる剣を握った少女が石筍の陰から姿を現してすらすらとそう説明し、その華奢な見た目からは想像がつかない重い一撃を繰り出す。
アルは同じ見た目をしているジアースケイルで受け止めたが、よろめきながら数歩後ずさった。
「……再生の仕組みは理解した。水の代わりに液体状であるエーテレールの球、それも砕けた武器の破片が溶けていたものをウェーブレイスで操って、それを斬れば再構築できた」
「エーテレールにそんな特性が……」
「わかった所で俺には『絶対破壊』は無いけど。ふー……いずれにせよやることは1つ」
ツバキ、ブレンの背中を見習い、アルは勇気を振り絞ってフィーネに立ち向かう。
「まずは……『セイス・スワンプ』!」
地面に突き立てたジアースケイルから黒くどろどろしたものが広がり、粘度の高い水音を立ててフィーネの足元に迫っていく。
「足元から動きを封じるんだね。……よし」
アルの作戦に気づいたバーグは、大きめの水たまりをゆうに超える沼に囲まれつつあるフィーネを目にして、勝機を見出し強く頷いた。
カーン。カーン。カーン……
思い切り金槌を振り抜いたような、すがすがしい金属音が鳴り、それはしばらくエコーがかかりながら小さくなる。
「ああ!」
地面の隆起とともに現れた輝く半透明の結晶が、沼を十字に切り裂く様にバーグは悲鳴をあげた。
それは確かにフィーネの意思で呼び出されたようで、軽い足取りで結晶の足場を渡り、沼から脱出した。
「……頼むぜ、『セイス・グラベル』!」
アルは何者かに祈りながら、フィーネの全身をすっかり隠してしまえるほどの無数の石つぶてを放つ。
しかし、アルがしていた悪い予想の通り、例の金属音の後に石つぶての中から勢いよくフィーネが飛び出した。
その手にあったジアースケイル・虚からは炎が噴き出ていて、それによりフィーネは空中を飛行していたのだった。
───「『冒険者のまじない』について話そうか」
地底湖までの道中では、人の手による神器のルーツのほかに1つ、ブレンがアルに『冒険者のまじない』を教えていた。
「理屈は全くの謎だけど、冒険者は初めて手にする得物、武器に特別な適性を持つとされる。僕なら剣。バーグは鍛冶職としての鎚といった風に」
戦闘職に限らず、生産職などにもその仕組みは適用されると、バーグの方を一瞥してブレンは続けた。
「だから本来、冒険者は将来を見据えて熟考したり、または家柄を尊重したりして、色んな事情を抱えながら適性を得られる道具を選ぶ」
「で、俺は剣だったのか」
「いや、違う」
アルの言葉をきっぱりと否定したブレンの顔は、わずかに嘲笑らしき感情が混じっていた。
「『四竜征剣』の適性さ」
「んなアホなこと……剣のくくりなら一緒だろ?」
「世間一般に、『剣では槍に勝てない』と言われてるように、武器自体の分類が違うんだ」
リーチの差で剣は槍に対して不利であると説明され、その理論自体は納得していたアルだが、それに続く、剣と四竜征剣とでは差があるという理論には、大きく分類して同じ様相をしていて差があるのかと疑念を持ち、気持ちのいい返事はできていなかった。
ブレンはそれを見越していたのか、勝ち誇ったように口角を上げる。
「単純なことさ。僕はさっきの交戦時、ダースクウカの奥義を使えなかった」
「それはブランクがあったからって言ってただろ」
「ああ。それもあるけど、君は教えられてもないのに奥義を使えた。オモテはもちろん、ウラの四竜征剣も。それはつまり、何ができるか直感で理解していたんじゃないかい?」
「そういえば……」
ブレンと初めて出会って、事故的にブリッツバーサーを抜いてしまった時、『突然妙な武器が現れた』ではなく、『うっかりブリッツバーサーを抜いてしまった』ということに驚いていた。
それだけでなく、レーネに因縁をつけられ、初めてバリアー・シーを抜いた時はブレンの指摘の通り、何者に教えられるわけでなく、その能力を直感で理解できた。
そしてオモテの四竜征剣を揃えていたオルタ―・フィーネとの戦闘では、オルキトも狼狽え過ぎていたがそれに対してアルは冷静でいた。
もちろん命の危機に瀕してしまったことは間違いなかったが、それは瞬間的な判断力と身体能力を総合した戦闘のセンスが欠けていたためで、どういう攻撃が繰り出されるかはおおよそ見抜けていた。
「『四竜征剣』の適性を持ってるなんて珍しいからぜひなにかに活かしてみるといいよー。なんて」
──「そのまじないが、神器を収納できる生体を持ってるフィーネにも通じるとしたら……」
アルは眉をひそめて空中のフィーネを睨む。
「互いにその手札ははっきりわかってて、その条件は公平。……だけど、そうなると他の能力で競い合うことになって、適性だけで四竜征剣を振り回せてるだけの俺は正直、身体能力は人造人間には劣る。……まずくないか……?」