あの日の出来事3
月明かりに照らされて私はゆったりと空中飛行。
そして色々と考えてしまう。
…やりすぎてしまったのかな。
リザルド帝国には魔術師という存在はいないのだ。 みんな魔術というものが使えない。 しかし、私の母は隣国の出身。 それも魔術が使える王族の家系であった。
私は物心つく前から魔術を使っていた。 そして、私の発動条件は『歌うこと』。 願いを込めて歌えば魔術として発動するのだ。
うーん、やはり、やりすぎてしまったかもしれないけど…と、思いつつ、自分の心は騒がしくはないことに気づいた。 先程までの悲しみや憎しみの感情もなく、これからの事も冷静に考えることができた。 だから少しはあれはやりすぎたのかと反省できたんだと思う。 私は、目立たないところを探して、下に降りて街を歩く。 今日は城下街も祭りである。 城下街でも成人を祝う、というものではなく、ただ何かにカッコつけてお祭り騒ぎがしたいリザルド帝国の楽しい国民性だ。 私は裏道をくぐり抜け、城下街の市場で馴染みの店に裏口から入る。
「嬢様、今日は成人の祝いでしょう? 何かありました?」
と白髪混じりの初老の店主が入って早々、心配してくれた。
私は市政を見るためにたまにお忍びで街を楽しんでいるのだ。 こうした方が何が流行りで、何に困っているか肌で感じることができる。
そしてこの店は元使用人が店主の店。 私がお忍びの服や道具一式を置かせてもらっているのである。
私は濃い緑色のゆったりとしたシルエットのワンピース、街の女性が着る一般的な服に着替えて店主がいつの間にか用意してくれたお茶をすすりながら、一息つく。
「この国を出ようと思う。」
私のこの一言で店主の顔色が青くなり、そして、わかっていたかのような悲しい顔をした。
「嬢様。 亡命、ということですね。」
「ええ。 隣国の叔父様に匿ってもらうわ。 心配することはないわ。」
「…旦那様にはこちらから伝えておきましょう。 嬢様はいつも正しい人です。 思う存分、羽を休めてください。しかし…」
店主が気まずそうな顔をし、窓の方を見たその時、外が何やら騒がしいのに気づいた。 それは祭りの騒がしさとは違う。
「騎士たちが騒がしいですよ。 嬢様、ずいぶん派手に退出なさったようで…門からは堂々とは行けそうにありませんよ。」
「大丈夫よ! 秘密の抜け道があるから!」
私が楽しそうに笑うと店主はいぶかしそうな顔をする。 『そんな抜け道聞いたことがない』と言わんばかり。
実際、そんな抜け道は存在しない。 そこまで帝国の警備もザルではない。
私の抜け道は『空』。
「さて、そろそろ行くわ。」
「嬢様、お気をつけて。 私は嬢様の幸せを何よりも願っております。」
私は店の裏口からそっと出ると、再び裏道へ。 そして、お忍びでよく使った慣れ親しんだ入り組んだ道を渡る。 みんなお祭りを楽しんでいるのだろう。 人が通るはずのこの道も静かなものだ。 遠くから楽しそうな声が聞こえる。 皆が楽しんでいるはずのこんな日に全てを捨ててしまうとは、我ながら愚かなものだなぁと笑えてきてしまう。
「さて…」
私はほうきを手に取り、小声で歌う。
体とほうきが浮く。 一気に高いところまで上がる。
下を見渡すと街の光が綺麗だ。 お祭りの日を上から眺めるのも悪くはない。
街の光と同時に騎士たちがぞろぞろと、細道では単独で行動しているのが見えた。
上を見ない、今のうちにこの帝国を去っておきたい。