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8-3 マウント・ウェリントン

「で、最初はどこに行こうか?」


 角くんがテーブルの上にチケットを並べて、わたしを見る。期待するような眼差し。わたしは並んだチケットを眺めて、何も決められないまま角くんを見返した。


「いきなり決めるの、難しくない?」

「最初はとっかかりが少ないからね。まずは、スローカードにして点数になりそうかっていうのと、それからほかのチケットを見てこの辺りが戻ってきたら点数になりそうとか」

「戻ってくる?」

「残ったチケットは隣の人に行くけど、一周したら戻ってくるからね。プレイヤー人数が四人なら、五枚目に選ぶチケットは今持っているその中の一枚。逆に言うと、最初の一枚と五枚目以外は他の人の行き先になっちゃうってことだけど」

「そっか……この中から二枚だけなのか」


 わたしは瞬きをして、それからまたチケットを眺めた。


「あとは、青いマークや動物の狙いを考えたりとか。あ、ほら、九点の『カモノハシ』がいる。『カモノハシ』は二枚しかないけど、狙ってみるのはありだと思うよ」


 そう言って角くんが指差したのは、『4』の『ニトミルク国立公園』のチケットだった。


「動物って二枚揃わないと点数にならないんだよね。なのに二枚しかないの? 他の動物も、そんなに少ないの?」

「『カモノハシ』は二枚しかないから高得点なんだ。基本的には点数が低い方が枚数があって、揃えやすくなってる。『カンガルー』と『エミュー』は五枚、『ウォンバット』は四枚、『コアラ』は三枚」


 チケットには、『カンガルー』のマークが二つ、『ウォンバット』と『コアラ』と『カモノハシ』が一つずつ並んでいる。


「青いマークは何枚ずつあるの?」

「四種類がそれぞれ六枚ずつ」


 手元にある青いマークは、『ブーメラン』が三つ、『水泳』が二つ、写真のマークの『観光』が一つ。六つあるうちの三枚ってことは、『ブーメラン』の半分がここにあるのかと思って、それでふと気付く。


「思ったんだけど、ここに『ブーメラン』が三つあるってことは、他の人のところには『ブーメラン』があと三つしかないってことだよね? 逆に、ここにない『ハイキング』は、全部他の人のところにある?」


 わたしの質問に、角くんは思わせぶりに笑った。


「そういうことになるね」

「じゃあ、今ここに多いマークより、少ないマークの方が集めやすかったりするんじゃない?」

「大須さんのところに『ブーメラン』が偏ってるみたいに、他の人のところでも偏ってるかもしれない。それに、他のプレイヤーに先に取られる可能性もあるから、集めやすいかっていうのはなんとも言えないかな」


 角くんの解説を頼りに、わたしはもう一度チケットを眺める。

 そうやって、またしばらく悩んで──最初の一枚からすっかり長考をしてしまったわたしを前に、角くんはふふっと笑った。


「後はもういっそ、どこに行きたいか、何が見たいかで選んじゃっても良いと思うよ」


 顔を上げると、角くんはただ待っているだけだというのに、ずいぶんと楽しそうにしていた。


「角くんは『カンガルー』が見たい?」

「見たいけど、『コアラ』も見たいし、他の動物も見たいかな。動物じゃなくても、なんでも。きっとどこに行っても楽しいと思うけど」

「参考にしたかったんだけど」

「それは駄目。大須さんがプレイヤーなんだから、行き先は大須さんが決めなくちゃ」


 ひょっとしてこの人はわたしが悩んでいるのを見て面白がってるんじゃないだろうか。角くんのその、穏やかな、機嫌の良さそうな笑顔を見ているうちに、そんなふうに思ってしまったわたしを許して欲しい。




 悩みに悩んで決めた最初の行き先は『Z』。『タスマニア州』にある『マウント・ウェリントン』。数字は『7』だから、最後のキャッチカードが小さい数なら点数が期待できる。

 青い『観光』のマークと、黄色い『コアラ』のマーク。『7』の他のチケットは『水泳』と『ブーメラン』で手元に複数枚あるから、それよりは一枚しかない『観光』の方が集めやすそうだと思った。


「ここにする」


 そのチケットを持ち上げて、そっと角くんを見上げれば、角くんはにっこりと笑って頷いた。


「良いと思うよ」


 それで、地図とノートをリュックにしまって、麦わら帽子を被って、チケットを手にして立ち上がる。

 角くんは、膝の上にあった黒いキャップを不思議そうに見てから、それを被った。黒いTシャツの上に賑やかな柄の半袖シャツを軽く羽織って、ゆるっとしたハーフパンツ。

 わたしも角くんも、街を歩く服装としては違和感はないけど──なんなら旅行らしくちょっと浮かれているくらいだけど、でもこの格好のままで大丈夫だろうかと不安になった。


「次に行く場所って山なんだよね。この服のままで大丈夫なのかな」


 わたしは頭の後ろに手をやって帽子を押さえながら、角くんを見上げた。ただでさえ身長差があるのに、つばの広い麦わら帽子を被ってしまったものだから、かなり上を向かないと角くんの表情が見えない。


