#115 クエスト:コボルトの討伐
「それじゃあちょうどいい難易度のクエストは見繕っておいたから午後から出発ですっ。各自で支度をしておいてね」
くま耳魔法少女のぶらうんは2つのパーティに簡単なメモを渡す。
「正体を知られてはいけないのは魔法少女の常……どうしても質問があればギルドを介してね。バルオーガさんでもいいよ」
「ああ、オルキト君のお父さんか」
「じゃあまた後で。そうだ、帰り道の階段は修理の業者が入ってるから幅員注意ねー」
「事務的なフォローまでしてくれたよ……」
初めこそやや面白がっていたニコルであったが、ぶらうんの手際の良さを見せつけられて簡単な相槌をするのみでほとんど言葉を失っていた。
「おーし、支度だとパーティなりのやり方があるだろうしいったん解散だな。ほれ、いくぞニコ、ジール」
レドラ達『大鷲の誇り』もぶらうんの後に続いてギルドを出ていった。
「私達……も、役割ばらばらだし各自で支度しよう。……アルってなにするの?」
「一応は荷物持ちのつもりだ」
「まあそういえばそうか」
気になったことを質問したレーネは、一度クエストに同行した時のことを改めて思い出して納得していた。
「平気だ。足は引っ張らないからさ」
「コボルトの討伐でどうやって足を引っ張るのよ」
「……大丈夫なんだよな?」
任せろと言わんばかりにぐっと拳を握ってみせるアルに、レーネは疑いの眼差しを向けてきた
便乗してサジンも怪訝な目つきをする。
アルはそれをうまくあしらうと、ギルドに残った『星の冒険者』はコトハとオルキトだけになる。
「オルキト君オルキト君」
「……!? びっくりしたぁ、どうしたんですかアルさん」
いつの間にか懐にいた、身を子供なみに縮こまらせたアルに身じろぎをするオルキト。
「質問があって」
「はい」
「『コボルト』ってなに? 討伐するの?」
「嘘だろコイツ……」
「『嘘だろコイツ』!? え、あんま言わないようにしてたけど俺すごい恩人なんだよ!?」
「あ、いやすみません。動揺してしまって……」
オルキトにとってそれは衝撃かというと、顔だけでなくその口調まで一変してしまう事実であった。
反射的に言い返したアルは謝罪をしたオルキトに、まだ食い下がる。
「いいか? 『駆け出し』なんてよく使われる言葉だけど、俺はその段階にすらいないのを知っててくれ。駆けてもないし、歩いてるかも怪しいほどだ。あーあれ、言葉通り『よちよち歩き』がふさわしい」
「……ふへへっ」
「おい、なに考えてた」
「い、いえなにも。守らなくちゃ、と思ってただけです」
思った以上にオルキトが騒いで取り乱したので、アルはそのままコトハにも相談する。
「オルキトの家に図鑑があった」
こうしてオルキトに、しれっとコトハも含めて、アルは支度を手伝ってもらうことになった。
ギルドに隣接したオルキトの屋敷、その図書室に着くと、3人は図鑑を囲む。
「これだ。『コボルト』」
コトハが指し示したのは、シルエットこそ極端に猫背の人間の子供。
しかし凶暴な牙に苔のような濃い緑色の皮膚は異形のものであった。
「これは緑だけど茶色の個体もいる」
「バッタみたい」
「アルさん」
オルキトの素早い反応。
それは待ち構えていなくては繰り出せないものだ。
「お、お気に障りましたか……?」
「全く気にしていない、と言ったら嘘になります。なんですかその感想は」
「100人に聞いたら1人か2人は言いそう……じゃない?」
ふむ、と短いため息をついて同意したのはコトハだけであった。
「昨日のサジンさんの件がきっかけですが、今回は冒険者であることを自覚し、緊張感を持っていただきたいんです。なのでこのコボルトを利用しましょう」
過度なほどにアルの面倒を見ているオルキトだったが、かと言って全くのイエスマンというわけではなく、今後の『星の冒険者』のことを思っての忠告をする。
「コボルトによく似た『ゴブリン』という害獣がいます。今から出向くクエストでもほぼ確実と言っていいほど遭遇します」
「ふむふむ」
「どうです? 本来のクエストとは別でアルさんにはそれらを見極められるか、という課題を出します」
「ちなみにコボルトチャンスは?」
「……はい?」
「コボルトチャンスは1回ね」
「まじかぁ」
待った、となぜか会話が途切れない2人をオルキトが止める。
「ほんとなんなんですかジフォン組……」
サジンに次いでオルキトも『ジフォン組』として2人の見方が変わっていく。
ついさっきまで自分に協力をしていたと思ったコトハにも身構えはじめた。
「なんで1回だけ?」
「2回あると両方コボルトって答えるから」
本来の対象であるコボルトと、似た個体のゴブリン。
だめもとで1発目は適当に答えて、次にそれと違う種の個体に同じ回答をすれば正解が出てしまうのをコトハは封じた。
「テストで満点を狙いにいかないタイプだよね」
「……まあね。テレコで不正解とかしたくない」
「テレコ?」
「例えば、陽が昇るのと沈む方角を逆に書いて×が2つって感じ」
「さすがにわかるよね?」
「なんなら月の昇る方角と沈む方角も答えてやるよ」
コトハは「別に」とだけ返事して話を切り上げ、オルキトにもコボルトチャンスについて問題無かったか確認した。
理にはかなっていたので了承するオルキトは、同時にあることを思い出していた。
「いつか聞いた射手の話でも『初心者は矢を1本しか持つな』という教訓がありましたね。2本目以降をアテにして集中がおろそかになると」
「アル君。余計なことは言わなくていいからね」
「……僕でもなにを言うかは想像できました」
標的を1体しか討伐出来ないじゃん。
などといった野暮な口出しは前もって禁じられたアルだった。
そうでなくとも、なんとなく不穏なオルキトの雰囲気を感じとっていてその気は無かったのだが。