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8-9 ブーメランが戻ってくる

 空港の喫茶店でこうやって向かい合って座るのも、もう五回目。そして、これが最後。人のざわめきが波の音のようで、心地良い。

 地図を広げて、写真を貼り付けたノートも広げて、ペンを握り締める。


「じゃあ、最後の点数計算」


 ぴんと人差し指を立てた角くんに頷く。角くんは、その指で開いたノートのページを指差した。


「スローカードは『2』で、キャッチカードは『1』だから、まずは一点」


 スローカードもキャッチカードも、最後には意識する余裕がなくなっていたから、仕方ないなと思いながら「1」と書き入れる。

 角くんが、ノートのページをゆっくりとめくりながら、数を数える。わたしは、行き先のアルファベットを確認しながら、地図のアルファベットをチェックする。四ラウンド目になると、ほとんどが二度目の場所──それでも、新しく二つバツ印が増えた。


「コレクションは……『野花』と『葉っぱ』が二つで四、倍にして八点」


 二ラウンド目に八を超えてしまってから、コレクションを集めるのが怖くなってしまってたなと思う。もうちょっと集められていても良かったかもしれない。


「動物は『ウォンバット』と『エミュー』で九点」


 三ラウンド目ほどじゃないけど、頑張った方だと思う。それに、動物はみんな可愛かったし。その姿を思い出して、ちょっと笑ってから「9」と書いた。


「アクティビティは『ハイキング』で、三枚集まったから四点。最後まで被りまくってたのが痛かったね」

「うん……でも、他にも気にしないといけないことも多かったし。四枚以上集めるの、難しくない?」

「巡り合わせみたいなところもあるからね」


 『ハイキング』のマークの下に「4」と書いた。


「で、これが最後のラウンドだから、最終的な点数計算。まずは、行った観光地の数を数える」


 並んだアルファベットに書いたバツ印の数を数えてゆく。ここはこんな場所だったとか思い出してしまうせいで、ただ数えるだけなのに時間がかかってしまった。

 観光地の点数は二十二点。地域コンプリートのボーナスは、二箇所で六点。


 それから、全部の点数を足し合わせて──最終的な合計得点は百二十七点になった。




 トップのプレイヤーは、百三十三点、その次のプレイヤーは百二十九点。わたしはその次。


「残念だったね」

「あと六点か」

「トップのプレイヤーは、最後のラウンドのアクティビティが誰とも被ってないんだよね。それで七点。コレクションも毎ラウンド十点以上。あとは、地域コンプリートボーナスを四箇所も取ってる。大須さんが二箇所だから、そこで六点差だ」

「コンプリートをもっと狙った方が良かった?」

「どうかな、目的が他のプレイヤーと被ると厳しくなるから、それで上手くいったかはわからないけど」


 角くんは、真面目な顔で考え込む。どうやったら勝てていたのかを考えてくれているみたいだった。わたしは自分の得点を眺めて、指先でなぞる。


「やっぱり二ラウンド目かなあ」


 溜息をついて胸元のブローチを見下ろす。このブローチを見ると、二ラウンド目のあの気持ちを思い出す。

 それでも、そのブローチを見るとやっぱり可愛いって思ってしまう。『マウント・ガンビア』で見たブルーレイクの青い色だって、綺麗だった。

 そうやって上手くいかなかったことも含めて、全部が旅行の思い出。でも、このゲームが終わったら、このお土産も、ノートにたくさん貼り付けた写真だって、みんな失くなってしまう。残るのは、わたしと角くんの記憶だけ。


 ざわめきが遠くなる。




 気付いたらもう、いつもの第三資料室──ボドゲ部(仮)(カッコカリ)の仮の部室だった。暑くて開けていた窓から風が吹き込んできて、カーテンが揺れている。

 目の前の長机にはスコアシートが置かれていて、そこに書かれた点数は、確かにわたしと角くんの旅行の結果だった。そのすぐ近くには、カードが七枚並んでいる。

 最初は『メルボルン』で、カードの絵にはあの時計台が描かれている。次は『ハンターバレー』で、葡萄畑の上にオレンジ色の気球が飛んでいる。

 『カルバリ国立公園』、『ブルー・マウンテンズ』、『エア湖』、『サラマンカ・マーケット』、『バングル・バングル』。どのカードにも全部、見覚えのある景色が描かれていた。どこも綺麗だったし、どこも楽しかった。

 そっと隣を見たら、いつもの制服姿の角くんがぼんやりとした表情で長机に並んだカードを眺めていた。

 カードを見ていた角くんの視線が、持ち上がってわたしを見る。目が合って、旅行中のことを思い出す。

 オーストラリアで見たたくさんの景色。ウォンバットやカンガルー。コアラを抱っこして、角くんは背が高いから本当に木みたいって思ったりして。歩きながらあちこち指差して「あれはね」って、教えてくれる声。行き先を話しながら地図を指し示す長い指。はしゃいで笑う顔。

 胸元を見下ろしても、いつもの制服のシャツで、もうそこにブローチはない。あのときのやりとりを思い出して、気恥ずかしさを誤魔化すように、ブローチがあったはずの胸元に手を当てる。


