#117 まじかると最悪の事実
コボルトの討伐依頼は、ぶらうんが事前に他の冒険者から調査してあった巣穴を順に回っていたが成果は得られていなかった。
そこで、きりのいいところを見つけてぶらうんは休憩を提案する。
「見つからねえなぁ。よっこらせっと」
「おじさんやい、平気?」
「コボルトに限らずあんまりにも害獣と出会わなくて気持ちが切り替わらん。静か過ぎる」
街中で見かける同年代よりも逞しい体をしていたレドラにアルは、その顔つきや細かい所作もただならぬ雰囲気を感じていた。
しかし今ニコルに心配されているレドラは見えぬ敵により明らかに苦しんでいた。
「ユンニ同様、獣人のせいでここら一帯の生物分布だとかが荒らされてるか……」
「まずは獣人、ですね」
獣人が環境に与える影響は、オルキトが特にそれを身をもって体感していた。
そんなオルキトはアルとともなんとか策を練ろうとする。
「普段はコトハが嗅覚……もとい足跡ほか痕跡を頼りに追い詰めてくんだよな」
「けど今回はそもそも痕跡が見つからず、とにかくしらみつぶしという感じに進めてて……」
「地元のことは地元。とはいえ最近のことだから、ぶらうんに相談をしてみないか?」
ちょうど『大鷲の誇り』組、コトハにサジンとレーネの組はそれぞれ分かれていて1人でいたぶらうんには容易に声をかけられた。
「探知魔法を使おうか」
「使えたんですね……」
「ごめんね。いきなり使うと驚かれるものだからさ、私の『まじかる』は共通して」
「ま、『まじかる』?」
百聞は一見に如かず、とぶらうんは皆を休憩はさせたまま注意を呼びかけた。
「少し光るよ」
「なにそれ楽しそう」
「どういう感性だお前さんは」
「感性がおじさんのそれだね。赤おじさん」
「赤おじさんに限らないよ。周りを見てみ」
赤おじさんことレドラはその場にいた面々の様子を見て、ぶらうんに対し困惑しているのは自分だけではないと、そして馴染んでいるのはニコルだけだと指摘する。
「了解も出たからいいよ、ぶらうん」
「じゃあ」
ぶらうんはステッキを2回振る。
花のつぼみのようなその先端はつやつやでいてチョコレートのようで、つぼみの溝には金色の線で細工がされていていた。
「『まじかる:さーち』、っ!」
瞬間、金色に光る短い針がステッキの先端をぐるっと回った後、それと入れ替わって黒い針が一方を指して振れていた。
「反応……があったらしいが」
「……ひとつ、ですね」
派手な演出に気を取られていたアルだが、レドラとそれに反応したオルキトの言葉にはっとした。
すこし考えて気づいていたが、標的がそれだけに絞られてしまっていたのだ。
「……あのー、これはまた別の反応なの」
言い出しにくそうだったが、それはまた別の標的だったとぶらうんは明かす。
「ちなみになんの反応ですか?」
「本来は緑が正常で、ほか既知の害獣は青で出る」
「黒となると?」
「私が知らない存在。もちろん他の冒険者とかの『ヒト』は除くから、新種の害獣……が有力だけど滅多に無いんだ」
「新種ですか。……! では獣人ということでは?」
「あ、そういえば」
オルキトの推理に対し、獣人との遭遇経験が無い、それに心当たりがあったぶらうんは手を叩いて納得した。
「ほー、獣人か。へっ、本来の標的がそれだったし手間が省けたな」
「お、おお……嬉しそうにしてる……」
「無視するだなんて選択肢は無い。行こうぜ」
見る見るうちに顔に生気が戻ったレドラ。
味方だがもしも相手なら、と考えるとアルは背中がぞくぞくとした。
そんなレドラを先頭にして陣形を再び組むと森を進み、やがて一行はその正体不明の存在の姿を木の陰から捕捉した。
「見つけた……!」
そこには軍服を纏っていた、2人組の少女が岩に腰掛けていた。
アルにとって獣人よりも探し求めていた本命の標的であり、思わず息を飲む。
しかし途端に違和感が押し寄せてきた。
『あれ……? なんだかかしこくみえる……』
と言うのも、1人はスケッチブックを手にして鉛筆を動かしており、もう1人は顎に手を当てながら本のページを繰っている。
いずれもその横顔は少女ながら大人びた雰囲気を帯びていた。
「女の子? でも『まじかる:さーち』だと人間は正確に判別するはず……」
「反応自体はしてるもんね」
ぶらうんは確かに少女達を指し示している探知魔法の反応に首を傾げ、ニコルもそれを不思議がった。
「ねえコトハ、サジン。なんであの子達が……あの子達だよね?」
『星の冒険者』で唯一、ジェネシスが差し向けてくる人造人間について知らないレーネはおろおろとしていて、同じくその正体を知らないぶらうんが気にして声をかける。
「あの子達……なの? なんでネラガに?」
「レーネ、何か知ってるの?」
「いやもしかしたら見間違いなのか、ユンニで同じ顔の子を見てて」
「え、ユンニで?」
「あとユンニでも3人見てる」
「さ、3人……?」
「あとなんか腕が取れる」
「腕が取れる!?」
「獣人にも追われてたっぽいし……どこか変な子で」
正確には獣人を率いていたのだがアルは訂正しようにもできず、その間にぶらうんはむっと顔つきが変わっていた。
「ここは私が出るよ。相手を刺激しないように、目立つ武器類も持ってないから」
「いや一番不適なんじゃあ……何でも屋のおれがいくよ」
アルはぶらうんの進路を手で遮って前に出た。
そして有無を言わせず木の陰から少女達に見えるよう姿を現す。
「ん? 冒険者……?」
少女の1人が手にしていた本から視線をアルに移した。
さらに近い距離で顔を見合わせたのだがやはり、見慣れた人造人間の人相に違いなかった。
「……カンナ、か?」
「あ? アレと一緒にするなごろ」
「ごろ?」
「どうしたぺゆ。ギンナ」
「ぺゆ……」
ギンナと呼ばれた少女はカンナについて、確かにそれを同胞として知っていた様子でいた。
しかしその顔はどこか軽蔑しているかのように興味が薄い。
加えてギンナとアルの会話にもう1人の少女も混じってきたが、特別な反応は無かった。
「……そうだよ。そもそも消えた扱いの俺が出たら驚くなりするじゃん」
「おいヴンナ。あの冒険者は知り合いごろ?」
「ああ……無駄足だった」
アルは力無く膝から崩れ去る。
「勝手に湧いて出てたジェネシスじゃないかぁ……くっ!」
「ねえ、アルの奴になにか睨まれてない? オルキト」
「大丈夫ですレーネさん。だいたいどういうことかはわかりますから……」
一時の感情に流され自暴自棄気味のアルは、ネラガのことはそっちで処理をしろよ、という気持ちを込めた視線を送るのであった。