#114 ネラガのギルドと同伴の冒険者
「『くま耳魔法少女』、ぶらうんっ、だよ」
それは歓迎会から一晩明けた、ネラガのギルドでの一幕であった。
ネラガ特産の鉱石である鏡鉱。
鏡のように光るその鉱石の、特にギルドの壁一面を覆うほどの巨大なものはネラガギルドの象徴として『シンジツミラー』と呼ばれ(駆け出しから熟練の冒険者まで鏡に映る己と向き合うようにとの教訓になぞらえて命名)、冒険者のみならず地域の住民にも親しまれていた。
しかしそんな物量的になみなみならぬ存在感を、たった1人の少女ぶらうんが呆気なく無きものにした。
「ユンニから来てくれた冒険者ということで、今日1日クエストに同行して辺りを案内するよ」
「はい。質問いいですか」
「かしこまらなくてもいいよ。えーと?」
「ああ、私はニコルだよ」
親睦を兼ねて、サジンが率いる『星の冒険者』、レドラ率いる『大鷲の誇り』は即席でパーティを混合していて、ぶらうんに初めて声をかけたのはニコルだった。
「ぶらうんも冒険者なの?」
「もっちろんだよ」
しかし素人のアルでもわかる通り、くまのぬいぐるみをモチーフにしたらしいフリルがあしらわれた衣装はどこかの祭りに向かうようにしか見えなかった。
荷物もおそらく腰のポーチだけの軽装で、褒められるのは眩しい笑顔だけであった。
「ちなみに役割は?」
「『くま耳魔法少女』だよ」
「『くま耳魔法少女』……」
「ネラガの外では珍しいのかな?」
「かわいいからよし!」
その場の雰囲気に流されたニコルには真偽をきっちりと確かめる気は無いようで、とうとうアルはオルキトに小声で話しかける。
「あれなに?」
「もう少し言い方は無いんですか……まあいいです。シンジツミラーの上あたり、アーチ状の飾りがあるでしょう?」
「おお、あそこのか」
オルキトが指差した先には3つの四角いくぼみがあるアーチがあった。
うち2つにはそれぞれ赤と銀色の折り畳み式の手鏡、コンパクトが飾られている。
「鏡鉱の中でも特別な力を秘めたもの、『シンジツコンパクト』です。あれに選ばれた人が魔法少女となり、ぶらうんさんは『くま耳魔法少女』としてギルド公認の、正式な冒険者なんです」
「……冗談なんてオルキトらしくないなと思ったけど、事実だと認めなくちゃいけないか」
くま耳魔法少女ぶらうんはギルド内の冒険者の注目を集めていたがそれは単なる見世物というわけでなく、次から次に男女問わず応援の声がかけられ、彼女がそれに手を振り返したりするとさらに歓声があがったりして、たった数日では得られるものでは無かろう知名度の高さと信頼の厚さを体現していた。
「アル君も負けてられないね」
目の前の忙しい状況を、目いっぱい楽しむことで素早くなじんだニコルの他にもう1人、マイペースでいたコトハがアルにそう声をかけた。
「どういう意味?」
「お笑いの腕を競う強大な相手が出てきたってこと」
「比較的お笑いポジションにあるのは自覚してるがベクトルが違う。いいか、ああいうシュール系は好みがわかれるから俺はまずしない」
「と、なると?」
「うけずともとにかく連発が俺のやり方だ。テンポよくを心がけて、緩急もいい具合でつけてだんだんとペースを掴んで……」
「考えてやってるんだ」
「……熱弁しかけたけど、いいぞコトハ。すらすら来てて急に止まるのは常套手段だ。ここで忘れず一呼吸置く」
アルは言葉にした通り両手を『待て』の形にして場を静かに落ち着かせた。
「ここらへんでサジンが無難な合いの手を入れる」
「私? 何か呼んだか?」
「ああ、ちょっとぶらうんのことでさ。オルキトの話は聞いてたか?」
「そうだな。興味深い特殊な力に選ばれているらしいが……複雑だ」
例えばわかりやすく、年季の入った武器や鎧とかいう目に見える貫禄を備えている者であればサジンは手放しで喜べた。
しかし決して口には出さないがキワモノのぶらうんを前にして戸惑っている。
「まあ贅沢を言える立場じゃないでしょ」
「何気ない一言でも他人を傷つけるんだよ? あなた、レーネだったっけ」
なるほど、とレーネによりつけられたオチに感心していたコトハであった。