#140 遠い祖先と森羅万象の主
「まず世間一般の認識として『四竜征剣』、もちろんオモテの一式はとある冒険者が全てを揃えて、その一族が代々受け継いでいるとされている。暇があれば知り合いの冒険者に聞いてみればいい」
「この状況でその言い方だと……」
アルが何を考えているかはっきりとわかっていたブレンは、めんどくさそうに頭をかきながら頷く。
「僕の遠い祖先がそれにあたる。そしてそれらにまつわる記録、例えば強制的に昏睡させる機能についての研究結果も見つかっている」
「あ、そうだ。俺やオルキトは無事だったけどあれはどういうことだったんだよ」
『なんの話?』と事情を知らなかったツバキ。
アルは、オモテの一式を一度に目撃させると昏睡する者とそうでない者がいることを説明した。
「それは簡単なことで、ついさっきちょうどいい言葉が示されたから使おう。いわゆる『神器』を1本でも所有したことがあるか否か。それが……『耐性』とでも呼ぼうか」
「そうか。それは確かな事実だな」
耐性はおよそ日常生活で得られるものではなく、ひょっとすればフィーネの被害は尋常なものでなくなっていたかもしれなかった。
「それでブレンもその注意を踏まえて、例えば1本ずつ手にしたんだ」
アルの推理に「ううん」と首を横に振るブレン。
「それ以前に、うちで管理できていたのはダースクウカだけ。ただその1本だけだったんだ」
「どういうことだ? なら残りのはいったいどこから出てきたんだよ」
「僕が集めたのさ。祖先の誰かが放り捨てていたのをいろいろと調べて」
「捨てていた……? あ、失くしたとか盗まれたとかじゃなくて?」
ブレンの言葉を疑ったアルだが、それは否定された。
「その祖先が確かに手放したという記述が日記にあったんだ。1つは船である海まで出てそこで処分、また1つはどこかの『地獄』と呼ばれる深い谷底に。そしてまた1本は溶岩が溢れる火口に捨てていた。いずれも神器にまで至った武器がために何事も無く、やがて探索専門の冒険者によって回収され、その界隈であちこちを転々としていた」
「ジェネシスとはまた違う、あまりにも度を越している非人道的な武器を専門にする商人のことね」
「なんて物騒な肩書きなんですか……」
アルはバーグの補足に顔をしかめた。
「ん? でもそうだとしたら、敵対するのはその商人で……なら、その時点ではジェネシスの存在は確認できてなかった?」
「ああ。商人は──きちんと処理してたからさ」
「処理とは」
「細かくは省くけどいろいろさ。まあ君の言う通り、懲りずに商人が差し向けてきたかと思ってたらやがて全く別の組織であるジェネシスと発覚した」
「あの、脱線しそうだからちょっとごめんね……」
敵対しているジェネシスについてはすでに明らかであり、その話題を無駄に広げたくないのかバーグが2人の間に割って入る。
「四竜征剣を揃えてかつての祖先と同じ状態になったブレンはまた、その人と同じ悩みに直面したんだ」
「悩み? さっき話してた、四竜征剣を捨てるに至るまでの?」
間を取り持ったバーグは、大切なところでブレンに取り次ぐ。
「『誰もかれもが強大な力を正しく評価できておらず、いつも無茶なことを要求してくる。いつからだろうか私は《森羅万象の主》……四竜征剣あっての存在となっていた』。そう、日記によると……強大な力、つまり四竜征剣により過剰な能力を期待され、それまでに得ていた肩書きもやがて霞んで全て取って代わられてしまった。例えば君を『ジフォン生まれジフォン育ちのアリュウル・クローズ』じゃなく『ジアースケイルの冒険者』と呼ぶようなことさ」
「……決していい気分ではないな」
「そう思った祖先がさっき言った過激な行動をとった」
「過激ったって、そのブレンも同じ考えを持ってるじゃないか」
「日記の内容に全く興味が無かったわけじゃないからね。『壊せない武器』だなんて」
四竜征剣を探す過程で、廃棄された場所がおおよそ一致していて今もなお破壊されておらず健在であったことから祖先の研究記録に信憑性があったとブレンは判断していた。
「決して祖先の遺志を継ぐつもりではないことは無い。けどいろいろ厄介な存在だからケリをつけておきたいんだ。で、長い付き合いになるこのバーグやヘキサスとで『レジスタンス』を組んだ。本来の目的はジェネシス撲滅なんかじゃない」
「……正直僕は職業柄、別の手段を探ってるけど。せめて昏睡をさせてしまう機能を無効化させられれば」
「意外な発見があるかもしれないから研究はそのままよろしく頼むよ」
その手で武器を打つ鍛冶屋であるバーグは、神器たる四竜征剣の破壊に前向きでなかったようだが、ブレンもそれを承知していた。
「さて、これで話は以上だ」
「じゃあジアースケイルを……」
「いいえ、報酬は後払いよ。拠点を攻略してから」
ツバキがアルの服を引っ張ってブレンとバーグから引きはがす。
「おい。僕には得物がこれしか……」
「十分じゃない。むしろ贋作未満の代物を振り回されてても困るわ」
「ふうん……ねえ、やっぱり決着をつけておこうか」
しばらくは落ち着いて話をできていたものの、わずかなきっかけで再びツバキとブレンの間でぴりぴりとした雰囲気が漂い始める。
「バット!」
「うるさいわね!」
「バ!?」
突然の奇声。
ツバキはそれをばっさり切り捨てる。
「待って!? 獣人だよ、コウモリの!」
「バーット!」
「ひいい!」
一目散に逃げだしたバーグを通常よりも強化された個体、有翼のコウモリ獣人が追っていく。
「騒ぎ過ぎたか……」
「わっ! まだうじゃうじゃ出てきた」
初めの1頭を皮切りに十数頭近いの獣人が姿を現し、アルはジアースケイルを地面から抜く。
「地中から……?」
「今は説明省かせてくれ。『セイス・コメット』! はあっ!」
落ち着いている様子のブレンとは対称に、吠えたアルの放った燃える拳大の隕石が獣人を次々と撃ち抜いた。
「……なるほど。そういう闘い方があるのか」
「ブレン! ツバキは期待できないから、バーグさんを頼む。これだと力加減が難しいんだ。巻き込みかねない」
「ね、すごい今さらだけど」
「なに?」
「会った時から君はなんでため口なんだ」
「本当に今さらだな!」
「そういえば私もじゃない」
「どこで意気投合してる!」
ブレンにツバキは些細なことだがアルに追及の目を向ける。
「とりあえず今はこっちの対処、バーグの救出か。ふっ!」
「ああ、『セイス・ニードル』!」
銀の太い棘が獣人の腹を貫いて、瞬時に灰とさせた。
「はっ!」
「『セイス・メルト』!」
先に出現させた棘を融かし、獣人を包み込んでそのまま押しつぶす。
「たああっ!」
「『セイス・イグナイト』!」
切っ先から炎が弾け、それは連鎖して獣人の全身を焼いた。
「……なあ、さっきからなんで奥義の1つも使わないんだ?」
かけ声を除けばずっと大人しかったブレンにアルは素朴な質問をした。
「使い方がわからない」
「はい?」
「まともにダースクウカを扱ったのはいつ以来かな」
すました顔でそう言い放ったブレンに、嘘をついている様子は微塵も伺えなかった。