#106 モデルと変身の魔法
ツバキはクロワッサンみたいな木のオブジェに独特の姿勢でくつろぐ。
屋敷には似たようなものがあちこちにあって、アルはその用途を知ってなるほどとうなった。
「私がこういう姿でいてあげてるから、情報が漏れることは無い。全てを聞かせなさい」
犬の姿をいじられていたツバキは、腹いせと言わんばかりに代償で得ていた利点を強調する。
アルはふと、その徹底ぶりが気になった。
「さっき闘った時もずっとそれだったよな。聖獣としての本当の姿は知らんが、剣をとるなら人間の姿が最適じゃないか?」
「変身の魔法ね。ええ、人間にならないのは2つの問題があるからよ」
「ふうん。問題か」
「働きたくないのが1つね」
「おい」
しょうもない理由にアルは反射で眉間をきゅっとさせる。
詳しく聞くと、人間としての役目を務められないという意味合いで、永遠の寿命により不審がられてしまうために現在の体制(何代も前から始まったが即興で名付けて『バルオーガ式』)にならざるを得なかったとのことだった。
「問題の2つ目。モデルがいない。さっきの寿命の件も合わせて対象は、育ち老いていく存命の人間に限られるし、双子の設定をしても片方が死亡したら必ず片方に注目も移るし」
「ならオリジナルのをつくってみるとどうなる?」
「まったくのゼロから頭の上からつま先に至るまで『ヒト』を再現するとどうしても違和感を伴うの。どれだけ精巧に作られていても『人形』の雰囲気が抜けない」
ツバキはそれを『不気味の谷』と呼んで、一時期はその克服に熱があったが結局は達成できなかったという。
先に挙げた、モデルが存在する場合も親しい間柄の人間から見れば看破されてしまうのだと、詳細は省かれたが実証していた。
「ちょっと待った。『人形』って広義的には『人造人間』だよな」
「なによ突拍子も無く……『人造人間』? ええ、言葉の通りならそうでしょうね」
「ならアイツらは……」
アルの頭に浮かんだのは人造人間を手配していた組織、ジェネシス。
合計4体と接触していたアルだが、最後の4体目であるニンナといざこざが起きるまでそれが人造人間だったとは気づかなかったほどに『ヒト』そのものを再現し、精巧だった。
「『不気味の谷』を克服するほどの技術力がある……うん、あの四竜征剣の体内に収納する機能を利用できてるんだもんな」
「なにかわからないけど、緊急事態で、なおかつ都合のいいモデルでもいない限りこの姿でいさせてもらうから」
ひとりごちているアルが変な企みをしているのかと、ツバキは怪訝な目をしながら身を引いて警戒を示す。
「……モデルか。……いやいや、俺が知ったところで無駄な情報だ」
獣人と無縁の少女、例えば街中で母親に手をひかれている姿を想像したアルだったがすぐにそれを頭から排除する。
「突然『人造人間』なんて言い出したのは理由があってだな。四竜征剣を集めてる組織の話だ」
それからアルは獣人と人造人間を操るジェネシス、それらと敵対しているレジスタンスで四竜征剣を巡って争いが起きていることを全て説明した。
「肝心の四竜征剣だけど」
「贋作ね」
「……手がかりになるモノについて。知ってる限り俺とレジスタンスで全部管理してる。……いや、アイツらのことだ。あちこち持ち主は入れ替わってるか……」
いまいち歯切れの悪い回答でいたたまれなくなったアルは、たった1つ確かなことは胸を張って伝える。
「いずれにせよツバキならその匂いを追える。獣人を連れてるのがジェネシスで、そうじゃないのがレジスタンスの関係者。それらを辿っていけばいつかは有力な情報が……」
「匂いを消す能力もあるんじゃなかった? それも所在不明の」
「あっ……」
「まずは一刻も早くこの辺りのジェネシスを捕らえてくること。私の事情抜きでネラガとしては必須の用事だし」
「……はい」
とことんツバキに言い負かされたアルは、帰る彼女のために武器庫の扉を開けるのも言いなりであった。