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12-1 こちらのお茶はいかがでしょう?

 第三資料室という狭い部屋で、今日も(かど)くんとわたしはボドゲ部(仮)(カッコカリ)の活動をしていた。ボドゲ部(仮)の活動は、もちろんボードゲームを遊ぶこと。

 でもその日、角くんが出してきたのは、角くんが作ったというフルーツのタルトと、銀色の丸い缶だった。

 その缶は、何かお茶とかお菓子とかが入っていそうな雰囲気なのだけれど、どうやらそれもボードゲームらしい。角くんは、タルトを食べる前にボードゲームを遊ぶつもりなのかな。

 そっと角くんを見上げる。


「これも、ボードゲームなの?」

「そう。『ゆるすぎお茶会』っていうゲーム。プレイヤーの一人がお客様になって、ゆるい注文をする。他の人たちはそのお客様が飲みたいお茶を当てる」

「ゆるい注文てどういうこと?」

「そうだな、例えば……『大人っぽいものが飲みたい』とか『元気な感じ』とか?」


 なんだかぴんとこないでいたら、角くんはふふっと笑った。


「そんなに難しく考えることないよ。ゆるくおしゃべりするだけのボドゲだから」

「おしゃべりするだけ? そんなゲームもあるんだ」

「そう。一応お題を当てる要素はあるけど、性質的にはコミュニケーションを楽しむゲームかな」


 角くんは銀色の蓋を持ち上げて、缶の中身を取り出した。中に入っていたのは、厚みのある丸いカード。ちょうど、ドリンクの下に敷くコースターのような手触りだった。

 カラフルなカードには、一枚一枚に『ダージリン』だとか『アールグレイ』だとかのお茶の名前が書かれていた。カップに注がれたお茶のイラストが添えられていて、お茶の特徴もまとめられている。


「カードが可愛いね」


 わたしの言葉に、角くんは嬉しそうな顔をした。


「そう、可愛いし、怖いこともないよ。タルトにも合うボドゲだと思うんだよね。すぐに終わるし、食べる前に少しだけ遊んでみない?」


 わたしとしては先にタルトを食べたい気分だったのだけど、そのことを角くんに伝える前に、カランカランという音が耳の奥で聞こえた。ドアベルの音──お客様だ、と思ってしまって、それでもうボードゲームの中だった。




 ドアベルの音にはっと顔を上げる。開いたドアから入ってきたのは、角くんだった。角くんがお客様。出迎えるのはわたし。ここはボードゲームの世界の中で、なぜか役割を認識してしまっている。


「えっと……いらっしゃいませ……?」


 なんだかわからないまま、役割に従ってお辞儀をする。布がたっぷりと使われた足首まである黒いロングスカート。その上から白いエプロン。

 今わたしはメイド姿なのかと思って頭を上げると、困ったような顔をした角くんと目が合った。

 白いシャツに、細いリボンタイ。シンプルだけど仕立ての良さそうな服は、海外の児童文学なんかに出てくる性格の良いお金持ちみたいな、そんな雰囲気だった。

 角くんは困ったような顔のまま視線を逸らして、口元に手を当てる。


「大須さん、メイド、なんだね……」

「そうみたい。角くんがお客様ってことで良いんだよね」

「多分そう。その……」


 角くんは視線を逸らしたまま、妙に歯切れが悪い。どうしたのかと首を傾けたら、角くんはそっぽを向いたまま、小さな声で言った。


「似合ってる、と思います」

「えっと……はい……」


 なんだかわからないまま恥ずかしくなってしまって、わたしは俯いてしまった。




 日当たりの良い明るいテーブル。真っ白いテーブルクロスがかけられている。大きな窓からは見事な薔薇園が見えていた。

 そんな席に角くんを案内する。わたしが動くと長いスカートのたっぷりした布がふわりと綺麗に広がる。

 テーブルの上にメニューを開けば、透明の並んだポケットの中に、さっきボードゲームの缶の中から出てきたのと同じ、コースターのような丸いカードが一枚ずつ収まっていた。ここから一枚取り出して注文をするらしい。


