#133 アルとツバキのパーティ結成
「入るわよ」
「うわああ!? の、ノックをしろぉ! ビビるだろうが!」
上等な宿で一夜を過ごし、ゆっくりとくつろいでいたアルは壁抜け対策を怠っていた。
そのため、突然のツバキの訪問に悲鳴を上げる。
「というか朝早過ぎない? イヌの癖が抜けてないの?」
「これがアンタの最後に迎える朝ってこと?」
「はいすみません……それにしたって早いぜ?」
アルはカーテンを開けて外の様子を見るが、まだ日の出から間も無いほどだ。
「昨日は昼寝し過ぎたからなんか眠れなくなった」
「可愛い理由すね」
「あとお腹空いた」
「レストラン開くのまだ時間あるんだが……」
「まあ仕方ないから、保存食とか無いの?」
「冒険者ごっこに期待しないでくれ」
アルは冒険者の標準装備すら無かったことを遠回しに伝えると、残念そうにため息をつくツバキ。
「どうせキッチンに入っても調理されてないものしか無いだろうし……」
「待て待て。ここは屋敷じゃないんだから盗み食いはだめだ」
ツバキを何とか説得し、わずかな期待を込めて街の飲食店が開いていないか周ろうとロビーに出た。
「当然お土産の店も閉まってるか……お?」
ロビーの隅の小さな土産屋の前には、しまい忘れの野菜がいくつか値札とともに並んでいた。
「どうせ食器も無いんでしょ? 買えたとしても結局無駄よ」
「いや、これならその必要は無い。それになにより」
「なにより?」
「唯一の俺の得意料理だ」
「その赤い……芋が?」
アルが受付にいた女性に交渉し、土産屋に代わって会計をしてもらうとついでに、捨てる予定の新聞紙もタダでもらった。
それから周辺の道を尋ねて、火を使ってもよい空き地を探してそこへ向かった。
「ジアースケイル」
アルは空き地にて抜いたジアースケイルを地面に寝かせ、その刀身にあらかじめ生成しておいた石を積んでいく。
「……まさかそれがコンロ?」
「おうよ」
「じゃあ私、二度寝してくるから」
「寝られないんだろ? ましてお腹空いてたらもっとだ」
「はあ。火にあたるぐらいは付き合うわ」
暇そうに髪をとかしているツバキをよそに、アルは芋を熱した石の中へ投入してひっくり返したりしながらしばらく様子を見る。
「……すんすん。甘い……」
「さすが鼻が利くな。もうそろそろか」
アルは芋が蜜を出し始めてよく火が通っていることを見極めると、何重と折りたたんで袋状にしていた新聞紙で石の上から取り出す。
「いただきまーす」
「あ、先に食べたわね!」
「はは、冗談だよ。しかし興味津々みたいだな。ほら熱いぞ」
アルは細長い芋を2つに割って、簡単に皮を剥いてやった1つをツバキに手渡す。
魅惑的な匂いを放つそれを眺めていたツバキは、じろじろとアルがその様子を見ていたことに気づくと、そっぽを向いてよく冷ましてから一口食べる。
「……自然な甘さね。得意と言うだけあって悪くは無いじゃない」
「まあな。焼くだけだし」
「この蜜を入れて、でしょ」
「……? 俺がいつ入れた?」
「まさかそんなことするとは思わないからじっとは見てないわよ」
「いや、てか俺財布だけで手ぶらだったじゃん? それに、そんなものあったら腹減ったなんて言われた時に渡してたよ」
「ね、ねえ、じゃあそれもそれも早く取って」
ツバキはアルを急かして、保温状態にしてある芋を手に取って割らせる。
しかし不自然に何かを注入された痕跡は見当たらない。
「本当にただ焼いただけ……?」
「ジフォンだけなのか? まんま『焼き芋』って料理だ。これだけ甘いのは珍しいがな。ワッドラット、いい芋を作ってる」
「焼き芋……なんて料理!」
はふはふと夢中で焼き芋を頬張る少女に、つい微笑んでしまうアル。
だがその中身は、武闘派錬金術師のオルフィア含め何人かの手練れの冒険者を叩きのめしてきた猛獣だった。
「見た目は無害、けど剣の腕は立ってついでに人間以上の能力も備えてて……性格だけが致命的な欠点だな」
「ね、もっと作りなさい、早く!」
甘味に夢中だったツバキにアルの小言は聞こえていなかったようで、鼻息を荒げて次の焼き芋を催促をしていた。
「……食い物をちらつかせば機嫌取れるみたいだな」
屋敷の台所に盗み食いに入った時もだったが、ツバキは特に甘いものに揺らぐことを1つ学んだアルだった。
やがて時間が経って宿のレストランも開くと、焼き芋をたっぷりと食べたのにツバキは朝食もしっかりとる。
ただ想定外のことがあって、ツバキが食器の扱いに慣れておらず、早起きをしてレストランに一番乗りした割に出るのは最後になってしまった。
理由は手掴みの食事形式による生活が長かったからだが、周囲には少女の姿が免罪符となり微笑ましく見られるだけで済んだ。
そんなアル達はワッドラットでの作戦を始めるにあたり、部屋での打ち合わせを始める。
「スケッチブック自体は預けてもらえなかったけど、そこにあった風景の簡単な写しはもらった」
アルは昨夜、渡された金の整理をしていたところ風景画も同封されていたことに気づいていて、それをツバキと囲む。
「結構量あるけど、全部1日ちょっとで支度できたのか……手描きじゃない?」
「まあバルオーガならそれづらいの伝手はあるでしょ」
「後ろ盾もすごいのに欠点がでかすぎる」
「あ? なんの話?」
アルはバルオーガの助力に感謝し、絵は周辺住民への聞き込み等に利用することとした。
「ツバキ、捜索は聞き込みのついでに匂いでもしようと思ってるけどできるか?」
「それだけど」
「どうした?」
「私が今モデルにしてるヴンナの所持品の匂いは覚えてる。けど昨日今日と少しこの辺りを歩いてみて期待はできないでしょうね」
「まだ街は広いぜ?」
「匂いとは別に、変装無しの私に住民は警戒や興味を示さなかった」
靴屋、服屋、宿屋とツバキは指を折ってみせた。
「少なくとも十数人の住民の目には触れたけど、お尋ね者という扱いはされていないみたい」
「ネラガは……ああいう状態に俺がさせちゃったけど。ここは侵略をする必要が無いからだろ」
「事実、冒険者にしては幼過ぎる少女、しかもこの顔が少なくとも2人以上いて、街のそこらをうろうろしてたら当然目立つ」
ツバキは人造人間であるヴンナを完全に模倣していた自身の顔、その顎に手を当てる。
「人造人間は『燃料』? で動いているらしいじゃない。つまり人間社会とは完全に離れた生活を送ってて、ともかく手がかりはその絵だけかもね」
「んー……いつでも姿は変えられるし、危険かもだけどその姿のままで捜索に付き合ってくれ」
「アンタこそ。刺されないようにね」
親指を立ててそれで背中を指す仕草をされ、アルは怯えながら上着をさらに着込み、体型をごまかすことにした。
「私は身代わりの分身できるから」
「ずるいぞ!」