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5-2 「御朱印のいただき方」とゲームのインスト

 敷石の脇に竹のベンチがあって、日除けの唐傘まで差してあったので、角くんと二人でそこに座る。二人の間に風呂敷包みを置いて結び目を解く。

 中から出てきたのは御朱印帳だった。手触りの良い赤い唐辛子の模様の表紙、開くと何も書かれていない蛇腹(じゃばら)のページが広がる。


「御朱印帳だ。ここに、実際に御朱印を集めるみたいだね。ゲームだと、御朱印もカードなんだけど」


 御朱印帳を閉じて持ち上げる。その下にはルールブック、それから──地図。観光マップのような雰囲気で、入り組んだ道と、たくさんのお寺。そのお寺の一つに被せて、「毘沙門天」という文字が黒々と書かれていた。その隣には「受付番号 四」と書かれている。

 それから、がま口の小銭入れ。持ち上げたらずしっと重みがあって、開いたら五円玉と五百円玉が詰まっていた。


「お賽銭用ってことかな。あとは、御朱印をいただく時のお礼のお金とか。初穂料とか納経料とかって言うらしいけど」


 角くんの言葉になるほど、と頷く。そして最後に出てきたのは、紙の束だった。半紙のような質感の紙は四枚あって、大きさがばらばらだったけど、そのどれにも筆で細かな文字が書かれていた。

 試しに一番小さな紙に書かれている文字を読む。


延命十句観音経えんめいじっくかんのんぎょう……?」

「お寺に納める写経みたいだね」


 その次の紙は「摩訶般若波羅蜜多心経まかはんにゃはらみったしんぎょう」から始まっていた。次の紙は「衆生(しゅじょう)本来(ほんらい)(ほとけ)なり」だ。


「そうか、写経を納めると御朱印がもらえるんだったっけ」

「このゲームではね。それに、ただ納めただけだともらえなくって、一番長い写経を納めた人だけがもらえる、っていうルール」

「そこはゲームっぽいんだね」

「まあ、ゲームだからね」

「そうだった」


 和服姿には慣れないけど、あまりに現実の風景に近いものだから、なんだか少し混乱してしまっていた。そうだった、これはゲームで、今はゲームの世界の中。

 角くんは人差し指をぴんと立てて、いつもみたいにゲームの説明──インストを始める。手を持ち上げたことでするりと下がった羽織の袖から、手首が(あら)わになる。表情はいつもと同じなのに、大きな丸眼鏡と着物のせいで、なんだかいつもと雰囲気が違って見える。


「このゲームでは、まず最初に次にいただける御朱印を確認します。今回は多分、地図に書かれてる、この『毘沙門天』だね」


 そう言って、角くんは立てた人差し指で地図を指差す。


「で、多分だけど、今いるこのお寺が、この『毘沙門天』をいただけるお寺だと思う。ここで、写経をお納めするんだけど、写経を納めるのには順番がある。隣の受付番号っていうのが、多分その順番。大須さんは四番目。四人プレイだから、今回は最後。で、自分の番になったら、写経をお納めする」

「出すだけで良いの?」

「基本的には。で、ここで重要になるのが、写経の長さ。さっき、写経の紙が四枚あったよね。これの一番小さな紙が、一つ分の長さ、次に大きいのは二つ分の長さ、次が三つ分、一番大きいのは四つ分。この四つの中から、好きな組み合わせで一枚から三枚、納めることができる。パスはできないから、必ず一枚は出さないといけない。その合計の長さが一番長い人だけが、今回の御朱印をいただくことができる」


 わたしは、風呂敷の上に広げられた写経を眺めて、ちょっと考える。


「三枚まで出せるってことは、大きい方三つを一度に出すこともできるってこと?」

「できるよ。その場合は、四と三と二で、長さは九」

「同じ長さの人がいた場合はどうなるの?」

「その場合は、先に納めた人が勝つ」


 それだけだと、ただ大きい数を出せば良いだけなんじゃないだろうか。首を傾けて角くんを見上げる。わたしの表情で、わたしの疑問は角くんに伝わってしまったらしい。角くんが言葉を続ける。


