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8-5 マウント・ガンビア

 チケットを七枚使って、ノートに貼った写真が七枚になって、一ラウンド目が終わった。

 空港の喫茶店のようなところで地図とノートを広げて、角くんと二人向かい合って眺める。


「ラウンド毎に点数計算。まずは、スローとキャッチ」


 角くんに導かれるまま、行き先を確認する。

 最初に行ったのは『マウント・ウェリントン』で『7』、最後は『キングスキャニオン』で『4』。


「三点てこと?」

「そう。点数を書くのはここ」


 角くんはそう言って、地図の中のブーメランのマークを指差した。白い四角い枠が四つ並んでいて、言われるまま、その一つ目の枠の中に「3」と書く。


「次は、実際に行った観光地をチェックして、もし州のコンプリートがあればそれもチェックする。一ラウンド目は、まだみんなコンプリートしてないと思うけど」


 ノートと付き合わせながら、地図の中のアルファベットにバツ印を書いてゆく。

 黄色の地域──『クイーンズランド州』があと一つでコンプリート、オレンジの『ノーザンテリトリー準州』も二つ埋まって半分だ。


「それから、コレクションの点数。大須さんは『野花』と『お土産』で合計七だから倍にして十四点。動物は『コアラ』の七点だけかな」


 緑の丸の隣に「14」、黄色のひし型の隣に「7」と書く。


「アクティビティは……『ハイキング』が二つで『観光』が三つ。『観光』を選ぶなら四点」

「もうちょっと集めたかったな」

「他のプレイヤーと被ったのが痛かったね」


 もう一枚あれば七点だったのかと思いながら、写真のマークの下に「4」と書く。


「これで一ラウンド目はおしまい。これをあと三回繰り返して、一番点数が多い人の勝ち」


 地図の余白に、他のプレイヤーの状況が浮かび上がってきた。点数は他のプレイヤーも似たり寄ったりで、今のところ大きな差はないみたいだった。

 一ラウンドに七箇所の観光地を巡る。それを四ラウンドということは、ゲーム中に二十八箇所。正直、一ラウンドだけでかなり楽しかったし満足してしまったのだけど、ゲームはまだ終わってくれない。

 角くんは地図を眺めながら楽しそうにしている。角くんの方はきっと、ゲームの続きを楽しみにしているんだと思う。さっきまでも、ずっとはしゃいでたし。


 コバルトブルーの旗を持ったガイドさんがやってきて、新しいチケットを七枚置いていった。角くんがそのチケットを地図の上に広げて並べる。


「さ、次はどこに行こうか?」


 それで、二ラウンド目が始まった。




 二ラウンド目の最初は、『クイーンズランド州』の『サーファーズパラダイス』にした。これで『クイーンズランド州』がコンプリート。

 お土産物屋で『野花』のストラップを買ってリュックに結ぶ。それから──『水泳』。『キングスキャニオン』では足先だけで済ませたけれど、『サーファーズパラダイス』は泳いでください水遊びしてくださいと言わんばかりのいかにもなビーチで──いろいろとあったけど結果だけ言えば、わたしと角くんは二人で水着姿になったし、泳いだ。泳いだというか、水遊びというか、いや、別にたいしたことはしてないのだけれど。

 セパレートの水着ではあったけどあまり派手なデザインじゃなくて、心底ほっとした。だからと言って、水着姿を晒す行為に抵抗がなくなったわけじゃないけれど。

 熱い日差しの中で水に入るのは、正直な感想を言えば──楽しかった、とも思うけれど。




 それから『ウルル』という大きな岩を見にいった。角くんに「エアーズロック」という別名を教えてもらった。ヨーロッパの人がやってきて付けた名前が「エアーズロック」で、元々この地域に暮らしていた人たちが使っていた名前が「ウルル」というのだそうだ。

 この山のようにも見える岩は、これだけで一つの岩石なのだという。そのスケールの大きさに想像が追いつかなくて、ぽかんと眺めることしかできない。景色に対する縮尺がおかしい。


「前は上に登れたらしいんだけどね。でも、本来は先住民の聖地みたいなところで。それで、今はもう観光客の登山が禁止になって」

「角くんは登ってみたかったの?」

「そうだね。ゲームの中だったら登れたりしないかなって、実はちょっと期待してたんだけど」


 角くんはちょっと目を伏せて、言葉を続けた。


「大事な場所にさ、外から来た人が何もわからずに踏み込んだりするのは、やっぱり良くないんだろうなって、こうやって見てたらそんな気持ちになった」


 日が傾いて沈んでゆくにつれて、その大きな岩が燃えるように赤くなってゆく。 


「わたしは、登ってみたい気持ちもわかるかも。あの上から見える景色、すごいんだろうね、きっと」


 そう言って角くんを見上げる。角くんもわたしを見下ろす。なんだか見詰めあってしまって、それで角くんが微笑んだりするものだから、わたしは目を逸らしてしまって、行き場を失った視線を真っ赤に燃えるような岩へと向けた。




