#9 来客と獣人の噂
「おーい。コトハー」
朝、白いショートヘアの女が宿屋の戸をノックしていた。
安い宿だったので床のきしむ音で部屋の様子はなんとなくわかり、人の気配が近づくと女は戸から一歩身を退く。
「ん……なにか用ですか?」
「あ、あれ? すみません、部屋を間違えたみたいだ。おかしいな……お邪魔しました」
部屋から出てきた男の姿を見ると、不思議そうに部屋番号を確かめてから、女は頭を下げて廊下を駆けていった。
「ふわぁーあ。コトハのお客さんらしいな」
アルが部屋の窓から外の様子を伺うと、先ほどの女が手帳を手にしてうろうろしていた。
勘違いをさせたまま放置をさせておくわけにもいかず、身だしなみはしっかり整えてから着替えて表に出ていった。
「あ。ど、どうも……」
「いえ、コトハに用事があるんですよね」
「え? コトハの知り合いなんですか?」
アルは気まずそうに顔を赤くしている女に声をかけ、書置きにあったカフェまで案内をしてやった。
「コトハ!」
「おはよう、サジン。ああ、それにアル君も」
「驚いたよ。コトハが泊まっている部屋を訪ねたら彼が出てきて……その、そういうあれってことかい?」
サジンと呼ばれた女はこしょこしょとコトハに耳打ちをする。
「アル君は昼の間、宿に泊めてるの。私達は交代で1つの部屋に寝泊まりしてる」
「別に俺はいいって言ったのに」
「アル君。節約も度を過ぎたら体を壊すよ? ちゃんとご飯も食べてる?」
「お、まさかおごってくれる?」
「サジンを案内してくれたお礼はする」
アルは素直に厚意に甘えて、コトハが注文していたものと同じ、カフェのモーニングメニューをごちそうになった。
「改めて自己紹介する。コトハとパーティを組んでいるサジンだ。コトハの同郷の友人らしいし、別に気軽に話してくれ」
「俺はアリュウル・クローズ。アルって呼んでくれ。期間限定で冒険者やってる」
「期間限定……?」
元冒険者がスポットで簡単なクエストに復帰することは実例として挙がるが、アルほどの年齢では珍しいことでサジンはつい首を傾げた。
コトハにも助けを求めたが小さくうなずいただけで、深く追及しないようにした。
「サジン、宿まで来たのは急ぎの用事だった?」
「ああ、ウジンが次のクエストの相談をしたいそうだ。コトハの目当てのものじゃないけど……」
コトハが探し求めているものと聞いて、アルは彼女が冒険者になった動機を知らないとふと思ったが、それはすぐに頭の中から消える。
「獣人の討伐に挑戦したいって」
「ぶふっ!?」
アルは食事を喉に詰まらせて激しくむせ、コトハがその背中をさすった。
「よかったらついてくる? アル君」
「あ、ああ、いいか?」