「で、誰か一人が御朱印をいただいたら、次の御朱印をいただきにいくんだけど。今回お寺に納めた写経は、次は使えないんだ。写経中ってことになるから」

「じゃあ、もし四と三と二を出しちゃってたら、次に使えるのは一だけってこと?」

「ばっちり。そういうこと。だから、他の人の納めた写経の長さを見て、無理に張り合わずに今回は一だけお納めして次に頑張ることにするとか、そういうことを考える必要が出てくる」

「そういうことか、わかった」


 わたしが頷くと、大きな丸眼鏡越しに微笑まれて、地図を覗き込んでいる内にだいぶ距離が近くなっていたことに気付く。慌てて体を起こして、帯が支えてくれるのに頼って背筋を伸ばす。


「で、御朱印カード……今はカードじゃないけど、御朱印は全部で三十六枚。如来様は三尊いらして、それぞれ各一枚一点。ただし、如来様はレア御朱印も一枚ずつあって、そっちは一枚五点」

「レア御朱印?」

「カードだと黒いカードで表現されてたんだけど、この世界だとどうなるのかな。カードの色が違うから、遊んでると『そろそろレアがくる』ってわかって、それに合わせて写経を納める数を調整したりして……それも再現されてると嬉しいんだけど」

「ごめん、情報量が多いかも」


 角くんの説明についていけなくなって、わたしは角くんの言葉を止める。角くんは気を悪くした様子もなく、穏やかに笑った。


「まあ、いきなり全部覚える必要はないよ。御朱印には仏さまの種類があって、それぞれ枚数に限りがあるってことだけわかってれば大丈夫。ルールブックにも書いてあるから、ルールブック見ればわかることだし」


 角くんはそう言って、ルールブックの「カード得点表」というものを見せてくれた。如来、観音、菩薩、七福神と並ぶ種類の欄の一番最後に「はずれ」という言葉を見付けて、わたしはまた首を傾ける。


「角くん、この『はずれ』っていうのは?」

「文字通りの『はずれ』で、うっかり受け取っちゃうとマイナス一点。このゲーム、パスはできないから、はずれの時も写経を納めないといけないんだよね。だから、はずれが出てきた時は、できるだけ写経を短く納める必要が出てくるってこと」

「何それ」


 その欄に並んでいる『冷やし中華』の文字を見て、わたしは笑ってしまう。角くんも「面白いよね」と笑って、それからその下にある「(やく)得点表」というところを指差した。


「で、最後に得点の話。御朱印をいただくだけで点数にはなるけど、それ以外にも御朱印帳の並びで点数があって。例えば、はずれの御朱印を一つも受け取らずに済んだら『エンムスビ』で、それだけで五点。逆に、はずれだけなら『ブタノミ』で二十点。他にも、同じ種類の仏さまが三枚以上隣り合ったページに並んでたら『サンナラビ』で五点とか、最初と最後が七福神の御朱印なら『シチフクジンメグリ』で十点てのもある」

「ええっと……これ、難しくない? そんなにうまく集まるかな」

「意外と集まるんだよ。でも、集まるかなと思うと他の人に取られちゃったりして。そういうのも『ご縁』ってことなんだろうけど」


 角くんはそう言ってくれたけど、なんだかうまくいく気がしなくて、ルールブックの得点表をじっと眺める。もしかしたら、難しい顔をしてしまっていたのかもしれない。角くんがふふっと笑う。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。御朱印はいただくだけで点数になるから、最初はあまり役は気にしないで、無理せずに写経を納めていこう」


 角くんがそう言って立ち上がる。わたしも慌てて風呂敷を包み直して立ち上がった。


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