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#132 ワッドラット、ツバキのお出かけ

 アルに立ち向かっていた少女は大きくあくびをしてから、何事もないように馬車に乗り込もうとする。


「ま、待て待て。説明ぐらいしろよ」

「急いでるんだから馬車の中でね」

「聞いてたろ? 待ち合わせしてる精鋭の冒険者がいる──」

「それなら全部叩きのめしてきた」

「え」

「私が直々に審査をして、一定の実力に満たないのばっかだったから全員落としてきた」


 馬車に乗ったツバキは御者を急かして馬車を出発させてしまった。

 アルは何を言ってもそれを止められなかったので事情は馬車にて聞くことになった。


「お姉さん大丈夫かな……」

「ちゃんと峰打ちにしたわよ」

「放置したままで、ってこと。まだ多少人通りがあるところだったからいいけどさ。てか『尾行()けられてた』はそういう意味だったか」


 アルはジェネシスがネラガの領内に侵入していたのだと思っていたが、ツバキが忠告したのはオルフィアが昨日のように密かに後を追ってきていたということだった。


「私は鼻が利くからね」

「それで、ツバキが直々に審査をしたっていうのは具体的に何をしたんだ?」

「言葉の通りよ。時間が無いって言うから私の『四六時中』を使ってしっかりと評価してあげた。ちょうど面白い玩具も見つかってたことだし」


 玩具、と称してツバキは髪を手ぐしでとかし、その手の平を返したりしてよく観察している。


「これで本来は人形なんでしょ? ずいぶん(クオリティ)が高いのね」

「確かに俺も何度目かで判明したほどだからな」

「ただ逆に困ったこともあったわ」

「困ったこと?」

「見た目がこんなだから例の冒険者どもが闘うのをためらうのよ。審査だったからいいものの、実際に私という例があるんだから、後悔する間も無くお陀仏でもおかしくなかったってのに」

「見た目が、か……そういやヴンナが似たようなこと言ってたかな……」


 獣人はためらいなく始末しながら、言葉を交わせるために人造人間に対してはためらいがある、といったニュアンスの指摘だったかな、とアルは思い出していた。


「だから『四六時中』でたっぷり時間かけて力を引き出させてたら疲れた」

「……結果、合格者が1人もいないんだけど」

「何時間とかけてとうとう瀕死直前にまで追いやってたらこっちがふらふらよ。ふわーあ……」

「何してんだぁ!」

「疲れた」

「くっ、たとえ合格してもそんな状態じゃ期待できなかっただろうし……」


 アルがいらいらして唸りながら天を仰いでいると、ツバキはそれを一喝する。


「半端者はいらないから。実力は私に及ばないし、まして四竜征剣やら人造人間の匂いも辿れないなんてね」

「……後者は人間には無理っす」

「分身して人手も補えないし」

「いや、だからさ」


 人間には本来備わっていない能力を要求してくるツバキ。

 そんなツバキにアルは、ワッドラットに足を運ぶまでに至った動機を尋ねる。


「目的の旦那様を見つける数少ない手がかりだからだとしてもかなり行動的じゃないか。なんならゆっくり待ち受けているものかと思ったけど」

「バルオーガがああしたから仕方ないのよ。獲物のアンタをネラガから出させてワッドラットに注意を逸らすようにね」

「……あ」

「獲物のアンタがネラガを出てくれて、その上調査までしてくれるなんて一石二鳥だったでしょうね」

「あはは……これはきついや……」

「なんて傍から見ただけだとそうなるけど、一応手紙は預かってるから」


 ツバキは放心状態のアルへ、押しつけるようにして分厚い封筒を手渡す。

 手紙は謝罪から始まる。


『本当にすまない。アル君もいずれは気づいていただろうし、ツバキが嫌がらせの気持ちを込めて明かしてくるかもしれないが、ネラガとその冒険者を守らねばならない、そのためにこう判断せざるを得なかった』


「見事に嫌がらせされてました……」


『重ねてすまない。騒動をいち早く収束させるため同行させるつもりだった冒険者はツバキが暴れたせいで全員再起不能、治療にも時間を要する事態になってしまった。性格に難があることが目立つが、代わりにツバキは頼もしい存在になってくれる』


「目立つどころか性格に難しかない」


『そして見苦しいが、ツバキの面倒を見るという体で別に報酬を先払いしておく。元は同行者への報酬として予定していたものなので気兼ねなく使ってくれ』


 分厚かった封筒のその中身は全てが札束。

 既に前途多難の未来を覚悟していたアルにとっては、宿や食事の心配を考えなくて済むことはせめてもの救いであった。

 手紙にはまだ小さく続きがあり、目を細めて確かめる。


『ツバキにとって数少ない外出の機会になり、かつ大切な人探しもかかったものになる。わがままで振り回されるのは間違いないだろうが、私のずっと先代より伴侶と再会を望んでいた、その気持ちを抑え切れないがためかもしれない。私にも妻や子がいてそれはよく理解できる』


「伴侶、か……」


『私の自己満足だがその気持ちはなんとか晴らしてやりたいと思っている。まず、必ず自分の目的であるクエストを優先すること。そうして余裕があればでいいのでツバキに構ってやってくれ』


 心地よい馬車の揺れでツバキはいつの間にか寝息を立てていて、穏やかな顔をしていた少女にアルはそっと毛布を掛けてやった。

 ワッドラットの主要産業となっている果てしなく広がる農耕地を抜け、街の中心に到着したアルはさっそくツバキに振り回されていた。


「そういえばなんで靴を履いてないんだよ……」


 ツバキを背負ったアルは御者に道を尋ね、靴屋に向かっていた。


「オルフィアが持ってなかったから」

「まずそんなわけ無いだろうが」

「でもコートぐらいは見繕ってきたわ」

「それも目立って仕方ねーよ。金は心配無いから服も調達するぞ」


 アルは日も暮れかけていたので急いで街を駆け、靴屋に服屋それぞれで店員に『似合うものを』と伝えてツバキの身支度を整えた。


「宿は必ず個室で別にして」

「……言われなくてもな」


 潤沢にある資金で、冒険者用の安宿ではなく上等な宿にてワッドラットでの1日が終わった。

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