「そうは言っても、着替えはないし……まあゲームの中だし、なんとかなるんじゃないかな」


 角くんは、いつものようにのほほんとした口調で、そんなふうに言った。だと良いんだけれど、と喫茶店らしき場所を出て周囲を見回す。どうやら空港の中みたいだった。

 ここからどうすればと思っていたら、どこか見覚えのある飛行機の絵と『BOOMERANG』という文字がデザインされたエメラルドグリーンの旗を持った人が近付いてきた。


 どうやらこの人──ガイドさんだろうか──に、チケットを渡すらしい。最初に目的地の『マウント・ウェリントン』のチケットを渡したら、目の前でそのチケットの端っこを切り取って、大きい部分を返してくれる。

 他のチケットも渡すように言われて、残りの六枚も渡す。そっちは切らずにしまわれる。そうか、残りのチケットはこうやって他のプレイヤーに渡されるのか。

 後は、ガイドさんの後について、飛行機に乗って降りてそこから車に乗った。ゲームのせいか、時間の感覚も距離感もわからない。

 体感では一番短い休み時間くらい。角くんと並んで座って、そわそわしていたらあっという間に到着してしまって、なんだか騙されてるんじゃないかと不安になった。




 車のドアが開くと、涼やかな空気が流れ込んできた。こんなに浮かれた格好で大丈夫かな、と思いながら車から出ると、地面についた足の感触がサンダルじゃないことに気付いた。

 見れば、歩きやすそうなスニーカーになっている。ジーンズも七分丈の短いものじゃなくて、足首までの長さのものになっている。長袖のシャツも羽織っていた。

 振り返って後から降りてきた角くんを見れば、同じような服装になっていた。

 角くんも自分の服装を見下ろして、わたしの服を見て、それから二人で顔を見合わせて笑った。どうやら、その場所にふさわしい格好になってくれるらしい。


 それで、改めて周囲を見渡す。道と、休憩所みたいな建物。そのずっと下の方に川沿いの街並みと、海が見える。ぐるりと見回せば、空が広い。

 建物に続く道は歩道になっていて、そこを辿って展望台のような場所に辿り着く。見下ろす川は幅が広くて、複雑な形をしていて、そこに橋が架かっているいるのが見えた。


「遠くまで見える! 空が広い!」


 展望台の手すりを掴んで、思わずはしゃいだ声を出してしまった。隣に並んだ角くんが、街並みの方を指差す。


「あれが多分、ホバートって街かな」

「そうなの?」

「俺も名前しか知らないけど。で、多分あれがタスマン橋」


 わたしはその指先にある大きな橋を見て、それから何度か瞬きをして、隣の角くんを見上げた。角くんは興奮に頬を染めて、街並みとそこを流れる川と海を見下ろしていたのだけれど、わたしの視線に気付いたのかこちらを見た。


「ひょっとして、調べたりした?」

「ボドゲの舞台とか調べちゃうんだよね、気になって」


 角くんは照れたようにそう言うと、今度は後ろを振り向いてガラス張りの建物を指差した。


「あの建物、カードの絵になっていたやつなんだよ」


 アニメとか漫画とかの舞台になった場所に旅行に行くような楽しみ方、というものを聞いたことはある。あるいは、ドラマの撮影場所とか。もしかしたら角くんのこれも、そういうものなんだろうか。

 そう考えて、ふと、二人で御朱印をいただきに行ったことを思い出す。あれももしかしたら、そうだったのかもしれない。




 展望台から車に戻って、さっき上から見たタスマン橋を通って、到着したところはボノロン自然保護区という場所だった。

 そこで、保護されて飼育されているというコアラを見る。

 木にしがみついて、目を閉じて寝てるのだろうか。こっちのコアラは、葉っぱを咥えた口元が動いていて、むしゃむしゃと音がしそうだ。可愛い。


「実は、コアラの生息域にタスマニアって含まれてないらしいよ」


 コアラを眺めながら、角くんがそんなことを言い出した。わたしはびっくりして、角くんを見上げる。


「え、そうなの? じゃあ、なんで『マウント・ウェリントン』のチケットにコアラのマークがあるの?」

「それは……ゲームを面白くするため、かな。バランスとかあるし。あ、でも、ボノロン自然保護区には保護されたコアラがいるのかも。調べてもよくわからなかったんだけど」

「ふうん」


 なんだか納得いくような、いかないような。よくわからなくてぼんやりした返事をすると、角くんは苦笑した。


「でも、まあ、マウント・ウェリントンに行くってことはホバート旅行なんだろうし、そしたらきっとボノロン自然保護区にも行くだろうから、すごく間違いってわけでもないんだろうなって思ってる。それに、事実がどうであれ、このゲームの良さは変わらないし」


 そう言って、角くんはまたコアラの方を見た。その横顔を見ながら、結局わたしにわかったのは、角くんはこのゲームが好きなんだろうってことだけだった。


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