「大須さん」


 角くんに呼ばれて、そっと視線を持ち上げる。角くんは変に真面目な顔をしていた。目が合って、エア湖で二人で並んで見た景色と、あのときの沈黙を思い出す。

 三秒くらいの沈黙の後、わたしが怖くなるよりも先に、角くんが視線を逸らす。

 そして、小さく息を吐いて気を取り直したようにわたしを見た。いつもみたいに穏やかに微笑んで。


「片付けようか」


 その表情も口調ももうまるっきりいつも通りの角くんだったから、わたしはほっと力を抜いて、いつも通りに頷いた。




 二人で「ありがとうございました」と挨拶をしたら、さっきまでのことは全部ボードゲームの中のことだったんだって気持ちになれた。

 それでも、角くんはカードを一枚持ち上げてはちょっと目を細めてそこに描かれた絵を眺めたりして、ただカードをまとめるだけなのにゆっくりと時間をかけていた。


「こっちはどうするの?」


 オーストラリアの地図が描かれたスコアシートを持ち上げると、角くんはカードをまとめていた手を止めた。


「大須さん、持って帰る? 今日の思い出に」

「思い出……そうか」


 ボードゲームの中で撮った写真も、お土産も、全部消えてしまうと思っていた。けど、今わたしの手の中にこうやって、スコアシートが残っている。

 二ラウンド目のちょっと失敗した点数も、三ラウンド目にカモノハシを見たときの点数も、歩いたり泳いだりいろんな景色を見た点数も、こうやってここにある。

 角くんが、わたしの手の中を覗き込んで、ふふっと笑う。


「紙ペンゲームって、手元に残るのが良いんだよね。思い出っぽくて」

「確かに、こうやって残るの嬉しいかも。いつもは、片付けたらなくなっちゃうもんね」

「写真撮ったりもするけどね。でも、こうやって自分で書き込んだものが残るって、やっぱり写真とはちょっと違って、楽しいなって思う」


 角くんはまたカードの片付けを再開する。ぱぱっとやったらすぐ終わりそうなのに、やっぱりずいぶんとゆっくりだな、とその横顔を見る。


「もしかして、角くんも持って帰りたかったりする?」

「え……?」


 角くんがまた手を止めて、びっくりした顔でわたしを見た。それから、ちょっと笑って首を振る。


「大須さんがいらないならとは思ってたけど。でもこれは大須さんがプレイした結果なんだから、大須さんが持ってるのが良いと思う」


 ゲーム中、あんなにはしゃいでたのに。あんなに楽しそうにしてたのに。わたしよりもずっと──そう思って、わたしはスコアシートを角くんに差し出した。


「角くんが持っていって」

「え……でも」

「わたしはゲームのことは詳しくないから、持って帰ってもそんなにわからないと思うし。だから、角くんが持ってた方が良いと思って」

「……本当に、大丈夫?」

「わたしはゲーム中にお土産をいっぱい手に入れたから。角くんにも、お土産があっても良いと思う」


 角くんは小さな声で「ありがとう」と言って、持っていたカードを揃えて箱の中に入れると、スコアシートを受け取ってくれた。

 手元に残しておきたい気持ちもあったけど、でも角くんが持ってるならそれで良いかと思った。




「そういえば」


 カホンバッグにボードゲームの箱をしまいながら、角くんが急に思い出したみたいな声を出す。


「カモノハシは、日本では飼育されてないから見れないらしくって」

「え……そうなんだ」


 角くんが突然何を言い出したのかと、わたしは首を傾ける。


「ウォンバットは日本でも飼育している動物園はあるんだけど、気軽には行けなさそうな場所で」


 カホンバッグのチャックを閉じて、角くんはわたしの方を見た。カモノハシやウォンバットの話をしているにしては、妙に真剣な表情で。

 わたしは返事の代わりに瞬きを返す。


「本当は、本物のオーストラリアの景色が見たいけど、それはさすがに今すぐは無理だし。だけど、カンガルーかエミューかコアラならすぐに見れそうだから……ゲームの中みたいに身近に触れ合うのはさすがに難しいと思うけど。つまり、その」


 角くんは、ちょっとためらうように目を伏せてから、また真っ直ぐにわたしを見た。


「一緒に、見に行かない?」


 それはつまり──どうやらわたしは、動物園に誘われたらしい。




 結局、二人で動物園にカンガルーを見に行くことになって、当日。

 待ち合わせ場所にしたファーストフード店で、先に来て待っていたらしい角くんの向かいに座って、差し出されたそれを受け取ってしまって、包みを開けたら中から可愛らしいブローチが出てきた。

 白いビーズで造られた小さな花が、きらきらとしている。


「こないだのスコアシート、俺がもらっちゃったから。大須さんにも、何か、形に残るお土産が必要な気がして」

「え、でも」

「本当は同じものが見付かれば良かったんだけど、それはさすがに見付からなくて……あ、そんなに高価(たか)いものじゃないからね」


 本当にもらってしまって良いのだろうかと思ったけど、それはもうわたしの手の中に収まってしまっていた。


「えっと……ありがとう」


 ようやくお礼を言って、そのブローチを胸元につける。そっと角くんの表情を伺えば、角くんはほっとしたような顔でわたしを見ていて、なのに目が合うと急にふいと横を向いてしまった。


「似合ってる……と思います」


 角くんは視線を合わせないままそう言って──その頬がうっすらと赤くなってることに気付いて、わたしの頬もかっと熱くなる。

 うつむけば、自分の胸元に白い花が咲いて、きらきらと輝いているのが見えた。


 このお話の中で大須さんと角くんが旅行した「オーストラリア」とその観光地は、あくまでボードゲーム世界の中のものです。

 そのため、現実にはあり得ない状況で動物に出会ったり、観光したり、そんな場面があったかと思います。


 以下の文章は、このお話で題材にしているゲーム『ブーメラン・オーストラリア』のパブリッシャーズノートからの引用です。


 ──ゲームをより面白くするために、カードによってはその土地に生息していない動物などが描かれていることがあります。ブーメランはゲームであり、教材ではありませんので、ご了承ください。


 この言葉を借りるなら、このお話はフィクションであり、教材ではありません。観光ガイドブックでもありません。どうぞご了承ください。

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