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11-13 ドラゴンの都:中庭広場 前編

 いよいよ『ドラゴンの都』へ向かう。最後のガイド役はわたしだった。ガイドマーカーを借りるのに二十金貨を出したら、角くんと兄さんにひどい顔をされた。

 隊商もわたしの車が先頭だ。ガイドマーカーを持って車に乗り込んだら、角くんがやってきて一緒に乗ると言い出した。角くんの車はほったらかしで良いのかと心配したけど、商人ギルドからきた人たちがいるし、大丈夫らしい。


「考えたら、最初からこうしておけば良かったんだ」


 角くんはわたしの隣でクッションに背中を預けて、わたしの顔を覗き込んでそう言って笑った。

 それでわたしは、飛空魚の群れに行き合った時のことを思い出して──本当は角くんにお礼を言わなくちゃって思っていたんだけど、なんだかそれも言い出せなくなってしまって、小さなクッションを抱えてそこに顔を埋めた。


 これはゲームだから、道中何事もなくとはいかない。『遭遇』が起こることは、ゲームのルールで決まっている。

 風を切る重い羽音に、隊商の馬が足を止める。頭上を大きな影が横切っていったらしい、陽の光が一瞬だけ遮られる。車の中から見上げたら、大きな赤い翼が見えた。

 その翼は、車の行く手を遮るように、道の先に降り立った。護衛の人たちが『古の武器』を手に駆けてゆく。その先に見える姿は、大きな体に赤い鱗、大きな翼、長い首、爬虫類のような頭、その口元から吐き出す息が宙で炎になって渦を巻く。


「ドラゴンだ!」


 角くんが車の先頭まで膝立ちで進んで、その姿を見る。


「え……ドラゴンて、すごく強いんじゃないの?」


 わたしはクッションを抱きかかえたまま、動けないでいた。ゲームだから大丈夫と言われても、恐ろしげなものが目の前にいるのは、やっぱり怖い。

 角くんが振り向いて、戻ってくる。正面から、わたしの顔を覗き込む。


「大須さんは『魔術師の虚ろ』で、また『護衛』を雇っていたよね」

「そう、だけど」


 角くんの言う通りだった、わたしの隊商には今、二人の護衛がいる。二人目の人は、角くんと同じくらいの背の女の人だった。


「大須さん今、『護衛』一人で戦力が五もあるんだよ。隊商全体で十五。ドラゴンの戦力は十一。余裕だと思うけど」

「え、でも……」


 クッションを手放して、わたしは手のひらを開く。そこにはいつの間にか、サイコロが握られていた。赤いサイコロには『×』の出目がある。


「バツが出たら、戦力に関係なく負けちゃうんだよね?」

「六分の一だよ。大須さんは六分の五でドラゴンに勝てる。あ、それに『古の武器』があるから、振り直しもできる。大丈夫だよ」


 その向こうで、ドラゴンの吐く息が大きな炎になった。『血と骨の武器同盟』との契約で受け取った盾がみんなを守り、『古の武器』がその炎を切り裂く。


「これ……わたしが負けたらどうなるの?」

「仮に負けても商品を三箱失くすだけだよ。それ以上のひどいことは起こらない」

「ドラゴンはどうなるの?」

「後続の……次は俺の隊商がドラゴンと戦う。けど俺は戦力が四しかないから、ダイス振るまでもなく負けだね。そしたら次はいかさんで、戦力は七だからこれも勝てない。そうなったらみんな仲良く木箱を三箱失くすだけ」

「商品が三箱なくなるのって、嫌じゃないの?」

「嫌だよ、そりゃ。でも俺の場合、そうなっても仕方ないかなって思って戦力を増やさなかったから……うん、仕方ないね。それはいかさんもそうじゃないかな。俺といかさんは戦力より別のことを優先した、その結果だから受け入れるしかない」


 角くんは穏やかに笑っている。向こうではドラゴンが炎を吹いているのに。『護衛』の人たちがそれに対峙しているのに。


「角くんは、怖くないの?」

「怖いっていうより、面白い方が大きいかな。ここがゲームの中だってわかってるし、ドラゴンを見る機会なんて普通はないから」

「でも」

「それに、大須さんのゲームの世界は、いつもちゃんと優しいから」

「それは」


 わたしはサイコロを握りしめて、反対の手で角くんの上着を掴んだ。


「それは、角くんがそういうゲームを持ってきてくれるからだよね」

「それだけじゃないよ。ちゃんとルールの通りに動く世界だってわかってるから、だから大丈夫だって言えるんだから。大須さんと遊べば、ホラーゲームだってきっと優しいと思う」


