#139 人の業(わざ)と神の域
「なんだったかな……『バーグ・ソドル』」
アルはその名に、少なくともジフォンで聞き覚えが無かったのは確かだった。
なので冒険者になった最近の記憶を辿る。
「そもそも俺がジフォンを出たのがブレンの行方を探ってたからだ」
記憶の中でも特に、ブレンにまつわることに絞るとすぐに該当するものが見つかった。
「リワン村の家を焼かれてた……」
「……そうです」
「あ……そのー、ご愁傷様です」
アルが確認していた限りだが、数少ない一般人への被害者の1人であった。
(もちろん元冒険者だったらしいが、鍛冶屋という非戦闘職なので一般人とアルはみなした)
「家を焼かれて剣も折られたのか……可哀想に」
「折ってない。斬った」
「やったことは一緒だ! ほら、まずはちゃんと謝れよ」
「素性がはっきりしない奴等を信じたりはしないわ」
「それはな……」
「贋作を悪用するジェネシスとは違うらしいけど、その男が言ったこと。『贋作を壊そうとしてる』というのをアンタは知らなかった様子だったじゃない?」
「あー……」
ブレンのその過激な発言は、ツバキだけでなくアルも確かに気になっていた。
「僕も聞きたいことがあるよ、聖獣様。バーグが把握できていない四竜征剣があっただなんて」
「四竜征剣は旦那様と私の2組だけよ。贋作の話は知らないから」
「また『旦那様』の一点張りかい。できたら……これ以上は体力を消耗したくないんだけど」
「ちっ、こっちも忙しいのだけど」
ひいっ、とバーグが悲鳴を上げて震える。
ブレンの握ったダースクウカにぎりりと力がこもっていたのだ。
「ぶ、ブレン! 仮にそれが壊れたとしても、そうなればブレンが無事じゃ済まないから! 落ち着いてよ……ほら、アル君だっけ、そっちもその子を止めてくれよ」
「あ、ああ、はい……」
ブレンの剣が折られているという事実は、ツバキとの交戦があったことの証明だった。
それは偶然か、アルもバルオーガの屋敷で同じ経験をしていた。
その時アルは一旦はぼろぼろに叩きのめされた。
しかし一方でブレンはというと、服に多少の汚れがあるぐらいで目立ったケガは無い。
冒険者ごっこの自身と比べるなどとおこがましいとアルは思っていたが、ツバキを相手に戦意を失わずにいることからブレンの実力がおおよそ計り知れた。
「……ツバキ、ジェネシスなんかよりかは話が通じる。今は剣を収めよう」
勝負に手こずったことが腹立たしかったか、そこにアルまで介入してきたことに不満をあらわにしているツバキ。
すっかり意地になって『邪魔よ』とアルを押しのけ、ブレンとの衝突は避けられそうになかった。
「……焼き芋」
ツバキの小さな肩がわずかに硬直した。
「そこにクリームをたっぷりかけると美味いぞ。あんこだっていいなぁ」
「……あんこ?」
「知らないのか? あずきを甘く煮るんだ」
ツバキが興味を示している隙を逃さずアルは畳みかける。
「けどジフォンだけの文化らしいな。ここらじゃどこそこのアルさんしか作れない」
「……ああ、もう」
『私は待つだけ』と、ツバキはアルに、世界を創成したという神であるツバキの伴侶についてブレン達と話す機会を与えた。
「──というわけだ。人間が作ったのはツバキにはあくまで贋作扱い。本来はオマージュと呼ぶべきなんだけど、まあそこは置いといて」
「開闢に終焉ね……彼女の、後者の一式の能力はだいたい理解してたけど……」
「『一刀両断』。絶対破壊の能力のはずが、ダースクウカを壊せなかったのが不可解って?」
「ああ」
アルは逆に聞きたいことがあったが、ブレンにバーグの注目がツバキに向かっていたのでひとまず控えておいた。
「なあツバキ。どういう仕組みかわかるか? まさか意識して壊さなかったこともないだろ」
「ええ。贋作は頼まれなくても粉々にするつもりよ」
「だよなぁ……」
愛すべき伴侶の作品、その贋作ということで四竜征剣と聞くだけでツバキは不機嫌になる。
「考えられる理由なら1つあるわ」
「なんだ?」
「贋作と言えど、それらの力が神の域に達したことで『絶対破壊』の対象から外れたから、かしら」
「神の域……絶対破壊の対象外?」
「旦那様、つまり神が創り出した武具は神器と呼ばれ、人間が認知できるこの世界とは別次元のものなの。そして絶対破壊を有する終焉の1本の力が及ぶ対象は、この世界のものに限られる」
「なるほど。まだ憶測に過ぎないけど、人間が神器を創り上げてしまったんだ」
「ふん。認めたくはないけどね」
アルと比べてブレンは、ツバキの話を聞いて神器の存在を理解し、ダースクウカをまじまじと眺めていた。
その黒い宝石のような光沢を目に映したブレンの目は不気味だったが、アルはおそるおそる声をかける。
「それで、ブレンはそんなに貴重なはずのものを壊したいのはなんでなんだ?」
四竜征剣に対するアルとしての評価は、抜刀する度に注目を集め日々の平穏が脅かされているのも確かだがその反面、驚異的な力をもたらしてくれるため必ずしも悪だとか厄介というものではなかった。
それだけに、いっそ壊してしまおうという、ブレンの極端な考えの真意をずっと知りたがっていた。
「君は知らなくていいことだ」
ブレンの口調はいつかのユンニで再会した時のもので、ジェネシスとの騒動へ巻き込まないためにあえて厳しく突き放すそれだった。
「あのー……ブレン。彼がジアースケイルを持ってるのは確かなんだよね」
委縮しかけていたアルの味方をしたのはバーグ。
交渉の材料を握られていることを、アル達に見抜かれてしまうリスクがあったのにそれを口にした理由とは。
「それがあれば街に寄らずに武器を直せる」
「……なんだって?」
「なんならここですぐにも」
アルにははっきりとブレンの弱みが見えた。
しかし明らかな敵であるジェネシス相手ならまだしも、数えるほどだが借りがあるレジスタンスに脅すような真似をするのはアルの良心が許さなかった。
そんな真似ができたのはおよそ人外の存在だけだ。
「ふふふ、コイツの贋作を欲しているらしいわね。私は話には興味ないけど、少なくともその腕を認めているから拠点の攻略に手を貸しなさい」
「ツバキはさぁ……」
「ブレン、どうだろう。目的が一緒みたいだし協力を考えてみない?」
ツバキ、アル、バーグの様子を見たブレンは一考して、やがて口を開いた。
「人造人間の顔だけに聖獣様には腹が立つけど、いいさ。減るもんじゃないし聞かせてあげよう」