#142 ジェネシスと未開の地の一族
獣人が駆けてきた足跡と匂いを辿っていき、一行はジェネシスの拠点らしき洞窟に到着した。
中の壁には松明が設置されていて、人かなにかの火を扱う知的な生命体の手が入っているらしきことをうかがわせていた。
アルが火を灯したジアースケイルで松明に点火させながら、男が3人、子ども1人が余裕で通れるほどの洞窟を奥へと進んでいく。
道中では、アルが気になっていたことが主に話題になっていた。
「本物の神器はともかく、それ以外の神器は作った人間とかに心当たりはあったりするのか?」
『ああ』と返事をしたブレンは、おそらくそういう調べものを任せているらしいバーグを見て合図した。
「色んな商人を訪ねて周るうち、『シーアサーハの一族』。その言葉がよく出てきて、詳しく調べてみると四竜征剣とはっきりとつながりを示すものは出ていないんだけど、少なくとも商人が扱うような強力な武器類のほとんどを生産しているなんて噂があった。まあ、まだその存在すら追えてなくて真偽を判断できてないけど、だからますます怪しいと見てるんだ」
「未開の地の一族、ですか」
「不謹慎だけど、僕は個人的に興味があって何かを学べないか、なんて期待してる……」
鍛冶職としての好奇心や興味がそそられているのか、バーグは複雑な表情をさせていながらその手は子供のようにそわそわしていた。
しかし前置きをした通り、神器の破壊を目標に掲げているブレンはよく思っていないのではないか、そう考えてアルは、おそるおそるその表情をうかがう。
「何かの手がかりになるなら、特にそれは止めたりしないからいいよ」
あっけらかんと答えるブレンの言葉にアルはどこか、いいようにバーグを利用しているような雰囲気を感じてしまう。
長い親交があるらしいが、自分がその立場ならその一族の行方を把握できたとしてしばらくは共有せずにいるかもしれないと考えた。
むしろ、もしかしたら既にそういう状態に至っているかという疑念がアルの脳裏をよぎった。
神器の有無についてツバキの追及を受けた時、理由は謎のままだがバーグは嘘を答えていた。
そういう光景を目にしていて、疑いを持ってその顔を隠す仮面を目にすると、思わず眉をひそめてしまうような不信感が湧いてくる。
「その、『シーアサーハ』ってのは武器に限らず生産職の腕もあるのかしら?」
ブレンとバーグから警戒されており、1人でずんずんと先を進んでいたツバキが振り返って質問をした。
「どういうことだ?」
「ジェネシスがシーアサーハと関わりがあったと仮定したら、いろいろと噛み合うところがあるのよ。まず」
ツバキは小さな人差し指を立てる。
「四竜征剣を集めているのは、何かの事情で世界中に散らばってしまった、自分達が作ったものを取り返そうとしているのではないかしら」
「そうか、ジェネシスの目的と言えばそうだな」
「商人に武器を卸しているらしいとかいう、そんなコネがあるならアンタ達みたいな厄介な客の情報は向こうから流されてくるでしょう」
「や、厄介ってな……いや、一応事実か……」
アルはツバキの歯に衣着せぬ言い方をたしなめようとしたが、紛れもない事実にブレンは苦笑いをして肩をすくめている。
一方でバーグは、ツバキが口を開いた時点で縮こまっていた。
「そしてもう1つ。生産職に長けている仮定するなら、人造人間を作り出すノウハウを持ってるんじゃないか、ってこと」
「神器を回収しようとしている人造人間……ジェネシスなんて名乗っているけど、いや、素性を隠すために無関係の組織をでっちあげてるのか」
「そういう意図もあるかもしれないわね」
ツバキの推理を聞き、未だ全貌が見えないジェネシスの正体を微かに感じた気がしたアル。
ただすぐにそれは、レジスタンスにとっては研究されていた事実だと知らされる。
「人造人間についてはバーグがいろいろ調べてくれていた。両肩部の、活動を停止させる機構も早い段階で明らかにできた」
「強制停止機構か」
単純な名付け方だったので、ブレンは詳しく聞かずアルの言葉を軽く流した。
「けどそれきりだ」
「それきり?」
「リワン村の惨状を見ただろ?」
「……! そうか、家を焼かれてて」
「バーグが無事で何よりだけど……人造人間の研究記録は全て消え去った。ジェネシス騒動以前のものまで巻き込まれたのは、不幸としか言いようがないね」
「ジェネシス騒動以前って……え?」
ブレンによるとバーグは既に人造人間について研究をしていたとのことだ。
「僕は鍛冶職だけじゃなく職人でもあるんだ。……向こうほどの腕前は無かったけど。ああいう形で見せつけられて……」
バーグはそっと仮面に手を添えて続ける。
「それから僕はこれをつけるようにした。もしかしたら他の誰かに被害が及ぶかもわからないし」
「なるほど。他の2人の方はその辺りどうなんだ?」
他のレジスタンスがどうしているか、ブレンに尋ねるが返事は返ってこない。
「一応僕から申し出たけど、人造人間を回収してるのは僕だけで、ブレンとヘキサスはだいたい停止させて放置だ。あとたまにアル君みたいなのを巻き込んで追跡を逃れてる」
「ああ、そういうこと……」
「バーグもそうすればいいだろ。人造人間を回収してるから、どこぞの聖獣様がするようにそれを嗅ぎつけられてるんじゃないか?」
ブレンが言っていることはもっともで、安全を確保するなら人造人間は回収せず放置する方が賢明だ。
あまり褒められたものではないが、死を偽装して追跡を振り切るのも1つの手だった。
「……そもそも協力をあおいでおきながら、そういう待遇するのは……」
目的に効率を求めて合理的に行動するブレンと、危険を承知した上で自分の好奇心を大切にしているバーグとで指摘をしづらいぎくしゃくが存在している。
そう感じたアルだった。