「それで、わたし、ルールわかってないんだけど大丈夫なの?」


 潜めた声でそう言えば、角くんはいつもみたいに穏やかに笑った。


「インストするから、大須さんも座って」

「え、メイドなのにお客様と一緒に座って良いの?」

「あくまでゲームだし。ゆるいお茶会だし。それに、俺だけ座ってるの落ち着かないし、座って欲しい」


 角くんの声が割と切実な感じだったので、笑ってしまった。それでわたしは、角くんの隣の椅子に座る。いつものように角くんを見上げたら、角くんはほっとしたようにわたしを見下ろした。


「まあ、インストって言っても、そんなに説明することないんだけど」


 そう前置きして、ルール説明──インストが始まった。


「最初に、お客様役のプレイヤーは、自分が飲みたいお茶をこっそりと一つだけ選ぶんだ。今は俺がお客様役だから、俺だね。そのお茶を当てるのが、ゲームの目的」

「わたしは、角くんが選んだお茶を当てたら良いってこと?」

「そう、そうしたら大須さんの勝ち」

「わかった」


 わたしが頷くと、角くんは人差し指をぴんと立てた。


「お客様役のプレイヤーは最初に注文をする。でもその注文は、ゆるくてふんわりした感じのものなんだ」

「さっき言ってた『大人っぽい』とか、そんな感じ?」

「そんな感じ。で、次にお客様に三回質問する」


 言いながら、角くんは立てていた指でメニューを指差した。


「メニューに並んでいるお茶は、それぞれ特徴が書かれている。『甘み』『渋み』『苦み』『酸味』『芳醇』『まろやか』『さわやか』『フルーティ』っていうお茶の風味。それから、お茶の種類──これは『茶葉』『ブレンド』『フレーバード』『ハーブ』『その他』の五種類。あとは『ミルク』『アイス』『レモン』みたいなオススメの飲み方。こういう情報を絞り込みに使って良い。例えば『酸味のあるお茶はいかがでしょうか?』みたいな感じで聞くんだ」


 角くんの説明は情報量が多かったけど、それだけ絞り込みに使える情報があるってことみたいだった。そういう特徴を使って絞り込んでいくゲームなのかと思って頷きかけたのだけど、それより先に、角くんが言葉を続けた。


「ただし、質問されたお客様は、それにゆるく答えて良い」

「どういうこと?」

「例えば『ミルクはいかがいたしますか?』って聞かれて、普通に『気分じゃない』とか『欲しい』って答えても良いんだけど、もっとゆるく……うーん『フレッシュな感じでお願いします』とか」

「フレッシュ……は、ミルクを使うんじゃない?」


 わたしの言葉に、角くんは笑った。


「どうだろう、今のは例えだからあんまり考えてなかったけど、実際はちゃんと自分の注文を伝えようとしないと駄目だよ。伝え方はゆるくても良いんだけど。あ、あと、わからないとか答えられなかった場合は、質問はノーカウント」

「ともかく、わたしは角くんに質問をして、角くんが注文したお茶を当てたら良いってことだよね」

「そう。三回質問したら、最後に『こちらのお茶はいかがでしょう?』ってお客様にお茶を出すんだ。それで、もし当たっていたらお客様は『これが飲みたかった』って言ってお茶を飲む」

「外れてたら?」

「外れてた場合、お客様は『ちょっと違うけど』って言って、お茶を飲む」


 わたしは瞬きをして角くんを見上げた。


「外れてても、飲むの?」


 角くんは大きく頷いた。


「飲む。『違うけどまあ良いか』『これはこれで良いかも』って飲む」

「その場合はお客様の勝ち?」

「外れてた場合は誰の勝ちでもないよ。お客様役のプレイヤーは単に、ゆるい注文をして楽しむだけ。最後にお茶を飲んでおしまい」

「そんなにゆるくて良いの?」

「だから『ゆるすぎお茶会』なんだよ。勝ち負けっていうより、そこで発生する会話を楽しむ感じ、かな」


 角くんは首を傾けて、いつもみたいに穏やかに微笑んだ。角くんの背景になっている大きな窓から、綺麗に咲いた薔薇のアーチが見えている。柔らかな陽射しを受けて、角くんの黒い髪が艶々と輝いていた。


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