#128 好奇心と禁忌への侵犯 3/4
「今度のギルドの人はずいぶん手荒だなぁ、もう」
後ろ手で頭をかいていた純白の衣装の『すいーと魔法少女』しゅがーは、きょろきょろと辺りを見渡して遠巻きに見ていたアルの姿も確認する。
「やっぱり、3人とも見ない顔だ」
「え? しゅがー、だったっけ。こっちのシオンには面識あるはずじゃないか?」
「シオン? うーん? ギルドの人だとしても名前まで聞いたことは無いんだけど……」
しゅがーはしゃがんで、倒れていたシオンの顔をよく見ていたがいっそう眉間のしわが増えるだけであった。
アルはさらに気になったことを質問する。
「さっきから『ギルドの人』って言ってるけど、なんのことだ?」
「いつもみたいに冒険者登録をさせに来たんでしょ? もぐりの魔法少女活動はやめてくれー、って」
「も、もぐりの魔法少女!?」
「……私、変なこと言った?」
きょとんとした顔で首を傾げているしゅがーはどうやら嘘をついている様子ではなく、どんどんややこしくなっていく話にアルは苦い顔をしていた。
「アル君。事情を聞くならこっちだと思う」
「やっぱりか……」
コトハが一瞥したのは、しゅがーが変身してからじっと顔を伏せて動かないでいるシオンだった。
「2つあったシンジツコンパクト……もぐりの魔法少女……ギルドにあったアーチ型の飾りでは3つのうち空いてたのはぶらうん用の1つだけだったから、つまり『すいーと魔法少女』しゅがーはギルド非公認ってことなのか」
「ああ、そうなるね。だから好きに人助けしてるのに、ちゃんと登録を済ませて冒険者の規則を守ってほしい、って口うるさく言われてて」
「『ギルドの人』って、そういう意味だったのか」
しゅがーはその喋り方におおざっぱな性格が表れていたが、ただその正義感は確かなものらしく力無く倒れたままのシオンに手を差し伸べていた。
「あ、左利き」
アルは困惑していた状態だからこそいつもの癖がはたらき、変身前後で利き手が入れ替わっていることを見逃さなかった。
「……邪魔だ。私に構うな」
しゅがーの厚意を、シオンは素っ気無く左手で振り払う。
「しゅがー、お騒がせしてごめんね。私達はギルドの人じゃないから、後は自由にしていいよ」
「そうなの? じゃあ──」
コトハから許可を得たしゅがーは、なんのためらいも無くすぐさま変身を解いた。
「じゃ、じゃあ私はこれで……」
「あれ、ごめん待ってくれ」
「ひゃ、ひゃいっ。なんですか……?」
「えっと、キミが『しゅがー』だったって?」
しゅがーは中身の人になった途端、おろおろと指を組んでいじる仕草をはじめ、あの快活なすいーと魔法少女の面影が一切感じられなくなっていたのだ。
「もう1回変身できる?」
「で、では」
「あ、するんだ」
「まじかるちぇんじっ」
シンジツコンパクトが発した光により、再びすいーと魔法少女しゅがーが姿を現す。
「これでいい?」
しゅがーはやはり、中身の人とは違って強かさを備えた佇まいだった。
「なるほど。どうやら反転するのは利き手だけじゃないみたい」
「反転って……」
「コンパクト。つまり鏡の特徴だね」
コトハの考察を聞かされたアルは1つの結論に至ろうとしていた。
しゅがーの変身とその前後の変化を目の当たりにして判明した2つの事実がある。
まずコンパクトの性質により変身後には利き手が反転する。
「しゅがーは右から左利き。なら、ぶらうんは右利きから左利きに戻る」
そして性格も、内気だった少女は見ず知らずの人間の襲撃に物怖じしない勇敢な魔法少女に変わった。
ぶらうんの場合は、遠方から来た冒険者のフォローをきっちり済ませるほど面倒見がよかったのなら。
「特に利き手が変わる変身の仕組みを利用して、同じ境遇のはずである仲間を売るようなやつでも不思議じゃない……」
「それはおいおい追及するとして。まずはしゅがーを帰してあげよう」
「はあ。そうだな」
しゅがーの中身と別れたアル達は、シオンを近くのカフェまで連行した。
「シオンでいい。敬語もやめろ、気味が悪い」
「うわー……全然悪びれる様子が無いな」
「ふん」
本性を現したシオンは人の目を気にせずぶすっとした顔で頬杖をついている。
「コトハはいつから気づいてたんだ?」
「私の名前を知っていたのはおかしかったから。会話を盗み聞きしてたらしいけど私の名前は挙がってなかった」
「そうなのか?」
「ただまだ違和感を生んだだけで決め手が無かった。だからいちかばちかの手に出た」
「……あの計画的犯行ね。アルさん今度こそ社会的に死ぬかと思ったよ」
なぜかコトハが逆にため息をついていた。
「アル君それはさすがに笑い事じゃ済まないよ」
「ちゃんと初めからシオンを狙ってたのか?」
「私を疑っていたと」
「うん」
「とても心外だ」
アル達の会話が一通り済むと、シオンがいらいらした様子でテーブルを指で叩く。
「で、正体を知ったところでどうする。嘲笑って、周りに言いふらすのならいくらでもそうしろ」
「ううん。そんなつもりは無い」
少しでも間違えた反応をすれば感情を爆発させかねなかった様子のシオンだが、コトハはあっさりと言い放ってみせた。
「なら正体を探ろうとしていたのはなぜだ。あの興味本位であったニコルが去った後もなお食い下がった」
「お礼を言いたかったから。昨日のクエストでお世話になったことの」
「ふん、どうだか。それは別に中身に直接言わなくともよかったし、それにどうだ。私の本性を見て幻滅して正直今では後悔をしているんだろう」
「一部は」
「がああ! そこは適当に否定してみせろ!」
真実を話しているのは褒められることだが、それはシオンを逆上させる。
コトハはそれにフォローを加えた。
「計画に予想外があった、と言う意味」
「どういうことだ?」
「正体を隠したいことを察した私は、さっきの計画で身体検査を実際にしてみてシオンがブツを持っていない。それをアル君にも見せてみようとしたかった」
コトハの考えでは、シオンへの抜き打ちの身体検査を失敗してみせることでぶらうんの中身候補から確実に除外をしてやろうとしていたのだ。
しかし結果は予想外のものでブツを探し当ててしまった。
「似たような形のダミーを持ってるんだと、リアリティを考えてそれに乗っかって取り出してみたら本物でびっくりした。……まさかずっと持ち歩いてるの?」
「ああそうだよ。金庫にしまおうがどっかに埋めてみても、ある程度離れるといつの間にか懐に入ってる。伝説だか知らないが、勝手に選ばれて、勝手に責任を強いられる。私にとっては誇りや栄誉とはほど遠い、忌々しい呪いだよ」
「……誰かさんに似てるね」
コトハは流し目で、隣にいた『誰かさん』を見つめる。
それは偶然にも、いつか四竜征剣を手にして、様々な困難に今も巻き込まれているアルと似た境遇であった。