 角くんはわたしの顔を覗き込んで、それでもう一度「大丈夫」と静かに言う。その表情はまるっきりいつもみたいに穏やかに微笑んだまま。

 わたしは握り締めていた手のひらを開いて、その上でサイコロを転がす。角くんを見ると小さく頷かれて、それでわたしは床にそのサイコロを放った。

 ふかふかとした敷物は、サイコロを転がすのには向かない。小さく跳ねて、埋もれるように止まる。その出目は『×』だった。

 その瞬間、車の向こうで誰かの叫び声がする。顔を上げれば『護衛』の人がドラゴンの羽ばたきによって吹き飛ばされていた。体が(すく)む。

 角くんが、その出目を隠すようにサイコロを拾い上げる。


「振り直しできるって言ったよね。『古の武器』は二つあるから、後二回振ってどっちかで『×』が出なければ良いんだよ。大丈夫」


 わたしの手に、サイコロが戻ってくる。角くんの大きな手が、わたしの手を包むようにぎゅっと握る。その体温ごと、わたしはサイコロを握り締める。

 角くんの手が離れて、わたしは手を開いてサイコロを放った。目を閉じてしまったから、出目がわからない。


「『1』だよ」


 角くんの声に重なって吠える声が響く。ドラゴンの──それは悲鳴だった。

 目を開けると、ドラゴンの喉元深く、『護衛』の人が『古の武器』を突き刺しているのが見えた。




 ドラゴンの体は、次の村で炎胡椒三箱になった。ドラゴンを倒したのはわたしの『護衛』なので、わたしだけがそれを荷台に載せた。

 それ以降は特にこれといったトラブルも起こらずに『ドラゴンの都』まで辿り着く。角くんはその後もわたしの車でわたしの隣に座っていた。

 ドラゴンのことや『ドラゴンの都』のこと、今回通らなかった駐留地のこと、車に揺られながらいろいろと話した。

 地図の左下の方にある砂漠。そこでは『ラクダ』が手に入るらしい。

 海の中にも駐留地があるのだそうだ。そこには、マーフォークという人魚のような人たちが暮らしているらしい。それは見てみたかったな、とも思ったりした。

 角くんは『ドラゴン街道』の地図を広げて、指差しては「ここはね」って話す。角くんが話すとみんな楽しそうに聞こえる。おかげで、最後の道中も楽しかった。




 旅の最後の目的地は『ドラゴンの都』。その中でも『中庭広場』と呼ばれる場所にきた。たくさんの店が並び、そこで様々な取引が行われている。裕福な顧客が多い場所らしい。

 立派な『ドラゴンの像』が並んだ店がある。様々な色の透明な石を削って作られたらしいそのドラゴンは、その繊細な造形で光を複雑に屈折させて、きらきらと輝いていた。


「この『ドラゴンの像』は、人気の彫刻家スランドという人の作品なんだって」

「へえ」


 角くんの言葉に頷くと、兄さんがルールの説明を始める。


「ゲーム的には、これを手に入れたら名声点ってやつだ。商品二箱で手に入るけど、四色あってそれぞれ必要な商品が違う。どれも一点物で早い者勝ち。一つで十二点だ」

「これも『取引許可証』が必要?」

「そういうことだな。『取引許可証』で取引できる」


 きらきらとした彫刻に負けないくらい、たくさんの装飾品を身に付けた人が、ドラゴンの彫刻を眺めている。その様子を背景に通り過ぎる。

 その先にあったのは、大きな取引所だった。


「ここは『大市場』だ。どの商品がいくらで取引できるかは、アルマナックに書かれてるけど、炎胡椒なら一箱金貨八枚から金貨五枚まで。ここも早い者勝ちだ」

「誰かが炎胡椒を金貨八枚で売ったら、次の人はもう金貨八枚では売れないってこと?」

「そうだな。つまり、炎胡椒は四回まで取引できるけど、飛空魚は金貨七枚六枚五枚の三回、露滴葉と久遠氷は金貨六枚か五枚の二回だ」

「二回だけ?」

「例えば、俺と角さんがここで露滴葉の取引をしたら、瑠々はもうここで露滴葉の取引ができない」


 値段だけじゃなくて、そもそも取引も早い者勝ちなのか。わたしは自分の荷台に露滴葉が五箱も積まれていたことを思い出す。あれを無駄にしてしまうのは悲しいなと思う。


「さらにもう一つ。『大市場』の取引で、商品の種類を多く扱った人は『ドラゴンの都の鍵』を受け取れる」

「鍵?」

「鍵というのはフレーバーだから忘れても良い。ゲーム的には名声が十点」


 さっきの『ドラゴンの像』が十二点、『ドラゴンの都の鍵』が十点、商品は最低でも一箱で金貨五枚、炎胡椒なんかうまくいけば一箱金貨八枚になる。


「なんだか、お金と点数がたくさんだね」

「まあ、これで最後だからな」


 兄さんの言葉に、角くんが頷く。


「『魔術師の虚ろ』で金貨が増えたと思うけど、ここでもっと増えるよ」


 わたしの今の所持金は金貨七十枚分で、これだってじゅうぶん大金だと思っているんだけど、これがさらに増えるのか。

 ふと、『辺境の村』の景色を思い出す。風が吹き抜ける中で馬の群れが草を食む広い草原や、素朴な作りの大きなテントのような建物。車は一台しかなくて『取引許可証』も三枚だけ、金貨も十枚しかなかった。

 それが今は、大きくなった隊商で、整ってきらびやかな建物が並んだ『ドラゴンの都』まで来てしまった。

 隣に立つ角くんを見上げると、角くんもわたしを見下ろした。そして、ふふっと笑う。


「まあ、大儲け(それ)を目指して『ドラゴンの都』まで来たってことだよね、商人としてはさ」


 そう、わたしたちが『ドラゴンの都』にきた目的は、お金と名声を手に入れることだ。そう思って『中庭市場』の様子を見回した。

 わたしたちと同じような商人らしき人たち、綺麗な布地にたくさんの装飾品を身に付けた裕福そうな人たち、さっきの彫刻家のように何かを作り出して認めてもらおうとする人たち。

 これで旅が終わると思いながら、わたしは取引を選ぶためにアルマナックを開いた。この街の賑やかさに、なんだかわたしも高揚しているような気がする。


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