#134 特定と暗闇からの声
街に出たアル達は絵をもとにヴンナの拠点らしき場所を探す。
「この辺りは畑ばっかだからどこそこだ、とははっきり言えないねえ」
アクセサリーを取り扱っている店の、アルより少し年上らしい女性は難しい顔でそう答えた。
「ねえねえ、私といつも一緒にいる人は見なかった?」
「あなた……と?」
ツバキは可愛らしく首を傾げて、上目遣いで尋ねる。
「んー……お母さんのこと?」
「性別、年齢は問わないとする」
「ど、どういうこと……」
「心当たりがないなら大丈夫だよー」
「なんかごめんね……」
意味不明な注意事項に困惑していた女性と別れ、アル達は次の店に目をつける。
「人造人間そのものを生んだ存在を探す必要はあるけど、これ意味ある?」
「だから無理強いはしてない。けど」
「なによ」
「1発目で飴もらったから次を期待してるのはツバキじゃん」
次に声をかけたのは果物屋の高齢の夫婦。
「うちは商品を卸しているだけだからなあ。農家の顔は知っとるがどの農園までは知らんのう」
「可愛いお嬢さんだねえ。これ持ってく?」
成果は、ツバキがオレンジをもらっただけに終わる。
次は細身の男性店主がいた乾物屋を訪ねる。
「うーんと……確かこのかかしは見覚えがあるよ。この道を先に行った農工具を扱ってる店の息子さんの畑だったはずだ」
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
「お嬢ちゃん、一口食べてみるかい? まだ小さいのに干物なんて渋いのに興味あるんだね」
すっかり関係者探しなど忘れ、愛想を振りまくことで効率よくものをねだれると覚えたツバキは店主の厚意に甘えて与えられるままに干物を味わう。
「……すみません、ちょうどいいのでいくつか買っていきます」
日持ちはするのでいざという時の携帯食として、アルはツバキが気に入ったものを購入した。
そしてその店主から聞いた証言を手がかりに、何軒か他の店も寄りながら目当ての店に到着する。
「ああ、待ってな。簡単な地図を描くよ」
運がいいことに仕事仲間のつながりで他の絵の情報もいくつか教えてもらったアル達は、店主の男から受け取ったメモ書きを頼りにして、聞き取りは一旦切り上げて街の外に出た。
「見事に畑だけ」
「だな」
「これのどこに悪の組織の拠点が?」
「んー……悪の『あ』の文字とは無縁のいい風景だこった」
辿り着いた先で目にしたのは見渡す限りの緑一面。
指でフレームを作り、ヴンナが描いていた絵の通りに合わせると思わずため息をついて、アルはその風景に思いをはせていた。
そのままぐるりと回ってみても、絵には描かれていなかった建物があったわけではなくまっさらな畑か果樹園かが広がっていただけだった。
「……まだ候補は残ってるし次行くか」
「顔を見て言いなさい。どうせ期待できない、って気づいてるんでしょう?」
「う……」
先にツバキとは打ち合わせていた、燃料を生産する設備を備えた建物、そして言わずもがな必須の、獣人を目立たないように何体か管理できるような規模のものは、手にしていた地図の目印が全て見渡せるほど見晴らしのいいそこでは1つとして見つかっていない。
「今一度探し方を改める必要があるわね」
買ったばかりの干物を頬張りながら、ツバキはやれやれとそばに見つけたあばら屋へ歩いていく。
休んで水を飲むためで、上に伏せてあった木の板をどかして井戸を覗き込む。
「……水の汲み方って知ってる?」
「知らないのか……」
アルはツバキが井戸に落ちないように下がってもらい、それから桶を投げ入れる。
「……今なにか言った?」
「ん? 別にこれぐらいのことで文句は言わねえよ。意外に見えるけど、アルさんはのどが渇いてる奴にはいつも優しくしてるし」
「つまんない冗談はいいから」
「あ、そう……おっ、おいおい、そんな覗き込んだら危ないって」
「しっ!」
ツバキは身を乗り出して井戸に向かって聞き耳を立てていて、アルも身を屈めてそれに加わる。
「……たかったですぅ……」
「ねえ、誰かいるんじゃない?」
アルとツバキはともに、微かだが深く暗い井戸からの声を耳にした。
そして思い切り桶を投げ入れてしまっていたためにアルは嫌な汗をかく。
「ほら、謝っときなさいよ」
「人がいるかもしれないを想定できるか! ここは子供がやったことにして許してもらうんだって……」
「うわ、せっこ。事故の可能性を考えなさい」
「あー、そっか。ならー、じゃあなくて、いずれにせよ早く救出しないと!」
「待った。私がふたを開けたわよね?」
アルを急かしていたはずのツバキだったが、なにかに気づいて手でアルを制する。
「そうだけど、責任の追及は後にして……」
「落ちた後、ふたをされてるのよ? 気を失っていた可能性もあるけど、必ず助けを求めたはずなのに、それを無視した輩がいるかもしれない」
「……事故じゃなくて事件のおそれ?」
アルは改めて被害者の安否を確認する。
同時に、そもそも誰もいなかったことにも期待していた。
「おーい。誰かいますかー」
アル達はしばらく耳を澄ますが返事は無かった。
「……ほら、ふたをきちんとされてたから誰もいなかったって。空耳だった──」
「誰かいるかしらー?」
「まあ最後まで確認するのは別に止めたりしないけど……」
再び耳を澄ませて反応を伺うアルとツバキ。
「……その声、やっぱりヴンナですかー? おかえりなさいですー」
「……」
「ヴンナ? どうかしましたかー?」
少女の声が響く井戸の脇で、自らに人差し指を向けて首を傾げるツバキ。
その目の前にいるアルは口を塞ぎながら空いていた手で、じっとしろ、というジェスチャーをする。
「おおお落ち着け。ヴンナがあっちを向こうと勘違いしてるみたいだ」
「アンタが落ち着くのよ」
「地下……地下に拠点があったんだ」
「ええ。耳が優れてるのがいるのか、仲間の声を聞いて拠点につながってるらしい横穴から顔を出したらアルに桶を投げつけられた。普段ならあり得ない事態だけど」
「事実だけ言えばそうだけど……どうだ? まだ獣人はいないみたいだな」
井戸に大きな変化が見られないうちに、アルは前回の例を参考にして地表や空中の様子を見る。
こちらも大きな異変は無い。
「出直そう。まだ向こうの全貌がわかってないから、対処しようにも下手に騒ぎを起こすだけだ」
わかっている情報は、ヴンナの声に反応を示した1体がいて、それが横穴らしきところから覗いている。
ただそれだけで、すぐそばにまだ獣人などが控えていたり、横穴は想像よりずっと広がっているかもしれないのだ。
「ならきちんと。一旦身を隠して相手の様子を最後まで確認するわよ」
「退くのはきちんと撒いたことを確かめてから、ってことだな?」
アルとツバキは近くの台車に身を潜めていると、ぎしぎしと井戸に垂れていた縄が音を立てる。