#141 剣士と鍛治職の奇妙な信頼
「ちょっとぉ! 誰でもいいから助けてよー!」
「バーット!」
「やば、バーグさん忘れてた」
アルは救出に向かおうとするがその逃げ足は速く、とても追いつけたものではなかった。
中距離での攻撃手段はあったがアルの腕では誤射の可能性が極めて高かった。
「私が行くわ」
「おお、ツバキ……!」
救出に名乗り出たのは意外にもツバキ。
終焉の能力が1つ、『瞬間移動』でバーグの元に辿り着く。
「とうっ!」
「べふぅっ!」
ツバキが飛び蹴りをかましたのは獣人ではなくバーグだった。
「なにしてんの!?」
「ちゃんと引き離してやったわ」
「安全は確保したけど、そういう意味じゃなくって!」
アルにそう返事をしながら片手間で獣人を処理したツバキは、そのままバーグの胸ぐらを掴む。
「闘えないフリはやめなさい?」
「へ? な、なにかな?」
「神器の匂いはアンタからもしてたのよ」
「ツバキの奴……『獲物』を横取りされないようにって魂胆だったのか」
ツバキの行動は伴侶の行方を追う手がかり逃さないためで、決して善意によるものではなかった。
「あの獣と違って交渉の余地はあるわ。ただし例外もあるけど」
「待って待って! ほら、僕らは仲間内で四竜征剣を持って回すからそのせいだよ! 今は1本も持ってない」
「あー……あのオルキトも確か……」
そう言われてツバキはオルキトの前例を思い出していた。
四竜征剣を持っていた痕跡は嗅ぎ分けられたが、実際に抜かせないと有無を判別をできなかった。
「ならまたリリースね」
獣人の群れに放り投げて嫌でも抜刀させようと試みたツバキだったが、アルとブレンにより既に事態は収束していた。
ツバキは不機嫌そうに鼻を鳴らして、バーグを解放してやった。
そのバーグはよろよろとブレンの方へ逃げていく。
「ブレン……あ、あの聖獣の協力は期待できないよ」
「かと言ってこのままだといちいち邪魔をしてきそうだ。ジェネシスの拠点を叩く、そのだいたいの目的は一緒だってのに」
困っていたのはブレン達だけでなく、アルもツバキにいつ予想外な行動をとられるかが気がかりであった。
「参ったな……いかにして潔白を証明するか」
その場しのぎだが、食べ物を与えて言いくるめるきっかけを作ろうと懐を探ったところ、アルは切り札があったことに気づいた。
だがそれを切るにはいろいろとリスクが伴い、そわそわしているとブレンがその様子に興味を示し、互いに目が合った。
「ちなみに聞くけど、本当に1本も持ってないんだよな?」
「んー……『聖獣様の目当て』はね」
「はあ。意地の悪い言い方だ」
アルはブレンの言葉を信じて、ツバキに話を振る。
「ツバキとしては神器の有無とその詳細がわかって、そうして開闢のうちの1本が無ければ、それ以上無駄に手間を取りたくない、でいいか?」
「贋作は処分しておきたいけど、まあ決して必須の目的ではないわ」
ツバキがワッドラットまで出てきた目的をしっかりと確かめたアル。
横から『できるならしてほしいけど』と挑発にも聞こえてしまうブレンの小言があったが、必死に身を挺してそれを防いだ。
「1つ約束をしてくれればいいものを渡してやる」
「なにかしら?」
「それを使えばこの事態に全て白黒つけられるものだ。けど、目当てのものが無ければ暴れないって約束」
話を真剣に聞いていなかった様子のツバキの返事ははっきりとしていなかったが、できることが限られているアルは、『鑑定眼を補う眼帯』を渡してやった。
その性能は、ツバキの終焉の四竜征剣さえも見抜くほどの実績を持っている。
それを受け取って装備したツバキは、半信半疑ながらアル、ブレン、そしてバーグを鑑定した。
「……なるほどね」
『何もわからない』とツバキは騒がなかったので、アルはまず眼帯がうまく機能したことに安心した。
しかしツバキの暴走は防ぐことができなかった。
「後ろからぁっ!?」
バーグが背中からの衝撃に耐えられず地面を転げ回る。
それはツバキの仕業で、落ち着いて腕を組んだままおとなしくしていると見せかけ、分身を背後に瞬間移動させておき、油断していた背中への一撃だった。
「痛い……なんでなの……」
「ふん。確かに目当てのものは無かったけど、嘘をついたことは許せなかっただけよ」
「嘘、って……つまりは」
ツバキに足蹴にされたバーグに同情しながら、アルはブレンをじろりと見る。
「問い詰めるならバーグにしてくれ。嘘をついたのは彼の独断だし」
「……薄情だな」
「信頼してるから、と評価してほしいな。もし僕があの立場であったとして同情されてたら、それは侮辱とかの失礼な行為と受け取る。あれこれ世話されないといけない子供じゃないんだから」
「子ども扱いをされる、か。まあ一応なんとなく言いたいことは理解はできる」
長い付き合いというブレンの、干渉し過ぎない、ほど良い距離感の関心を秘めたバーグを見る横顔を目にしながら、アルは頭によぎった質問をした。
「ちなみになんの四竜征剣を? 匂いは消さなかったみたいだし、実体も消さなかったとなると……」
バーグはツバキの鼻による追跡を振り切ろうとも、タネがわからなければ無敵に近い、物理的な干渉の無効化しもなかった。
そのため、ウラの一式であるバリアー・キウ、ソクの可能性はほぼ無くなった。
「勉強熱心だね。そんなに知りたい?」
「別にそういうわけじゃないが」
ブレンは意味深な笑みを見せる。
腹が立つまではいかなかったが、アルはひとまずツバキから眼帯を返してもらおうとする。
それから所持しているものを暴くかどうかは、慎重に判断をするつもりでいた。
「こんな便利なもの、手放すにはいかないわ」
「うぐ……」
眼帯はツバキの懐に入ることになった。
その横暴な態度にしぶしぶ従ったアルだったが、やはり不明の情報を抱えていることはどうしても不安になって全身がむずむずしている。
目的は一緒だったが、あくまで仲間でないという体でアル達とレジスタンスは距離を置きながらジェネシスの拠点を目指すこととなり、アルの緊張はいよいよ高まってきた。