#99 ギルドマスターと不老不死の犬
「おもちー。よしよし」
わしわしと撫でられ、すんすんと鼻を鳴らす白い犬。
「ツバキなんですけど……」
犬の真の名前をコトハへ告げるオルキト。
「……やはり名前は知らないはずだよな」
「はい。なんで勝手に名前をつけてるんですか」
「なあアル。まさかジフォンでもこうだったのか?」
真顔で頷くアル。
その被害は質問をしたサジンが想像しているよりも酷く、学校の同級生の飼い犬で2匹、名前を改めていた実績がある。
「よーしよしよし。うりうりうりうり。ほらー、ほらー、ほらほら。わーしわしわし、わーしわしわし」
「くすぐったいどころか、あの子悶えてない!? というかコトハのあの機嫌はなに!?」
ツバキに興味を持っていたレーネだが、コトハの異様な姿に警戒してしばらくは見ているだけでいた。
「へっ、へっ、きゅうん……」
やがてすくっと立ち上がったコトハの足元には腹を見せて息は絶え絶えのツバキが転がっており、近寄っていくのはオルキトしかいなかった。
「うちは代々『ツバキ』なんですよ」
「代々?」
「祖父よりも前から続く伝統らしく、この子も何代目だったかな」
ツバキの前足を握っているオルキトに、アルは詳しい話を聞こうとする。
「うちでは『ツバキ』という白い成犬がいる状態が常なんです。それが父の方針らしくて」
「白くても、例えば子犬でもいないのか?」
「……怖くて聞けませんが、看取るのが辛いのでしょう。我が家の日常では『ツバキ』は不老不死なんですよね」
「あ、これやばい人くるやつだ」
オルキト達の家の伝統を耳にしたアルは、その家長への不安を募らせていた。
それは顔に出ていたようでオルキトはすかさずフォローする。
「でもきちんとしつけられてて賢いんですよ。コトハさん達にも無駄に吠えなかったでしょう」
「そうね。よく人に慣れてるわ」
「僕のこともちゃんと覚えてて……」
『バウッ』!
オルキトの手や胸辺りの匂いを嗅いだかと思うとツバキが吠えた。
「な、なんで!? 僕だって、オルキト……」
「あはは! ちょっとユンニに出てたから忘れられてるじゃん」
「い、いや、さっき話した通り、『入れ替わってる』んでしょう。そうですよ!」
「あ……」
しれっと危ない事情へ触れそうになったレーネはおろおろと周りに助けを求めた。
『バウッ』!
「俺もかよ! ちゃんとしつけてあるのか?」
ツバキに吠えられたアルが逃げるように敷地の奥まで進むと、渡り廊下を歩いていた1人の男と目が合った。
「珍しいな。ツバキが吠えるとは」
「ああ、父さん」
「オルキトにオルフィア。船での旅、ご苦労だったな。それにユンニからの冒険者一行も、ゆっくりしていってくれ」
威厳のある髭の男こそがオルキトたち姉弟の父、ネラガギルドのマスターであるバルオーガだった。