#124 起床と3度の絶叫
新たなジェネシスとの出会いの後、事後処理等もあってその日は当事者全員に待機が命じられていた。
しかしアルだけは森林火災を起こした元凶で、なにかの呼び出しがかかってもおかしくなかったはずなのだが、これといって音沙汰無し。
それを不思議に思い、オルフィアの力が働いているのかとも疑っていたアルは気分が悪くなり気づいたらさっさと寝てしまっていた。
「起きなさい」
「……誰だ?」
布団を引かれる感触がしたアルは、朝陽に目を細めながら上体を起こすが辺りに人の姿は無い。
そもそも部屋には鍵をかけてあるので誰も出入りできないはずだった。
「お姉さんにはささいな抵抗でしかないけど。って、本当になんだろ……空耳?」
「さっさと起きろ」
ばし、と腕が子供の手のような小さなものでぶたれる。
だがその衝撃は強烈で、途端にアルは覚醒した。
人の姿は無かったが1頭の犬がベッドの陰から目に入ってきたのだ。
「うあああ!?」
「アルさん? どうかしましたか!?」
恐ろしい聖獣ツバキを前にしたアルは悲鳴をあげ、それを聞きつけたらしいオルキトがドアをノックする。
だがそれはあまりにも不自然で、なぜなら駆けつけるのが早すぎたのだ。
結果、安心が訪れたというより、恐怖が間髪入れず襲い掛かってきたのと同じで、またもアルは悲鳴をあげる。
「うわああ!?」
「大丈夫ですか!? 何があったんです!?」
「うっさいわね……」
ツバキは犬の出で立ちであるにも関わらず表情は豊かで、アルはその苛立っている様子が手に取るようにわかった。
「適当に話をして追い返しなさい。私は残したままよ」
「……まだオルキトといた方がましだ」
「別の意味で迷ってたわね。その間は」
聖獣として正体を暴かれたくないツバキは第三者の介入を何より嫌っていて、部屋への訪問者はまさしく救世主で、アルには願ってもないことだ。
それがオルキトであったのが素直に喜べなかったが、他に選択肢は無かったので鍵を開けて迎え入れる。
「オルキト、心配してくれるのは助かるが駆けつけるの早くない?」
「それは隣の部屋まで聞こえる悲鳴でしたから」
「なんで隣にいるの?」
「それよりも、ツバキのせいで驚いたんですか」
「あ、無視した」
都合の悪いことは耳にしないオルキトは、そのままツバキへ歩み寄っていく。
そのツバキは行儀よくお座りして猫を被っていた。
「でもきちんと施錠されていたのに変ですね」
「そう。オルキトには機能するけど、問題はお姉さんだ」
「なぜ僕を例に挙げたんですか?」
「とにかくツバキを連れてってくれよ」
『がう』
アルがツバキを引き渡そうとするが、服に噛みついてきて必死に抵抗される。
「なんだよこいつ……」
「ほらツバキ。アルさんが困ってるから」
『がう』
「ううん……前のはもっと賢かったのになあ……」
アルに次いで吠えられたオルキト。
だがツバキの『バルオーガ方式』を知らないので無情な一言で突き放す。
「でも手の込んだ嫌がらせですね、まったく。部屋に侵入して苦手な犬を置いていくなんて」
「まあ侵入手段にその動機にも心当たりはあるけどさ……オルキト?」
着々と容疑者をオルフィアとしてその疑いが深まる中、オルキトは部屋の周囲を見渡している。
「まさかものは盗られてないですよね?」
「誰がそんなことをするって?」
「うわああ!?」
突如部屋を訪れたオルフィアに、アルはその日3度目の絶叫。
「なにかしら? 知らぬ間に疑いをかけられていて心外だわ」
「え、違うの?」
「あのね、父さんの大事なツバキをぞんざいに扱うわけないじゃない」
「じゃあいったい何が……」
不思議そうに唇を尖らせているオルキトの脇でアルは、事情を知っている自分しかこの状況を落ち着けられないとため息をついた。
「いいよ。適当に遊ばせとけば飽きて出てくだろうし」
「じゃあ僕も──」
「あなたは来なさい」
オルフィアはちゃっかり便乗しようとするオルキトの肩を掴む。
「急ぎの用で忙しいのよ」
「急ぎ? あ、そうか。父さんが手配してた人がジェネシスを連行してくれてたんだ」
「? あー……まだ聞いてないのね。まあ都合がいいわ」
「『すごくいいひと』でしたっけ。アルさんを任せてしまったのできちんとお礼をしないと」
真実を知らないオルキトは無邪気に意気込んでいて、そんな様子にアルのいたずら心が刺激される。
「そうそう。すごく助かったからちゃんと名前を聞いといて」
「あ、聞けてなかったんですか。はい、わかりました」
「それはもうおしとやかで品のある女性だったけど、知り合いに心当たりは無いか?」
「ネラガの冒険者でですか……うーん、ギルドマスター直々の依頼らしいのでその場ではまあ、多少律していたのかもしれないですね」
「取り繕ってた、ってことかあ」
「でもまさか、普段はまるで正反対の振る舞いだなんてことは無いでしょう。本性が出やすい戦闘があったなら別ですが」
「ああ、それならあったぞ」
「へえ。ちなみに武器は?」
「拾った木の枝だな」
「いやいや、アルさん。冗談が過ぎますよ。そんな野蛮な人いないですって」
「野蛮か」
「はい」
「本性が野蛮なのか」
「はい」
「だ、そうです。お姉さん」
「え」
オルキトはオルフィアの方を振り向き、瞬時に思考を巡らせたがもう手遅れであった。
「急いでるからアル君には構ってる余裕は無いけど、オルキトにはいつも以上にみっちりと働いてもらおうかしら」
「アルさん! 助けて……」
「『収納』」
「……! ……!」
手のひら大からまるで棺ぐらいまで大きくなった箱に詰められ、オルキトは屋敷の奥へと攫われていった。
「やっと静かになったわね」
「そっちも出てってくれないかなー?」
「いいのかしら。私が部屋に侵入できた方法も知らずに今夜から安眠できるとでも?」
「……! ああもう!」
ツバキの脅迫に屈したアルは腹をくくってベッドに腰掛けた。