 また『タスマニア州』に行って、ホバートで『エミュー』を見て、『サラマンカ・マーケット』で買い物をした。

 たくさんの露店が並んで、いろんなものを売っている。野菜もあるし、アクセサリーもあるし、服もある。楽器を持って演奏している人なんかもいて、とても賑やかだ。

 タスマン橋が近くにあって、『マウント・ウェリントン』から見下ろした景色の中にいるんだって気付いた。

 オーストラリアに来て、最初の行き先が『マウント・ウェリントン』だった。山の上の展望台で、「あれがタスマン橋」って言いながら、角くんが指を差した。その指の先に、今わたしたちはいるんだ。

 海がこっちだから、『マウント・ウェリントン』はあっちの方だろうかと見上げてみたりした。




 次に選んだのは三日月の形の『ボンダイ・ビーチ』──『水泳』のマークの場所。何度目でも、水着姿になるのが恥ずかしいことは変わらなかった。

 『カルバリ国立公園』で『ハイキング』をして、『野花』の押し花をお土産に買う。オーストラリアの景色はとにかく全部が大きい。岩も、空も。

 『バングル・バングル』に行ってオレンジと黒の縞模様の岩が連なってるのを眺める。そこでは『葉っぱ』のストラップをお土産に買う。ストラップは二つ目だと思いながら、またリュックにつけておく。

 どうやら『水泳』も、また他のプレイヤーと被ってしまったみたいだった。それに、今回は随分と緑のマーク──コレクションが集まってしまっている。手元にくるチケットには『水泳』がなくて、緑のマークばっかり並んでいた。

 ここまででコレクションの合計は六だ。いっそ八を超えてしまうなら、さっき五点の『お土産』の『デインツリー熱帯雨林』に行った方が点数になったんじゃないかって不安になってきた。

 でも、あそこには前のラウンドで行っている。できるだけ初めての場所に行った方が良いと思ったんだんだけど、あの判断は間違っていたんだろうか。




 そして最後の行き先は『マウント・ガンビア』の街。ブルーレイクという真っ青な湖を『観光』して、街を見て回って『野花』のブローチを買う。これで緑のマークの合計は八になってしまった。『水泳』も増やせなかった。

 きっと今回は点数があまり伸びなかった。買ったばかりのブローチを眺めて溜息をついたら、それが聞こえてしまったのか、角くんにひょいと顔を覗き込まれた。


「俺一人ではしゃいでて、なんかごめん」


 わたしは慌てて首を振る。


「そういうわけじゃないよ。さっきのブルーレイクも、すごい色で、綺麗だなって思ったし」

「疲れた?」

「そういうわけでもなくて。コレクション……緑のマークが、さっきまで十二点だったのに、これで八点になっちゃったから。それに、今回は『水泳』を集めようって思ったけど、それもうまくいかなかったし」

「ああ……」


 角くんはわたしの言葉に納得したような声を出して、それから背中を伸ばした。麦わら帽子のツバ越しにそっと見上げれば、口元に手を当てて何か考えている。


「まあ確かに、ゲーム展開的にはちょっとうまくいってないけどね。でも、エミューも見たし、ウォンバットも見たし」

「『ウォンバット』も点数にはなってないよ」

「でも、可愛かったよね」

「……それは、可愛かったけど」


 ふわりと、麦わら帽子が持ち上がる。広いツバがなくなって、麦わら帽子を持ち上げた角くんと、真っ直ぐに目が合ってしまう。角くんは真面目な顔で首を傾けた。


「俺は、いろいろ見て回って、すごく楽しかったよ。大須さんは? 楽しかった?」

「それは……楽しかった、けど」

「ボドゲってゲームの勝敗はあるけどね、でもそれとは別に、楽しんだ人の勝ちだと思ってる。だから、楽しかったんなら大丈夫だよ」


 角くんが慰めてくれているのはわかってる。でも、うまくいかなかったという気持ちをそんなにすぐには切り替えられなくて、わたしはすぐに頷くことができなかった。

 何を言えば良いのかもわからなくなって、うつむいてしまう。きっと角くんを困らせている。

 考え込むような沈黙の後で、いつもみたいな穏やかな声が聞こえた。


「せっかくのお土産だし、ブローチ着けてみたら?」


 うつむいたまま、手の中のブローチを見詰める。本物の野花を閉じ込めて作ったものらしい。ブーメランの形の透明な樹脂の中で、白い花が咲いている。

 せっかくだからと言われた通りに胸元に着けてみた。控えめに見えた色合いだったけど、服の鮮やかな色合いに負けてない。

 このブローチがなければ四点増えてたのに、と思う気持ちはある。けれど同時に、可愛らしいブローチだな、とも思う。


 ふわり、と頭の上に麦わら帽子が落ちてくる。顔を上げかけたら帽子のツバを押さえられて、それはそんなに強い力ではなかったのだけれど、角くんを見上げることができない。


「似合ってる……それに、可愛い、と思います」


 帽子のツバ越しに小さな声が降ってきて、ようやく角くんの手が帽子から離れる。角くんはすぐに、何事もなかったかのように歩き出してしまう。慌てて角くんを追いかけて、隣に並んで、見上げたけれど、角くんはこっちを見ようとしない。

 胸元を見下ろすとブローチの中に小さな花が咲いていて、わたしもなんだか角くんの方を見ることができなくなってしまった。


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