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#125 壁抜けと世界の欠陥

 2人きり──実際は1人と1頭──になってから初めに、アルはツバキに部屋を訪れた理由を聞いた。


「ジェネシスとの交戦があったならさっさと私に報告をしなさい」

「ああ、そういう……とりあえず四竜征剣に関する情報は贋作も含めてさっぱりだよ」


 本来のクエスト、そしてジェネシスとも別に秘密裏で進めていた任務のため、報告がおろそかになっていたことを指摘された。

 関係者はアルとバルオーガとツバキしかいないため融通が利きにくかったが、アルはもっともな質問を返す。


「ていうか、2人に限って時間の流れを操作できるやつがあったろ。『四六時中』とか言うの。昨日は何度か顔合わせてたしそれを使えばいいじゃん」

「あれは手間がかかるの。集中が必要だからずっと気を張らなきゃいけない」

「さっきぐらいの会話なら隠れてした方が効率的なのか」

「そういうこと」

「……で、ここに侵入した手段は?」


 下手をすれば命に関わる問題のため、アルはずいとツバキに詰め寄る。


「扉を破壊したんじゃないなら変身の魔法か? 薄い紙みたいになったとか」

「変身はそんなに万能じゃないわ。たとえ巨人に変わっても膂力は補えないし、アンタの言う通り紙を真似ようにも必要な(はらわた)は欠損できない」

「うーん……持ってる四竜征剣は見せてもらったので全部か?」

「そうよ。四竜征剣は旦那様の『開闢』と私の『終焉』の2組で8本だけ。後は贋作であって私が使うはずない」


 ツバキの顔は存在するだけでも腹立たしいのか、贋作への嫌悪でむすっとしている。

 変身の魔法でもなく、未知の四竜征剣を隠し持っているでもないとなると、謎の解明に至らずアルはお手上げであった。


「降参だ。お願いだから今後の安心のために教えてくれ」

「まさかタダで、って?」

「まじかよ……」

「せっかくバルオーガ以外に口を聞けるのが現れてくれたんだからね。しかもギルドマスターとは真逆の冒険者ごっこ。年中暇してるなんていう都合のいいのが」

「言い方酷くない!? 間違ってはないけどね!」

「ここにいる間は私の召使いになると誓いなさい」


 そう口にしながらツバキは剣を抜いていた。


「『はい』は?」

「選択肢が無い……ああ、わかったよ。お受けします」

「よろしい。さ、行くわよ」


 脅しで抜いた剣をしまったツバキはアルをどこかへ連れていこうと扉に向かっていく。

 しかし鍵こそかかっていないが、開けるにはノブを回さねばならずツバキには通行不可能のはずだった。


「……別に開けてやるけど?」


 匂いで外の様子を探っていたかと思うと、ツバキはそのふさふさの毛がつぶれるほど全身を目いっぱい扉に押し付けている。

 アルはこれも手伝いかと呆れていると、忽然とツバキの姿が消えた。


「ど、どういうことだ!?」


『がう』


「え……? 扉の向こうから声が……」


 アルが扉をゆっくり開けるとそこには犬を装ったツバキが行儀よくお座りをしていた。


「待て待て待て、説明を頼む」


 アルは1度ツバキを部屋の中に入れて、怪奇現象の説明を求めた。


「なにをした……?」

「『壁抜け』だけど」

「ど、どうやって?」

「簡単よ。あれぐらいの薄い遮蔽物にこうして体を押し付けて……」


 ツバキはもう1度扉に体を押し付けた。


「すぐそばに分身を作るとそれは外に出てるから、その後でこっちを消せば……」


『がう』


 ツバキが姿を消すと先ほどのように扉の向こうから鳴き声がして、アルが確認しにいくとツバキが何食わぬ顔でお座りをしていた。


「……ちょっと世界に欠陥できてませんかねぇ」

「旦那への侮辱は許さないわよ?」

「ああそうか。作者が作者だからね……すごく納得できた……」


 聖獣を自称するツバキだけでも一生忘れられぬ強烈な経験になっていたが、その伴侶などという人間よりもずっと規格外の能力と価値観を持つ存在がいること、そしてそれが創成した世界に生きていることを改めて痛感させられたアルだった。


「でー、今はどこに行こうと?」


『がう』


「はあ、『ついてこい』と」


 犬になりきったツバキに案内された先は台所。

 目と鼻で誰もいないのを確かめたツバキは会話を解禁する。


「しばらくコレルのいない、自由に出入りできる今が狙い時なのよ」

「コレル?」

「この家の母親よ。ほら目当ては奥」


 アルはさらに質問をしようとしたが、無理矢理奥の食糧庫に押し込められてしまった。

 そこには穀物が詰まった袋があちこちに積まれていて、ずらっと並んでいる棚には缶詰や瓶がしまってある。


「そこの棚のものを出して」

「缶詰が食べたいのか。……一応聞くけど食べて平気なんだよな?」

「聖獣を犬と一緒にしないで」

「はいはい、っと」


 ツバキに指示され、アルは果物の缶詰を開けて皿に出してやった。


「手を使えないのも不便だな」

「なに手を止めてるの。次のよ」

「お、おう」


 ツバキの食欲は驚くほどで、アルは缶詰を開ける手が止まらない。


「気になったんだけど、まさか普段はバルオーガさんにやらせてるのか?」

「当たり前よ」

「いちギルドマスターを顎で使って……なんて贅沢な」

「だからアンタを使ってるの」

「う……言い返せない」

「ほら、もっと速くしなさい。コレルがいたらもうバレてるわよ」

「ひー、よく考えたら俺だけ盗み食いを咎められるリスク背負ってるじゃないかー!」


 アルはそんなハラハラを感じている一方で、実に10人前の缶詰をシロップの一滴も残さずに平らげたツバキであった。

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