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#131 力が招く脅威と当事者の責任

「私とオルフィアは既に中を見ている。オルキトも見ておけ」

「……? はあ」


 バルオーガからスケッチブックを手渡されたオルキトはアルの隣に座り、2人でぱらぱらと描かれていた絵を確かめる。

 中身は全て風景画で、美術には詳しくない2人の感想としては少なくともぱっと見た時の全体には違和感を抱かない、それほどの画力ではあった。

 アルが次々とめくるスケッチブックのその画力は安定していたが、あるページを境に1つの変化が現れた。


「ここからは色が付いてないな」


 前半は色鉛筆で丁寧に色塗りまで仕上げてあったのだが、後半の数枚の絵は鉛筆の下書きだけであったのだ。


「これは……そういうことですか、父さん」

「気づいたかオルキト」


 色の有無で何かに気づいたオルキトがバルオーガに向き直ると、大きく頷き返された。


「何がどうなってるんだ、オルキト」

「アルさん。前半の色が付いている風景は全て、ネラガの西に位置している街『ワッドラット』のものなんです」

「ネラガと別の街だって?」


 アルはもう1度絵をまじまじと観察していると、バルオーガがその口を開く。


「我々にとってジェネシスを追うことができるかもしれない貴重な手がかりだ。罠かもしれぬがたとえどんな情報でも惜しい。かならず今日中にだ。ネラガの精鋭を集めてパーティを編成して調査させる」


 本日中に、と強く言い切ったバルオーガ。

 アルはただならぬその気迫に、早朝に呼び出されたことにも納得できた。


「で、アル君」

「はい?」

「アル君にも同行を依頼する。正式なクエストとしてだ」


『相手がバルオーガさんだけに『勝手に湧いて出たジェネシスだろ』とか言えない……』


 仮にオルフィアに迫られていたら売り言葉に買い言葉、よく考えもせず反論していただろうとアルは容易に想像できた。

 ただ今回はバルオーガであったため冷静に質問をする。


「ジェネシスとの戦闘経験とか知識とかの要員ですか?」

「……君には責任がある。四竜征剣を見せつけたことでネラガに向けられたであろう脅威を、その四竜征剣をもって取り除く、な」

「……! それは……いえ、そうですね」


 バルオーガの真っ当な指摘はアルにとって耳が痛いものだった。

 先の交戦を簡単に思い出してみるが、たとえ獣人を退けるためだったとはいえその後のリスクを考慮できていなかったのだ。


「出発は今日ですよね」


 不安が全く無いわけではなかったが、誠意を示すようにアルは二つ返事で引き受けた。

 ただしバルオーガにはその顔は見せられずにいる。


「いや、話を聞けば対象はアル君とは無関係の個体だったらしいな。つまり遅かれ早かれネラガは同様の危機に瀕する可能性があった。その場合は我々のみで対処できなければならなかったんだ。顔を上げてくれ」


 思いがけずかけられた自身を庇う言葉にアルはうろたえる。


「それに、精鋭を集めて援助をすることしかできず、『安心してネラガにいてくれ』と言い切れない。とても歯がゆい思いをしている」

「そ、それは違いますよ! 都合の悪い方に考え過ぎです! 俺はまだジェネシスをけしかけさせた疑いがあって、なにより四竜征剣を安易に使ったせいでジェネシスに目をつけられているのは確かな事実ですから!」

「そうか……だが、自分を追い詰め過ぎないようにしてくれ。まだ若いアル君がその未来を自分から窮屈にしてしまうなんてのはあってはならないんだ」


 バルオーガはもどかしそうな様子でそれだけ言い終えると咳ばらいをした。


「話した通り、私はこれから冒険者を選定してくる。また後で」

「父さん、僕もアルさんに同行をさせてください」


 急いで部屋を後にしようとするバルオーガにそうオルキトは頼み込む。


「オルキト。気持ちはわかるが、そうなったら今のパーティはどうなる。それにアル君より冒険者の経験や知識は勝っていても、四竜征剣との力の差を埋められる要素にはならない」

「それは……」

「求められている役割、やるべきことをきちんと理解してそれと向き合うんだ」

「……はい」


 バルオーガに説得されたオルキトは一言、『気をつけてください』とだけアルに声をかけた。


「お父さん、ツバキはどうする?」

「うむ……」


 ギルドまでついてきたツバキを屋敷まで連れて帰ろうか提案したオルフィア。

 そのツバキはソファから降りて、まるで忠犬のようにぴったりとバルオーガの後についていた。


「……大丈夫だ。帰る場所はわかっているから好きにさせておいてやれ」


 ネラガからワッドラットまでは馬車にて半日。

 昼前には出発するとのことで、アルは変装用の衣装などを用意していると思っていたよりすぐに集合時刻が訪れた。

 そんなアルは手配されていた馬車のそばでひどく緊張して、ずっとそわそわしていた。


「精鋭か……集めてくれるのはいいけど、とんでもないのがきたらどうしよう……」


 アルは深いため息をつく。


「精鋭となるとベテランのはず。そんな人達からしたら冒険者ごっこなんて気に入らねーよな……しかもバルオーガさんが手を回してるなんてなると、普通の場合よりも信頼されるのにずっと時間がかかるだろうし……」


 もしかしたら菓子折りも用意した方がよかったのかなど、無意識にぶつぶつと独り言ちていて馬車の御者が怪しがっていたことを知る由も無かった。


「はん。尾行()けられていることも気づいていないとはね」

「なんだ……?」


 どことなく攻撃的な感情を帯びた声が耳に入ってきて、アルは周囲を見渡しているとその視界に力無く放り投げられた人の姿が入ってきた。


「……! お、お姉さん!?」


 地面に倒れ伏せていたのはオルフィアで、気絶しているだけで息はあり、アルは慌てて駆け寄ろうとしたがちらちらと一筋の閃光がそれを阻む。

 閃光の正体は1人の少女が肩に乗せていた剣が陽の光を反射したものであった。


「っつ、ジェネシス……! もうここまで……」


 オルフィアを投げ捨てていたの少女の姿、ギンナかは判断しかねていたが、アルに緊張が走る。

 しかしその恰好は普段の軍服ではなくぶかぶかのコートを雑に羽織っており、雰囲気にも違和感があった。


「さっさと行くわよ」

「そう言われて素直に連れてかれるとでも? 来い、ジアースケイル!」


 アルはそう啖呵を切ってジアースケイルを抜く。


「はあ? アンタ、バルオーガにはあれだけへこへこしてたじゃない」

「……バルオーガさん? その言い方、今朝の打ち合わせを見てきたみたいな……」

「アンタ、もう1回痛い目を見たいの?」


 少女が突きつけてきた、揺れる陽炎を伴った剣に見覚えがあったアルは、ぼおっと声を漏らしていた。


「『終焉』の……四竜征剣、まさかツバキなのか?」

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