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#135 切り札と未知の階層(クラス)

 ぎしぎしと鳴る井戸の縄、それを使って地上に現れたのは、アル達の予想していた通り軍服の少女だった。


「ほぼ確実にクロだな」


 少女と言えど井戸は狭く、足を壁面にかけて力を込めようとも体勢的に逆に苦労をする。

 腕の力だけでロープを伝って深い井戸をよじ登ってくるなど人間業ではなく、なにかのからくりがあるのは確かだった。


「始末の対象ね」

「聞いてたろ。『強制停止機構』がついてるんだ、それを使う」


 ツバキの分身能力を含めば頭数は3対1でアル達が有利。

 否が応でも活動を停止できる機構という決定的な弱点の情報もあって、焦らずに敵の規模を伺う。


「あれ、おかしいですね。ヴンナの声が聞こえたと思ったのですが」


 少女はがちゃがちゃと前腕部の滑車を取り外す。

 そして肩の後方に折りたたまれていたヒトの前腕部と取り換えた。


「……もう真っ黒だな」

「ジェネシスはアホしかいないの?」

「そ、そうとも言えない。まだ早計だが、賢くない語尾が今のところ確認できない……」


 証明にはまだ至っていないが、ガド階層(クラス)を名乗ったヴンナとギンナに共通する、知能を得るためには背負わねばならないであろう間抜けな語尾。

 まだ短い独り言だけしか確認できていないアルは少女の階層を、少なくともガドではないかさえも判断できていなかった。


「困りました……こういう時に獣人さんの助けを借りられればいいのに」


『ん、今は獣人がそばに潜んでいないのか? って、そうか。それなら井戸を出ずに辺りを探させてるもんな』


「そうです! よく考えたらこっちの出入り口を使うなんて無いじゃないですか。はあ、聞き違いだったんですね」


()()()()……なるほど。別で出入りしやすい場所があるんだな』


 拠点攻略の有益な情報を図らずも得たアルは、やったぞと言わんばかりにツバキと顔を見合わせた。

 そして井戸へ戻っていく少女を見届ければ無事にその場をやり過ごせる──はずだったのだが。


「はっ! よく考えたら上に来た時はふたを外されてました……まずいです、誰かに見られていたのでは……?」


 井戸のふたを手に取った瞬間、少女の勘が働く。


「急いで警戒するよう報せましょうか……いえ、引き返してまた井戸で無防備になって、桶じゃなく今度は踏んづけられでもしたら対処できません!」


 井戸の淵に片足をかけたところで少女は踏みとどまり、焦った表情で周囲を警戒する。


「独り言うるさいわね」


 迫真の一人芝居で慌てっぷり表現する少女を冷たく評価するツバキ。


「それで、どうするの?」

「ほっとくわけにもいかないだろ。あのままにしとくと俺達以外の誰かが危険な目に遭う」


 井戸の周りでうろつく少女は獣人を引き連れていなかったので、アルとしては姿を消してその場を去れば追跡の心配は無かった。

 加えて、そこへ張り付けたままでいられる。

 しかしもし事情を知らぬ一般人が通りかかったとしたら、ヴンナが手を下した、かのゴブリンのようにけがやそれ以上の被害を負う可能性も無視できなかった。


「……例の切り札を使う前に、少し試したいことがあるんだ。ツバキ、頼まれてくれないか」

「そんなことより」

「話の流れを切らないでくれ……」

「そんなことより」

「……はい」


 強制停止機構を作動せざるを得ない雰囲気が漂ってきて、アルはただ活動停止させるよりも得られるものがないか提案したかったのだが、ツバキは頑なにそれを聞かない。

 結局ツバキの圧に負けたアルは意見を聞くことにした。


「さっき判明してた、井戸とは別の出入り口を探すつもりなんでしょう?」

「ああ、そうなるな」

「だったらここは任せなさい。そうね、街中に限ってたから成果無しだったけど、広い範囲にして獣人とやらにも目撃情報を拡げればある程度手がかりが出るはず。人手なら分身を同行させるわ」

「助かるけど……時間は稼げたとしてもここに人が来るまでだからあんまり期待できなくないか?」


 ツバキは1体の人造人間を活動停止させたことの異変、それが相手の組織に伝わるまでの時間を稼ぐと言うがアルはその効果を疑っていた。


「あっちの根気が尽きるまで平気」

「向こうから引っ込む方が先だって? 根拠は」

「ええ。例のからくりは一切使わないから。代わりにここに寄ってくる人間を追い返せばいいんでしょ?」

「物騒過ぎるわ!」

「誰かいるんですか!?」

「あ、やば……」


 アルの不注意により少女に気づかれてしまう。

 その始末としてツバキの拳骨が飛んできた。

 きちんと悲鳴を上げないように胸ぐらを掴んで首は絞めてある。

 今も獰猛な野獣の目つきで睨まれている。


「つ、ツバキ……さっき言いかけ……てた……」

「私に聞く責任があるの?」

「今朝の焼き芋の借りぐらいは……」

「……ふん」


 アルを台車の陰に残したまま、ツバキは少女の前に立ちはだかった。


「……! ああ、ヴンナ!」

「ええ、私はヴンナよ。今戻った……ぺゆ」

「よかったです。最後の燃料補給から一夜を明かしているので活動停止が心配でしたが……ふう」


 肩肘張って緊張していた振る舞いだった少女は、仲間の姿を見るとじわじわと穏やかな表情になっていく。


「ヴンナ、どこか故障ですか? そわそわしているようですが」

「気にしないで……しなくていいぺゆぅ……。ち、近づかないこと!」


 アルの指示により正体を偽っているツバキは語尾もきちんと真似て、恥ずかしさでいらいらしていてボロが出そうになると5、6歩ほどの距離を維持するように手を突き出す。


「それより……」


『頼むぞツバキ……いや、ジェネシスか……』


「あなたはカンナだったかしら?」

「私ですか? ピンナはピンナですよ……?」

「……アマラ階層のピンナ」

「ピンナはパルパ階層なのです……アマラ階層ならカンナですってば」


 アルの期待はまたも儚く消え去った。

 そして階層と名前が判明した謎の人造人間改め、パルパ階層のピンナは目の前にいたヴンナに不審な顔をする。

 そのヴンナの偽物、ツバキはテンポの悪い会話になんとか怒りを抑えて仏頂面に落ち着く。


『前のヴンナもそうだったが、間違えたことを聞けば向こうはきちんと訂正してくれる。残りの情報も引き出して、最後には一番の頼みを聞いてもらおう』


 姿を消したアルはツバキの耳元でそう囁く。

 一番の頼み。

 可能ならば拠点の別の出入り口まで案内をしてもらおうという魂胆だった。

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